「――『天使』って、いくらぐらいで売れるんだろうな」
理不の凶刃ベレネトは、ナイフを片手で弄びながらふと呟いた。
新月の近い夜のこと。
都会ではまず見ない石組みの廃墟の中、窓際に腰掛けた彼の横顔を、ナイフが反射させた月光が照らす。
ベレネトは少し背の高い、けれどどこにでも居そうな人間種の青年であった。目つきの悪さを誤魔化すような長い前髪は陰気な印象を抱かれるだろうが、それでもこの場に居る他の連中と違って、充分堅気に紛れられそうな容姿である。
そんなベレネトの呟きに、同じく建物内で後始末をしていた
「ベレネトー、急にどうしたー?」
いち早く反応したのは、間延びした声が苛立たしい魔導機械銃使いの女。年齢の割に恐ろしい狙撃の腕を持つが、代償か常に緊張感と思考力がない。
「気にすンな、あいつがああなンのはいつもの事じゃねえか。この前なンて『悪魔を売ったらいくらになるかな』とか言ってたしよぅ。それで、なンだって? 『太陽っていくらで売れるかな』だっけか? ひひひ!」
そう軽口を挟むのは、砂漠出身の訛りが隠しきれていない小柄な男。骨が浮き出るほど痩せているのは、その盗賊としてのプライドなのか、単に賭博中毒で食うに困っているだけか。
「……(うんうん、と頷いたり慌てて首を振ったりする)」
何も喋らず会話に相槌を打つのは、口元を隠した獣人種の男だ。種族的に人間種を超える力を持つが、相変わらず喋る度胸はないらしい。
相変わらず、俺が同僚に求める人格の最低ラインを大きく下回っている連中である……そうベレネトは溜息をつく。彼の言葉を耳聡く拾ったのだって、単に暇を持て余して無駄口が叩きたくなったので、たまたま聴こえたベレネトの呟きを
それでも、手持ち無沙汰なのは自分の分の仕事を終えたベレネトも同じだった。彼は弄んでいたナイフを鞘に仕舞い、代わりに知性の欠片もない連中たちに親切にも話題を提供してやる。
「……
「さあー。金貨1000枚とかー? 5000枚いくかー?」
「おいおい、そンな超大金、いったい誰が出すンだよぅ。神聖教の教会か? 天使を攫ったなンてバレたら、奴ら絶対ヤバめの刺客を差し向けて来ンぞ?」
「……! (怯えた様子)」
そんな風に話していると、新たな人物が廃墟の中に入ってきた。
どさり、と『商品』を乱暴に床に投げ、彼はじろりと無駄口を叩く仲間たちを一瞥する。それでベレネトを除く全員が慌てて作業に戻ったのを見て、彼は苛立たし気に鼻を鳴らした。
「バカ共が、天使なんて居るわけねえだろ。神聖教の神話なんて本気で信じてる奴はバカだけだ」
獣人すら小さく見える巨漢だった。その上人間種最凶レベルの強面で、人間種最低レベルに口が悪く、人間種最悪レベルで性格が不良である。本当に人間種なのかも怪しい、とベレネトは密かに疑っている。こんなのがリーダーで組織がまだ瓦解していないのは奇跡である、とも。
そんなことはおくびにも出さず、ベレネトはリーダーの持論に口を挟んだ。
「『悪魔』は実在するのにか?」
じろり、と凶悪に睨まれるが、生憎ベレネトにだけはその強面は通じない。リーダーもそれを知っているので、言葉には言葉で反論する。
「だからだろバカ。なまじ悪魔なんて無条件の悪が居るもんだから、ソイツ等と対を成す無条件の正義の味方が居て欲しい……そう願った過去のバカ共が創り出したのが『天使サマ』って偶像だろうよ。その証拠にオマエ、『天使を見た』なんて言ってるバカなヤツ見たことあるか?」
「あー、この前見たよ、スラムの路地裏で」
「あっはー。ベレネトー、それヤク中だよー」
「それか、新しい伝説の預言者サマだな。世界の終焉がーとか所構わず喚いてるアブナイ奴。ひひひ! オシマイなのはあンたの頭の方だってのにな!」
ぎゃはは、と品性の欠片も無い笑い声が廃墟に響いた。本当に趣味が合わない、と1人だけしかめっ面のベレネトは内心で溢す。
そんな彼の不満に反して、いつの間にか無駄話は黙認されたようだった。
「ていうかさー。この話題で出た金額予想、今まで当たったこと無いよなー。この前は
「全くだぜ。あンのケチ貴族、得意先じゃなきゃ素寒貧にしてやったンだけどなぁ」
「……(荷を運ぶのは主に自分だけど、と言いたげな顔)」
「……アレはまあ、『毒』でちょっと壊れちまってたからな。それに、もっと見た目が良い奴だったら金貨200枚で売れたはずだ」
「バカが、その毒の加減を間違えたバカはオマエだろうが、ベレネト」
「うるせえな、捕まえたのも俺だろうが。俺より手際よく不死を無力化できるようになってから毒吐きやがれクソリーダー。殺すぞ」
軽口に見えて、実際ベレネトの脅し文句はいつも本気である。彼がその懐の投げナイフに手をかけたのを知ってか知らずか――多分何も考えていないのだろう狙撃手の声が、殺意の籠った空気を壊す。
「喧嘩すんなよもー。それより、今回こそ当てようぜー。
弱弱しい月光が室内を照らす。
『作業』していた彼等の足元の『商品』とは、毒によって行動の自由を奪った『不死』のことであった。上半身は人間種とほとんど変わらないが、下半身が蛇のようになっている種……それが10体ほど、魔道具で拘束され転がっている。
そんな不死のひとりを足で小突きながら発言するのは、砂漠出身の盗賊。
「
「バカが。いいかバカ共よく聞いとけ、コイツらは
「……(なるほど、と手を叩く)」
「でもさー、それなら奴隷としても貴重だったりするんじゃねーのー? 何匹かそっち用に売るってのはー?」
「ならオマエが買い手を見つけて来いバカ。金貨500枚払ってでも蛇の穴にナニを突っ込みたい変態バカをな」
ぎゃはは、と再び場が湧いた。
とても付き合っていられない。ベレネトは溜息を吐き、再びナイフを取り出した。
ただ、念の為。本格的にナイフを弄る前に、一応念を押しておく。
「……なんでもいいが、出た取り分はキッチリ分けろよ。銅貨1枚でもケチったら殺すからな」
「んだそりゃー。おいベレネトー、おまえも話題に混ざれよー。自分からは話題振るくせに、ホント勝手な奴だよなー」
「全くだ。オマエみたいなバカ、そのバカみたいに強い『魔法』がなけりゃとっくに殺してるぞ」
……返事はしない、悪趣味がうつる。
そんな風に無視を決め込んでいたからか、会話の流れが若干都合の悪い方に流れ始めた。
「というかよぅベレネト。おまえいっつも金金うるさいが、一体なンでそんなに金が欲しいンだ? 酒も女も賭け事も、おまえがやってるところ見たことないンだが?」
「そうだよなー。1人だけ付き合い悪くてつまんねーよなー」
「……別に。なんだっていいだろうがそんなこと」
とりあえずそう誤魔化して、鏡面のように磨き上げたナイフの刃に己を映す。
こちらを睨み返して来るのは、悪行で歴史に名を刻んでしまった二つ名持ちの犯罪者の昏い目。
理不の凶刃ベレネトは確信する。
自分たちは下種である。そこにどんな理由があれ、金儲けの為なら他者を傷つけることさえ厭わないのだから。
それでも、彼には金が必要だった。そして彼の価値観では、人間よりも不死の方が傷付けた時心が痛まない。彼がここに下種として居るのは、ただそれだけの話だ。
ともかく、彼はこれ以上同じことを煩く訊かれないよう、話題を変えることにした。
「それで。
「……ああ、やっと連絡が付いたからな。今回もいつもと同じだ。例の『協力者』の手引きがある」
答えたリーダーの声には緊張と高揚とがある。本当にヤバイ状況か、本当に好都合のときにだけ彼の口の悪さは若干なりを顰める。だが、今回はその両方だ。
なにせ。
「――不死学園に潜入する。今までで一番デカい『狩り』になるぞ」
界立モルターリブス不死学園。
世界の果て、絶海の孤島にあるという不死の学園。
危険度は間違いなく過去一番。不死の兵隊を育てるその学園内には当然、強力な不死が犇めいている。だが……リスクを乗り越えて得られる
狙いは彼等の数と同じ、五つ。
聖遺物、奇跡の聖獣リテレスの遺骸。
学園生徒の
悪意なき滅国の爆弾、「死なず呪い」のフォルトゥナの身柄。
学園のどこかに居るという
そして――大本命、不老不死を謳う『賢者の石』。
どれかひとつでも奪うことができれば、彼等は一生を遊べる大金を得て……そしてどれかひとつでも奪われれば、世界レベルでの混乱が起きることは明白な恐るべき財宝たち。
そんな未来に期待を込めて、理不の凶刃ベレネトはナイフを片手で弄びながら呟く。
「所有者を不老不死にし、あらゆる傷病を癒す
彼等の昏く燃え滾る欲望は、今、不死学園すらをも標的に納めた。
それは、数年の活動で不死たちを恐怖の底に叩き落とした、神出鬼没の犯罪者集団。
構成員は全員がその
たった5人で難攻不落と名高き
暗殺者、理不の凶刃ベレネト。懸賞金、金貨1800枚。
狙撃手、告死の快音ラビリィ・レイレ。懸賞金、金貨1750枚。
盗賊、金食い蠍アークロブ。懸賞金、金貨1700枚。
狂戦士、小心大禍ウルジスカ。懸賞金、金貨1550枚。
首魁、圧壊のマーノス。懸賞金、金貨2100枚。
組織の名は無く、犯行は音もなく、操作の下では影も形も無く。
理由も明かさず不死のみを襲い、その全てを奪い金とする。
彼等は、ただこう呼ばれている。
――『不死狩り』、と。