ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦 作:ボルメテウスさん
見舞いを終えた病室の扉が閉まると、廊下の空気は少しだけ現実に近かった。蛍光灯の白い光、ワックスの匂い、遠くで鳴るナースコール。さっきまで角乃の胸を塞いでいた「眠りの静けさ」は、扉の向こうに置き去りにされたはずなのに、背中に張り付いたまま剥がれない。風鳴翼は角乃の横を歩き、足音を立てないまま歩調を合わせている。二人が何度か戦場を共にした事実が、この沈黙を不自然にしなかった。角乃はエレベーターホールに差しかかったところで立ち止まり、振り返る。星野鳴が、少し遅れて追いついてきた。教師の顔をしているのに、その目だけが「まだ終わっていない」と言っていた。
「今日は、ありがとう。……翼も、わざわざ」
「心配だっただけよ。あなたも、緒乙さんも」
「心配で済む話なら、探偵なんてやってない」
角乃はいつもの調子で切り返しながら、ポケットの中で拳を握った。灰色の瞳の男――具島玲。あの証言がなければ、緒乙の居場所に辿り着けなかった。だが、その男は今、刑務所の中にいる。肝心の「誘拐の真相」を掘り下げるには、相手があまりにも遠い。
「具島玲は檻の中。面会も手続きが要るし、今は“詳しい事情”を引き出せる状態じゃない。……こっちが動くしかない」
星野は一度、視線を落とした。教師としての悔いと、今も生徒の行方を追う者の覚悟が、その瞬きの間に交錯する。
「協力できることがあれば言ってください。……あの子が戻ってくるまで、僕は“元担任”じゃいられない。今も、担任でいたい」
「そういうの、嫌いじゃない」
角乃が素直に言うと、翼が小さく息を吐いた。角乃の“ハイクラス”の仮面が、ほんの僅かに緩んだ瞬間だった。
そのときだった。突き刺さるような悲鳴が、廊下の奥から反響して届いた。次いで、ガラスが震える乾いた音。患者が出す声ではない。恐怖そのものの声だ。角乃の体が先に動き、翼も同時に走り出す。星野は遅れずに追った。
曲がり角を抜けた先、待合スペースが戦場になっていた。椅子が倒れ、売店の棚が崩れ、紫色の瘴気が床を這うように広がっている。その中心に、たった一体の“ノーワン”が立っていた。黒灰の鎧に身を包み、層を重ねた羽根のような装甲が人型を誇張する。顔は鬼面めいて橙色に歪み、額からは二本の角が突き出ていた。手には紫に光る三日月型の刃――鋭利な「三日月刀」を携え、刃の縁が不気味に揺らめいている。立っているだけで周囲の空気が削られ、呼吸が喉に引っかかった。
「……ノーワン?」
翼の声が低くなる。角乃は視線だけで逃げ道を探し、同時に“ここが病院だ”という事実を噛み締めた。戦場にしてはいけない場所に、戦場が来ている。
星野が、息を呑んだ。次の瞬間、彼の口から言葉が滑り落ちる。
「鬼ノーワン……!」
角乃の視線が鋭く星野に向く。翼も同じだった。“名前”を知っているだけでも異常だ。しかも、断言した。迷いがない。
「待って。なんで、その名前を――」
「知ってるんだ。ノーワンを」
翼の問いに、星野は唇を噛んだ。目の前の怪物ではなく、過去に見た何かを思い出している顔だ。
「……教師の目は、見たくないものも覚えてしまうんです。数年前、学校の近くで――あの手の瘴気を見た。子供たちが怯えて、誰にも説明できない“何か”が動いていた。あれは、同じ匂いだ」
鬼ノーワンが三日月刀を持ち上げ、刃先をゆっくりと水平にする。紫の光が刃を伝い、空気を裂く前触れのように鳴った。逃げ遅れた看護師が腰を抜かし、その背中を庇うように別の職員が腕を伸ばす。
「……病院で暴れる気!?」
角乃が一歩前へ出る。強がりではない。ここで引けば、次に倒れるのは守るべき人間だ。
「翼、一般人を後ろへ。先生は……」
「分かってます」
星野が静かに答えた瞬間、角乃は「この人は逃げない」と確信した。元担任という肩書きが、今だけは飾りではない。
鬼ノーワンが、低く笑った。声というより、金属を擦るような響きだった。三日月刀が弧を描き、紫の刃風が走る。
「――来る!」
翼の叫びと同時に、角乃は身を翻し、星野と視線を交わす。なぜ星野がノーワンの名を知るのか、その答えを掘り下げるのは後でいい。
紫の刃風が、待合スペースの空気を薄く削いだ。三日月刀が描く弧は美しいほど正確で、だからこそ悪意が透けて見える。椅子の背がまとめて裂け、床に落ちた案内板が二つに割れた。逃げ遅れた看護師の悲鳴が遅れて弾け、翼が即座にその前へ身体を滑り込ませる。
「下がって! 壁際へ、頭を守って!」
翼の声は鋭いのに、言葉は人を落ち着かせる温度を保っていた。彼女は戦士としての判断で動きながら、同時に病院という場所の秩序を守ろうとしている。角乃はその背を一瞬だけ見てから、鬼ノーワンへ視線を戻した。紫の瘴気が床を這い、空気に重さを付与していく。吸い込めば肺が拒絶するような気配だった。
「……ここを、戦場にさせるつもりか」
角乃が一歩踏み込み、鬼ノーワンの視界を自分へ引き寄せようとした瞬間、星野鳴が前へ出た。躊躇のない動きだった。教師が生徒を庇うときの、反射に近い踏み込み。角乃は咄嗟に腕を伸ばしそうになったが、星野の背中には揺るぎがなかった。
「星野、待て――!」
角乃の制止は半拍遅い。
星野は銀色のテガソードを握り、肩口で構えた。目は鬼ノーワンではなく、その奥、かつての教室の風景を見ているように深い。声を張り上げるのではなく、静かに、しかし決定的に言い切った。
「エンゲージ」
次の瞬間、テガソードが閃光を吐き、病院の白い壁に赤い光が走った。
『センタイリング!ファイブマン!』
音声が響いたのと同時に、星野の周囲に幾何学的な光が組み上がり、赤い戦士の輪郭へと収束していく。スーツの赤は眩いほど鮮烈で、胸のV字の意匠がまるで“教師の襟元”のように誇らしく見えた。ヘルメットが嵌まり、視線が変わる。穏やかな担任の目から、守る者の目へ。ファイブレッドが、そこに立っていた。
角乃と翼は一瞬だけ息を止めた。星野が戦士であることを、頭では受け入れられても、目の前の現実がそれを追い越してくる。星野が“元担任”であることの重みが、変身の赤にさらに熱を足した。
ファイブレッドは躊躇なく鬼ノーワンへ突進する。床を蹴る音が硬く、一直線の意志が廊下の空気を割った。三日月刀が迎撃の軌道を描き、紫の刃が迫る。
だが、ファイブレッドの右手――テガソードが、銀の光を帯びて形を変えた。短剣のようなシルエットが一瞬で厚みを増し、掌のように広がる。まるで“鬼の手”のような異様な存在感。紫の刃風を正面から受け止め、火花の代わりに銀と紫の光が散った。
「……子供のいる場所で、刃を振るうな!」
ファイブレッドの声が響く。教師の叱責そのものだった。鬼ノーワンが一歩引き、次の攻撃へ体勢を変える。その瞬間を逃さず、ファイブレッドはテガソードの形態をさらに変化させた。銀の輪郭が伸び、刃が生まれる。重い一撃ではない。鋭さと制圧。相手の刃を叩き落とすための角度で、銀の刃が三日月刀の腹を撃った。
紫の刀身が弾かれ、床に瘴気の尾を引く。鬼ノーワンが低く唸り、瘴気が濃くなる。周囲の人間の呼吸が苦しくなるように、空間そのものが圧迫され始めた。
「翼、患者を奥へ! エレベーター前は塞がないで!」
角乃は翼へ声を飛ばしながら、星野の横へ躍り出る。戦いの主導権は星野が取った。なら、角乃は戦場を整える。探偵として、そして戦友として。
「分かったわ!」
翼は即座に動き、怯える人々を避難導線へ誘導した。彼女の身体に、薄い光の粒子がまとわりつく。戦姫の装束が歌の気配とともに立ち上がり、病院の白に異質な輝きを足していく。だが翼は力を乱用しない。ここは建物の中、患者がいる。振るうべきは最小限の剣だ。
角乃は息を整え、指輪に触れた。さっきまで病室で“姉”だった指先が、今は“戦士”の手つきになる。弱さを隠すためではない。守るための手つきだ。
「……やれやれ。先生に先を越されるなんて、ハイクラスの名折れだね」
角乃は口角だけで笑い、宣言する。
「エンゲージ!」
テガソードが応え、音声が廊下に弾けた。
『クラップユアハンズ!ウォーオオッオー!オー!ゴジュウユニコーン!ウォーオオッオー!オー!オー!』
軽快で強引なほど高揚する変身音が、病院の静寂を突き破る。光が角乃を包み、可憐なシルエットを一瞬で戦闘の輪郭へ変える。ゴジュウユニコーンが着地したとき、床の紫の瘴気が一瞬だけ押し返された。
鬼ノーワンが二人の戦士を見比べ、苛立ちのように瘴気を噴き上げる。三日月刀を大きく振りかぶり、今度は横一線に払った。廊下全体を薙ぐ軌道。避難中の人々に届けば終わる。
「させない!」
翼が一歩踏み込み、刃風を最小限の動きで相殺する。衝撃が壁を揺らし、掲示板が落ちかけた。角乃は即座に動き、鬼ノーワンの“次の一手”を読む。斬撃の後は、距離を取ってもう一度瘴気――あるいは突進。紫の刀を持つなら、最短で人質を取る動きもあり得る。
だから角乃は先に“武器”を呼んだ。
『ユニコーンドリル50!』
音声とともに、ユニコーンドリル50が光を伴って現れる。回転する先端が空気を震わせ、紫の瘴気を巻き込みながら散らす。角乃はドリルを構え、鬼ノーワンの足元へ狙いを定めた。倒すためではない。動きを止めるため。戦場を固定し、病院の外へ押し出すため。
「先生、今のうちに!」
角乃が叫ぶ。ファイブレッドは即座に理解した。教師が生徒を守るのと同じだ。手順を間違えない。まず危険源を隔離する。
ファイブレッドはテガソードを“掌”の形態へ戻し、鬼ノーワンの三日月刀の軌道を受け止めた。その瞬間、銀の光が絡みつき、刃の動きが鈍る。鬼ノーワンが力任せに引き剥がそうとするが、ファイブレッドの踏ん張りは揺るがない。
「君は……ここで振るう刃じゃない!」
その叱責に、鬼ノーワンの動きが一瞬乱れる。角乃はその隙を見逃さず、ユニコーンドリル50を床へ突き立てた。回転が床を削り、衝撃が鬼ノーワンの足元を崩す。姿勢がわずかに沈み、刃が浮く。
それと共に、鬼ノーワンはそのまま外へと吹き飛ばされる。
「先生、なんでノーワンの、名前を知っているんですか、それにそれは」
「お互いに、事情は後で話そう」
「…えぇ、分かりました」