◆
お茶とかコーヒーはないので、とりあえず公園で汲んできた水道水を彼女に差し出した。
「その、あんたがグリムってのは本当なのか?」
「ああ」
だが、俺の記憶ではグリムの声は間違いなく男のものだったはずだ。
「声のことなら、あれはある人物の声を借りていただけだ」
「はぁ……」
変声機にしてはやけに自然な声だったが、それよりも聞きたいことがあった。
「あんたはその……何者なんだ?」
「私は尾上 世莉架だ。それ以上でも以下でもない」
「答えになってないだろ」
「そう言われてもこれ以上答えようがない。私はどこにも属していないし、示すほどの身分もない」
「その……例えば300人委員会とか、その敵対組織だとか、そういうのではないんだよな?」
そもそも今となっては、委員会の存在自体疑わしいが、彼女が何か怪しげな団体の所属ではないことを確認するために聞いた。
「委員会とは、一応敵対する立場だな。だが、私の目的が達成されるなら、究極的にはどうでもいい」
しかし返ってきたのは、委員会自体は存在するとしか捉えられない返答だった。
「300人委員会ってのは本当にあるのか?」
「ああ。それは別に樋上の虚言ではない。というか、奴自身が委員会の末端の末端の使いっ走りだ」
「えぇ……」
つまり俺は、樋上だけでなく、委員会とかいう巨大組織まで敵に回したことになるのか。
「別に委員会のことは今はどうでもいい。奴らもお前のことを認識していないはずだ」
「いや、でも、樋上は委員会の人間なんだろ?」
「末端の使いっ走りだ。元々は、The Truthという組織自体そうだったのだろう」
尾上は水に口をつける。
「だが、樋上の動きが不穏だ。やつは独自の方法で、自分の元にギガロマニアックスを集めているらしい」
「独自の方法……」
「お前が、樋上と出会ったときのことを思い出せ」
確かあの時、警察からの取り調べの帰りで疲弊していたとき、ひったくりを見かけたんだったか。
そこでひったくりを捕まえる妄想が現実になって、それをきっかけに樋上に声をかけられて……
「……まさかあれ」
俺の気付きに、尾上は短く頷いた。
「あれは樋上の自作自演だ。ひったくりから被害者の女性、そして妄想の現実化まで含めてな」
「うわぁ……」
そのやり口にげんなりする。
確かに、あの時、ひったくりに遭った女は、マスクでよく見えなかったが飴美屋だった気がする。
「じゃあ、あれは俺じゃなくて飴美屋がリアルブートしてたのか」
「おそらくな。やつらは何らかの手段を使って、ギガロマニアックスの妄想に近い脳波を感知して、それを現実化させる。そうやってお前のように調子に乗った人間をうまく丸め込んで、自分の配下にする」
本当のことだが、いざ改めて言われると腹が立つ。
「そもそも、自分のディソードも見つけられていないのに、無意識下でリアルブートを行えるなんて、それこそ西條拓巳クラスのギガロマニアックスでもないと無理だ」
「……でも、それならノワールと逃げてる時のやつは」
最初にノワールと出会った日、警察に終われていたあの時も世界線移動の能力を無意識で発動していた。
あの時点では、俺はまだディソードを見つけるどころか、その存在すら知らなかったはずだ。
「それもおそらく、ノワールがお前の妄想を現実化したんだろう」
そこで黙って話を聞いていたノワールの方を見る。
彼女は会話の意味をよく分かっていないようで、いつものように「うぅ……」と唸っている。
「お前、ギガロマニアックスなんだな?」
「うん。白い人が言ってた」
尾上の質問に、ノワールは頷く。
白い人というのは、おそらく白衣を着た研究員か何かのことだろう。
「お前の言う白い人とやらが居た場所、どこだか分かるか?」
「うぅ……覚えてない」
「そうか。まあなんでもいい。脱走者のギガロマニアックスなら、委員会は排除しようとするだろうし、樋上も、ノワールの存在を知れば利用しようとするだろう」
「じゃ、じゃあどうすれば」
「だから取引だ。私はノワールを守るために手を貸してやる。だからお前も協力しろ」
俺はノワールのことを見る。
拾ったのは偶然だったが、ここまで一緒に過ごしてきて、今更見捨てるような真似はできない。
「で、でも、飴美屋は世界線移動しても記憶を持ってるんだろ?なら、これ以上Truthに潜入し続けるのは無理なんじゃ」
「それについては手は打ってある。さっき飴美屋の頭を少し弄った」
急にグロイ表現が飛び出す。
「記憶にノイズをかけた。ただでさえ、別世界線の薄い記憶だ。簡単には思い出せないだろう」
「そういうことなら……」
「場合によっては、どこかのタイミングで、お前がギガロマニアックスに覚醒したことを明かした方がいいかもしれない」
「まあ、その方が話も通じやすいしな」
覚醒を明かすことで幹部に昇格できれば、得られる情報も増えるだろう。
「それで、お前の目的は結局なんなんだ?」
「……私はある装置を探している」
「装置って?」
「ノアⅡ。ギガロマニアックスの能力を再現する兵器だ。お前もそれの存在自体は樋上から聞いているだろ?」
────渋谷地震の真実、あれは300人委員会のとある兵器の実験による産物だ。
「渋谷地震を起こした兵器……でも、西條拓巳に破壊されたって」
「ノアⅡの後継機が作られた、らしい。私はその情報を追っているなかで、Truth、そして樋上の存在に行き着いた。お前に協力を求めたのは、その後継機を手に入れるためだ」
この言い方だと、尾上に情報提供した誰かがいるようだが、この感じだと聞いても答えてくれそうにない。
「それなら、ちょうど明日、集会があるみたいだし、行ってくるよ」
「気をつけろ。私も近くにはいるが、今日のような助太刀に期待はするな。極力、私の存在を知られるわけにはいかないからな」
尾上はそう言って、部屋を後にした。
◆
翌日、俺は渋谷区にある貸し会場を訪れていた。
それなりに広いスペースは80人近いメンバーが集まり、立食パーティーをしながら意見交換をしていた。
「鈴代くん。君も来ていたんだね」
前にセミナーで隣に座った樫屋が俺に話しかけてきた。
「セミナーには、初回以来来ていないが、どうしたんだい?」
「あ、えーっと、まあ、仕事も忙しくて」
「それはよくない。我々の本分を忘れては駄目だ。次のセミナーにはぜひ参加しよう」
こいつは自分の生活を捨ててまでよくのめり込めるな。
まあ、この間まで、まんまと騙されて鉄砲玉にされた────世界線もあった────俺も人のことは言えないが。
このままだと強引にセミナーを受けさせられそうだったので、俺は適当な理由をつけて彼の元を離れる。
そしてテーブルにならんだ串にささった料理を色々確保する。
この会に参加するために、一万円という大金を払ったのだ。
絶対元は取れないが、せめて少しでも普段食えないものを腹に入れておきたい。
「……ノワールにも食わせて、いや、何本か持って帰ればしばらく食費が浮くんじゃないか?」
俺は話に夢中になる人の陰に隠れて、持ってきたプラスチックのパックに詰めるべく、串に手を伸ばしたその時、
「あ、」
同時に同じものを取ろうとした人と手が触れた。
「す、すみません!」
俺は慌ててパックを背中に隠す。
「あ、いえ、ぼくはその……大丈夫ですので、どうぞ」
その子は女の子だった。
葵や尾上と同い年くらいだろうか。
オレンジ色の長い髪で目元まで隠し、灰色の地味なドレスをまとって縮こまっている。
見ると、彼女の手元には平たい長方形のタッパがあった。
「あ、こ、これは、そのすみません!お行儀悪くて!」
俺の視線に気づいて、彼女は頭を下げた。
「あ、いや、全然。あの、俺も実は……」
俺は隠していたパックを彼女に見せた。
「あ、ははは。おんなじですね」
変なところで意気投合して、お互い苦笑いを浮かべた。
「ロロに、妹にも食べさせたいなって。今日はこれなかったから」
姉妹揃ってこんな組織のメンバーなのか。
大変そうだが、俺は人の心配をしてる余裕はない。
「あ、俺も同居人に、食べさせようと思って」
「同居人、もしかして彼女さんですか?」
すると彼女はパッと目を輝かせた。
まあ女子高生くらいだし、恋バナとか好きな年ごろなのか。
「いや、預かってる親戚の子で……」
「そうなんですね。あ、ごめんなさい。挨拶もせずに、ぼくは
「俺は、鈴代御門……です」
「鈴代さんですね。よろしくお願いします」
彼女はペコっとお辞儀をした。
なんというか、普通の子だな。
「その、茨野さんはどうしてTruthに?」
「あ、えっとぼくは、実はその……」
彼女はあたりをきょろきょろ見渡して、人目を伺うように声を潜める。
「Truthの活動自体にはあんま興味なくて」
「え?」
「あ、ごめんなさい。き、気に障りましたか?」
「い、いえ全然そんなことないです。続けてください」
「えっと、ぼく昔から事件とか、陰謀論とかが好きで、特にニュージェネ事件みたいなグロイやつ。そういうのを最前線で体感してみたいっていうか」
前言撤回。
全然普通じゃない。むしろ今まで一番ヤバい子かもしれない。
「いや、でも、ここの参加費だってタダじゃないし、セミナーとか……」
「あ、ぼくは能力者だから、樋上さんに免除してもらえたんです」
すると、彼女の手に剣が出現した。
半分に割れたドリルのような形状の白い刀身のディソード。
俺は咄嗟に周囲を見渡すが、この場に気付いている者はいない。
「あ、だ、大丈夫です。リアルブートしてないから、見えませんし、切れません」
言われてみると、ディソードは薄っすら透けている。
「ていうか、やっぱり鈴代さん。見えるんですね。最初に顔を見て時にピンときました。さ、才能ありますよ」
「あ、えーっと」
「あ、すみません。ぼくなんかが
茨野さんはディソードを消して、また頭を下げた。
「お、御門と良々じゃないか」
そこへ葵が大量の串を片手にやってきた。
類は友を呼ぶのか、俺達はみんな意地汚かったらしい。
「あ、葵ちゃん。ふひひ」
「御門と何を話してたんだ?」
「えっと、ニュージェネの話とか……」
「お、なら御門、良々にネオジェネの話を聞かせてやったら────あ」
葵はすぐに自分の発言の意味に気付き、口を閉じた。
「すまない。被害者の一人は、貴様の職場の者だったな。無神経な発言をした」
「ああ。いいよ別に。仲良かったわけでもないし」
間島に対する感情は何もないわけじゃない。
ただ、彼を疎ましく思っていた俺には、彼の死を悼めるような資格がない。
「まあ、正直職場の話はしたくないから、話せるとしたらハッピートリガーの方になるけど、それでもいいなら」
「ぜ、ぜひ。あ、後で連絡します」
そう言って彼女はスマホを差し出した。
「なら私も」
葵も流れに乗って、自身のスマホを差し出す。
思いがけず、俺はTruth幹部のうち、二人の連絡先をゲットすることに成功した。