ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦   作:ボルメテウスさん

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指輪の責任

 廊下の空気は、さっきまでの紫をまだ薄く引きずっていた。消毒液の匂いがそれを上書きしようとするたび、どこかで警報機の点検音が鳴り、看護師の足音が硬く反響する。避難はほぼ完了し、騒ぎの中心だった待合スペースも、割れた案内板と散らかった書類だけを残して静けさを取り戻しつつあった。戦場を片付けるのは、いつも戦士ではない。病院の人間が、普段の手順のまま、普段の顔で片付けていく。その姿が逆に、角乃の胸の奥を締め付けた。ここは本来、眠るための場所だ。生きるための場所だ。勝ち負けの場所じゃない。

 

 一河緒乙の病室前に来ると、音がさらに細くなる。モニターの電子音が規則正しく耳を打ち、透明なカーテン越しに、白いベッドの輪郭が見えた。緒乙の身体は確かに成長している。数年前の面影だけを残して、いまは“姉より少し大きい妹”の形になっているのに、意識だけが置き去りのまま眠っている。角乃はドアノブに触れかけて、指を止めた。開けてしまえば、決着の余韻も、推理の昂りも、全部が無意味になる気がした。

 

「……静かね。さっきまで、あんなだったのに」

 

「病院は、戻るのが早い。戻らなきゃいけない場所だから」

 

「戻れてない人もいるけどね。……ここに」

 

 角乃の声はいつもの軽さを装っていたが、最後の言葉が少しだけ沈んだ。翼はその沈みを拾い上げず、代わりに角乃の肩の力が抜けるまで待った。星野は視線を病室の表示板へ落とし、何かを飲み込むように喉を鳴らした。

 

「……僕は、ここに来る資格があるのか分かりません」

 

「資格とか言い出したら、私も翼も、ここに立てない。戦ったんだし」

 

「それでも、僕は担任でした。緒乙さんの」

 

 星野の言葉は、謝罪の形を取っているのに、どこか宣誓に近かった。角乃はポケットの中で指を動かした。そこにあるのは般若の面の欠片だ。軽いのに、妙に重い。怨念の核が“面”であることを証明した破片。勝ったのに、手元に残ったのがそれだという事実が、勝利の味を薄めていく。

 

「……誘拐の時、僕は見ました。灰色の瞳の男を。あれが、具島玲だと分かったのは後になってからです」

 

「分かってる。証言があったから辿り着けた。だから緒乙を見つけられた。それは……事実」

 

「でも、決定打にはできなかった。証言を“証拠”にできなかった。教師なのに、守れなかった」

 

「守れなかった、で片付ける気? 自分を罰して終わり?」

 

「終われません。終わらせたら、僕はまた同じことをする。次も“気づけたはず”を後悔する」

 

 星野の声が震えた。悔しさの震えだ。怖さではない。角乃はその震えに、見覚えがあった。自分が夜の路地裏で、手掛かりの切れた事件の前に立つときの震えと同じだ。

 

「僕は……教師ナンバーワンを願いました。格好つけたかったわけじゃない。子どもたちの前で、迷わない大人になりたかった。でも現実は、迷ってばかりで、遅れてばかりで……緒乙さんをこの眠りに置いたまま、僕は今も“間に合わなかった側”にいます」

 

「それで? 泣き言の懺悔なら、喫茶店でやって」

 

「違います。……だから、決めました」

 

 星野が掌を開く。そこに乗っていたのは、ファイブマンのセンタイリングだった。赤い力の輪郭が、病院の白の中で不自然に浮く。角乃は一瞬、反射で笑いそうになった。ここでそんなものを出すな、と。けれど笑えなかった。星野の目が、真剣すぎた。

 

「角乃さん。これを、受け取ってください」

 

「……は?」

 

「僕は、ここに残ります。緒乙さんのことも、病院のことも、学校のことも。守るべき場所が僕にはあります。でも“戦士の力”を握ったままだと、僕はきっと……力に頼る。教師としてやるべきことより、戦士として殴ることを選ぶ瞬間が出る」

 

「それが悪いって言うの? 殴らなきゃ止まらない相手もいる」

 

「止め方があるなら、殴る前に選びたい。だから、僕は現場を走る役じゃない。現場を走れる人に託すべきです」

 

 角乃は言い返そうとして、言葉が詰まった。自分だって、力を持つことを警戒している。追い詰め、傷つけたら、加害者と同じになる。信条は揺らがない。だからこそ、リングを渡されることは怖い。怖いのに、必要でもある。それが一番厄介だった。

 

「私は……誰かを傷つけるために戦ってるんじゃない。犯人だって、追い詰めて殴ったら、それは――」

 

「加害者と同じ、ね。あなたの言葉、分かるわ」

 

「翼……」

 

「でも、止めるための力と、傷つけるための力は同じじゃない。あなたはその境界を考え続けている。だからこそ、力を持っても線を見失いにくい」

 

「線を見失わない、保証なんてない」

 

「保証はない。だから私がいる。あなたが越えそうになったら、私が止める」

 

 翼の声は淡々としていた。慰めではなく、契約の提示だ。角乃はその契約が、どれだけ重いか分かっている。翼に止められるということは、戦士として対峙される可能性があるということだ。それでも翼は言った。軽く言える言葉じゃない。

 

「角乃さん。僕からのお願いです。これは贖罪ではありません。配置転換です。僕が持っていても、最大効率を出せない。あなたなら――般若みたいな相手の“文法”を読んで、勝ち筋に変えられる」

 

「……買い被り」

 

「見ました。拍を読んで、罠にして、核を割った。あれは推理です。現場でしかできない推理です」

 

 角乃はリングを見つめた。赤が、妙に熱い。緒乙の眠りの前で、その熱を手に入れることが、正しいのかどうか分からない。分からないのに、分かりたい。分かるためには、動くしかない。

 

「受け取らない。……いや、受け取れない。私がそれを持てば、私は“戦士の判断”で動いてしまう」

 

「それでも、必要なんです。緒乙さんのためにも」

 

「……その名前を、簡単に使わないで」

 

「すみません」

 

 星野が即座に頭を下げた。その速さが、教師の癖だと思った。角乃は息を吐く。怒っているわけではない。怖いだけだ。妹の名を理由にされるのが、怖い。正しさに縛られて、自分の判断が歪むのが怖い。

 

「……条件がある」

 

「はい」

 

「これは“預かる”。譲渡じゃない。あなたが教師として立て直すまで、私が預かる」

 

「分かりました」

 

「それと、緒乙が目を覚ましたら……あなたは必ず顔を出す。担任としてじゃない。人として」

 

「……はい」

 

 角乃はようやく手を伸ばした。星野の掌からリングを受け取る。冷たいはずなのに、指先に熱が残る。受け取った瞬間、病室の内側でモニターの音が僅かに揺れた。規則が乱れたわけではない。ほんの少し、波形が変わったように見える程度。それでも角乃の目は、そこに吸い寄せられた。

 

「……いま」

 

「何?」

 

「……何でもない。たぶん、気のせい」

 

 角乃はドアへ視線を戻す。カーテンの隙間から見える緒乙の指先は、相変わらず静かだ。だが、静けさが永遠だとは限らない。そう思わせる程度の“揺れ”が、いま確かにあった。

 

「角乃さん。具島玲は……今は詳しい話を聞けない状態だと」

 

「知ってる。だからこそ、現場の証拠が要る。面の欠片も、リングも、全部“次”のため」

 

「次が来る前に、こちらが動くわ」

 

「動く。……病院を二度と戦場にしないために」

 

 角乃はリングを握りしめ、ポケットの破片の重さをもう一度確かめた。守るべきものは眠っている。守るべき場所はここにある。だから自分は外へ出る。相反する役割を、同時に背負うしかない。角乃はドアノブに触れ、ほんの少しだけ力を込めたが、開けなかった。代わりに、小さく息を吐く。

 

「……待ってて。私、ヘッポコ探偵じゃないから」

 

 言い終えて、角乃は背を向けた。翼と星野がその背に並び、三人は足音を抑えて歩き出す。廊下の先には、まだ片付いていない現場があり、まだ終わっていない真相がある。眠りの前で交わした約束が、次の戦いを“ただの戦い”にしないための楔になる。

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