不死学園の人間種   作:龍川芥/タツガワアクタ

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人間種 「死なず呪い」のフォルトゥナ ①

 第2学位(レベル)長耳種(エルフ)(まじ)わす眼のリナシア・クウェルクスが()()に遭ったのは、不死学園で13年ぶりの新学期が始まってすぐのことだった。

 

 第15期生の長耳種(エルフ)が寄り集まった友人グループの中で、新学期までに第2学位へと至れたのはリナシアだけだった。それ故に13年間良好だったグループの関係が崩れ、当時のリナシアは自然単独行動が多くなっていた。

 故郷では芸術と持て囃された、金銀入り混じった美しい髪。それ以上に羨まれる両の瞳は、紅玉と蒼玉、異なる輝きで美貌の核となっている。それでも……この世のあらゆる不死、あらゆる英雄の卵たちが集う不死学園では、美しさなど何の意味も持たない。この学園でものを言うのは、何が成せるか、それのみである。

 あるいは……美しいだけの凡人であったなら、まだ同種の友人と仲良くやっていたかもしれないし。英雄になるという強い志があったのなら、孤独すら受け入れられたのかもしれない。けれど現実として、リナシアという少女はそうではなかった。

 

 自分が特別であるという優越感。

 友人の輪から弾き出された疎外感。

 どちらも持て余していたリナシアのもとへ、()()は唐突に訪れた。

 

 

 

「――どうしてだよ、フォル!」

 

 若い男の怒声が、リナシアの耳に飛び込んで来る。

 それは放課後、偶々通りかかった人気のない廊下での出来事。

 何事かと声のした方へ目を向ければ……半馬種(ケンタウルス)の男子生徒が、向かい合った女子生徒を殴打しようと、今まさに手を振り上げたときだった。

 

「このぉ――ッ!」

 

 激情入り混じる声と共に拳を振るう半馬種(ケンタウルス)の男子生徒。そしてその拳が降る先に居る、黒髪に黒い服の女子生徒。両者ともリナシアに見覚えは無い。2人の間にどんな諍いがあったかなんて、リナシアには分からない。

 それでも……リナシアは眼前の光景を前に()()()()()

 

 紅と蒼。二色の双眸が魔力を帯びて輝く。

 

 魔眼開帳――因果観測、焦点固定、第一世界情報次元到達。

 

 右眼は視る。黒い少女が、殴打される――。

 左眼は視る。校舎の壁が、ただ在る――。

 

「――(かわ)れ!」

 

 魔眼、発動。

 紅は蒼へ。蒼は紅へ。少女の眼が一層輝いて世界を捉え。

 

 ――黒い少女が、ただ在り。

 ――校舎の壁が、殴打された。

 

「痛っ……!? な、何が……」

 

 いつの間にか壁を殴りつけていた半馬種(ケンタウルス)の男子生徒が腕を庇いながら慌てて周囲を見回し……つかつかとこちらに歩み寄って来るリナシアの姿を捉えた。

 

「い、今のは君の仕業か!? 一体何のつもりで――」

 

 言葉が止まる。

 ぎん、と――紅と蒼の双魔眼が、魔力光を帯びて彼を睨み付けていたから。

 眼光鋭く目を光らせる魔眼の持ち主は、男子相手にも強気に返す。

 

「――そっちこそ、一体何のつもりで女の子に手ぇ上げようとしてたワケ?」

「……っ。く、くそっ……!」

 

 糾弾に立つ瀬を失ったのか……半馬種(ケンタウルス)の男子は、そのまま踵を返して廊下の先へと走り去っていった。

 その様子を確かに視て……リナシアはやっと、殴られそうになっていた女子生徒の方を振り向く。

 

「ふぅ、行ったか。アンタ、大丈夫だった――?」

 

 ああ、けれど。今度はリナシアが絶句させられる番であった。

 目端で捉えていた時は黒髪が見えた程度だったが……改めて見ると、黒い、なんてもんじゃない。

 

 その少女には色が無かった。

 こちらが目を白黒させるくらい、白と黒しか彩りが無かった。

 黒い服、白い肌、黒い眼、白黒の髪。

 開く口唇すら灰色で、それでも少女は妖しく――リナシアが毎日鏡で見る自分の顔よりもなお美しい、可憐を超えて魔的な美貌でくすりと笑った。

 

「――うん、悪いね。ボクはこの通り怪我ひとつ負っていないけれど……骨も折ってないし肉も断たれていないけれど。包み隠さず言ってしまえば、()()()()なのはキミの方だよ、見知らぬひと。なにせキミが何もしなくとも、ボクは傷ひとつ負わなかったんだから」

 

 白黒の容姿。不可思議な言動。

 その衝撃からリナシアが素早く脱することができたのは……白黒の少女にもっと分かり易い、一目で分かる特徴があったからだった。否、無かったから、と言うべきか。

 つまるところ……眼前の少女には、どの不死の種の特徴も見られなかったのだ。

 

「えっと……アンタ、まさか人間種?」

「うん、確かにボクは人間種だよ。尤も、歳を取ることも老衰することもない人間を人間と言っていいのかは甚だ疑問だし……殆どの人はボクのことを、非人間とか悪魔とか呼ぶけれどね」

 

 そう平然と答えられて……ごくり、リナシアは知らず喉を鳴らした。

 

 ――不死学園に居る4人の人間種。

 そのうち3人の名前をリナシアは知らない。

 けれど、たった1人だけ。その中で最も有名な者の名だけは知っている。

 即ち……「死なず呪い」に纏わる噂は、リナシアも当然耳にしていた。

 

 曰く、その者は不運を呼び寄せ、周囲では常に不慮の事故が発生している。

 曰く、その者は危険だがどうやっても殺せぬ為、封印の代わりとして学園に連れて来られた。

 曰く――全ての者よ、命惜しくば、「死なず呪い」には近付くな。

 

 まことしやかに囁かれる噂の数々。

 だから、一体どんな化物なのだろうと思っていたら――。

 

「……なんだ。確かに変人っぽいけど……化物ってほどじゃないじゃんか。ぜんぜん強そうには視えないし、むしろ可愛い……いや、綺麗系? ま、やっぱり噂なんてアテにならないなぁ、うん」

「?」

 

 恐らく「死なず呪い」だろう白黒の人間種は、しかしリナシアの眼には噂通りの存在には視えなかった。

 魔眼による運命視――疑似未来観測能力が告げている。

 眼前の彼女にこちらへの敵意、攻撃の意志は皆無。

 寧ろ先程殴られそうだったときでさえ、彼女は反撃のそぶりひとつ見せなかった。

 立ち姿。魔力の流れ。そして魔眼の力で何となく分かる……彼女には悪意も戦闘能力もまるで無いと。

 

 ならば、一体彼女の何を怖がれというのだろう。

 リナシアはふっと肩の力を抜いた。そして、白黒の少女と目を合わせる。

 

「ウチはリナシア。そっちはフォルトゥナ、だよね。『死なず呪い』の」

「そうだよ、ボクはフォルトゥナ。キミの行為を、あるいは厚意を台無しにした、嫌われ者の呪われ者さ」

「ぷっ。ナニソレ、変なの」

 

 少女――フォルトゥナの言動は余りにも奇妙で、思わずリナシアは吹き出した。

 ああ、久しぶりに笑った気がする。友人たちと距離を置いてからずっとブルーだったから……。

 ……よし、決めた。

 頷いて、勢いのままにリナシアは言った。

 

「ね、フォルトゥナ。友達にならない?」

 

 ……有り得ないことを聴いた、とでもいうように、白黒の目が見開かれる。

 心なしか、妖しげな笑みは皮肉げに歪んだ――自嘲、そうリナシアには見えた。

 

「……本気で言ってるの? だったらやめておいた方がいい。ボクってほら、『目を合わせただけであらゆる不運な目に遭う』とか、巷で噂の女だよ?」

「そんなのタダの噂じゃん。それにウチ、便利な魔眼()持ってるからさ。アンタを不運から守ってあげる、なんて……ダメ?」

 

 じっと、目を合わせる。

 先に揺れたのがどちらの瞳かは言うまでもない……最強の魔眼を持つリナシアが、目力で負けるはずはないのだから。

 

「はあ。ボクはちゃんと言ったからね――」

「よし、決まり!」

 

 言って、リナシアはほとんど無理矢理フォルトゥナの手を取った。

 白い手……思ったよりずっと温かい、血の通った、普通の女の子の温度。

 フォルトゥナも手を振り払ったりはしなくて。リナシアはそれが嬉しくて。

 

 だから、リナシアは聞き逃した。あるいは聞かなかったことにした。

 ぽつり小声で零れ落ちた、「死なず呪い」の意味深な呟きを。

 

「――ちゃんと忠告、したからね。だから、これ以上は……キミが悪いってことに、なるからね」

 

 ――因果歪曲。

 夕焼けに染まる学園廊下で、彼女の悲劇は始まった。

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