不死学園の人間種   作:龍川芥/タツガワアクタ

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人間種 血濡れの祝福ラスレイ ①

「おれはラスレイ。出身は大帝国の西部で……その、人間種です」

 

 窓際最後列の少年がそう自己紹介した瞬間、教室の空気がやにわに色めきたった。

 

 10代半ばか。幼さの残る、まだ青年になりきれていない少年だった。

 前髪で隠しきれない火傷痕が、その右目の周囲に残っている。襟の隙間から覗く首筋に刻まれている赤と黒の線は刺青か、それとも『魔術紋』だろうか。ともかくひとつ確かなことは、目立った身体的特徴のない彼が間違いなく人間種(ノマド)であるということだった。

 

「人間種? 不老でも不死でもない種がなんで不死学園(ここ)に?」

 長耳種(エルフ)の女子生徒が不思議そうに呟く。

 

「確かに、これは人間種(ノマド)の血の匂いだなァ」

 白髪の吸血種(ヴァンパイア)が眉を顰める。

 

「――皆様、どうか静粛に」

 そして、金の竜人種(ドラゴニュート)が色めきたつ学友たちを窘めた。

 

「……へえ? その様子だと、アンタはコイツのこと知ってたのかよ? ()()()()()サマよォ」

「いいえ。ですが此処は偉大なるモルターリブス不死学園、手続きに間違いなど起こり得ません。此処に居るという事実それ自体が、彼の『資格』を証明する何よりの事実でしょう。また、禁忌錬成のリクシール・パラディアス卿に代表されるように、人間種が不死に至れぬ道理もありません。ご納得、頂けたでしょうか」

 

 白髪の吸血種の問いに、竜人、リュリーシア・クリサフェイノス・ドラウレウスは入学式で見せたのと変わらぬ態度で答えた。楚々としながらも堂々と。即ち、無欠の高潔さで以て。

 ちっ、と吸血種は舌打ちして喧嘩腰を収め、それきり教室は静かになった。

 

「えっと……」

 

 困ったのは少年、ラスレイである。

 彼は先の喧騒よりもよほどやりにくい静寂のなか、教室じゅうの注目を一身に集めたこの状況に冷や汗をかきながらも、なんとか縺れる舌を動かす。

 

「ここには急に来ることになって。その、よろしくおねがい、します」

 

 言い終わり逃げるように座ってから、まばらな拍手が鳴るまで少し間が空いた。その間は少年の頬を紅潮させるのに充分な時間であった。

 

 16期生、1-1の教室……入学式直後、初顔合わせと自己紹介の時間。

 その流れを滞らせた、どこにでもいそうな人間種の少年の存在は、教室じゅうに強く刻み付けられたのだった。

 

 

 

 

 最初のホームルームが終わってすぐ、おれ、ラスレイの元に不死種がひとりやってきた。

 

「よォ、人間種(ノマド)

 

 おれの机に手を置いてそう話しかけてきた彼は、人間種ではありえない白髪に赤目、死蝋のように白い肌、長耳種(エルフ)ほどではないが尖った耳を持つ不死種――吸血種(ヴァンパイア)の青年だ。

 吸血種(ヴァンパイア)に話しかけられるなんて――というか間近で見たのさえ人生で初めてだが、さっき自己紹介を聞いたので名前は分かる。

 

「えっと、確か……ビンラディン?」

「ヴィルラディウスだ! 血酔う惨将ヴィルラディウス・ヴァン・ヴェルヴェスティーニ! テメエ、オレの自己紹介を聴いてなかったのかァ?」

 

 噛み付くように訂正され、おれは思わず半身を引く。

 

「ご、ごめん。聞いてたけど長くて覚えきれなかったんだ。でももう覚えた。ヴィルラディウス、だね」

「……オイオイ」

 

 今度は名前を間違えなかったはずなのに、吸血鬼は呆れたように首を振った。

 

人間種(ノマド)、テメエ年齢は」

「15」

 

 正直に答えれば、吸血種は人外そのものの美しい顔でせせら笑った。

 

「ハッ、奇遇だなァ。オレは155歳、テメエのざっと10倍だ。分かったら今度からオレを呼ぶときは『二つ名』と『様』を忘れるな――あァそうだ、テメエ『二つ名』は?」

「え? えっと……」

「当然ねえよなァ。二つ名ってのは遥か塔国の『無限碑』に刻まれた魔言にして魔文字、第一世界情報(アカシックレコード)に紐付けられた、決して偽証のできねえ世界共通の称号だ。そんなのを現段階で持ってるのは、入学試験において類稀なる才能を見出された優等生サマと――」ちらり、彼は金の竜人に一瞬だけ視線を飛ばし、再びこちらに向き直る。「そしてオレのように、入学前に既に名を立てた者だけだ。オレは20年前の大帝国の内乱で活躍しこの二つ名を得た……どこぞの田舎で生まれたばかりのテメエとは存在の格が違うんだよ。理解できたかァ? 人間種(ノマド)のガキ」

 

 宝石じみて綺麗な紅い目が、おれを睨み付けている。

 貴族を思わせる上等な格好のうえに不死特有の美と迫力まで放つ彼にそう言われると、人間のおれはなんだか反論しにくかった。年の功と言うし、150年生きた存在に15歳のおれが何かを言える立場か、とも思う。

 けれど……目の前の吸血種と同じ『不死』だった()()()のことが頭に過ぎったとき、つい、思ったままが口を突いて出た。

 

「……おれは、きみの10倍生きたやつを知ってるけど、そいつはおれに偉ぶったりしてこなかったよ。同じ教室に居るなら対等だと思ったんだけど……生きた年月で偉さが決まるのが、この学園のルールなのか?」

「テメエ――」

 

 紅い瞳の中で怒りが燃え上がったのがおれにも分かった。

 吸血種が胸倉を掴もうと手を伸ばしてきて――ぴたり、直前でその手が止まる。

 白い腕を止めたのは、席に着いたままこちらに向けられた黄金の竜人の射るような視線。

 

「――ヴィルラディウス卿。どうか、学園の一員として品位をお忘れなきよう」

 

 咎めたのは竜人種(ドラゴニュート)にして新入生代表、リュリーシア・クリサフェイノス・ドラウレウス――口調こそ丁寧だったが、その目に宿るのは初対面のおれにも分かるほど強い、強い意志。傍から見ているだけのおれでさえ後ろめたくなるような、一切の曇りなき正義の眼光。

 

「ちッ」

 

 あるいは、その黄金なる正しさの前に己の間違いを自覚させられたのか。吸血種の青年はそのまま腕を引っ込めて、つまらなそうに自分の席へと戻って行った。それを見て竜人も安堵の色を見せて視線を外す。

 一触即発の状況が去り、わずかに空気の弛緩した教室内で、おれは口の中で呟く。

 

「……怒らせるつもりじゃなかったんだけどな」

 

 言葉選びを間違えてしまった……どうも緊張しているらしい。

 なにせ不老不死だらけの学園に急に放り込まれたのだ。『不死』なんて普通、人間種にとって一生に一度関りがあるかどうかのだというのに……おれにとってもほんの1年前まで噂で聞くくらいの希少な存在だったのに、今この教室内だけでざっと30体だ。緊張して当然である……けれど、それは言い訳にはならないな。

 後で謝ろう、と内心で誓っていると、ふと隣の席から声が届いた。

 

「……意外。人間のくせに、お兄様相手に怯んだりしないのね」

 

 窓際最後列の席があてがわれたおれの唯一の隣の席に座っていたのは、一見して高貴な雰囲気の美少女であった。

 だが、当然人間種ではない。頭の両側で結んだ長い白髪に、左右で色の違う蒼玉と紅玉の目、血の気の感じられない白い肌に人外の美。

 

「きみは」

「ヴェリアリーナ。ヴェリアリーナ・ヴァン・ヴェルヴェスティーニ」

「! ヴェルヴェスティーニ、っていうと……」

「そうよ。ヴィルラディウスは私のお兄様」

 

 なるほど、そう言われると顔立ちから雰囲気までさっきの吸血種の彼、ヴィルラディウスによく似ている……。

 

「……うん? てことは、兄妹で同期?」

「不死学園の入学式は13年に一度よ、そういうこともあるわ」

「な、なるほど」

 

 彼女の淡々とした口調には、貴族の令嬢ぜんとした高貴さがあるように感じられた。

 となるとその名と姓の間の『ヴァン』は爵位だろうか……聞き覚えはないが、姓持ちというだけでそれなりの出身であることは確かだ。少なくともおれよりは良い生まれだろう……いや、人間種と不死種の生まれなんて、そう簡単に比べられるものでもないんだろうけど……。

 そんなおれの心の声を聴いたかのように、ヴェリアリーナは言葉を続けた。

 

「私たちは大帝国で唯一の不死の貴族、ヴァン・ヴェルヴェスティーニの血族です。あなたも大帝国の出なら『残虐公』の名を聞いた事くらいあるでしょう……まあ、それでもお兄様のプライドは少し行き過ぎているけれど」

「『残虐公』……」

 

 彼女の言う通り、その名はおれも知っていた。

 大帝国では有名だ……初代帝王の建国に手を貸し、不死ながら貴族の地位を得た、南部地方の吸血種(ヴァンパイア)貴族。『残虐公』の二つ名で知られるその吸血種(ヴァンパイア)は、たったひとりで人間の軍を壊滅させる力を持つ不死の英雄で、今も存命であるという。噂程度だが、そんな残虐なる吸血種(ヴァンパイア)の所業を耳にした幼少の日は、おれもベッドの上で震えたものだ。

 まさか、そんな伝説的な不死(ひと)の一族だったとは。

 

「学園内では全員が平等だとしても、外の立場が無かったことになるワケじゃないわ。だから、多少の無礼はお互い水に流して――」

「そんなに凄いひと……いや、凄い吸血種(ヴァンパイア)だったんだ。それならそうと言ってくれればいいのに」

「……アナタ、変な人間ね」

 

 いや、そんな呆れた声を出さないで欲しい。だって最初からお貴族様と分かっていたら、もう少し言葉を選べたかもしれないじゃないか。

 ……まあ、おれって田舎出身の姓なし平民だから、礼儀作法とか全く自信がないけれど。

 

 そんなおれを綺麗な赤青の瞳で一瞥して、やはり呆れた様子で吸血種(ヴァンパイア)は小さく溜息を溢した。

 

「一応、隣の席のよしみで忠告しておくわ。お兄様は血の気が多いだけで悪党じゃない、挑発さえしなければ血を流すこともないでしょう。それと」

 

 ヴェリアリーナがその薄い色の唇を指でなぞる。僅かに開いた口唇の隙間から、二本、人間種のそれより長く鋭い蝙蝠の牙じみた犬歯が覗いて。

 

「人間なら、吸血種(ヴァンパイア)の前では首を隠しなさい。牙を突き立てられ生き血を吸われたいというのなら、別ですけれど?」

 

 言われてようやく思い出す。

 そうだった、吸血種(ヴァンパイア)は人間種の生き血を糧とする種族……おれは目の前の吸血鬼によって首元に牙を突き立てられ、血を吸われ尽くして骨と皮だけになった自分を想像して身震いした。

 慌ててシャツの襟元のボタンを留めて襟を正す。苦しいから開けていたボタンだが仕方ない、生き血を抜かれるよりはずっとましである。

 

「(……さすが不死の学園だ。おれ、ちゃんとやっていけるかなぁ)」

 

 ざっと教室を見渡し、思い思いに交友を深めるクラスメイトの姿を眺める。

 

 同じ種族で会話する長耳種(エルフ)樹人種(ドリュアス)をからかう死霊種(レイス)。囲いができている金の竜人種(ドラゴニュート)に、果ては半蛇種(ラミア)骸骨種(スケルトン)まで。

 その光景からも分かる通り、この教室内におれ以外の人間種は居ない。それどころかこの学園、いやこの島の中におれ以外の人間種が果たして居るかどうか。

 

 ここはモルターリブス不死学園。本来只人は踏み入ることなど許されない、不死種だらけの人外魔窟。

 そんな場所で人間種が――定命として生まれ生きてきたおれが向き合うことになる困難は量も質も計り知れないだろう。

 それでも。

 

「いや、無理でもやるんだ。『英雄』になる、そのために」

 

 心の中で、赤黒の(うず)み火が燃えていた。

 そうだ、おれはこの学園で学び『英雄』になる。それもただの英雄じゃない、史上最高の大英雄に。

 だって――。

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