かつて、西大陸にその国はあった。
時は聖暦666年。現西大陸最大の国家・大帝国が、まだ今ほどの広大な領土を獲得していなかった時代。同じく西大陸にあったその国は『将国』と呼ばれ、小国ながら優れた将や英雄をよく輩出し、戦の強さと交易によって栄えていた。
――何の前触れもなくやってきた、後に言う『終わりの日』までは。
八つの大罪の名を冠する八柱の悪魔――現代に言う『魔王』が将国を襲った。
それは、優れた将の元動く強壮な軍隊ですら、瞬く間に蹂躙する八種の災害そのものだった。
ある者は発狂して自ら命を絶ち。
ある者は魅了され妻子さえを手にかけ。
ある者は魔王の呪詛によって塵ひとつ残さず瞬殺された。
そうしてたった一夜のうちに、将国内の生命という生命は、その悉くが滅ぼされた――
隣国の調査隊の話では……将国の中央広場、見る影もない程破壊され血に染まったその中心にて、その少女は独り、逃げもせず歌っていたという。
誰もが知る子守唄を、繰り返し、繰り返し。
死体の山の中唯一息をする少女。それは奇跡の光景であり、響く子守唄は鎮魂歌のようであった、と後の記録には綴られている。
悪魔に滅ぼされた亡国の、たったひとりの生き残り。
誰もが彼女を哀れんだ。誰もが彼女に同情した。
そして、誰もが彼女を讃えた。
『神の加護の賜物、悪魔を退けし奇跡の子』だと。
少女は『幸運』を意味する『フォルトゥナ』という名を与えられ、幸運と神聖さの象徴として彼女を迎えた隣国の皆に愛された――。
――そうして少女を受け入れた国が、1年も経たぬうち、再び彼女ひとりを残して屍の山と成り果てるまでは。
「……誰だい? ボクに何か用かな?」
不意に。
何もない虚空を振り向いて、黒い少女はへらりと笑う。
「ああ、驚かせちゃったかな……うん、悪いね。ボク、呪いで因果がぐちゃぐちゃだからさぁ。偶に
ま、今更恥も
そんな訳で。そこにキミが居るって前提で、自己紹介でも始めようか」
界立モルターリブス不死学園、その学園廊下。
陽光の届かぬ薄闇の中、窓に彼女の姿が映る。
白黒の少女だった。白い肌、黒い眼、白黒の髪。色を持たぬかのような少女は、それでも妖しいくらいに美しく。仮面のように笑う、嗤う。
「ボクはフォルトゥナ。『死なず呪い』のフォルトゥナって呼ばれてる……うん、意味はよくわからないんだけどね。300年くらい生きてるからかなあ?
それで、ここからが本題なんだけど。ボクに纏わるとある問題の話なんだけれどもさ。
もしキミが、不幸な目に会いたくなかったり、胸糞悪い気分は味わいたくもないって思ってたり、まだ死にたくないよーって感じのヒトなら……きっと、ボクに近寄らない方がいい。見なかったことにして、聞かなかったことにして――あるいは読まなかったことにして。そのまま離れて忘れた方がいいよ……うん、多分、だけれども」
誰も居ない場所で言葉を羅列する様は、狂人かはたまた演者の類か。
衆目は無い。人気は無い。音も、姿も、少女の他には何も無い。
それでも彼女は語り掛ける――きっと、住む世界すら違う
「ボクは言ったからね――うん、ちゃんと忠告したからね。
だから、非常に言いにくいことなんだけど、ちょっと非情なようなんだけど……これ以上こっちを覗くっていうのなら、それは。
例え何が起こっても、どんな最悪な気分になっても――それは運が悪いんじゃなくて、キミが悪いってことになるから、ね」
「死なず呪い」のフォルトゥナはくすりと嗤う。
その美貌、魔的にして妖艶なる振る舞いは、本人の意思すら無関係に破滅を誘う因果歪曲。
その者に戦闘の力は無い。その者に企む知恵は無い。
けれど次に続く忠告の言葉を、不死学園で知らぬ者は居ない。
即ち――。
――全ての者よ、命惜しくば、「死なず呪い」には近付くな。