ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦   作:ボルメテウスさん

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厄災の目覚め

 旋律は何事もなかったように流れ続けた。客席は柔らかな弦に身を預け、拍手の余韻を胸の内でほどいていく。だがクリスの呼吸だけは、さっきから一定にならない。右隣に“敵の幹部”が座っているという事実が、どれだけ上品な音で包まれても薄まらないからだ。真白は腕を組んだまま、舞台よりも客席の空気を測っているように見えた。ナイフは平静を装い、ケークは扇子で口元を隠しながら、夫の横顔をじっと見ている。

 

「……さっきの、なんだった」

 

「気のせいだ。眩しかっただけだ」

 

「眩しいのは照明じゃなくて、お前の目の方だろ」

 

「失礼ね。演奏会で喧嘩なんて無粋よ」

 

「無粋なのは、お前らの存在だっつーの」

 

「黙れ。演奏の邪魔だ」

 

 真白の命令形が飛んでも、クリスの苛立ちは引っ込まない。だが、ここで立ち上がれば客席が乱れる。淡路が招いた場を壊すことになる。クリスは奥歯を噛み、視線だけで舞台と周囲の出口を確認した。もしもの時は、一般客を先に逃がす。そのための位置取りだけは、身体が勝手に計算する。右隣では、ケークがわずかに身を寄せた。

 

「……あなた。ほんとに大丈夫?」

 

「大丈夫だ。記念日だぞ」

 

「記念日なら、尚更よ。無理して倒れたら、私が許さないわ」

 

「倒れない。余計な心配はするな」

 

 次の曲の導入、低音が深く沈み、金管が輪郭を押し出した瞬間だった。ナイフの瞳が一度だけ泳ぐ。焦点が外れ、視界が白く跳ねる。瓦礫の角、灰色の空、粉塵の渦、火花が散ったような残像。音楽の裏側で、崩落に似た鈍い響きが鳴った気がした。ナイフは肘掛けを掴み、指先に力を込めることで現実へ引き戻した。爪が革を擦り、短い音を立てる。

 

「……今、また」

 

「黙れ。聞け」

 

「聞けじゃないわ。息が浅い」

 

「浅くない。……照明だと言っただろう」

 

「さっきと同じ言い訳、通す気?」

 

 ケークは扇子を閉じ、ナイフの手元へ視線を落とした。ナイフはそれに気づいていないふりをしながら、肩の力だけをわずかに抜こうとする。しかし抜けない。身体が“戦場の空気”を思い出そうとしている。記憶としては掴めないのに、感覚だけが戻ってくるのが厄介だった。吐き気が喉元まで上がり、耳鳴りが一瞬だけ演奏を押しのける。ナイフは咳払いで誤魔化し、笑う形だけを作った。

 

「ほら、何もない。……気にするな」

 

「気にするわ。あなたのことだもの」

 

「甘いな、ケーク。甘いのは菓子だけでいい」

 

「その軽口、今のあなたじゃない」

 

 ステージ側で照明が一瞬だけ揺れた。客席の何人かが天井を見上げ、すぐに演奏へ戻る。音響も「パチッ」と割れ、次の瞬間には元に戻った。機材トラブル――そう納得してしまえる程度の異常。しかしクリスは、肌が薄く粟立つのを感じた。空気の密度が変わった。音の割れではなく、場の“圧”が揺れた。真白の視線が一度だけ天井のスピーカーへ上がり、すぐに戻る。

 

「異常は増えている」

 

「だったら止めろよ。今、止めろ」

 

「まだ壊していない。線は越えていない」

 

「線なんて、越えてからじゃ遅ぇんだよ!」

 

「足りん。騒ぐな」

 

 真白の言葉は冷たいが、無関心ではない。クリスはそれが余計に腹立たしい。真白は“判断”のために待っている。待つことができるのは強者だ。弱者は、待っている間に踏み潰される。その理屈が、クリスの中で噛み合わないまま歯軋りになる。

 

 曲間の短い静寂。司会の声が入り、関係者への謝辞が述べられた。舞台袖の暗がりに、淡路の姿が一瞬見える。小柄で、華奢で、あの招待状の文面そのままの“頼りなさ”を纏っているのに、背筋だけは妙に通っていた。淡路は客席を見渡し、クリスの方向で一瞬だけ視線が止まる。気づいたのだろう。だが視線が合いかけた途端、淡路が慌てて目を逸らし、口元が「あばばばば……」と言いかけた形で固まる。すぐに舞台袖の影へ引っ込んでいった。

 

「……あいつが淡路か」

 

「今ここで話しかけんな。場所考えろ」

 

「言っていない。見ただけだ」

 

「見ただけで十分だろ。……あいつ、後で締める」

 

「締めるのは俺様だ」

 

 次の曲が始まる。導入の和音が近づくのが、ナイフには分かった。分かってしまった。さっきまでは“眩しい”“気のせい”で押し切れたものが、今は“来る”と予測できる。予測できるなら対処できるはずなのに、身体が拒む。胸の奥で、別の呼吸が始まろうとしている。自分のものではない呼吸。自分の声ではない声。ナイフは歯を食いしばり、喉の奥からこみ上げる衝動を押し潰した。

 

「……触るな」

 

「え?」

 

「今は、触るな……!」

 

「あなた、何を――」

 

 ケークが身を乗り出す。止めようとしている。支えようとしている。それが今のナイフには怖かった。近づかれるほど、奪ってしまいそうで。自分の中にいる“何か”が、近い熱を求めて舌なめずりしているのが分かる。分かってしまったからこそ、ナイフは必死に押さえ込む。肩が震え、呼吸が乱れ、視界の端が白く滲む。真白が、その様子を一度だけ見切った。

 

「……近い」

 

「何がだよ」

 

「破綻だ」

 

 真白は椅子に座ったまま、ナイフ&ケークへだけ届く低い声を落とした。

 

「条件を更新する。演奏会の邪魔をするな。客を巻き込むな。次に越えたら終わりだ。俺様が叩き潰す」

 

「……強引ねえ」

 

「強引でいい。足りん」

 

 クリスは拳を握り、立ち上がりたい衝動を殺した。真白の言う“線”が、今まさに足元で揺れている。音楽は美しく、客席は何も知らない。知らないまま巻き込まれるのが、いちばん最悪だ。だから今止めたいのに、止めれば自分が“邪魔をした側”になる。そのジレンマの間で、音が鳴った。例の和音。厚く、低く、世界の底を擦る音。

 

 ナイフの押さえ込みが、一瞬だけ解けた。ほんの一瞬でいい、と“何か”が囁く。次の瞬間、ナイフの目つきが変わる。祝福の場を測る目ではなく、餌場を嗅ぐ目。声が変わる。夫としての調子ではなく、もっと乾いた、奪うための調子。ケークがそれに気づいた時には遅かった。

 

「……ダーリン?」

 

 ナイフの背から、あるいは腕から、黒に近い影が伸びる。触手のようなものが、ためらいなくケークへ突き刺さった。音は小さい。だから最初、周囲は気づかない。だがケークの身体がびくりと跳ね、扇子が手から落ちた。触手が脈打つたび、ケークから何かが吸い上げられていく。熱が奪われ、力が抜け、目の輝きが急速に薄れる。

 

「……な、なに……?」

 

「やめ……なさい……」

 

「……だー……りん……」

 

 ケークの声が震え、最後に言葉が形になる。

 

「ダーリン…どうして…………?」

 

 その言葉と一緒に、ケークの意識が落ちた。身体が座席にもたれ、首が折れそうに揺れる。客席の数人がようやく異常に気づき、ざわめきが生まれる。演奏はまだ続いている。続いているからこそ、現実が遅れて追いつく。クリスは椅子を蹴って立ち上がりかけた。

 

「ふざけんな!!」

 

「退け」

 

 真白の声が、刃のように短く落ちる。命令ではなく裁定だった。真白の片腕の欠損部に、冷気が集まり始める。戦闘時のみ生成される氷の腕が、静かに形を取り戻す。真白は立つ。客席を守るために、ではなく、客席を巻き込んだ“線越え”を裁くために。

 

「……終わりだ」

 

 舞台の音が、ようやく揺らいだ。奏者が異変を感じ、指が迷う。ざわめきが波になり、客席が立ち上がりかける。その中心で、ナイフの瞳だけが冷たく光っていた。夫婦の記念日は、祝福の音のまま、崩れ始める。

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