絶海の孤島に建設された世界最大の学び舎であり、人間種に代わって不滅の神敵たる悪魔に対処する不死種の人材を育てることを目的とする……不老あるいは不死の存在にのみ入学が許される、不死の不死による不死のための学園である。
そんな不死学園に入学してしまったおれ、人間種であるラスレイの学園生活が幕を開けた。
入学式の後。
1限目、記念すべき初日最初の授業は『一般生物学』。
教壇に立つのは
「――『一般生物学』の授業に際して、まず初めに。『不死』と一概に言うが、一般名詞の『不死』と生物分類上の『不死種』はそれぞれ異なる意味を持つ」
生徒に向けてそう語る女教師の声には一切の遊びが無く、かつどこか威圧的で、要するに心底つまらなそうであった。いや、にこりともしない半目で固まった半分骸骨というその顔が怖いからそう感じるだけかもしれないが。
ともかく、そんな面倒そうに授業をする教師はやや唐突に、教壇の上から生徒をひとり指名した。
「そこの君、確か新入生代表だったか。『不死』と『不死種』、これらの違いを答えてみたまえ」
「はい」
がたり、指名を受けて微塵の動揺もなく起立したのは、黄金の竜人リュリーシア・クリサフェイノス・ドラウレウス。問いに答えるその声には、やはり微塵の瑕疵も揺らぎも無く。
「教授が今仰られたうちの前者は『不死あるいは不老の種族』を総称する言葉であり、後者は『肉体的特徴として不死であると判別された種』のみを指す言葉です。これは人間種など定命の種に比べ、不死はその個体数が圧倒的に少数だったことに起因しています。人間種中心の社会において、不死種と不老種は長らく混同され、『不死』という言葉はその両方を指す言葉として定着するに至りました」
「その通り。要するに学園が募集している『不死』とは、『不死種ではないが不老種の者』も指すという事。学園に入学した以上、不死と不老、その二種に貴賤はないということは覚えておきたまえ。では、そうだな……」
うーむ、言っていることが難しすぎて全然授業についていけないなぁ……なんて他人事みたいに思っていたのを見抜かれたのか、はたまたただの偶然か。
じろり、隻眼と髑髏の眼窩の闇が、やはり唐突にこちらを睨んだ。
「そこの君。不死種と不老種の具体例をそれぞれ上げてみたまえ」
「え、おれ?」
「そうだ、君だ」
……指名、されてしまった。
ともかく先の竜人に倣い、起立して質問に答える。
「は、はい。えっと、不老の方は
「――ふむ、よろしい。数は物足りないが、竜種を不死と間違えなかったことは評価に値する。竜種は最強の不死と名高いが故に勘違いされやすいが、一般的に不死ほどの自己再生能力は有さない」
ほっ、と胸をなでおろす。不死の知識なんてほとんどないし、半ば当てずっぽうだったのだが、どうやら正解だったらしい。
そのまま着席しようとして、
「だが如何せん列挙できた数が物足りんな……それではもうひとつだ、不死の定義とはなんだ? 答えたまえ」
そんな有無を言わせぬ声が教壇の上から飛んできて、おれは慌てて折りかけていた膝を伸ばした。
だが、不死の定義……? そんなの知らないぞ。えっと、不死のイメージ、っていうと……。
「え、えーっと……傷が治る? そう簡単に死なない?」
絞り出した答えがそれ以上続かないと見るや、先生は片方しかない眉を顰めた。
「間違いではないが、それでは不十分だ。正確には、『心臓が完全に破壊された状態を独力で完治し復活できる、あるいはその状態のまま問題なく活動可能な身体的特性を種族単位で有している』種を不死種と呼ぶ。逆に『前述の能力を持たないが、種族的に500年以上の寿命を持つことが確認されている』種が不老種と呼ばれる」
そこで彼女は言葉を切り、その半髑髏の顔で明確におれを見た。
「『無知』そのものは罪ではないが、『無知のままで居る』ことは不死として恥ずべき怠惰であると私は考える。君が恥知らずではないことを期待する」
「は、はい!」
叱られているのか励まされているのか……ともかく首を竦めたおれから視線を外し、教壇の上の先生は教室全体を見渡した。じろり、腐れ骨のフォーシーレの隻眼が不気味に生徒たちを睥睨する。
「諸君らもだ。この教室内にも居よう、『自分に座学など必要ない』という血の気の多い英雄志望の者が。経験なき知識など恥ずべきであると言う大言壮語の者が。だが考えてもみたまえ……知識が足りず失態を演じる、果ては命を落とすことは、それこそが永遠の汚点となる恥ではないか?
知識とは言わば『転ばぬ先の杖』。杖を突くことが恥なのではない、杖持たぬ故に転ぶことこそが真の恥なのだと理解せよ。
……理解したな? 二度は言わんぞ面倒だから。よし、では授業を再開する」
その言葉は相変わらずつまらなそうであったが、その強面もあってか効果は絶大であった。
空気が目に見えて引き締まった教室内で。
周囲同様大いに感化されたおれは奮起して、覚えたての文字が羅列された教科書に今言われたことのメモを記した。
2限目、『武術学』。
生徒を広い校庭に連れ出したのは、担当教師の
『ゴ……ギギ、ガガ――』
「『オイクソガキ共、調子に乗るなよ』と先生は仰せだゼ!」
『ガガ、ギ、ゴ……』
「『武術とは一秒一瞬を競う術、即ち戦場で真に生死を分ける術。永い時を生きる不死ならば肉体と技術を磨いて損はない! さあ内臓吐くまで鍛えてやるぞ!』と先生は仰せダ! 良かったなクソガキ共、これで立派な戦士になれるゼ!?」
「エレクシオ先生、本当にそんなこと言ってるのか……? とてもそうは見えないけど……」
クラス単位で並んだ列の中、おれは思わずそんな疑念を小声で呟く……瞬間、口の悪い金切り声が、人垣を飛び越え真っ直ぐおれ目掛けて飛んで来た。
「黙れクソガキナマ言ってんじゃねえいっぺん殺すゾ!! ……と、先生がお怒りだゼ!」
「え、いまその『先生』なんにも言ってなかったじゃん、ぜったい適当言ってるじゃん!」
この通り。
おれにはなんとも、心優しい
が。予想外にも、『心優しき
『ガ、ギガ……』
「おっ、『威勢の良いガキ前に出ろ、武術の深みを教えてやる』と先生が仰せダ! やれエレクシオ、一回殺セ!」
「え、本当にそう言ってるの? しかもまさかの殺害予告!?」
そう。おれの疑惑を否定するかのように、暫定『心優しき
『ゴ、ガギ、ゴ』
「『まあ武術学のデモンストレーションみたいなものだ、ここにある好きな武器を選んでかかって来いや若造』と先生は仰せダ! 良かったなクソガキ、気楽に死ねヤ!」
「ま、マジですか……」
『ガガ、ガゴ』
「勝負内容は超単純、攻撃がエレクシオにかすりでもすればオメーの勝ちだとよクソガキ! さあ、それができそうな武器を選びナ!」
うん、ようやく分かった。この
だがもう遅い。この勘違いの代償は、クラスメイトに見守られながらの模擬戦である。
『ギ、ガギガ――』
「『おまえらもよく見とけよ観客共、武術の凄さを俺様が分からせてやるからよ!』と先生は仰せだゼ! 良かったなオメーら、万に通ずエレクシオの戦いが見れるなんてヨ!」
うう、やりにくいことこの上ない。
けれど……生憎、おれは勝負から逃げるわけにはいかない身の上だ。
「やるからには、勝つつもりで」
呟き、言われた通り武器を選ぶ。
校庭には事前に、訓練用だろう何種類かの武器がそれぞれ大量に用意されていた。
直剣、槍、
だが。
「短剣はないか……しかたない。なら、これで」
使い慣れたものが無かったので、一番使用感が近いだろう直剣を選んだ。慣れない鋼の重みがずしんと手を引く。訓練用なのだろう沢山あった直剣の中から、できるだけ刃こぼれがなく切れ味が良さそうなものを素人目で選別したつもりだ。
選んだ一振りを手に取ると、再び機械の声と金切り声が飛んで来る。
『ガガ、ギ』
「『よし、じゃあ
「え? 先生の武器も、おれが? その、本当になんでもいいんですか?」
『ゴ……』
通訳も必要ない
ハンデ、ということだろうか。それほど腕に自信があるのだろう。ならば少々格好悪いが、相手の面子を潰さない為にも素直にお言葉に甘えるとして……。
おれが勝つには先生にできるだけ弱い武器、あるいは直剣と相性の悪い武器を渡すべきだが……ここにある武器たちはどれもそれなりに強そうだ。間合いも一長一短だし、短剣以外の武器の振り方なんて知らないおれではどの道そう有利は取れない……いや、本当に「なんでも良い」のならば、あるいは。
「じゃ、じゃあ……」
本当にこんなことやっていいのかな、と思いつつも、おれは二度慣れない手つきで剣を振った。
ごろん、と地面に転がった
「これ、とか?」
それは、棍棒とも言えぬほどに細い、例えるなら子供が英雄ごっこに用いるような『木の棒』であった。剣より明らかに短く、剣が相手では一合の打ち合いにも耐えられぬだろう、脆く殺傷能力皆無な細い棒。
怒られたらすぐ撤回しよう、と思って恐る恐る差し出した最弱の更に下の武器を……意外にも、機兵の腕は文句のひとつも言わず受け取った。否、寧ろ豪胆にも駆動の音で笑ってみせた。
『ガガ――』
「ぎゃはは、肝が据わってやがるなオメー! エレクシオも『よかろう、丁度いいハンデだ』だとヨ!」
鉄妖精もまた、相棒の選択を呵々と受け入れる。
ここに生徒の人垣の内を戦場とした模擬戦の舞台が整った。
本来勝負になるはずもない。あるいは、それを覆すのが彼等の言う『武術』か。
おれは慣れない直剣を正眼に構え、その向こうに仁王立つ木の棒を持った機兵を睨む。
「それじゃ、始メ!」
「らあっ――!」
捨て身にも見える一気呵成は、おれなりの冷静な計算に基づく行動だ。
なにせこっちの手にあるのは剣で、相手の手には木の棒。
こんなの勝負になろうはずもない、剣を思い切り振ればあの木の棒では防御しきれず、その勢いで一撃当たって決着だ。あるいは躱されても間合いの差で即座の反撃はなく、万が一それがあったとしても木の棒で如何ほどの威力が出せるか。
つまり、おれの選んだ全力での先制攻撃は必勝の策であった――。
――万に通ずエレクシオ。その卓越した『武術』を計算に入れなければ。
剣を振り切った。
刃は掠りもしなかった。
おれの斬撃の軌道に半ば合わせるような形で割り込んできた木の棒が、剣の腹を押し、その軌道を横へと捻じ曲げたのだ。
「――な」
軌道を逸らされた、と脳が理解した瞬間、気付けば眼前には突きを構えた
「わわっ!?」
咄嗟に剣を体に引き寄せ、刀身の腹で突きを防ぐ……幸運にも目論見は成功した。だが、それこそが相手の目論見通りであったことまでは気付けなかった。
何の変哲もない細い木の棒は、当然、それ自体が強い殴打に耐える硬度を持たない。
だが、『叩く』のではなく『突く』ならば。横からの力で簡単に折れてしまう細長い棒も、縦方向からの力にならそれなりの強度を見せる。例えば、このように。
ぐん、と強烈な力がおれを押す。刀身で受けた突きの、その予想外の威力。
「うわっ!」
踏ん張りが効かず、勢いよく尻もちをつく。
慌てて立ち上がろうと地面に手を着いて……そのときには既に、おれの鼻先には木の棒の切っ先が突き付けられていた。先端ではなく、切っ先。
それは、半ばからへし折れた木の棒が晒す、破片で尖った断面だった。
突きに耐えられず折れたのか、態と折ったか。ともかく切っ先は鼻先三寸の距離にある。僅かでもおれが動きを見せれば、その突きで鼻先を血に染めるために。
要するに、詰みである。
おれを見下ろす表情なき
『ゴ、ギガ、ゴ』
「『理解したな、これが武術だ』と先生は仰せだゼ」
なるほど、これが武術――魔法も他の道具も使わないまま、木の棒で鋼の剣を制することさえ可能とする、純然たる肉体の技。
「ま、参りました……」
ともかく、武器を鼻先に突き付けられた状態では降参するしか道はなく。
何とも情けないことだが、模擬戦はおれの完敗であった。
がしゃん、と駆動音を響かせながら差し出される
勝者はおれの手を掴み、その怪力で立ち上がらせてくれた。
「あ、ありがとうございます」
おれの礼に頷き、そして機械の首は観客と化していた周囲を見回し目を点滅させた。同時、
『ギ、ガガ……ゴギガ――』
「『しかと見たなクソガキ共! これが武術だ、戦場で最も命を救いまた殺す技だ! ひとつの魔法で軍を壊滅させる魔導師も、武術の心得がなければ不意打ちの凶刃ひとつ躱せず死ぬ! 悪魔との戦場に立つには最低限の武術は必須だ! 分かったらせいぜい必死で鍛錬について来るんだな!』と先生は仰せダ! さあ、どれでもいいからさっさと武器を取れ、まずは素振りからダ! 文句がある奴はエレクシオに挑んでみろや、内臓ぶちまけさせてやるってヨ!」
その金切り声を聞いて、生徒たちは慌てて武器の元へ群がった。どうやら今の模擬戦で、武術の大切さとエレクシオ先生の強さは無事広められたらしい。
かくいうおれも取り落とした直剣を拾い、素振りを始めようとした所で、背後から金切り声がかけられた。
「オイ、クソ度胸のクソガキ」
「え、おれ?」
振り返ればそこには、何となく機嫌の良さそうな
『ゴ、ガガ、ギ』
「『技術はともかく、迷いのない思いきりの良さは評価できる。日々の研鑽を忘れぬように』だってヨ!」
「……はい! がんばります!」
『武術』。万に通ずエレクシオ曰く、戦場で最も命を救いまた殺す技。
おれが目指す『英雄』にはまず間違いなく必須の技術であろう。
おれは気合いを入れ直し、虚空に向けて直剣を振った――。
『――ゴギガ、ガ』
「『振り方がなってない、もっと腰を落とし剣先を揺らさんよう意識して振れ!』と先生は仰せダ! 言っとくけどオメー、クソ度胸以外何の見どころもネーただのクソガキだからナ! 調子に乗らず地道にやれヤ!」
「うぐ……が、がんばります!」
『ギ、ゴ』
「『返事は即答のハイのみだ! 内蔵ぶちまけたいかクソガキ、次の立ち合いは真剣だぞ!』と先生は仰せダ! おら、返事ハ!?」
「は、はい!」
「声が小さイ!」
「はーい!」
うん、やっぱり『心優しい』も『寡黙な武人』も間違いだ。この
そんなこんなで、授業が地獄の教練に突入した辺りで。
「――ハッ。剣も素人かよ、