ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦   作:ボルメテウスさん

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奏の言葉

 屋上の夜風は、戦いの熱を冷ますには冷たすぎた。庁舎の灯りが遠くで白く滲み、警備灯の回転が規則正しく空を舐めている。猛原禽次郎は、膝をついた天羽尊人の肩から手を離さずにいた。支えというより、落下を防ぐ最後の楔だ。尊人は武器を失い、翼の感覚も乱れ、呼吸だけが荒く残っている。

 

 風鳴弦十郎は数歩離れて立った。拳を握っているが、振り上げない。振り上げれば簡単だ。だが簡単な決着は、尊人の中の空白を埋めない。空白が埋まらなければ、復讐心は形を変えて戻る。

 

「……終わりか」

 

 尊人が絞り出すように言った。

 

「終わりじゃねぇ」

 

 禽次郎が即座に返す。

 

「なら、何だ。捕まえて、黙らせて、忘れさせるのか」

 

「忘れさせねぇ」

 

 禽次郎の声は低かった。断定だった。尊人は笑わない。笑えないほど真剣に、弦十郎を見上げた。弦十郎の顔に答えが書いてあるとでも言うように。

 

「……奏のことを、どう説明する」

 

 弦十郎は視線を逸らさなかった。逸らせば、逃げになる。逃げは尊人の復讐心を正当化する。弦十郎は屋上の縁へ一歩近づき、夜風の中で息を吐いた。

 

「説明できることと、できないことがある。だが、“知らないふり”をする気はない」

 

「それが関係者の言い訳か」

 

「言い訳じゃない。責任だ」

 

 弦十郎が言い切ったとき、尊人の肩が小さく震えた。怒りではない。責任という言葉を、正面から受け止められるのが怖いのだ。責任は“誰かが抱えていた”証拠になる。抱えていたのなら、尊人が殴り込む先は、単純な悪ではなくなる。

 

 禽次郎は尊人の横顔を見た。視線が尖っているのに、目の奥が疲れている。復讐は体力を使う。痛みを燃料にすると、燃え尽きた後に何も残らない。

 

「天羽」

 

 禽次郎が呼ぶと、尊人は視線だけを向けた。

 

「お前が知りたいのは真相だ。だが今のお前は、真相じゃなく“報い”を掴みに行ってる」

 

「報いが必要だ。そうじゃなきゃ、奏が——」

 

「奏を言い訳にするな」

 

 禽次郎は強く言った。優しさでは止まらない局面だ。尊人の目が見開かれる。

 

「言い訳だと……?」

 

「お前は今、奏のために飛んでない。お前の痛みを軽くするために飛んでる。痛みを軽くするのは悪じゃない。だが、誰かを墜としたら、痛みは増えるだけだ」

 

 尊人の唇が歪んだ。反発の言葉が出そうになり、出なかった。代わりに喉が鳴る。飲み込んだのか、堪えたのか、その両方かもしれない。

 

 弦十郎が一歩前へ出た。拳ではなく、言葉を持って近づく。

 

「天羽。お前が奏を想う気持ちは、俺も知っている」

 

「知ってるなら……!」

 

「知っているからこそ、伝える」

 

 弦十郎の声が、屋上の空気を静かに支配した。怒鳴らない。威圧しない。ただ、逃げ道を塞ぐように淡々と言う。

 

「奏が最後に響へ言った言葉がある。“生きるのを諦めるな”だ」

 

 尊人の瞬きが止まった。言葉が胸に刺さったのではない。刺さり方が、あまりに“奏”だった。軽く言って、重い意味を置く。からかうようで、真剣。尊人の記憶の中の奏が、そのまま息をした。

 

「……そんな言葉、奏が……」

 

「言った」

 

 弦十郎は短く断定した。

 

「お前にも、同じだ。生きろ。疑うなら、疑いながら生きろ。殴って終わらせるな」

 

 尊人の肩が落ちた。落ちた瞬間、復讐心の張り詰めが少しだけ解けた。その解け方が危うい。解けると人は泣くか、壊れるか、どちらかになりやすい。

 

 禽次郎は、そこで手を伸ばした。今度は支えるためではない。引き上げるための手だ。

 

「天羽。俺はお前を敵だと思ってねぇ」

 

「……さっきまで、殴り合ってたくせに」

 

「殴り合ってたのは、お前を止めるためだ。止めたかったのは、お前の復讐じゃなく、落下だ」

 

 尊人が乾いた笑いを漏らした。笑いというより、息だ。息を止めるのをやめた証拠でもある。

 

「お前……妻を亡くしたって言ってたな」

 

「ああ」

 

「それで、どうした」

 

 禽次郎は即答しなかった。答えは簡単に言える。だが軽く言えば嘘になる。禽次郎は一度だけ夜空を見上げ、庁舎の灯りを視界の端に置いた。奪われた空白を思い出す。思い出しながらも、今は生きている時間の方を選ぶ。

 

「……止める側に回った」

 

「止める側」

 

「誰かが同じ目に遭いそうになったら、止める。止められなかった悔しさを、次の誰かに渡さないために」

 

 尊人は黙った。黙って、拳を握った。握りしめた拳は怒りの拳ではない。耐える拳だ。耐えることは、生きることに近い。

 

「俺は……止まれなかった」

 

「止まった」

 

 禽次郎が言う。

 

「止まってない。弦十郎にまだ——」

 

「止まったから、今ここにいる」

 

 禽次郎はもう一度断定した。尊人の視線が揺れる。揺れが、少しだけ柔らかい。

 

「……俺は、真相が欲しい」

 

「それは否定しない」

 

 弦十郎が言った。

 

「だが、お前が今夜やろうとしたのは“真相の追及”じゃない。関係者を殴って、痛みをぶつけて、何かが埋まった気になる行為だ」

 

「埋まらないのは分かってる。分かってるのに、止まれない」

 

「止まる練習をしろ」

 

 弦十郎の言葉は厳しい。だが厳しさの方向が正しい。尊人を押しつぶす厳しさではなく、立たせる厳しさだ。

 

「お前の疑念には、向き合う。だが今夜は、地上を巻き込まなかった。それだけで、お前は自分の“線”を守った。守れた線があるなら、次も守れる」

 

 尊人はゆっくりと息を吐いた。吐いた息が白くならない程度に、空気はまだ冷たい。

 

「……向き合う、って言ったな」

 

「ああ」

 

「じゃあ、俺は……リングを持ったままじゃ駄目だ」

 

 尊人がぽつりと言った。禽次郎が眉を寄せる。尊人の指が、胸元のリングへ触れる。

 

「俺が持ってると、また“選ぶ”って言い出す。俺は、選べると思い込んだ。奏の死を、誰かの死で埋めようとした」

 

「それに気づいたなら——」

 

「気づいただけじゃ足りない。手が勝手に動く」

 

 尊人は唇を噛み、拳を開いた。

 

「だから……預ける」

 

 尊人が差し出したのは、ジュウオウジャーのセンタイリングだった。指輪の戦士としての力の核。自分の“暴走のトリガー”でもあるもの。

 

 禽次郎はすぐに取らなかった。取れば簡単だ。だが簡単に取ったら、尊人の自制の決意を軽く扱うことになる。

 

「理由を言え」

 

 禽次郎が言うと、尊人は視線を逸らさずに答えた。

 

「俺は真相を追う。でも、拳で奪うのはやめる。リングがあると、俺は近道を選ぶ。近道は人を巻き込む。……それを、もうやりたくない」

 

 禽次郎はゆっくりと頷いた。

 

「預ける相手は俺でいいのか」

 

「お前は……落とさないために戦った」

 

「それだけだ」

 

「それが、今の俺にはできない」

 

 尊人の言葉は悔しさを含んでいた。悔しさは生きている証拠だ。禽次郎は手を伸ばし、リングを受け取った。金属の冷たさが掌に残る。重い。責任の重さでもあった。

 

 弦十郎が、そこで初めて少しだけ表情を緩めた。

 

「天羽。お前が奏を想うなら、奏の言葉を裏切るな」

 

「奏の言葉、それは一体」

 

ゆっくりと、弦十郎は呟く。

 

「生きるのを諦めるな。それが彼女が最期に言った言葉だと聞いている」

 

「……“生きるのを諦めるな”」

 

 尊人が小さく繰り返す。繰り返す声が、少しだけ震える。

 

「諦めない。だが、信じない。簡単には」

 

「それでいい」

 

 弦十郎が言った。

 

「信じなくていい。疑いながら来い。ただし、疑いを刃にするな。言葉にしろ。俺が受ける」

 

 尊人は一瞬だけ驚いた顔をし、すぐに眉をひそめた。

 

「受ける……か。殴られても?」

 

「殴らせない」

 

 禽次郎が即座に割り込む。

 

「言葉でやるって決めたんだろ」

 

 尊人が鼻で短く笑った。

 

「お前、案外怖いな」

 

「怖くていい。落下よりマシだ」

 

 夜風が強く吹き、三人の影を屋上の縁へ引っ張った。庁舎の灯りが、戦いの痕を白く照らす。だが、戦いの痕よりも、今は一つの選択が残った。殴り合いではなく、預けるという選択。奪うではなく、託すという選択。

 

 尊人は屋上の縁へ歩き、街を見下ろした。地上には警備員と救急の灯りが点在し、それでも人々は生きて動いている。落ちなかった世界。守れた線。

 

「……奏が見てた世界は、これか」

 

 尊人がぽつりと言った。

 

「そうだ」

 

 弦十郎が答える。

 

「だから生きろ。お前が生きて、疑って、問い続けるなら、奏の死は“終わり”にならない」

 

 尊人は目を閉じ、深く息を吸った。息を止めない。呼吸を続ける。その当たり前が、今夜の和解の証だった。

 

「猛原」

 

 尊人が禽次郎を呼んだ。

 

「何だ」

 

「……すまなかった」

 

 禽次郎は驚かない。驚かないふりもしない。短く、受け取る。

 

「俺も言い過ぎた。だが、止めるのはやめねぇ」

 

「止めていい。俺がまた近道を選びそうになったら」

 

「約束だ」

 

 尊人が小さく頷く。弦十郎が屋上の出入口を指し示した。

 

「降りるぞ。話はこれからだ」

 

「……ああ」

 

 三人は屋上を後にした。庁舎の灯りは変わらず白く、夜風は冷たいままだ。だが、空は少しだけ広く感じられた。落とすための空ではなく、生きて向き合うための空として。

 

 禽次郎の掌の中で、リングが静かに重さを保っていた

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