不死学園の人間種   作:龍川芥/タツガワアクタ

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人間種 禁忌錬成リクシール・パラディアス ②

 不死学園、第一学術棟一階廊下……通称『不吉の道』。

 魔導機械の暴走、術薬の思わぬ反応による有毒ガスの発生、なんだかんだ起こる爆発など……研究関連での事故とそれに巻き込まれる怪我人が絶えないことからその名が付いた長い廊下を、生徒4人組が談笑しながら通過していく。

 

「なァラスレイ、オマエ昼からの祈術の授業どうすんだァ? 出ねえならオレと模擬戦やろうぜ」

「え。おれ出席するよ……? 祈術じたいは使えなくても、せめて知識だけでも学びたいから」

「ふゥん。ならオレも出るとするかなァ」

「立派な心掛けですラスレイさん……というかヴィルラディウス卿、貴方は授業を軽視し過ぎでは? 不死学園に入学した以上、責任を自覚し真摯に学ぶべきでしょう。ラスレイさんを巻き込もうとするのも問題です」

「……それは同意だけど。リュリーシア、なんでアンタはお兄様にばっか付いてくんの? 新入生代表の癖に友達いないワケ?」

「と、友達が居ないなどそんなことは……それに、私が同行しているのはラスレイさんです。()()()()()()()()()友人関係ですから、学生が学友とある程度行動を共にするのは自然でしょう。ヴィルラディウス卿の方は、単に彼がラスレイさんから離れないというだけで……それに、ヴェリアリーナ様こそヴィルラディウス卿と行動を共にし過ぎのように思えます。兄妹仲睦まじきは良き事でしょうが、それが主体性の欠如故であるならば――」

「――オイオイ、あんま妹を虐めてくれんな新入生代表サマよォ。それにだ。オレらはラスレイ(コイツ)が気に入ってんだよ、ソレが嫌ならオトモダチのトコに行けや」

「そーよそーよ、もっと言ってやってくださいお兄様! あ、でも私がコイツを気に入ってるととられかねない発言はやめてくださいよね!」

「……あの、ヴィル、リーシャ。ヴェリアリーナも……もうすこし仲良くしてくれると嬉しいんだけど……」

 

 

「……ちッ。新入生か、喧しいことこの上ないな鬱陶しい……」

 

 道すがらそんな4人組とすれ違った男、禁忌錬成リクシール・パラディアスは、不機嫌が常に張り付いたその顔を更に忌々し気に歪めた。

 史上最高の錬金術師――その嫌いな者の特徴は馬鹿と無能(主に子供)。好きな者、皆無。

 他人嫌いで性格最悪の彼はすぐ傍を通り過ぎた喧騒に苛立ち、思わず己の数歩後ろを追従する美女・偽典のファルシエルの名を呼ぶ。

 

「ファルシエル、ちょっとあの新入生(バカ)共の息の根止めて来――」

「? はい、なんでしょう。ご命令ですか?」

「――あぁいや、やっぱ何でもない。(コイツ冗談通じねえしな……)」

 

 リクシールがギリギリで思いとどまったのは、ファルシエルの忠誠心全開の声色に、過去の事件のあれやこれやを思い出したからである。

 ファルシエル。彼女はリクシールの言葉全てを四角四面に受け取り、何の異も疑問も挟まず粛々と従う。

 

 例えば、鬱陶しかったので「黙っていろ」と怒鳴ったら、その後数日間本当に一言も発しなかったなどはざらだ。

 しかもそのことに気付いて「喋れ」と言っても、「黙れ」と「喋れ」という相反する命令がファルシエルの頭の中で衝突してしまったのか、故障した魔導機械のように挙動がおかしくなってしまい……機械だったら間違いなく煙を吹いていただろうとはリクシールの談である。

 結局、命令の撤回という手段に気付くまでに、彼は随分と精神を摩耗させられたものだ。

 

「(コイツは『死ね』と言ったら迷わず死ぬし、『殺せ』と言ったら間違いなく殺す……そんな風に作った覚えはないにも関わらずだ。魔導機械などと違って『不具合があったからバラして作り直す』という訳にもいかんし……本当に、面倒な奴だ)」

 

 かつかつと歩く速度を保ったまま、うんざり、という表情を顔に張り付けるリクシール。

 そんな創造主の気も知らず――彼女からはその顔が見えていないので当然ではあるが――ファルシエルは明るく穏やかな声を出す。

 

「そうでした、新入生といえば。リクシール様、新入生にリクシール様と同じ『人間種』が居ると噂ですよ。なんでも、その人間種が入学早々吸血種(ヴァンパイア)と決闘をして勝利を収めたとか」

 

 ぴくり。リクシールの眉間に刻まれていた深い皺が、好奇心により僅かに解れた。

 

「――へえ? 人間種に見えるだけの生屍種(ゾンビ)じゃなくてか? 本当なら、ソイツはどうやって人の身のまま『不死』になった。この学園に居ると言う事は不死だろう。どうなんだ、ファルシエル」

「い、いえ。申し訳ありません、わたくしも噂を耳に挟んだだけで、そこまでは……」

「……そうか」

 

 まあ、不死学園は広い。伝え聞く噂の真偽を確かめようと思えば相当の時間がかかるだろう。ファルシエルがリクシールの傍を離れる時間の短さを考えれば、噂を耳に挟んだだけでも上等だ。リクシール1人では絶対に入ってこない情報であるのだし。

 と、リクシールがそれで押し黙ったことが意外であったのか、ファルシエルがおずおずと声を上げた。

 

「あのぅ……お会いにならないのですか?」

「はあ? その人間種とか? 何故会う必要がある」

「それは、その。リクシール様は人間種ですので、同じ種族どうし交友を結べるものと……」

「はッ、オマエもつくづく学園育ちだな」

 

 冷笑じみた主の鼻を鳴らす音に、びくり、と叱られた子供のように首を竦めるファルシエル。

 そんな背後の彼女の様子を、一瞥もしないが故に気付かないリクシールは、そのままの調子で言葉を続ける。

 

「学園の外を知らんオマエでは想像できんかもしれんが、人間種がレアモノ扱いされるなぞ世界中で不死学園(ここ)だけだぞ。そんなのに会いに態々出向く必要性など感じん。あるいは、確かに不死の人間種ともなれば、何らかの研究に役立つデータが取れる可能性はあるだろうが……オマエの言ったことはしょせん真偽不明の噂だろう。現時点では取り立てて優先するほどの事ではない。それに」

「それに?」

 

 不意に止まった言葉の先を深く考えることなく促してしまったファルシエルは、すぐにそのことを後悔した。リクシールの続く声音は、怨敵の名を口にするときのような忌々しさと怒気とがこれでもかと籠っていたからだ。

 

「……前例からすると、その不死の人間種が『死なず呪い』の同類の可能性もある。そういう意味でも情報が足りん。故に、今は考える必要がない。なに、噂が本当だとすれば、いつか顔を見る機会もあるだろう。それが良きにしろ悪しきにしろ、な」

 

 思い出すのは噂ではない、確実に居る不死学園生徒の人間種のこと。

 

 「死なず呪い」。因果呪縛者。最悪の災厄。学園内を歩き回る呪詛の化身にして、出会う事そのものが最上級の不運とされるただの人間種にして一般生徒。

 リクシールはこの26年の在学期間中に一度だけ、その姿を見たことがあった。身の毛のよだつ、在ってはならぬ、汚物毒虫よりも尚忌避されて然るべき()()を。

 見惚れた。

 苛立った。

 欲しくなった。

 ()()()()()()()()()()()()()を魂の奥底から無理矢理引きずり出される、あの因果歪曲の感覚の悍ましきは、たった一瞥でリクシールの脳髄に理解させた。

 ――アレに近付けば破滅する。不死であれ天才であれ、絶対に。

 

 ごくり、ファルシエルが喉を鳴らす。

 他人嫌いの主であるが、そんな彼がここまで忌み嫌う相手など、かの『死なず呪い』を置いて他にない。

 

 なんと言ったものかと迷っていると、幸か不幸かその必要はすぐになくなった。

 彼女の視線の先、前を歩いていたリクシールが足を止める。

 

「ともかく、今の優先順位一位は……面倒極まるかの教授の要望を、どう躱すかということだ」

 

 立ち止まり睨む先、物資搬入用に大きく作られたその扉の先こそが彼等の目的地。

 第一学術棟一階にあるその部屋は、学園における錬金術学担当教師にして、リクシールが最も嫌う樹人種(ドリュアス)の研究室である。

 

 

 

 

 

 

 錬金術学担当教授、樹人種(ドリュアス)、命生りのセフィナ・ロッド。

 

「リクシールく~ん、お願いだから錬金術師の講義やってくださいよ~!」

 

 若木色の肌、葉にも見える髪、木の幹が絡まったような手足の先……それらを除けば丸眼鏡をかけた人間種の女性に見えなくもない樹人種(ドリュアス)の錬金術師は、開口一番駄々っ子のようにそう叫んだ。

 

 第一学術棟一階。そこにある錬金術師セフィナ・ロッドの研究室はかなり広い。

 まず目を引くのは規則的に並んだ巨大なガラス管だろう……培養液で満たされたその中には、作りかけの人造種(ホムンクルス)や謎の胎児が浮かぶ。

 他には床を濡らす謎の液体、様々な魔導器、床に散乱した研究メモや論文……それらを人造種(ホムンクルス)たちがてきぱきと掃除している様は、リクシールの脳裏に使用人が働く貴族の屋敷を思わせた。

 

 そんな、かなり散らかった研究室の片隅。

 机を挟んで置かれたソファの片側に座ったリクシールは、眉間に皺が寄るのを全力で我慢しながら口を開く。

 

「……セフィナ教授を差し置いて錬金術学の講義、ですか。失礼ながら、()はまだ第3学位(レベル)の学生なのですが?」

 

 婉曲に表した拒絶の意に対し、樹人種(ドリュアス)の反応は早かった。

 

「あのですね~、いつも言ってますけど~! 『賢者の石』や『エリクサー』を作っちゃった超天才を差し置いて錬金術学の授業するとか、フツ~に拷問ですからね~!? 生徒たちの目が痛くて痛くて~! 『誰だよおまえ、賢者の石を作ったリクシール・パラディアスを出せよ』って、そういう目が! うわ~ん、皆して()()()を虐めるんだ~!」

「マスター、落ち着いて下さい!」

 

 独特な一人称で独り喚き散らす主を宥めるのは、セフィナの手によって作り出された人工生命、即ち人造種(ホムンクルス)の青年。こちらは樹人種(ドリュアス)ではなく人間種ベースで、色素の薄い色味はファルシエルにもよく似ている。

 

 対するリクシールは、普段とは異なる丁寧な口調ながら、内心この状況に辟易していた。

 

「(相変わらず鬱陶しいなこの樹人種(ドリュアス)……ことあるごとに喚き散らす癖して、妙に忍耐強いのが本当に面倒だ。なにせ諦め悪く困難に立ち向かう間、エンドレスで弱音を吐いてんだからな! ()()()()の相手を朝から晩までさせられる助手には頭が下がるね、全く)」

 

 そう主を宥める助手だろう人造種(ホムンクルス)を眺めながら、リクシールは内心をおくびにも出さず、実にやんわりと反論する。

 

「……私の功績ばかり挙げられていますが、セフィナ教授だって人造種(ホムンクルス)や肉体錬成の権威でしょう。例えば、私には体細胞の効率的な培養方法や別種の体組織を拒絶反応なく合成する理論など分かりません。このように同じ錬金術師と言っても、扱う分野が異なる以上、そこに明確な差異はつけられないはずです」

「でもでも~、『賢者の石』ですよ~!?」

 

 ずい、と興奮を露わに樹人種(ドリュアス)が顔を寄せて来る。丸眼鏡越しの瞳が映すのは、正面に座る人間種の姿。

 

「伝説に謳われた完全なる物体、所有者に不老不死を齎し、死術では不可能な真の死者蘇生をも可能とすると言われる『賢者の石』! そもそも錬金術という学問自体、これを求めて始まったと言われるもの~! それを伝説から現実に引っ張り出した者こそ、超天才錬金術師リクシール・パラディアスくんじゃないですか~!」

 

 そんな世辞なのか本心なのか分からない賞賛を受けて――リクシールの鉄面皮からほんの僅かに灼熱の怒気が漏れたのを、ソファの背もたれの後ろで静かに控えていたファルシエルだけが気付いた。

 だが、リクシールはさも軽い嘆息と言わんばかりの仕草のみでその怒りを吐き出し、あくまで平然と反論する。

 

「……お言葉ですが。俺の、失礼、私の『賢者の石』は完全ではない。『賢者の石を作った』なんてキャッチーな噂が独り歩きしていますが、それは事実と異なります」

「でもでも~、現にリクシールくんは不老になってるじゃないですか~」

「そうですね。ですが逆に言えば、今はそれが限界なのです。私の再現した『賢者の石』の模造品は、模造品ゆえに伝説に謳われたような万人を救える類のものではない。完全な死者の蘇生など未だ夢物語です。つまり私は己の研究ひとつ完成させられない未熟者……そんな私が他人を教え導くなど、とてもとても」

 

 内心感情を乱されながらも平静を保ち、かつ会話を思い通りに着地させるリクシールの知略と胆力は見事であった――だが、こと弁論において、感情を表に出せない立場とは弱いものである。

 即ち、このように。

 

「じゃあなんですか~、300年研究してリクシールくん以下のワタキは超未熟者って言いたいんですか~!?」

「いや、そういう事では……(ああもう面倒くせえ! 研究用具を借りてる恩がなけりゃとっくにぶん殴ってるぞ……!)」

 

 あくまで感情論には走れないいち生徒と、感情論全開でも立場に守られる教授。なにせリクシールが卒業の第5学位(レベル)まで不自由なく研究を続けるためには、ここでセフィナ・ロッドと決別するわけにはいかないのである。

 何を言われても理論で丸め込み、なんとか教壇に立てという要望を棄却させる、あるいは根負けまで逃げ切る。

 そんなリクシールとセフィナの言葉による勝負……それに、不意に第三者が介入した。

 

「マスター・セフィナ! 発言をお許し願いたい!」

「ん~? アレフくん~、どうしたんですか~?」

 

 アレフ、と呼ばれたのは、先程セフィナを宥めていた人造種(ホムンクルス)の青年――リクシールにおけるファルシエルの立場に相当するのだろう人造の助手だ。

 ファルシエル程では無いが人外の美を持つ彼は、いかにも義憤に燃えていますと言わんばかりの表情で、びしり、とリクシールに指を突き付ける。

 

「リクシール・パラディアス! 先程から黙って見ていれば……マスターへのその『害意』、僕が見過ごせる段階を超えたぞ!」

「……は?」

「あなたの発言のほぼ全てが欺瞞であること、それを僕の機能が見抜いたのだ! 嘘をつかないよう賢しく立ち回っていたのだろうが、美辞麗句の裏に隠された我がマスターへの『嫌悪』、頻繁に浮上する『害意』、そして一瞬見せた殺意にも届く『憤怒』はとうてい見逃せるものではない!」

 

 突然の糾弾……しかしそれが虚事ではないことは、他ならぬリクシール本人には理解できた。

 

「(俺の内心が見抜かれている――初めて見る顔だと思ったら、コイツ、妖精種(フェアリー)の感応能力か何かを組み込まれたセフィナ・ロッドの新型人造種(ホムンクルス)か! 読心、感情色覚もしくは第七魂覚、いや悪意看破の可能性も……どれにしたって内心を覗かれてるのはマズい……!)」

 

 何せリクシールの内面、その性格の悪さは、外面で覆い隠すリクシール自身が一番詳しく知っている。

 

 個人主義、利己的、他人どころか親兄弟すらどうでもいいと断じる自己中心的思考。

 万人の幸福になど微塵も興味が無いエゴイズムと、自分の事は棚上げして他人を見下すナルシズム。

 当然、それはセフィナ・ロッドに対しても。彼女の錬金術師としての実力を認めているのは確かだが……心のどこかではきっと自分の方が上だと思っているし、何よりその性格の鬱陶しさは反吐が出るほど嫌いである。

 

 反論できないことを好機と捉えたのか。アレフという人造種(ホムンクルス)の糾弾の声は更に激しさを増す。

 

「そもそもだ! あなたのような人間がマスター以上の錬金術師など、僕にはとうてい信じられない! あなた、マスターを騙していたりしませんよね?」

「え、ちょっとちょっと~、何言っちゃってんですか~? 落ち着いて~」

「いいえマスター、この男は駄目です! 彼は内心で他人を、恩ある相手を虫けら程度にしか思っていない……! 控えめに言ってクズですよこの男は、どれだけ恩を与えようと、利用されるだけされて終わりです! こんな人間が本当に『賢者の石』を再現できたのかも怪しい……その成果すら他人から盗んだものかもしれません!」

 

 かなり手酷い意見だが……人格面の問題はリクシール自身も認める純然たる事実なので、反論を試みるどころか「チッバレたか」位の感想しか抱けない。なにせ彼は本当にセフィナへ恩を返す気など無く、手を借りる必要がなくなる卒業まで逃げ切ろうと考えていたのだから。『賢者の石』だってまだ不完全な成果で、それを誇るのはプライドが許さない。そもそも内心を看破できるなら、小手先の言い訳などやるだけ無駄だ。

 故に問題は、アレフの参入によってリクシールの立場がとんでもなく悪くなったということにある。

 

「(ちッ、面倒なことになったな……! 人格はともかく錬金術師としては有能で社会的地位もあるんだ、セフィナ・ロッドの機嫌を本格的に損ねるのは避けたい……が、この流れで謝罪すれば償いとして特別講義のひとつやふたつ組まされるだろう――冗談じゃない! 誰が騒がしいだけの無能共に講義なぞするか、羽虫に人語を教えた方が口を挟まれん分まだマシだ! というかこの感じ、こうなると予想した上でこの新型人造種(ホムンクルス)を控えさせていたな!? 相手に非を作りつつ自分はいくらでも言い逃れできる嫌な手だ、どうせ自分は精神看破への対策を充分にしてるんだろう……! 騒がしさと品の無さはガキ以下の癖して無駄に老獪とか、光合成で生きてるとは思えん陰険さだなオイ――しまった、これも感じ取られたか!? いいやどうせ対策などできんのだ、気にせず頭を回せ!)」

 

 1秒未満でそこまでを考えたリクシールは、超高速で思考の渦に身を沈める。

 

 他人嫌いのリクシールは、当然、他人に講義などしたくない。故にセフィナの要望は断るか、あるいは有耶無耶にしたい。

 だが今までのように、ギリギリ嘘ではないレベルの正論で相手の要求を躱すというのは、この逆境ではパワー不足だ。

 そもそも他人の心を覗くとかどうなのか、それは失礼に値しないのか――いや、今更そこを突いたって、議論を有利には戻せない気がする。

 

「(全力で外面を保った俺の努力を返せクソッタレ、ええい今はそんな場合ではない! 考えろ逆転の手を、前例を作られれば終わりだぞ! 何かないか、何か――)」

 

 錬金術師としては史上最高でも、人を丸め込むスキルに関してはその域に無いリクシール。

 だが……そんな彼への援軍は、彼の思わぬところから現れた。

 

「――不敬である」

 

 ばちり、焦げた空気が悲鳴を上げた。

 それは糾弾の為に突き付けたアレフの指、それを刹那に貫いた、雷光が如き魔力の音。

 

 声は、リクシールの背後、その助手たる偽典のファルシエルのもの。

 彼女は平時とは全く異なる様子で、照準をつけるようにゆるりとその細腕を構える。

 

「不敬であるぞ人造種(ホムンクルス)。我が創造主、いと高き御方への侮辱は世にあるまじき大罪なれば――その罪は万死の苦痛によってのみ贖われる」

 

 声音は厳格に、しかし灼熱の怒気を孕んで。

 表情は超然と、見開かれた翠の目が金光を帯びて明滅する。

 そんなファルシエルの全身から立ち昇るは、ばちばちと世界を焼く純白の雷光、その灼熱の群れ。

 

 魔術――違う。ファルシエルは魔導器など有していない。

 祈術――いや、それとも僅かに異なる。

 魔法――そうだ、それが最も近い。

 

 だがそれは、単純な生命魔力(マギア)の躍動とも齟齬がある。

 それは周囲全ての自然魔力(マナ)が、不可知の精霊すらが彼女に隷属するような。

 例えるならそう、その現象の名は――奇跡。

 

 ファルシエルはそんな奇跡の砲弾を真っ直ぐに構え。

 裁判長、あるいは処刑人のように、淡々と罪人アレフに言い放つ。

 

「受け入れよ、これは救済である。諦めよ、これは主の御意志である。

 罪人よ、懺悔と共に果てよ。『白の(イーラ・)――」

 

 白光、氾濫。

 それは神の槍、聖光にして獄炎、現世に降臨せし死そのもの。

 誰もそれを止められない。誰もそれに抗えない。

 既に照準は、軌道は、訪れる運命は定まったが故に。

 そして、番えられし矢が放たれるが如く。

 絶対の死はファルシエルの指先より生じて罪人を――。

 

「――ファルシエル!」

 

 瞬間。

 響いた一喝が運命を変えた。

 まるで、その声に怯え竦んだように。

 室内を染めていた純白の光が嘘のように霧散し、降臨せんとしていた死が虚空に還る。

 

 どさり。尻餅を付いたのは、間一髪命を拾った人造種(ホムンクルス)、アレフ。目尻の涙と夥しい発汗は死を目前にした恐怖ゆえのもの……彼が失禁しなかったのは、単に排尿する機能を有していなかったからに過ぎない。

 そして、ファルシエル。主の一喝で我に返った彼女もまた、腕を構えた姿勢のまま固まり、叱られた子供がするような表情でがくがくと震えている。

 

 そんな、似て非なる状況に置かれた助手らを前に。

 残響する一喝を放った張本人、リクシールが、他三人とは違い落ち着き払った様子で頭を下げた。

 

「――申し訳ございませんセフィナ教授、私の人造種(ホムンクルス)が失礼を。コレは冗談を介さない所があるもので」

「え、え? え~っと~」

 

 リクシールは相手の反応を待たず、その言葉は畳みかけるように。

 

「おっと、ファルシエルの戦闘態勢がまだ解けていない。まさか暴走状態……ああなんてことだ、これでは議論どころではありませんね、すぐにこの場を離れなければ。なにせ、教授の研究室で私の人造種(ホムンクルス)が暴走したとなれば大事です、万が一教授が積み上げた貴重な研究資料に被害が及べば、私は人類の英知に仇なす不届き者として学園から追放されてしまうでしょう。故に、私の不手際で大変申し訳ないのですが、今日のお話は一旦持ち帰らせて頂きたく存じます。そら、行くぞファルシエル」

「あ、あれ~? リクシールくん~?」

 

 すっく、とリクシールが立ち上がる。

 セフィナの声に呼び止めるだけの力は無い。彼女にもまた帯電のように動揺が残っている。

 それを見越しているように、スタスタと速足で扉まで辿り着きそれを開いた彼は、最後に振り向いて、

 

「では、失礼」

 

 ばたん、と。

 捨て台詞のようにそう言って、風のように去って行った。

 慌ててファルシエルがその後を追い、二度目の開閉音が響く。

 

 一秒後。

 室内には、呆気にとられて彼等を見送る事しかできなかったセフィナ・ロッドと、その人造種(ホムンクルス)たちだけが残された。

 

 

 

 

 

 

 かつかつと。

 規則的な靴音を響かせながら、速足で『不吉の道』を行く。

 そんなリクシールの背にようやく追いついたファルシエルは、とにかく必死に頭を下げた。

 

「リクシール様、申し訳ございません――」

 

 アレフへの攻撃、未遂に終わりはしたものの、あれは軽率な行動であった。リクシールがセフィナ教授との良好な関係を維持したいというのは知っていたのに、主を侮辱され、つい……。

 叱られるだけならまだいい。対して役にも立っていないのにこの失態だ。きっと今回こそ捨てられる……いや、例えそうであっても謝らなければ。

 そんな悲壮なる謝罪の前に、リクシールの足が止まり。

 彼は使えない助手に三行半を――。

 

「はッ、オマエも偶には役に立つじゃねえかファルシエル。『人工生命の不具合』という言い訳を盾に、憎まれ役を自ら買って出るとはな。良い演技だったぞ、アレ」

「……は、へ?」

 

 予想外の言葉に、ファルシエルは思わず顔を上げ。

 こちらを振り返ったリクシールは、何とも珍しい事に、その口の片端を吊り上げていた。

 要するに、心底から笑っていた。

 彼はいかにも上機嫌に、状況を呑み込めないファルシエルを置いてひとり饒舌に語り続ける。

 

「ああそうだったなあ。オマエはただ『偶然に故障し、些細な刺激で暴走しちまった』んだもんなあ。いやあそれなら仕方ない。俺としては、あのまま偉大なるセフィナ教授の天才的に長い泣き言をありがた~く拝聴しても良かったんだが、なにせオマエが壊れちまうもんだからなあ。はーやれやれ、本当に困った奴だよオマエは」

 

 これは、呆れられているのだろうか……いや、その皮肉げな口調からそうではないと、流石のファルシエルも理解する。

 理解するからこそ、何を言われているか分からない。自分は軽率な行いを叱られるのではなかったのか。

 

 ぽかん、とその場に立ち尽くしていると、再び歩き出したリクシールの声がその耳に届く。

 

「何してんだ、行くぞファルシエル。曲がりなりにも俺の助手なんだ、すっとろいのは頭の回転だけにしておけ」

「……は、はいっ! 只今!」

 

 弾かれたようにその背を追って――それができる幸福に、偽典のファルシエルは安堵した。

 

 よく分からなかったが……上機嫌なリクシール様の様子を見るに、自分は役に立ったらしい。滅多に貰えないお褒めの言葉も頂いた。

 なら、いいか。

 

 かつかつと。

 規則的な靴音を響かせながら、速足で『不吉の道』を行く。

 そんなリクシール・パラディアスの数歩後ろを追うファルシエルの笑顔は、すれ違う者全てが振り向くほどの、可憐なる歓びに満ちていた。

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