ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVS戦姫絶唱シンフォギア ユニバース大戦   作:ボルメテウスさん

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ティラノ・アメノハバキリ

 テガソードの里にある喫茶店は、その日も妙に落ち着いた空気を漂わせていた。

 

 木目のテーブル。

 柔らかな照明。

 店内へ漂う香ばしい珈琲の香り。

 それだけ切り取れば、どこにでもある静かな喫茶店だ。だが、一歩奥へ進めば、壁にはテガソードを讃える標語めいた装飾があり、棚にはテガソード関連の小物が整然と並べられ、カウンターの一角には“いやさか”の文字があまりにも堂々と置かれている。

 

 普通の喫茶店ではない。

 暴神竜儀が店長を務める時点で、普通で済むはずがなかった。

 

 その日、風鳴翼は緒川慎次を伴い、その店を訪れていた。

 依頼の内容は聞いていない。

 ただ、竜儀から「相談したいことがある」と連絡があったため、来ただけである。

 翼としては、歌か何かに関わる真面目な話かと思っていた。

 店内の雰囲気に少しだけ不穏なものを感じつつも、まだ引き返すほどではなかった。

 

「ようこそ、お越しくださいました、風鳴翼殿」

 

 竜儀は、店長らしくぴしりと姿勢を正して迎えた。

 その真面目さが、逆に怖い。

 

「世話になる。……随分と、繁盛しているようだな」

 

 翼が周囲を見渡しながら言うと、竜儀は誇らしげに頷いた。

 

「有難いことに、テガソード様の御加護――ではなく、地道な経営努力の賜物だ」

 

「今、言いかけただろう」

 

 翼は即座に突っ込んだ。

 だが、竜儀は気にした様子もなく席へ案内する。緒川も静かに一礼し、翼の隣へ腰を下ろした。

 

 注文を終え、珈琲が運ばれてきても、竜儀はなかなか本題へ入らない。

 やけに丁寧にカップの位置を整えたり、居住まいを正したりしている。

 その様子が、どうにも嫌な予感を膨らませる。

 

「それで、相談というのは何だ」

 

 翼が先に切り出した。

 竜儀は一拍置き、それから静かに目を閉じる。

 

「単刀直入に言おう」

 

 その時点で、翼はすでに少し身構えていた。

 単刀直入に、と言う人間ほど、たいてい単刀直入では済まない話を持ってくるものだ。

 

「風鳴翼殿の歌声には、人を導く力がある」

 

「……は?」

 

 思わず、間の抜けた声が出た。

 あまりにも想定外の入り方だった。

 

 竜儀は真面目である。

 真面目すぎるほど真面目である。

 そのため、こういうことを言われると冗談か本気か判断に困る。だが、表情を見る限り、完全に本気だ。

 

「その気高き歌声は、迷える人々を照らし、己の在り方を見つめ直させる力がある。私は以前より、風鳴翼殿こそが、テガソード様の尊さを広く世へ伝えるに相応しい存在であると考えていた」

 

 翼は、ゆっくりと珈琲カップを置いた。

 今の話の中で、引っかかった単語が多すぎる。

 

「待て。今、何を言おうとしている」

 

 竜儀は真っ直ぐ翼を見る。

 その眼差しは、一点の曇りもない。

 

「テガソード様の教えを広めるためのMVに、出演していただきたい」

 

 沈黙が落ちた。

 

 翼はしばらく瞬きすら忘れていた。

 脳が理解を拒否しているのではなく、理解したくない内容を前にして一時停止している感覚に近い。

 

 ようやく、口が動く。

 

「……何と言った?」

 

「テガソード様の教えを広めるためのMVに、出演していただきたい」

 

「繰り返さなくていい!」

 

 翼は思わず声を荒げた。

 だが竜儀はまったく怯まない。むしろ真面目に補足し始める。

 

「もちろん、楽曲の方向性については風鳴翼殿の個性を最大限に尊重したいと考えている。力強くも気高く、そしてどこか神々しさを感じさせる仕上がりが理想だ。歌詞についても“教え”という表現を軸に――」

 

「待て、待て待て待て!」

 

 翼は両手を上げて制した。

 頭が痛い。

 内容だけならまだしも、既にかなり具体的に進行していることがさらに恐ろしい。

 

「何故そうなる。何故私がそのようなものへ出る前提で話が進んでいる」

 

「最適だと考えたからだ」

 

「その“最適”の基準が分からないと言っている!」

 

 竜儀は真剣なまま、少しだけ首を傾げる。

 本気で分からないらしい。

 

「風鳴翼殿は歌える。人気もある。気品もある。テガソード様の教えを広めるに相応しい」

 

「最後の一文だけが致命的におかしい!」

 

 翼は額を押さえた。

 緒川は隣で静かに成り行きを見守っている。

 こういう時こそ助け舟を出してほしいのだが、彼はむしろ妙に落ち着いていた。

 

「緒川、何か言ってくれ」

 

 助けを求めるように視線を向けると、緒川は一度だけ咳払いをして答えた。

 

「恐れながら、翼さん」

 

「何だ」

 

「最近のテガソードの知名度を考えれば、宣伝活動としては一定の効果が見込めるかと」

 

 翼は、ほんの数秒、完全に無言になった。

 予想外の方向から刺されたせいで、言い返す言葉が出てこない。

 

「緒川……お前まで何を言い出す」

 

「いえ、もちろん“教え”という表現は少々強いとは思います。しかし、翼さんが歌うことそれ自体は、決して不利益にはならないのではないかと」

 

「少々、ではないだろう!」

 

「ですが、話題性はございます」

 

「そこを認めるな!」

 

 竜儀が勢いづく。

 

「そうだろう、緒川殿!」

 

「ええ、方向性を調整すれば十分に――」

 

「お前たちは何をそんなに息を合わせているんだ……!」

 

 翼は椅子の背へ寄りかかった。

 酷い。

 本来なら緒川は止める側のはずだ。

 なのに、妙に現実的な観点から可能性を見出してしまっている。

 

 その時だった。

 店内の一角、祀られているように置かれていたテガソードの気配が、微かに揺れた。

 

「……翼よ」

 

 その声は、どこかいつもより慎重だった。

 竜儀はすぐに姿勢を正す。

 緒川も静かに頭を下げる。

 翼だけが、言葉を失ったままそちらを見る。

 

「テガソード……」

 

「竜儀の願いは理解できる。彼は純粋に、私の教え――」

 

「教えって言ったぞ今」

 

 翼が即座に反応する。

 テガソードは一瞬だけ言いよどんだ。

 その様子が妙に人間くさい。

 

「……いや、その、私を慕う者の願いとしては尊い」

 

 珍しい。

 テガソードが、少し困っている。

 

「だが同時に、翼よ、お前が動揺していることも分かる。嫌なら断ってよい」

 

 その一言に、翼は少しだけ目を瞬かせた。

 竜儀は「テガソード様……!」と感動したような顔をし、緒川は「なるほど」とでも言いたげに頷いている。

 

 どうしてこの場で、一番まともなのが神のはずの存在なのか。

 そしてどうしてその神が、板挟みになって苦悩しているのか。

 

 翼は深く息を吐いた。

 目の前には、真面目すぎる店長。

 妙に現実的な側近。

 そして、自分を慕う者の願いを叶えたいが困っている相手も放っておけない神。

 

 逃げることはできる。

 即座に断ることもできる。

 けれど、それで済ませてしまうのも違う気がした。

 竜儀に悪意はない。

 むしろ、恐ろしいほど善意だけでここまで来ている。

 

「……一つだけ言っておく」

 

 翼が静かに口を開くと、三者三様に姿勢を正した。

 

「宣伝活動として協力すること自体は否定しないが、“教え”という言葉はやめてくれ」

 

 店内が、しんと静まる。

 

 竜儀が固まる。

 緒川は一瞬だけ目を丸くし、それから口元を緩めた。

 テガソードは、明らかに安堵した気配を見せる。

 

「……では、出演を前向きにご検討いただけると?」

 

 竜儀が慎重に確認する。

 翼は眉を寄せた。

 

「そこまで言ってはいない。だが少なくとも、普通の宣伝活動として企画を出し直せ。話はそれからだ」

 

「おお……!」

 

 竜儀の顔が一気に明るくなる。

 緒川も静かに頷いた。

 

「大変前向きな進展かと存じます」

 

「だから、話を勝手に進展させるな」

 

 翼は呆れたように言う。

 けれど、さっきまでのような完全な拒絶ではない。

 その変化に気付いたのか、テガソードが小さく声を落とした。

 

「翼よ、すまない」

 

「何故お前が謝る」

 

「竜儀の願いを叶えたい気持ちと、お前の困惑のどちらも分かってしまったのでな……少し、悩んだ」

 

 翼は一瞬だけ黙った。

 それから、ふっと肩の力を抜く。

 

「……お前も大変だな」

 

「神も、時には苦悩する」

 

「妙に人間くさい苦悩だがな」

 

 そのやり取りに、緒川がほんの僅かに笑いを噛み殺し、竜儀は真剣な顔のまま拳を握りしめた。

 

「承知した! では“教え”ではなく、“魅力”を伝えるMVとして再構築する!」

 

「今度は最初からそう言え」

 

「歌詞の修正も必要ですね」

 

「話が早すぎる!」

 

 翼の声が店内へ響く。

 だがもう、その声には完全な拒絶の色はなかった。

 

 喫茶店の外では、夕日がゆっくりと傾いている。

 そして店の中では、真面目すぎる善意と現実的すぎる合理性と、妙に気を遣う神とが、どうにか一つの着地点へ落ち着こうとしていた。

 

 少なくとも、最悪の事態――“テガソードの教えを広めるMV”という言葉だけは、今ここで止められた。

 それだけでも、翼にとっては大きな前進だった。

 

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