ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦 作:ボルメテウスさん
夕方の街は、どこか祭りのあとみたいな静けさをまとっていた。
戦いが終わってから、もうしばらく経つ。
指輪争奪戦も、厄災との決着も、全部が過去になった。世界はちゃんと回り続けていて、人はそれぞれの生活へ戻っていく。けれど、戻った先で何を選ぶのかまでは、誰も教えてくれない。
暁切歌は、その日の帰り道を一人で歩いていた。
足取りは軽くない。重いわけでもない。ただ、考えごとをしている時の歩き方だった。信号が変わってもすぐに気付かず、人とぶつからない程度には周囲を見ているのに、本当に見ているのは多分もっと別のところだ。
頭にあるのは、一人の顔だった。
遠野吠。
まっすぐで、無茶で、偉そうで、でも誰よりも真正面からぶつかってくる男。
切歌があの時救われたのは、ただ命の意味だけじゃない。心の向き方そのものを、あいつに真っ向から引っ張られた。だから好きになった。そこはもう誤魔化しようがない。
けれど、その先が進まない。
告白なんて、まだできていない。
それどころか、考えようとするだけで胸の奥がぎゅっとなる。
もし振られたら。
もし今の関係までぎこちなくなったら。
もし――吠が、本当に好きなのが響だったら。
「うぅ……」
切歌は思わず小さく唸った。
考えれば考えるほど、足元が変な感じになる。戦う時ならもっと単純なのに、恋になると途端にぐちゃぐちゃだ。斬るか斬られるかの方がよっぽど分かりやすい。
「いやあ、すっごい青春してる顔してるねえ」
いきなり横から声が飛んできて、切歌は本気で飛び上がりかけた。
「ひゃっ!? な、なんデスか急に!」
振り向けば、そこには買い物袋を片手に持った猛原禽次郎が立っていた。
相変わらずの軽い笑顔。
そのくせ、人の顔色を妙によく見てる目をしている。
「いやあ、なんか悩んでる顔してたからさ。しかもあれ、普通の悩みじゃないでしょ。もっとこう、キラキラしてるやつ」
「キ、キラキラって何デスか! 別にそんな、大したことじゃ……」
「大したことじゃない顔で、そんな分かりやすく唸らないって」
ぐうの音も出ない。
切歌は思い切り顔をしかめた。だが禽次郎はまるで気にした様子もなく、買い物袋を少し持ち直しながら隣へ並ぶ。
「まあまあ、せっかくだしちょっと休憩しよっか。ジュースくらい奢るよ。青春相談は年長者の役目だからね」
「誰が青春相談するって言ったデスか!」
「今の否定の仕方、ほぼ肯定なんだよなあ」
そう言って、禽次郎は近くの自販機へ向かった。
結局そのまま押し切られて、切歌もなんとなくついていってしまう。
少し歩いた先の公園。
夕方のベンチへ並んで座ると、禽次郎は買ってきた缶ジュースを一本切歌へ渡した。
切歌は礼を言うのも少し癪で、曖昧に受け取るだけにした。
しばらく沈黙が続く。
けれど、その沈黙は気まずくはない。禽次郎は無理に口を開かせようとしない。ただ隣で缶を開け、のんびり飲んでいる。その“急がない感じ”が、逆に切歌には少しだけありがたかった。
先に口を開いたのは、結局切歌の方だった。
「……そんなに分かりやすかったデスか」
禽次郎は即答する。
「うん、びっくりするくらい分かりやすかった」
「最悪デス!」
「いやいや、いいことだって。青春って分かりやすい方が可愛いじゃん」
「可愛いとか言わなくていいデス!」
切歌は顔を赤くしながら缶を持ち直した。
そのまま数秒、黙る。
話したいわけじゃない。けれど、ここまで言われたら、もう抱え込んでいるだけの方が苦しい。
「……その、好きな人がいるデス」
「うん」
「でも、まだ何も言えてないデス」
「うん」
「それで、その……」
ここで言い淀む。
吠の名前を出すのが、急に恥ずかしくなった。
けれど禽次郎は急かさない。ただ、続けるのを待っている。
「多分、吠さんも……私のことは仲間として見てるだけデス。いや、それでも十分嬉しいんデスけど。でも、もし……もし、吠さんが本当に好きなのが響だったら、私が何か言うのって、すごく変じゃないかって」
言った。
言ってしまった。
それだけで顔から火が出そうになる。
禽次郎は意外にも、すぐに軽口を返さなかった。
少しだけ空を見て、それから静かに息を吐く。
「そっかあ」
それだけだった。
茶化さない。
笑わない。
それが逆に、切歌の胸に残った。
「……笑わないんデスか」
「笑うとこじゃないでしょ。好きって本気で思ってる時って、案外みんなそんな感じになるし」
その言い方が、妙に自然だった。
好きな気持ちを、軽く見ていない言い方だった。
禽次郎は缶を膝に置く。
「僕さ、房子のこと好きだって、何度も言ったんだよね」
切歌は顔を上げた。
それは知っている。知ってはいたけれど、こうして本人の口からその話が出てくると、少しだけ重みが違う。
「一回言って終わり、みたいな綺麗な話じゃなかったし、最初から全部うまくいったわけでもないよ。でも、それでも言いたかった。だって、言わないまま終わる方が絶対に後悔するって分かってたから」
禽次郎の声は、いつもの軽さを残している。
けれど、その中に芯があった。
「僕ね、青春って、失敗しないことじゃないと思ってるんだ。どっちかっていうと、後悔しないことだと思う」
切歌は、缶を握る手へ少しだけ力を込めた。
後悔しないこと。
その言葉は、まっすぐ胸へ入ってきた。
「好きって思った相手が、自分のこと好きかどうかなんて、最後まで分からないこともあるじゃん。でもさ、だからって、自分の好きまで曖昧にしちゃったら、それこそ一番もったいないんだよね」
禽次郎は笑う。
今度の笑い方は軽い。
けれど、逃げるための軽さじゃない。
「パーリーピーポーってさ、騒ぐことじゃないんだよ。いや騒ぐのも大事なんだけど、それ以上に、好きなものを好きだって胸張って言えることなんじゃないかなって、最近は思うんだ」
切歌は思わず、ぽかんとした。
もっと適当なことを言うと思っていた。
もっとノリで押してくると思っていた。
けれど、今禽次郎が言っているのは、すごくまっとうで、すごく重いことだった。
「……それ、房子さんにもそうやって言ったデスか」
「いや、もっと格好つけてたかも」
「そこは格好つけるんデスね」
「そりゃ好きな人の前ではそうでしょ」
思わず、切歌は笑ってしまった。
少しだけ肩の力が抜ける。
禽次郎はそのまま続けた。
「でもね、切歌ちゃん。もし吠君が本当に響ちゃんを好きだったとしても、それで切歌ちゃんの好きが間違いになるわけじゃないよ。相手の気持ちは相手のものだけど、自分の気持ちは自分のものだから」
その一言が、妙に胸へ刺さった。
切歌はずっと、そこを一緒くたにしていたのかもしれない。
吠がどう思うか。
響がどう見えるか。
そればかり気にして、自分が好きだという気持ちまで、どこかで引っ込めようとしていた。
「……でも、怖いデス」
気付けば、そんな本音が出ていた。
「うん、怖いよね」
「振られるのも怖いし、今の関係が変になるのも嫌デス。もし全部ダメになったらって考えると、もう、どうしたらいいのか」
「うん」
禽次郎は、そこでも否定しなかった。
怖くないよ、なんて軽く言わない。
ただ、ちゃんとその怖さを受け止める。
「でもさ、それでも“好きだった”って自分で認めてるなら、あとは逃げるか逃げないかだけだと思う」
逃げるか。
逃げないか。
その二択へ言い切られると、逆に変にすっきりした。
切歌は視線を落とした。
夕方の公園。
地面へ伸びた自分の影が少し揺れる。
「私、ずっと、どこかで“どうせ無理かも”って思ってたデス」
「うん」
「だから、告白できない理由を、響とか、タイミングとか、色んなことでごまかしてたのかもしれないデス」
言ってから、自分でも少し苦くなった。
図星だった。
本当はずっと、自分が傷つきたくないから、色んな理由を盾にしてきたのだ。
「それは別に悪いことじゃないよ。誰だって怖いし。でも、切歌ちゃんが後で“あの時ちゃんと言えばよかった”って思うタイプなら、今のうちに覚悟しといた方がいい」
「……後悔、しそうデス」
「だよねえ」
禽次郎は笑った。
あまりにも自然に言うから、切歌もつられて小さく笑ってしまう。
「じゃあ、答えはもう出てるじゃん」
答え。
そう言われて、切歌は胸の奥をそっと確かめた。
今すぐ言えるかと聞かれたら、まだ無理だ。
明日すぐ告白できるかと聞かれても、多分できない。
けれど、一つだけははっきりしていた。
もう、自分の気持ちを“なかったこと”にはしたくない。
「……逃げないデス」
ぽつりと零れたその言葉は、小さいくせに妙にはっきりしていた。
「お、いい顔になった」
「からかわないでほしいデス」
「からかってないよ。本気本気」
禽次郎は立ち上がり、伸びをした。
買い物袋を持ち直しながら、夕焼けの方を見上げる。
「青春ってさ、最後に“やりきったな”って思えたら勝ちなんだよ。だから切歌ちゃんも、自分の青春を後悔する形で終わらせない方がいい」
切歌はその背中を見ながら、ゆっくりと立ち上がった。
まだ不安はある。
怖さも消えていない。
けれど、それでもさっきまでとは違っていた。
好きだという気持ちを、ようやく自分の手で持てた気がした。
相手がどう思うかの前に、まず自分がそれを大事にする。
そこからしか始まらないのだと、少しだけ分かった。
「……ありがとデス、禽次郎さん」
「お、ちゃんとお礼言えた」
「いちいちうるさいデス!」
「はは、でもまあ、応援はしてるよ。めちゃくちゃ青春してきなよ」
切歌は顔を赤くしながら、思い切り睨んだ。
けれど、その睨みにはもうさっきまでの迷いはあまり残っていなかった。
禽次郎は手を振って先に歩き出す。
その背中は軽い。
けれど軽いだけじゃない。ちゃんと好きなものを好きだと言って、その先まで掴み取ってきた人間の背中だった。
切歌はその背を見送りながら、小さく胸へ手を当てた。
まだ、すぐには言えない。
けれど、もう逃げない。
それだけは決めた。
夕暮れの空は、少しだけ明るく見えた。