妄想科学NVL CHAOS;INNOCENCE   作:師走F

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第13話:エラーとの邂逅

 ◆

 

 その後、俺と葵は共に帰路についていた。

 

「なんでついてくるんだ?」

「私もこっちなんだ。それより聞いたぞ。職場でネオジェネ事件が起きたんだろ?」

 

 世界線が変わっても俺が樋上に相談したことは変わらないらしい。

 あくまで作戦に参加しない選択をした世界線なんだろう。

 

「それは300人委員会からの攻撃だ。過去のニュージェネ事件も裏で委員会が糸を引いていたらしいからな」

 

 その話もどこまで信用していいのか分からないが、この世界線の俺はまだ樋上の信奉者なので、黙って同意する。

 

「お前は剣はもう見えるのだな?」

「え、ああ、まあ……」

 

 見えるどころか、取り出すこともできる。

 

「えっと、葵もあるのか?自分の剣」

「ふふふっ」

 

 答えるかわりに、葵は不敵な笑みを浮かべ、空に手を掲げる。

 

「出でよ!我が愛剣、ニブルヘイム!」

 

 その瞬間、彼女の手元に剣が出現した。

 

 槍のように細く鋭く尖った刀身は、よく見ると表面に透明な細かい粒が無数に付着している。

 

 その長さは2メートル近くあり、とても小柄な少女に扱える代物ではなさそうだが、彼女はいともたやすく振り回す。

 

「これが私のディソードだ」

「その……ディソードってのはなんなんだ?」

 

 グリムも言っていたが、剣の正式名称ということ以外はいまいち分からない。

 

「妄想の剣、剣の形をしているがその本質は剣にあらず。ディラックの海に干渉し、妄想(エラー)をリアルブートするためのショートカット、言わば端末だ」

「ごめん。全然分からん」

「ふっ、まあこの間まで虚構の世界にいた貴様には難しかったかな?」

 

 いやシンプルにお前の説明が下手くそなんだよ、とはさすがに言えなかった。

 

「まあ理屈など些細な問題だ。どうだ?私が貴様に手解きをしてやろうか?」

「……」

「なんだその面倒くさそうな顔は!人が心配してやってるのに!」

「ああごめん。そういうわけじゃなくて……」

 

 あんまりこの話をしていると、俺がボロを出しそうなのでしたくなかった。

 

「そういえば、葵はなんでThe Truthに入ったんだ?まだ高校生だろ?」

「年齢など関係ない。私はこの世界の欺瞞を晴らすという使命を受けて……」

 

 そこで葵は口ごもる。

 

「まあ、個人的な事情がないわけではない」

 

 葵の顔が暗くなる。

 

「私の父は、とある町工場を経営していた。だが大企業から発注された商品に不具合が出てな。多数の怪我人や、死亡事故も起きたそうだ。父の工場では一部の部品を作っていただけだったが、あろうことかその企業は父の働いていた工場に責任をすべて押し付けた。卑劣な情報に世間は踊らされ、工場は仕事もなくなり、私の父はバッシングに耐えきれず、自ら命を……」

「っ……」

「あ、安心しろ。父の自殺は未遂に終わった。今は病院に入院している。命に別状はないそうだ……まあ、もう一年以上目が覚めないのだが。

 そんなときに私を助けてくれたのが樋上さんだ。彼はどんな手を使ったのか、バッシングを見事に止めてくれたのだ。私も彼のように、世界の嘘に苦しめられる人を救いたいと思い、秘密結社The Truthのメンバーとなったのだ」

「……そっか」

 

 俺達はしばらく無言のまま夕暮れの道を歩く。

 

「しんみりさせてしまったな。まあ心配するな。委員会からの攻撃があったら、私が助けてやる」

「ありがとう」

「それじゃあな」

 

 そう言って葵は去っていった。

 

 ◆

 

 俺が自宅に戻ると、ノワールがいつものようにミニチュアゲーム機で遊んでいた。

 

「おかえりなさい」

「ただいま。今日はどうだった?」

「なんもない」

「そりゃよかった」

 

 俺は荷物を置いて、冷蔵庫の中身を確認する。

 

「あ、もやし買ってくるの忘れた」

 

 葵と話していて買い物をするのをすっかり忘れていた。

 

「御門のもやし炒めおいしくない」

「しょうがないだろ。今まで料理とかしてこなかったんだから」

 

 俺一人なら、閉店間際で値引きされたスーパーの弁当でやり過ごせるが、今はそれも難しい。

 

 少しでも節約するために今さらながら自炊を始めたのだ。

 

「ちょっと買いに行ってくる」

「いってらー」

 

 俺は家を出て、駅へと向かって歩き出す。

 しばらく歩いていると、突然路地から一人の人物が飛び出し、俺の前に立ちふさがった。

 

「あ、あなたは……」

「こんばんはぁ、御門くーん」

 

 飴美屋(あめみや) 甘女(かんな)はへらへらとした笑みを浮かべて俺に挨拶をくれた。

 

「き、奇遇ですね。ど、どうしたんですか?こんな時間に」

「んーとねぇ、ちょっとお仕事でねぇ」

 

 俺を探していたわけではないと分かり、安堵した。

 

「ところでぇ、ちょぉっと聞きたいんだけどぉ」

 

 飴美屋の口元が不気味に歪む。

 

「研究所の作戦、どうして参加しなかったのぉ?」

「っ!」

「あの後さぁ、結局作戦中止になっちゃったんだよねぇ。御門くんが来てくれたらぁ、うまくいってたかもしれないのにぃ」

 

 緊張感のない気の抜けるような口調だったが、その目はこちらを見透かしたようだった。

 

「い、いや、すみません。やっぱその……怖くなっちゃったっていうか……」

「えぇでもぉ、あたしはなんか、最初御門くんがぁ、作戦参加してぇ、研究所をぶっ壊したようぉなぁ、気がしたんだけどなぁ」

 

 別世界線の記憶。

 間違いない。この人も俺と同じように、別世界線の記憶をほとんど保持している。

 

「き、気のせいじゃないですかね。ほ、ほらデジャヴとかってあるじゃないですか。ないことがあったように感じるや────」

 

 その瞬間、俺の頬を熱が駆け抜けた。

 

 見ると、彼女の手にはディソードが握られており、その剣先を俺に向けていた。

 

「あたしぃ、嘘つきはだぁいきらい」

 

 目の前に雲のような塊がいくつも出現した。

 

「っ!」

 

 俺はその役割を察して、咄嗟に飛び退く。

 

 パァンッ

 

 直後、塊は一斉に破裂して、空気を引き裂く音を奏でる。

 

「あははははっ!」

 

 飴美屋がディソードを構えて突っ込む。

 

 キィィンッ

 

 俺は自分のディソードを取り出して、彼女の攻撃をどうにか受け止めた。

 

「やっぱりぃ、君はもう覚醒してたんだねぇ」

「くっ……」

 

 どうにか相手の剣を弾き返して後ずさる。

 

「逃がさないよぉ」

 

 今度は俺の頭上に無数の短剣が出現する。

 

 ディソードで防ごうとするが、雨のように降り注ぐそれらを受け止めることはできず、何本かは俺の体に突き刺さり、裂く。

 

「がぁぁぁぁつ!」

「あはははは!ディソードが使えてもぜぇんぜん使いこなせてなぁい」

 

 さらに彼女はディソードを構えて、今度は俺の周りに先ほどの雲のようなふわふわした塊を、空中に隙間なく配置する。

 

「さぁん、にぃ……」

 

 まずい。

 俺も何か妄想して、でもどうやって……

 

「いぃち……」

 

 やばい。爆発する────

 

 

「ゼロゼロゼロ……あれ?」

 

 だが、雲は破裂することなく消滅した。

 まるで初めからそこに何もなかったかのように。

 

「まあ、及第点だな」

 

 俺の前にはいつの間にか一人の少女が立っていた。

 黒いワンピース状の服に黒いセーラー服ががぶさったような特徴的な制服。

 紅色のショートヘア、それと同じ色の瞳をした彼女の手には、巨大な鋏の片側のようなデザインのディソードが握られている。

 

「私が来るまで持ちこたえたことは褒めてやる」

「えー、だぁれ?そのおん────な!」

 

 

 ディソードを構えて飴美屋が少女に突進する。

 彼女は自身のディソードの側面でそれをたやすく受け流す。

 

「だったらぁ、これはどぉ?」

 

 雲型の爆弾を少女の周囲に出現させる。

 

 だが、少女がディソードを振るだけで、爆弾は消滅させた。

 

「……ならこういうのはぁ!?」

 

 今度は無数のナイフ。

 少女の頭上、前後左右を埋め尽くするように出現したそれらは一斉に少女へ向けて射出される。

 

 しかし、それは少女に刺さる寸前で静止し、直後に軌道を変える。

 

「なっ!」

 

 狙いは飴美屋に変更され、大量のナイフが彼女に襲い掛かる。

 

「がぁぁぁぁっ!」

 

 腕を、胸を、肩を、腹を、顔を、首を、脚を、背中を突き刺され、飴美屋は悲鳴を上げる。

 

 少女はさらにディソードを掲げる。

 

「ひっ、あ、あぁぁぁぁぁああっぁぁぁっ!」

 

 今度は飴美屋が頭を抱えて苦しみ始める。

 目は白目をむき、整った顔を台無しして悶え喘ぐ。

 

「今だ御門!妄想してやり直せ!」

「へ?」

「早くしろ!」

 

 俺は言われるがままに妄想する。

 

 俺がここに来なかった場合、もやしを買いに行かなかったことを妄想する。

 

 その瞬間、眩暈が起こり、視界が歪む。

 

「っ!」

 

 気が付くと、俺は自分の部屋の中にいた。

 

 目の前ではノワールが不思議そうな顔で俺を見上げている。

 

「ご、ごめん。なんでもない」

 

 もやしは買っておらず、他に使えそうな食材もないので、仕方なくスーパーの特売弁当を二人で分け合って食べることにした。

 

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

 

 食べ終わったその時、インターホンが鳴った。

 

 まさか飴美屋が俺の自宅まで訪ねてきたのかと思い、念のためノワールを隠れさせてから、玄関へと向かう。

 

 ドアスコープを覗き込むと、扉の前に立っていたのは、先程俺を助けてくれた少女だった。

 

「ドアの前にいるのは分かっている。出てこい」

 

 俺は少し迷ったが、意を決して鍵を開けた。

 

「あ、あんたは一体……」

尾上(おのえ) 世莉架(せりか)。お前には、グリムと言った方が伝わるか?」

 

 

 

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