ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦 作:ボルメテウスさん
病室は相変わらず静かで、静けさがある種の圧力になっていた。心電図モニターの電子音が規則正しく鳴り、点滴の雫が落ちる間隔が妙に長く感じられる。眠っている一河緒乙の身体は、確かに成長していた。肩の丸みも、指先の長さも、頬の輪郭も、年月が奪った時間を正直に示している。だが、その成長は「戻ってきた」という証明にはならなかった。意識が戻らない限り、彼女はまだ、どこか遠い場所に置き去りにされたままだ。
椅子に腰を下ろした一河角乃は、妹の手にそっと触れ、熱を確かめる。温かい。生きている。その当たり前が、ここでは奇跡のように重い。風鳴翼もまた、ベッドから一歩引いた場所で立ち、表情を崩さずに緒乙を見守っていた。共闘を重ねてきたからこそ、互いに余計な言葉を投げ合わない。必要なときにだけ、必要な言葉を使う。その距離感が今は救いだった。
扉が控えめにノックされ、次いで静かに開く。空気がわずかに揺れて、角乃の肩が反射的に強張った。見舞いに来る人間の気配は、廊下側の明るさと一緒にこの部屋へ入り込む。けれど入ってきた人物は、見舞い客の軽い足取りではなかった。
スーツ姿の男――星野鳴が、病室の入口で一度立ち止まり、ベッドの方へ視線を向けた。表情は穏やかなはずなのに、その目は落ち着いていない。長く胸の奥に沈めてきた何かが、ここで浮き上がってきたような顔だった。
「……緒乙さんが」
声は小さく、かすれていた。名前を口にするだけで喉が詰まる。教師として、担任として、その名を呼ぶ重さを知っている声だった。
角乃は立ち上がる。立ち上がった瞬間、いつもの“ハイクラス”の殻を被り直そうとしたが、病室の空気がそれを許さない。ここでは強がりは役に立たない。役に立つのは、現実と向き合う意志だけだ。
「来てくれたんだ」
角乃が言うと、星野は一度だけ頷いた。そしてベッドへ近づく足取りが、わずかに遅くなる。許可を求めるような慎重さだった。教師として生徒に近づくときの距離、踏み込み過ぎない距離。
星野はベッドの傍で止まり、緒乙の顔を見下ろした。成長した身体と、閉じたままのまぶた。そこにあるのは“生徒の未来”ではなく、止まってしまった時間だった。彼は手を伸ばしかけ、途中で止める。触れたところで、目を覚ます保証はない。それでも触れたい。だが触れることが、自分の赦しに繋がってしまいそうで怖い。そんな葛藤が指先に滲んでいた。
角乃は息を整え、翼へ視線を向ける。ここで紹介しなければならない。翼は角乃の戦友であり、緒乙のことを心配して一緒に来てくれた人間だ。そして、星野は緒乙の元担任だ。二人が出会うことは、今後の戦いにも、緒乙を取り戻す道にも、意味を持つ。
「翼。紹介する」
角乃は、言葉を丁寧に選ぶ。過剰な演出は要らない。事実だけで十分重い。
「星野鳴。緒乙の……元担任の先生」
翼は星野に視線を向け、短く一礼した。礼儀正しい所作だが、その目は鋭い。戦士として、人の痛みを見抜く目だ。
「風鳴翼です。あなたが……彼女を教えていた方」
星野は深く頭を下げた。教師としての礼ではなく、一人の大人としての礼だった。
「……はい。担任でした。守るべき立場でした」
その言い方に、角乃の胸が痛む。“でした”という過去形が、彼の後悔を物語っている。
沈黙が落ちたとき、角乃は思い出す。緒乙が見つかった“きっかけ”。戦いの最中に偶然拾い上げたわけではない。繋ぎ止めた線があった。その線の始点は――星野の証言だった。
角乃は視線を落とし、わずかに唇を噛む。認めたくないが、認めるべき事実がある。緒乙がここにいるのは、星野が、あの時の“異物”を見逃さなかったからだ。
「……見つけられたのは、先生の証言があったからだよ」
星野が顔を上げる。翼も、静かに耳を傾ける。
「誘拐された時。先生は……目撃してたんだろ」
角乃は、言葉の端を抑える。感情に飲まれれば声が震える。それを許すと、病室の空気が崩れる。
「灰色の瞳の男」
その単語を出した瞬間、星野の眉が僅かに寄った。記憶の痛点に触れた反応だった。
「……はい。人混みの中にいました。誰も気に留めないように、目立たないように。でも……目が、灰色で。生徒を見ている目じゃなかった」
星野は自分の手を握り締める。教師として、あの瞬間に何ができたのか。何もできなかったという事実が、言葉を重くする。
「警察にも伝えました。……ただ、当時は決定打にならなかった」
角乃は頷いた。決定打にならなかった。だからこそ、長い年月が必要になった。だが、証言は消えなかった。角乃が警察を辞め、探偵として動くようになっても、星野の言葉は情報の断片として残り続けた。そして、とある戦いの中で――点と点が繋がった。灰色の瞳の男の存在が、敵の行動パターンと一致した瞬間、緒乙の“居場所”が浮かび上がった。
翼が低く言う。
「その男が、緒乙さんの行方に関わっている可能性が高い……」
角乃は視線をベッドへ戻す。眠る緒乙の顔は変わらない。だが、ここに至る道筋は確かにあった。そして、その道筋を握っているのは、探偵だけではない。担任だった教師の目撃、戦士としての翼の分析、そして角乃の執念。それらが重なって、ようやく“見つける”ことができた。
星野は緒乙を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……せめて、今度こそ。守りたい」
翼は、既に戦いは、終っている。けれど、未だに残る傷痕が二人に見える。
その言葉は教師のものだった。誰かを救うことで自分を赦したいのではなく、目の前の生徒を守りたいという、まっすぐな願い。
角乃は、胸の奥で小さく頷く。強がりの殻の内側で、同じ言葉を何度も繰り返していた。
――今度こそ。今度こそ、緒乙を帰す。