ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦 作:ボルメテウスさん
その日、一河角乃は病院からの帰り道をひとり歩いていた。
空は高く、風は穏やかで、いかにも“何事もない日”の顔をしている。
けれど、彼女の胸の内側だけは、朝からずっと静かではいられなかった。
緒乙が目覚めた。
ずっと意識不明だった妹が、ようやく目を開けた。
その事実だけで、世界の色が少し変わって見えてもおかしくない。実際、角乃の足取りはいつもより軽かったし、胸を締めつけていた重たい塊も、ようやく少しだけほどけていた。
なのに不思議なもので、安堵が大きいほど、そのあとの空白もよく見えてしまう。
病院を出た瞬間から、角乃はそれを感じていた。
ずっと緒乙のことばかり考えて、そこへ向かって走ってきた。
目覚めてほしい。
無事でいてほしい。
その願いだけが、何よりも先にあった。
だから、それが叶った今、胸の奥にぽっかり空いた場所へ、別の問いが入り込んでくる。
――じゃあ、私はこれからどうするのか。
答えはまだない。
それを考えようとすると、嬉しいはずの今日の気持ちへ、少しだけ影が差す。
そんな自分が嫌で、角乃は小さく息を吐いた。
商店街を抜けたところで、前方から見覚えのある姿が歩いてくるのが見えた。
小柄な体に、買い物袋。
落ち着いた歩幅。
視線が合うと、向こうもすぐに角乃へ気付いたようだった。
「……角乃」
「調」
月読調は、買い物袋を持ち直しながら近づいてくる。
いつものように無表情に近い顔をしているけれど、目元だけは少し柔らかい。
それだけで、彼女なりに驚きや親しさをちゃんと表しているのが分かる。
「病院、帰り?」
「ええ。……まあ、そう」
短く答えた角乃の顔を、調は少しだけ見上げた。
それから、ごく自然に言う。
「……よかったことがあった顔をしてる」
角乃は一瞬、言葉に詰まった。
そんなに分かりやすかっただろうかと思ったが、相手が調なら不思議ではない。
余計な詮索はしないくせに、こういう時だけ妙に人の機微へ触れてくる。
「……緒乙が、目を覚ましたの」
言った瞬間、自分の声が少し震えた。
改めて口にすると、本当に現実なんだと分かる。
緒乙は生きている。
目を開けて、ちゃんとこちらを見た。
それだけで、何度でも泣きそうになる。
調は小さく目を見開いたあと、こくりと頷いた。
「そう……よかった」
言葉は短い。
でも、それで十分だった。
軽い慰めでも、大げさな祝福でもなく、ただ本当にそう思ってくれている声音だったからだ。
「うん……本当に」
角乃は少しだけ笑った。
けれど、その笑みは長くは続かなかった。
調がそこで、もう一歩だけ踏み込んでくる。
「それで、角乃はこれからどうするの」
やっぱり来た。
優しいだけで終わらせないところが、いかにも調らしい。
角乃は歩みを止めた。
調も合わせて立ち止まる。
夕方の風が二人のあいだを抜け、買い物袋のビニールが小さく揺れた。
「どうするって言われても……」
そこまで口にしてから、角乃は苦く笑った。
ごまかせるほど軽い問いじゃない。
そして、多分、もうごまかしたくもなかった。
「ずっと、緒乙のことばっかりだったのよ。目を覚ましてくれることだけ考えてた。だから……いざ本当にそうなると、安心したのに、急に分からなくなって」
「分からなくなった」
「ええ。私がこれから何をしたいのか、とか。何をするべきなのか、とか」
言葉にすると、思っていた以上に曖昧だった。
けれど、それが今の正直なところだ。
調は黙って聞いている。
急かさない。
結論を押しつけない。
そういうところは、本当に話しやすいと思う。
「指輪争奪戦も終わったし、もう“願いのために戦う”理由はなくなった。緒乙も目を覚ました。だったら、私があそこで必死になってた理由の大半は、もう終わったことになるでしょ」
「……うん」
「そうしたら急に、今までの自分が空っぽになったみたいで」
角乃は自嘲気味に肩を竦めた。
こんなこと、他の誰かへ言うつもりはなかった。
弱音に近い。
けれど調の前だと、どういうわけか少しだけ素直になれる。
調は少し考えてから、静かに言った。
「終わったことがあっても、角乃が空になるとは思わない」
「……買いかぶりすぎよ」
「そうでもない」
調の声には不思議な頑固さがある。
強く押すわけではない。
でも、揺るがない。
「角乃はずっと、人を追ってた。真実を見ようとしてた。助けようとしてた。戦いの中でも、それ以外でも」
その言葉に、角乃は少しだけ目を伏せた。
そうだ。
自分がしてきたことは、妹のことだけではない。
警察にいた頃も、いなくなってからも。
何かを追い、何かを暴き、何かを守ろうとしてきた。
「……でも、私はもう警察には戻れないわ」
それは、今でも胸へ刺さる事実だった。
警察という道。
正義を形にする、一番分かりやすかった夢。
そこへは、もう戻れない。
調はその言葉を受け止めて、少しだけ視線を下げた。
すぐに答えを返さず、ちゃんとその重さを受け取ってから口を開く。
「戻れなくても、終わりじゃない」
角乃は顔を上げる。
調は続けた。
「今の角乃も、ちゃんと人を助けてた。探して、見つけて、守ってた」
探偵。
その言葉は、角乃の中でまだ少しだけ宙に浮いていた。
警察になれなかったから、その代わりにやっていること。
どこかで、ずっとそう思っていたのかもしれない。
けれど、調に言われてしまうと、否定しきれなかった。
実際、自分は今の仕事を真剣にやっていた。
ただ空いた場所を埋めるためではなく、自分なりに本気で、誰かのために動いていた。
「……探偵なんて、成り行きみたいなものだったのに」
「でも、続けてきた」
「それは、まあ……そうだけど」
「なら、それも角乃の選んだもの」
その一言が、妙に胸へ残った。
選んだもの。
与えられた代用品じゃなくて。
仕方なく残った道じゃなくて。
今の自分が、ちゃんと選んでここに立っている。
角乃はしばらく黙った。
商店街の方から、人の話し声が微かに聞こえてくる。
当たり前の街の音だ。
けれど今は、それがひどく遠く感じた。
「……警察には戻れない」
ぽつりと、もう一度口にする。
今度は確認じゃない。
自分へ言い聞かせるための声だ。
「でも……」
その先を、少しだけためらう。
それでも、ちゃんと続ける。
「でも、探偵をしてる今の私も、嫌いじゃないのよ」
調が静かに角乃を見る。
角乃は、その視線を受けたまま続けた。
「緒乙を探したいって思った時も、誰かの嘘を暴きたいって思った時も、ただ仕事だからやってたわけじゃない。私、自分で動きたかったの。ちゃんと真実を見つけて、誰かを守れる側にいたかった」
言葉が少しずつ形になっていく。
口にするほどに、曖昧だったものへ輪郭がつく。
「警察には戻れない。でも……今の私には今の私のやり方がある。探偵として追えるものもあるし、助けられる人もいる」
角乃は、そこでようやく小さく笑った。
今度の笑みは、ごまかしではない。
少し照れくさいけれど、ちゃんと自分で納得した笑みだった。
「……だから、多分これも夢なのよね」
調は数秒だけ黙って、それから小さく頷いた。
「うん。そうだと思う」
角乃は肩の力を抜いた。
何かが急に大きく変わったわけではない。
警察へ戻れるわけでもないし、緒乙とのこれからだってまだこれからだ。
それでも、自分の先に何もないわけじゃないと分かっただけで、随分と呼吸がしやすくなった。
「ありがとう、調」
「どういたしまして」
やっぱり短い。
けれど、その簡潔さが今はちょうどよかった。
調は買い物袋を少し持ち直すと、何でもない顔で言う。
「じゃあ、今度は探偵として頑張って」
「何その言い方」
「応援してる」
あまりにも真顔で言うから、角乃は思わず吹き出した。
調も少しだけ目を細める。
それだけで十分だった。
夕暮れの道に、二人の影が並ぶ。
妹が目を覚ましたこと。
戦いが終わったこと。
そして、その先で自分が何者として生きるのか。
その全部が、ようやく少しずつ一つの道へ繋がっていく。
角乃は空を見上げた。
明日は、また忙しくなるかもしれない。
けれど今は、それを少しだけ楽しみに思える。
探偵として生きる。
その言葉はまだ完全に馴染んでいない。
でも、もう他人事ではなかった。
それは確かに、今の一河角乃が選んだ未来だった。