ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦   作:ボルメテウスさん

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ポーラー・アガートラーム

 街を見下ろす高層ビルの屋上は、夕暮れの風が静かに抜けていた。

 

 オレンジ色へ傾いた空の下、そこに一人で立っている青年がいる。

 熊手真白。

 今は、あの指輪争奪戦も、厄災との戦いも終えた一年後だ。

 

 彼は屋上の縁へ腰を預け、手にした小瓶から蜂蜜を掬っていた。

 丁寧に舐めるというより、味わうように、確かめるように、ゆっくりと口へ運ぶ。

 甘い香りが風に混じる。

 戦いばかりだった日々には不釣り合いなほど穏やかな時間だった。

 

「あれから一年、あっという間に終わってしまったな」

 

 独り言のようなその声には、感傷も諦めもなかった。

 ただ事実を見つめて、その流れの早さをどこか面白がっているような響きだけがあった。

 

 そのすぐ傍らで、ベアックマが小さく身体を揺らした。

 主の言葉に頷くようにも見えるし、ただ蜂蜜の匂いに気を取られているようにも見える。

 どちらにせよ、平和な光景だった。

 

 その静けさを破るように、屋上の扉が開いた。

 足音が近づく。

 迷いはある。

 けれど引き返す気はない、そういう足取りだった。

 

「……熊手真白」

 

 呼ばれた名に、熊手は振り向く。

 その表情に驚きはない。

 最初から気付いていたような、あるいは誰が来ても構わないという顔で、彼は余裕の笑みを浮かべた。

 

「おや、マリアじゃないか。こんな所でどうしたんだ」

 

「お前も蜂蜜を食べるクマか?」

 

 ベアックマまで当然のように会話へ入る。

 その様子に、マリアはほんの少しだけ眉を寄せた。

 呆れている。

 けれど、嫌っているわけではない。そんな表情だった。

 

「指輪争奪戦が終わった事で、少し肩の荷が降りたのよ。だからこそ、あなたに聞きたい事があるの」

 

 熊手は蜂蜜の瓶を軽く揺らしながら、片方の眉を上げた。

 

「俺様にかい?」

 

「……あなたは、転生した姿と言ったわね」

 

 その言葉が落ちた瞬間、風の流れが少しだけ変わったように見えた。

 マリアはまっすぐ熊手を見ている。

 からかいでも詮索でもない。

 確認しなければならないことを、ようやく口にした顔だった。

 

 熊手はすぐには答えなかった。

 手元の蜂蜜を見つめ、そこへ夕日が差して金色に光るのを見てから、小さく笑う。

 

「あぁ、俺様自身も未だに分からないさ。けれど、この世の中、そのような出来事なんて数え切れない程ある」

 

 あまりにもあっさりした言い方だった。

 自分が何者で、何を経てここに立っているのか。

 本来ならもっと重く語られてもおかしくないことを、彼はまるで季節の移り変わりでも語るみたいに口にする。

 

 だが、その軽さの奥に、マリアは確かに別の温度を感じ取っていた。

 熊手真白という男は、いつも偉そうで、余裕ぶっていて、何もかも承知の上で笑っているように見える。

 けれど時折、その奥に、もっと遥かに古い時間を知る者の静けさが顔を出す。

 

 マリアは、一歩だけ近づいた。

 風が長い髪を揺らす。

 次の問いは、さっきまでよりずっと静かだった。

 

「ならば、聞きたいわ。あなたはフィーネに対してはどう思うの」

 

 その名前が出た時、ベアックマがぴたりと動きを止めた。

 蜂蜜を口に運びかけていた熊手の手もまた、一瞬だけ止まる。

 

 夕暮れの色が、少しだけ濃くなったように見えた。

 

「……愛していたさ」

 

 それは、驚くほど迷いのない答えだった。

 照れも誤魔化しもない。

 ただ真っ直ぐに、過去を肯定する響きだけがそこにある。

 

「そして、後悔があるとすれば、彼女に長い時間、地獄を味合わせた事だな」

 

 マリアは、何も言えなかった。

 フィーネ。

 彼女の名を聞けば、どうしても思い出すのは戦いだ。

 妄執、孤独、世界を巻き込んだ破滅的な願い。

 けれど今、目の前にいる熊手の言葉は、その全部のさらに奥にあるものを指していた。

 

 長い時間。

 地獄。

 その言葉の重さは、いくら想像しても足りないのだろう。

 

「……そう」

 

 ようやく絞り出したのは、それだけだった。

 だが熊手は、その短い返事で十分だと分かっているように頷いた。

 

 そして今度は、蜂蜜から視線を上げ、まっすぐマリアを見る。

 

「けれど、彼女の最期を教えて貰った」

 

 声音が変わる。

 柔らかいわけではない。

 だが、どこか遠くを見ている者の静けさがあった。

 

「きっと転生せずに死んだ時、彼女に後悔はなかった。俺様は幾度となく世界を救った君達に感謝すると共に、俺が愛した彼女を救ってくれた君達に感謝している」

 

 マリアは息を呑んだ。

 

 その言葉を言った時だった。

 ほんの一瞬。

 ほんの一瞬だけ、熊手真白という青年の輪郭の向こうに、別の姿が重なった。

 

 神代の面影。

 遥かな時を知る者の眼差し。

 人類の起源と共にあり、そしてたった一人を想い続けた者の影。

 

 エンキ。

 

 確かにそうと分かるほど一瞬で、

 けれど見間違いでは済まされないほど鮮烈に、

 熊手の姿へその面影が重なっていた。

 

 マリアは言葉を失った。

 今この場に立っているのが熊手真白であることに変わりはない。

 だがその奥に、本当にエンキの記憶と想いが息づいているのだと、ようやく実感として胸へ落ちてきた。

 

 風がまた吹く。

 夕日がさらに傾く。

 

 ベアックマが、空気を壊さないようにするためか、それともただいつもの調子を取り戻したかったのか、小さく咳払いめいた仕草をした。

 

「蜂蜜は、冷めないうちに食べるクマ」

 

 その一言に、マリアは思わず笑ってしまった。

 張り詰めていたものが少しほどける。

 熊手もまた、やれやれとでも言いたげに肩を竦めた。

 

「まったく、空気を読むのか読まないのか分からん相棒だ」

 

「今の熊手に丁度いいクマ」

 

 屋上の空気が少しだけ柔らかくなる。

 それでも、今の会話が軽くなったわけではない。

 むしろ逆だ。

 ずっと曖昧だったものに、初めてちゃんと輪郭が与えられたからこそ、少しだけ息がしやすくなったのだ。

 

 マリアは静かに目を閉じ、それからもう一度熊手を見る。

 そこにいるのは、やはり熊手真白だった。

 だが同時に、確かにエンキでもあるのだと、今はもう否定できなかった。

 

 夕暮れの空の下、甘い蜂蜜の香りだけが、戦いの終わった世界に静かに残っていた。

 

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