ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦 作:ボルメテウスさん
輪郭があるのに実在感が薄い。そこにいるはずなのに、視線が焦点を結べない。これまでの強敵が持っていた“熱”がない。代わりに、深海みたいな静けさがある。静けさは、壊れる前触れに似ていた。
「お前……何をした」
俺の声が乾いた。相手は首を傾げる。困ったふりをする仕草が妙に丁寧で、逆に不気味だった。
「勝っただけさ。彼女は強かった。でも、勝負は勝負。終盤だろ? 残る戦士も僅かだ。だから――」
相手が笑う。口角だけが上がって、目が笑っていない。笑みが“刃”の形をしている。
「最期の戦いをしよう、吠。君は願いがないんだって? なら、最後に見つければいい。殴り合いの先で」
「……お前の気配、変わったな」
言った瞬間、影が少しだけ濃くなった。まるで“気づかれた”ことを楽しむみたいに。
「気配? そう見える? 面白いな。僕はずっと僕だよ。ただ――君が、やっと目を開けただけ」
ぞっとした。言葉の意味じゃない。言葉が触れてくる感じが、生理的に嫌だった。次の瞬間、相手は一歩も動かずに消えた。煙みたいに薄れるのではなく、“最初からいなかった”ように消える。残ったのは街灯の唸りと、紙の擦れる音だけ。現実がまた現実の顔をし始める。その戻り方が余計に怖い。
俺は膝をついた彼女へ目を戻した。彼女は歯を食いしばって、うまく息ができないみたいに肩を上下させている。俺は名前を知らない。だから呼べない。呼べないのが悔しい。知らないまま倒れていく誰かが、また増える。
「立てるか。……いや、無理だな」
返事はない。目だけが、まだ折れていない。
救急車を呼ぶべきだ。支えるべきだ。頭では分かるのに、胸の奥の冷たい塊が動きを鈍らせる。さっきの“未知の指輪の戦士”の気配が、呪いみたいに背中へ貼り付いて離れない。何が違う? 何が変わった? 答えが出ないまま、俺は立ち尽くした。
「遠野さん……」
背後から声がした。近い。夜風より温度がある声。身体が反射で固まり、次に首だけがゆっくり回った。振り返った瞬間、息が止まる。
「なつめ……」
堤なつめがそこにいた。フィフティマート五十狛店の同僚。気弱で、でも夢だけは折らないやつ。俺がクビになった日も、傷だらけの俺を見て、黙ってハンバーガーを奢ってくれた――そのなつめが、こんな夜の路地に、当たり前みたいに立っている。
けど、当たり前じゃない。目が違う。優しいのに、覚悟がある。戦う人間の目だ。なつめは俺の手元の指輪を見て、次に、さっきまで空気を歪めていた気配の“残り”に反応するように肩を強張らせた。
「……今の、何?」
「分からない。未知の指輪の戦士だ」
なつめの視線が路地の奥を探る。構える気配が一瞬で立つ。銀のテガソードを握る直前の、呼吸の形。なつめは知らない。今の相手が何者かも、名前も。だからこそ、あれを“未知”として警戒できる。正しい。怖いものを怖いと判断できるのは、強さだ。
でも、なつめの視線はすぐに足元へ落ちた。倒れている彼女を見た瞬間、なつめの眉がきゅっと寄る。戦う顔から、守る顔へ切り替わるのが早い。
「……怪我、ひどい」
「ああ。運べるか」
「運ぶ。戦うのは後」
なつめは構えたままじゃない。迷いなく優先順位を決めた。俺はその言葉に、胸の奥の冷えが少しだけ割れるのを感じた。安心じゃない。緊張の形が変わるだけ。それでも、“今やるべきこと”が目の前にできた。
「救急呼ぶ。だけど――」
「病院、近い方が早い。遠野さん、手伝って」
「分かった」
俺は倒れている彼女の肩へ手を入れた。軽い。軽すぎる。装甲の中にいた時はあれだけ大きく見えたのに、素顔は年相応で、骨ばっていて、呼吸が浅い。なつめが反対側へ回り、彼女の身体を抱え上げる。持ち上げた瞬間、彼女が小さく呻き、唇から息が漏れた。
「大丈夫。すぐ病院」
なつめの声は、震えていない。震えないのは強がりじゃなく、彼女の“夢”が鍛えた芯だ。歌を届けたい、という願い。願いを持っている人間の言葉は、迷いを切る。
俺は彼女の脚を支えながら、さっきの路地を振り返った。街灯の下には何もいない。なのに、空気だけがまだ冷たい。未知の指輪の戦士――あれは俺に「最後の戦い」を告げた。俺の願いの空白を、笑いながら指でなぞった。あの笑みが消えていない気がする。背中の皮膚に、まだ貼り付いている。
「なつめ」
「うん」
「今の相手、また来る」
「……来るね。分かる」
なつめが短く答えた。彼女は知らない相手を、知らないまま恐れない。けど、恐れを“行動”に変えることはできる。だから今は、運ぶ。守る。戦うのは、その後。
俺たちは歩き出した。二人で一人を抱えて走るのは難しい。走れば揺れる。揺れれば痛む。だから早足で、揺れを最小にして、息を合わせて進む。街は正月の残り香のまま、何事もなかった顔で続いている。コンビニの明かりが遠くに見え、信号が青に変わる。救急車のサイレンがどこかで鳴り始めた。
願いはまだない。けど、今の俺にできることはある。目の前の命を落とさない。未知の戦士に、誰かの痛みを“勝ちの材料”にさせない。指輪の冷たさを握り直して、俺はなつめと視線を合わせた。
「遠野さん」
「何だ」
「終盤なんだよね。……だったら、なおさら。今夜は守ろう」
「ああ」
俺たちは病院へ向かった。背後の闇は静かで、静かなほど不穏だった。あの戦士がまた現れるとき、今度は逃げずに“決着”へ向かうだろう。だからその前に、守れるものを守る。俺の空白はまだ埋まらない。でも、空白を理由に誰かを落とすわけにはいかない。