妄想科学NVL CHAOS;INNOCENCE   作:師走F

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第16話:記憶に潜む悪意の妄想

 ◆

 

 仕事が終わった後、俺は一人倉庫に残っていた。

 

 現場監督には忘れ物をしたと言って残っているが、あまり長居はできないだろう。

 

「俺の能力で証拠を探すって、どうすればいいんだよ」

 

 俺はとりあえず、間島の遺体があったコンテナの近くにやってきたが、何も見つからずにため息を吐く。

 

 俺が今までやったことと言えば、過去を改変することだ。

 

 過去の自分の行動について、別の選択を妄想することで、世界線を移動する。

 我ながら結構すごいことをやってると思うが、事件の捜査に役立つとは思えない。

 

「あーあ、サイコメトリーでも使えればなー」

 

 俺は超能力探偵となった自分の姿を妄想をする。

 

 ……妄想?

 

「それならできるじゃないのか」

 

 俺はリアルブートしていないディソードを取り出す。

 

 そしてもう一度妄想する。

 サイコメトリー、過去の情報を読み取れるような能力……

 

「……はぁ、駄目だ」

 

 今思い出したが、妄想を現実化するには、他の人間に自分の妄想を見せて、周囲共通認識を作り出す必要があるんだった。

 

 つまり俺一人では能力は使えない。

 

「おーい鈴代」

 

 すると、俺の後ろから見覚えのある長身の男性が声をかけてきた。

 

「えーっと、い、伊藤さん」

 

 手を振りながらこちらへ歩いてくる彼に、おぼろげながら彼の名前を思い出して口にする。

 

「お前もなんか忘れもんしたのか?」

「えぇ。まぁ……」

「俺も財布を忘れてさ。さっき更衣室の中で探してたんだよ」

 

 そう言って、伊藤さんは俺に茶色い長財布を見せてきた。

 

「お前はまだ見つかんないのか?なら手伝ってやろうか?」

「え、えぇっと、その……」

 

 なんて誤魔化そうかと伊藤さんから目を反らしたところで、俺は自分のディソードが目に入った。

 

「あ、実は、スマホ……その辺」

 

 俺はコンテナの付近を指差す。

 すると伊藤さんは呆れたようにため息を吐いた

 

「お前な。倉庫内にスマホは持ち込み禁止だろ?俺じゃなかったらどやされてたぞ」

 

 伊藤さんはそう言って、俺が指差した方向へ歩き出す。

 

「よし」

 

 俺はディソードを構えて再び妄想する。

 サイコメトリー。

 場所や物に残された過去の情報を読み取る超能力。

 

 その力を現実化(リアルブート)したことで、俺の脳内にイメージが流れ込む。

 

 ────ヒヒヒッ、この辺でいいかな

 

 蒸し暑い倉庫の中で、向谷は大きな段ボール箱を抱えて、近くの段ボール箱の山に無造作に置く。

 

 ────よっこいせっと

 

 ドスンッと鈍い音を立てるダンボール箱の音。

 それに紛れて聞こえる、向谷の興奮したような心臓の音。

 

 それらはまるで、俺がこの場にいるかのように鮮明に、脳にしみ込んでいく。

 

 ────さーて、仕事仕事

 

 手を払い、心にもないことを言いながら、向谷は小走りでその場を去っていった。

 

「ゲホゲホッ」

 

 サイコメトリーが終了した途端、喉奥から湧き上がる不快感に、俺は激しく咳き込んだ。

 

「あいつ……見つからないように場所を移動させてたのか」

 

 思えば以前、向谷が俺と話している途中に、突然他のやつが運んでいた段ボール箱を奪い取り、運び出したことがあった。

 あれも、事件発覚を避けるためにやったことなのだろう。

 

「けど、臭いはどうやった?」

 

 確か、事件発覚の二、三日前から倉庫内で異臭騒ぎはあったものの、その程度で済んでいる。

 段ボール箱は中の物を密閉できるわけでもないし、あの日まで臭いを隠せるとは思えない。

 

「あ、すみません伊藤さん」

 

 とはいえ用事は済んだ。

 

 俺は彼に声をかけて、ポケットから取り出したスマホを見せた。

 

「見つかりました」

「おおよかったな。じゃあさっさとバレないうちに帰れよ」

「は、はい……ありがとう、ございます」

 

 俺は彼に頭を下げて倉庫を後にした。

 

 ◆

 

「ただいま」

 

 家に帰ると、ノワールがなにかを口に咥えていた。

 それはラムネ瓶を模したプラスチックの容器に入ったチューブ型のチョコレートアイスだった。

 

「それどうしたんだ?」

「世莉架からもらった」

 

 その返答に俺は安堵した。

 さすがのこいつも、アイスキャンディをゴミ捨て場から拾ってくるような真似はしないようだ。

 

「御門の分もあるよ。このアイスはわけっこして食べるんだって」

「それ尾上が言ってたのか?」

 

 ノワールは小さく二回頷く。

 あの冷徹女が、そんな心暖まる台詞を言うとは驚きだ。

 

 俺は冷蔵庫から片割れのアイスを取り出して、ノワールと一緒に食べる。

 

「尾上はもう帰ったのか?」

「うん。用事あるって」

「そっか。ていうかあいつ学生だよな。学校行ってる様子もないのに、何で制服で歩き回ってるんだ?」

 

 ノワールはそもそも"学校"とか"制服"の概念が分からないのか、ポカーンとしている。

 

「アイス旨いか?」

「うん。おいしい」

 

 こいつを混乱させないように、俺は話題を変えつつ、再び尾上の服装について考える。

 

 黒いワンピース状の服に、黒いセーラー服ががぶさったような独特なデザイン。

 なんというか、エロゲーに出てきそうな────金もPCもないのでやったことはないが────変な構造の服だったが、あの制服には見覚えがある気がした。

 

「どこで見たんだったかな……」

 

 俺はスマホで、尾上の制服の特徴を覚えている範囲で打ち込んで検索をかけた。

 しかし、ヒットしたのはコスプレ用の衣装の通販サイト、エロゲーの制服に関するスレッド、もしくは風俗のコスプレ一覧だけだった。

 

 今度写真でも撮らせてもらって、直接画像検索でもしてみるか、と一瞬考えたかが、そんなことを頼めば「私に欲情でもしているのか?」とか侮蔑の視線を向けられるに違いない。

 

 俺がスマホを閉じようとした時、一件の通知が画面を塞いだ。

 

「樋上から……」

 

 やつから連絡が来るのは久しぶりだ。

 俺は恐る恐るメッセージの内容を確認する。

 

『次の休み、本社にGoね? 君のお休みの日は把握してるから、サボりは許さないヨ』

 

 ふざけた文章だが、その奥にある『脅迫』に俺の顔は青ざめる。

 

 ────あたしぃ、嘘つきはだぁいきらい

 

 脳裏に浮かぶのは、俺を襲撃した飴美屋の姿。

 彼女との死闘の光景が、肌を突き刺す痛みが、熱が、焦りとともに鮮明に蘇ってくる。

 

 飴美屋の記憶は尾上が処理したはずだが、どこからか俺の情報が漏れたのか?

 

 少なくとも、葵や良々(らら)にその兆候はなかった。

 ひょっとして、樋上もギガロマニアックスで、俺の行った過去改変に既に気付いているのか。

 

「御門」

「っ!」

 

 気づくと、ノワールが俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。

 

「大丈夫?アイス、おいしくない?」

 

 どうも俺の思考が顔に出ていたらしい。

 俺は深呼吸をして表情を繕う。

 

「……いや。おいしいよ」

「そっか」

 

 ノワールの顔がパッと明るくなる。

 

「あたしも、御門と一緒に食べるの、おいしい」

 

 そう言って無邪気に笑う彼女に、俺の顔も自然と綻んだ。

 

 

 ◆

 

 週末、意を決してTruthの本社ビルを訪れた俺に対して、樋上の第一声は深い溜め息だった。

 

「あのさー、御門クン、最近ちょっとやる気ないんじゃないの?」

 

 応接室で、俺の向かいに座る樋上の表情は、怒りや疑念ではなく呆れだった。

 

「と、言いますと?」

 

 とりあえず、俺がTruthを裏切ったことがバレたわけではないことには安堵し、彼の真意を尋ねた。

 

「僕はサー、キミに期待してたわけじゃん?才能あるってさ。なのにセミナーには来ないし、作戦にも結局参加しないし、弱腰が過ぎるんじゃないの?」

「すみません……」

 

 俺は深々と頭を下げながら、歯を食い縛る。

 

 別の世界線ではあやうくこいつのせいで破滅仕掛けたのだ。

 そもそも俺がこんな目にあってるのはこいつのせいじゃないか。

 

「ちょっと聞いてる?」

「き、聞いてます……はい」

 

 言い返したところで状況が悪くなるだけだ。

 

 俺は従順なふりをして頭を下げる。

 

「そういうわけでさ。これ、とりあえず処分してもらえる?」

 

 そう言って彼が渡してきたのは、段ボール箱に入った「ちびネズミ」のラバーストラップだった。

 中身を見てみると、一応前回とは違う種類のようだ。

 

 自分の腕を食べているこれは「美味い手」あるいはニュージェネ再来の「こっちみんな」か?

 他には全身に何本も注射器が撃ち込まれた「ハッピートリガー」を思わせるものまである。

 

 こいつらネオジェネにまで手を出したのか。

 

「新作ね。余ったから、これ全部売ってもらえる?お値段は前回と同じ額でヨロシク」

「……」

「返事は?」

「は、はい!」

 

 俺は段ボール箱を閉じて、その場から立ち去った。

 

 

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