不死学園の人間種   作:龍川芥/タツガワアクタ

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人間種 血濡れの祝福ラスレイ ④

 4限目で入学初日の授業は終わり。

 再び教室に集まっての終礼(ホームルーム)の時間が終わり、さあ放課後となったときのことだった。

 

「――」

 

 己の席から立ち上がろうとしたおれの前に、不死がひとり、立っていた。いや、「立ちはだかっていた」というのが正しいかもしれない。

 白い髪に紅玉の瞳、死蠟の肌に人外の美。一目で分かる上等な服装の上から制服(ローブ)を羽織った青年。

 

「ヴィルラディウス……」

「ハッ、今度は忘れてなかったみてえだなァ、人間種(ノマド)

 

 吸血種(ヴァンパイア)、血酔う惨将ヴィルラディウス・ヴァン・ヴェルヴェスティーニ。

 その口の端が吊り上がっているのは愚弄か嘲弄か……少なくとも好ましい感情ではない、と流石のおれにも理解できた。

 

「……なにか、おれに用が?」

「あァ、その通りだ。まだるっこしいのは趣味じゃねえ、単刀直入に言おう。

 ――この学園から出て行きな、人間種(ノマド)。入学初日ならまだ取り返しもつくだろう……テメエも学園側も、なァ」

 

 ここまではっきりと言葉にされれば、さしものおれも認めるしかない。

 彼の、おれを強く拒絶するその意志を。

 

「……おれは、きみを怒らせてしまったのか?」

 

 理由が分からずそう問えば……ヴィルラディウスは呆れたように首を振った。

 

「違うなァ、コレは『資格』の問題だ。分かり易く教えてやるよ――」

 

 ――ぐちゃり。

 言葉に次いで唐突に響いたのは、肉を貫く音だった。血液が零れる音も続く。

 それは眼前の吸血種(ヴァンパイア)が、己の蟀谷(こめかみ)にその指を深々と突き刺した音だった。

 

「なにを――」

 

 突然の自傷行為に、否、自殺行為に、おれは動揺を隠せない。

 鮮血が垂れる。脳漿が散る。人間種なら間違いなく即死の傷……だがそれは深々と沈んだ指を抜いた途端、逆回しみたいに再生を始める。

 垂れていた血が肌を昇り、空いた風穴が埋まっていく。

 1秒後……そこには、全く無傷のヴィルラディウスだけが居た。

 百聞は一見に如かず。嗚呼、これが――。

 

「――これが、『不死』だ。現代で悪魔と戦うに足る『資格』だ。それがテメエと来たら、その顔の火傷。その程度の傷を再生させることさえできねえんじゃねえのかァ?」

 

 ……図星であった。

 右眼の周囲の火傷……()()()に付けられたこの古傷、それを今しがた見た吸血種(ヴァンパイア)の再生のように治癒する手段を、おれは持っていない。

 そしてそれが瑕疵であると……目の前の不死に糾弾されうる理由になると、おれは今ようやく理解した。

 

 ここはモルターリブス不死学園。

 人間が通常持ち得ない再生能力は、彼等にとって有しているのが当たり前の力なのだ。例えるならば、おれは戦場でただ一人鎧を着ていないに等しいのだろう。

 あるいは、何らかの才を見せられれば――鎧がなくとも強力な武器を有していればまだ許される余地はあったのかもしれない。だが、今日のおれの体たらくでは。

 

「今日一日様子を見たが、テメエに悪魔と戦う資格があるようには思えねえ。学に秀でるわけでもなく、武が優れているワケでもない。そんな人間種(ノマド)がどうして不死を差し置いて戦場に立てるよ? なあ、オレは何か間違ったことを言ってるかァ?」

 

 言葉は、噛み付くようであった。

 そうだ。確かに、おれに大した才はない。学はなく、魔術は使えず、祈術もまた身に付けられない。その上おれは人間種だ――不死の彼がおれを認めない理由は、おれにも得心がいくものだった。

 ……でも、それでも。

 おれは反論しようと口を開く――。

 

「――やめなさい」

 

 凛と、制止の声が響いた。

 否。それは既に制止の声に留まっていなかった。

 黄金の竜人――リュリーシア・クリサフェイノス・ドラウレウスが、吸血種(ヴァンパイア)の腕を掴んでいる。みし、と耳に届く骨が軋む音。少女の如き細腕とは思えない、桁違いの膂力の気配。

 しかして痛痒はないのか好戦的に笑うヴィルラディウスを、強く輝く黄金の瞳が糾弾している。

 

「志に欠無き者の失敗をそうも貶めますかヴィルラディウス卿。学友への侮蔑の物言い、我が看過の域を超えましたよ」

「ハッ。だったらどうすんだよ代表サマ?」

 

 吸血種の挑発に、黄金の竜人は即答する。

 

「無論、『決闘』です。私は貴方の非道に対し、正義を示さねばならぬが故に」

 

 にやり、吸血種は嗤った。剥き出された牙が獲物を歓迎するかのように鈍く輝く。

 嗚呼、彼はこの『決闘』を受けるのだろう――そう、おれは何となく理解して。

 

「――待った」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 紅目の吸血種が片眉を吊り上げる。竜人の少女が目を見開く。

 その反応からして、おれはきっとバカなことをしているのかもしれない。

 ……けれど、これ以外の選択肢はなかった。

 

「庇ってくれてありがとう、代表のひと。けれど、それはおれが言うべき言葉だと思うんだ。

 たったひとり自力で認めさせられないなら……きみの言う通り、おれに英雄になる資格なんてない」

 

 おれは改めて、眼前の吸血種を見やる。

 一目で不死と分かる人外の美。150年を生きた吸血種、二つ名を持つ紛れもない英雄を前に……それでも、曲げられないものがあるから。

 

「ヴィルラディウス、きみに『決闘』を申し込む。おれが勝ったら認めてほしい。それがこの学園のルール、ってことでいいんだよな?」

 

 きっとこれが正道だろう。だって、新入生代表の優等生が言い出したのだから。

 何を馬鹿な、と竜人が掠れた声で喘ぐ横で……ヴィルラディウスは、再び牙を剥き出して凄絶に嗤った。

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