ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦 作:ボルメテウスさん
舞台の白が、さらに白くなった。眩しさではない。逃げ道のない正しさの圧だ。空席の観客席は、いつの間にか満席のように見え始めていた。椅子の影が人の輪郭を取り、拍手の音が「評価」から「要求」に変わっていく。商店街の看板は剣のように突き立ち、落とし穴は塞がったそばから別の場所で口を開ける。ここはもう、漫才の舞台ではなく、生存を賭けた採点装置だった。
「最終課題を提示いたします。『最大級のスベりを回避せよ』。失敗した場合、舞台は崩壊します。なお崩壊に伴う被害は、参加者の責任となります」
「責任って言うな!仕掛けたのそっちだろ!」
「抗議:減点。感情的な言い回し:減点」
「減点ばっかりだな!じゃあどう言えばいいんだよ!」
「静かに。今は言い方じゃない。勝ち方を決める」
マリアの声が落ち着くだけで、足元の赤いラインがわずかに薄くなる。言葉が現象を正す仕組みは変わっていない。正しいツッコミは命綱で、間違った熱量は刃になる。目黒は額の宝石に触れ、呼吸を整えた。舞台に立った時の癖が、恐怖の上に被さってくる。逃げるより、立つ方が自然に感じてしまうのが腹立たしい。
舞台の中央に、巨大な「スベり台」が出現した。子供の遊具の形をしているのに、滑走面が黒い。光を吸い、音を吸い、笑いを吸い、最後に人の足元を吸い込む。スピーカーから、機械じみた観客の笑い声が流れ始める。笑っていないのに笑い声がある。最高にタチが悪い。
「次の現象は『強制スベり』です。ウケない限り、滑走は停止しません」
「止まらないスベりって、人生で一番怖いやつだろ……!」
「怖がるな。怖いままやれ。守るのが先」
「守るって、どう守るんだよ。俺のボケ、いま滑ったら死ぬタイプじゃん!」
「滑るなら、滑った瞬間に正す。あなたはボケる。竜儀は受け止めて投げ返す。私は状況を切る。それで行く」
舞台袖の暗がりで、ブーケが壁にもたれていた。花の香りは薄いまま、視線だけがこちらを追っている。疲れているのに、逃げていない。その目の奥にあるのは、敵意よりも、理解できないものを前にした戸惑いだった。マリアは一瞬だけ歩み寄り、息が乱れていないかを確かめた。
「無理に見なくていい。あなたが壊れる」
「……私は敵です。敵に優しくされると、余計に困ります」
「困っていい。困るくらいで、ちょうどいい」
「……あなたは、怖い人ですね」
「褒め言葉として受け取る」
マリアが舞台へ戻ると、ブーケの肩がほんの少しだけ下がった。折れたままでも、呼吸ができれば立て直せる。敵味方の線より先に、人が壊れない方を優先するのがマリアのやり方だった。
目黒は深く息を吸い、舞台中央のスベり台を見上げた。黒い滑走面に、自分の姿が歪んで映る。そこに映る自分は、芸人でも戦士でもなく、滑ったら終わる人間そのものだった。怖さが喉に詰まり、声が出ない。出ない方がいい。叫べば減点だ。ここは、静かに殺しに来る場所だ。
「目黒さん。私が相方でよいのですか」
「今それ聞く!?いや、いいよ!むしろ丁寧すぎてツッコミどころ満載だから助かる!」
「なるほど。では、私は“丁寧に”受け止めます」
「丁寧に受け止めて、怪力で突っ込め!その落差で笑いを取る!」
「落差……理解しました。皆が傷つかない範囲で、最大の落差を作ります」
司会の声が追い打ちをかけるように鳴る。カウントが始まった。五、四、三。数字が落ちるたび、足元の赤が濃くなる。観客席の影が手を伸ばし、拍手が早くなる。スベり台が不気味に輝いた。
「開始」
目黒は一歩前に出た。額の宝石が強く光り、スポットライトが彼に集まる。視界がクリアになる。クリアになった分だけ、怖さも鮮明になる。だからこそ、目黒は逃げずに笑いへ踏み込んだ。
「どうもー!視界クリア芸人、目黒トオルでーす!今日の相方、暴神竜儀さん!この人、信仰の度数が強すぎて、眼鏡かけなくても見えてるものが全部“尊い”です!」
「はい。尊いです。皆さんも、尊いのです」
「待て!今それ言うと、俺のツッコミが死ぬ!尊いって言葉で全部包むな!雑に優しいな!」
「雑に優しい:判定・良」
「え、そこ良なんだ!?」
テロップが浮かび、危険が一段だけ緩む。落とし穴が一つ閉じ、看板の刃が鈍る。笑いが起きたのではない。正しいツッコミが成立したのだ。目黒はその感触を掴み、次へ畳みかけた。
「しかもこの人、危険な時ほど丁寧になる!火事の中で“熱いですね”って言うタイプ!」
「火事はよくありません。消火が必要です」
「そういうところだよ!それを今、冷静に言うな!冷静がボケになってるんだよ!」
司会の声が一瞬だけ詰まった。舞台のルールが、目黒の組み立てに追いつけない。スベり台が黒くうねり、強制スベりを起こそうと滑走面が光る。危険が戻ってくる。だからこそ、次の一手が必要だった。
「竜儀さん!ここで怪力ツッコミ!俺が滑る前に、叩き落としてくれ!」
「叩き落とす……皆が傷つかない範囲、ですね」
「そう!俺だけは傷ついていい!いや、良くないけど、ここは芸人の覚悟ってやつ!」
「理解しました。目黒さんは、今、逃げない」
「逃げない!だから――来い!」
竜儀が一歩踏み込む。踏み込むだけで床が鳴り、スベり台の黒い滑走面が震えた。竜儀の掌が、目黒の襟元を掴む。優しく掴むのに、逃げられない強さだ。目黒の身体が宙に浮く。観客席の拍手が爆発的に加速し、「滑れ」という圧が波になる。その波の先で、竜儀の怪力が、まるで終止符のように動いた。
「失礼します。正します」
竜儀のツッコミが、目黒の身体を“安全な角度”で地面へ叩き戻した。叩き戻したというより、落ちるべき場所へ落とした。舞台の黒いスベりが、目黒に絡みつく前に、怪力がそれを断ち切った。衝撃は派手で、けれど痛みは最小限に抑えられている。怪力が暴力にならない、ぎりぎりの制御。目黒は地面で一回転し、仰向けになったまま笑った。息が苦しいのに、笑いが止まらない。
「最高……!これだよ……!俺が求めてたツッコミ、これだよ……!」
「笑っている場合じゃない。呼吸を整えなさい」
「笑ってるのが呼吸なんだよ!あーもう!最高!」
テロップが踊った。『怪力ツッコミ:最大級』『スベり回避:達成』『舞台崩壊:中止』。スベり台の黒が一気に剥がれ落ち、ただの遊具の形に戻る。観客席の影が霧みたいに薄れ、拍手が音を失って消えた。床の赤いラインが、じわじわと白へ戻っていく。舞台が、仕組みごと解けていく。
司会の声が、最後に一度だけ悔しそうに鳴った。
「勝者。……判定不能。ですが、舞台の維持が不可能です。これにて終了」
「終了って言うなら、最初から終わっとけ!」
「今のはツッコミ。判定・良」
「もう判定いらねぇ!」
目黒は起き上がり、額の宝石に触れた。ゴーグルレッドの輝きが、さっきまでの命綱の色から、舞台を降りるための明かりに変わる。彼は一度だけ、舞台袖のブーケを見た。ブーケはまだ困った顔のまま、しかし目を逸らしていない。マリアが肩を軽く叩くと、ブーケは小さく頷いた。笑いに乗れなくても、壊れずに見届けた。それだけで十分だった。
目黒は竜儀の前に立ち、リングを取り出した。指輪は、さっきまで彼の中で脈打っていたのに、今は静かだ。役目を終えた小道具みたいに軽く見える。
「竜儀さん。これ、あんたに渡す」
「……よいのですか。あなたの力でしょう」
「俺はもう満足した。ずっとボケで生きてきて、ツッコミに憧れて、でも誰も“命懸けで”受け止めてくれなかった。今日、受け止めて、叩き落としてくれた。俺の漫才、完成したんだよ」
「完成……それは、素晴らしいことです」
「あとさ。これ、舞台に利用されるんだよ。俺が持ってると、また“ウケろ”って首絞められる気がする。あんたは違うだろ。誰かのために持てる。変な圧に負けないで、“丁寧に”叩き返せる」
「……はい。皆が傷つかない形で、使います」
「それでいい。礼はいらない、とか言わないでいい。俺が勝手に渡すだけだから」
「では、受け取ります。テガソード様の幸せのために」
「ほら出た!神さまワード!最後まで丁寧ボケ!でも――今は、それで締まる!」
商店街の照明が元の明るさに戻り、風が通る。垂れ幕の「仮」の文字が、ひらりと落ちた。代わりに、何も書かれていない白い布が残る。舞台は消え、日常が戻る。戻ったのに、胸の奥にだけ、ひりつく達成感が残った。
マリアは最後に、ブーケへ目を向ける。ブーケは立ち上がり、丁寧にスカートの埃を払った。
「……今日は、ありがとうございました。私には、まだ理解できませんが……皆さまが壊れなかったことは、良いことだと思います」
「理解しなくていい。壊れないことを選べたなら、それで十分」
「あなたは、本当に怖い人ですね」
「褒め言葉として受け取る。二回目よ」
ブーケが、ほんの少しだけ笑いかけた。乗れない笑いではなく、困り果てた人間の笑いだ。花の香りが一瞬だけ戻り、すぐに薄れる。敵は敵のまま、けれど壊れずに去っていく。その背中を見送りながら、目黒はリングを渡した手を握りしめ、今度は心の底から息を吐いた。