ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦 作:ボルメテウスさん
採掘場を満たす空気は、もはや空気ではなかった。
鉄と火薬と砕けた岩の匂い、その全てを上塗りするように、ビダルの放つ異質な飢えが空間そのものへ染み込んでいる。立っているだけで腹の底を爪で抉られるような、不快では済まない欠落感。命の燃料を直接抜き取られているような感覚だった。
だが、それでも。
「――っ、らぁッ!!」
最初に踏み込んだのはゲキレッド。
いや、その中身を知る者にとっては、風鳴弦十郎その人の一撃である。
赤い拳が唸る。拳撃というには重すぎる。砲撃というには近すぎる。
地を割る勢いで踏み込み、正面から放たれた右ストレートは、ビダルの頬を捉え、その巨体を半歩、確かに押し返した。
「ぬ、っ――!」
ビダルが初めて表情を歪める。
その隙を見逃す男ではない。
「一歩退いたな。ならば二歩、三歩と退かせるまでだ!」
追撃。
左の掌底が胸板を打ち、返す肘が脇腹へ突き刺さる。さらに低く沈んだ姿勢からの膝蹴り。拳法とも喧嘩殺法ともつかない、ただ相手を制圧するためだけに磨き上げられた暴力が、ゲキレッドの身体を通して炸裂する。
その連撃の合間を縫うように、夜のように静かな赤が走った。
「影縫いの術」
ニンジャレッド――緒川慎次が印を切る。
散った苦無が地面へ突き立ち、そこから広がった影が生き物めいてビダルの脚へ絡みついた。動きを止めるほどではない。だが、動きの起点を狂わせるには十分。
ビダルが強引に脚を引き剥がそうとした、その瞬間。
「隙ありだ、お供の者!」
陽気な声とともに、赤金に近い煌めきを帯びた刃が斜めに閃いた。
ドンモモタロウ――立花洸のドンブラソードが、ビダルの肩口から胴へ深々と走る。
火花が散る。
鋼を斬った音ではない。もっと不愉快で、もっと生臭い、飢餓そのものを裂いたような音だった。
「お父さんッ!」
離脱しながらも響の声が飛ぶ。
洸は振り返らない。ただ口元だけを吊り上げる。
「心配するな、響! 親ってのはな、こういう時に格好つける生き物なんだよ!」
言葉は軽い。けれど、その背中は一切軽くない。
娘を行かせるために、父は剣を振るう。
師は拳を振るう。
執事は影のように死地へ立つ。
それだけの話だ。
それだけの話で、大人は立てる。
ビダルが咆哮した。
怒りではない。苛立ちでもない。もっと原始的な、奪う獣の本能そのものが剥き出しになった声だった。
「邪魔だ……邪魔だァッ! あの女を、立花響を、喰らわねば……!」
「それを邪魔すると言っている!」
ゲキレッドの拳が、正面からその顔面へ叩き込まれる。
頭が跳ねる。そこへニンジャレッドが煙玉を炸裂させ、視界を奪い、ドンモモタロウが霧を裂いて連続斬撃を浴びせる。
三方向。
三種三様。
正面突破、攪乱制圧、白刃の急襲。
誰一人として役割が被らず、それでいて噛み合っている。戦場における理想の連携が、今この場だけ奇跡みたいに成立していた。
圧倒されている。
少なくとも、そう見えた。
だが。
ビダルが、不意に止まった。
止まってしまった、ではない。
自らの意思で、全ての被弾を無視して、飢えた牙のような笑みを浮かべたのだ。
「ならば……まとめて飢えろ」
ぞぶり、と。
世界の底が抜けたような音がした。
空気が痩せる。
地面が痩せる。
身体が、魂が、内臓が、今まで己を支えていたはずの何かを根こそぎ失っていく。
「ぐ、ぅ……ッ!」
ゲキレッドが片膝をつく。
ドンモモタロウの太刀筋が鈍る。
ニンジャレッドの指先から、僅かに印の冴えが失われる。
空腹。
そんな生易しい言葉ではない。
立つ理由も、殴る意味も、守るべきものの輪郭さえ薄れさせていく、存在の飢餓。
ビダルが嗤う。
「貴様ら大人が、何を気取る。飢えれば終わりだ。欠ければ折れる。それが命だ」
正しい。
ある意味では、あまりにも正しい。
人は飢えれば弱る。欠ければ倒れる。尽きれば終わる。
だからこそ。
弦十郎が、ゆっくりと立ち上がる。
「その理屈は、子供達の前で口にするにはあまりにも醜悪だ」
声が、低く響く。
それは怒声ではなく、怒りを通り越した男の声だった。
「大人とは、倒れながらでも前に立つものだ。子供に背を向けぬためにな」
緒川もまた、静かに息を整えた。
額には汗。だが眼差しは一ミリも曇らない。
「空腹程度で退くのであれば、僕は風鳴翼のマネージャーを務めておりません」
「はは……違いねぇ!」
洸が剣を杖代わりにしながら、なお笑う。
腹の底を焼かれ、手足が鉛のように重いはずなのに、その笑みだけは父親のものだった。
「子供達が必死に明日へ走ってるってのに、大人がここで膝ついてられるかよ……!」
その時だった。
遠く。
けれど、確かに。
戦場の彼方から、原初の鐘にも似た光が走る。
テガソードオリジン。
神話の始まりに触れるような光が、三人の赤へ降りた。
「これは――」
緒川の呟きより早く、ゲキレッドの全身が黄金の気を帯びて爆ぜる。
赤を核に、金が燃え上がる。拳はさらに鋭く、獣性と超越を両立させた新たな段階へ跳ね上がる。
スーパーゲキレッド。
同時に、ドンモモタロウの鎧が豪奢な黄金へ染まった。
祭りの主役が、今や伝説そのものを纏ったかのような姿。煌めきながら、しかし軽薄さなど一切ない。守る者の黄金だ。
「いいじゃねぇか……!」
洸が笑う。
その笑みは、勝利を確信した男のそれだった。
「ここからが本番だ、ビダル!」
初めて、ビダルが明確に戸惑った。
飢えさせたはずの獲物が、何故なお立つのか。
何故なお強くなるのか。
理解できない。理解できないものは恐怖になる。
「馬鹿な……何故だ……!」
「答えは簡単です」
ニンジャレッドが、音もなくビダルの背後へ回る。
印が結ばれる。風が止まり、空気が固まり、影が敵の四肢へ絡みついた。
「貴方が飢えさせたものは肉体です。ですが――」
影縫い。
金縛り。
さらに封気の術まで重ねられ、ビダルの動きが決定的に縫い止められる。
「子供を想う大人の意地までは、奪えない」
その一言が、引き金だった。
スーパーゲキレッドが踏み込む。
地面が弾ける。黄金の気が拳へ収束し、獣の咆哮めいた闘気が一直線にビダルへ突き刺さる。
同時に、ゴールドンモモタロウが跳ぶ。
剣が天の光を引き、振り下ろされるのではなく、落日の如く戦場を断ち割るために振るわれる。
「「――はあああああああああッ!!」」
拳と剣。
野生の極致と、祝祭の極致。
まるで異なる二つの力が、しかし一つの必殺として噛み合った。
黄金の獣が吠え、黄金の刃が笑う。
直撃。
ビダルの身体を中心に、飢餓の闇がひび割れる。
裂け目は一筋では済まない。拳の衝撃で内側から砕かれ、剣の斬撃で外側から断たれ、飢えそのものが保てなくなって崩壊していく。
「が、ぁ……あ……あああああああああッ!?」
絶叫。
黒い瘴気が噴き上がり、巨体がのけぞり、ついに限界を超えた。
そして。
爆ぜた。
轟音が採掘場を揺らし、積もった砂塵が遅れて空へ舞い上がる。
飢餓の気配が、ようやく薄れる。腹の底を抉っていた不快な欠落も、少しずつ霧散していった。
静寂の中。
立っていたのは三人の赤だった。
スーパーゲキレッドが拳を下ろす。
ゴールドンモモタロウが刃を払う。
ニンジャレッドが静かに印を解く。
「……どうやら、間に合ったようですね」
緒川がそう言うと、洸は大きく息を吐いた。
「まったく。腹は減るわ、命は削れるわ……とんでもない仕事だぜ」
「だが、悪くはない」
弦十郎の声は、短く、それでいて確かだった。
「子供達の道を拓く。大人の戦いとは、そういうものだ」
その言葉に、二人は何も返さなかった。
返す必要がなかった。
既に、その背中で証明していたからだ。