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いつも通り、倉庫での作業にいそしみながら、俺は向谷の様子を観察する。
相変わらず、真面目に仕事をする様子はなく、荷物を運ぶふりをして適当に歩き回っている。
「証拠が見つかったら覚悟しとけよ」
だが、観察したところで不審な点は見当たらない。
まあ既にやつの犯行は完了しているのだから、当たり前かもしれないが。
「こうなったら」
俺はディソードを取り出して、向谷に向ける。
尾上曰く、思考盗撮はギガロマニアックスの共通の能力らしい。
つまり、俺でも向谷の考えを覗くことはできるはずだ。
「……」
念じてみると、徐々に頭の中に、視界に、耳に、向谷が見聞きするものが混じってくる。
────だりぃ
────今日も適当にサボるか
────ちょっくらタバコ
だが、聞こえてくるのはそんな当たり障りのないものばかり。
他には歩く感覚、倉庫の湿度、心臓の鼓動が二重になり、
「うっ……」
自分の感覚との混濁に、吐き気がこみ上げる。
俺はすぐにディソードを消して、思考盗撮を解除した。
「尾上はこんなのよく耐えられるな」
俺がギガロマニアックスとして格下だからなのか、あるいはそもそも俺が「思考盗撮」を制御できていないのか。
とにかく、今の俺では向谷本人から情報を引き出すことはできない。
「鈴代!何ボケっとしてやがる!」
「ひっ!」
背後から声をかけられて、俺は振り向く。
新しい現場監督の藤堂は間島以上の年齢なのに、間島以上に声がでかい。
「す、すみません。で、でも、あいつ……」
俺は荷物の陰でサボっている向谷の方を指さす。
それを見て、藤堂はため息を吐いた。
「放っておけ。どうせあいつは、あとひと月もせんうちにクビになる」
「く、クビですか?」
今までクビになっていない方が不思議だったが、どうして今になってクビが決まったのだろう。
「間島がいなくなっちまって、あいつの業務態度はさらに悪化したんだ。今まではのらりくらりと誤魔化して逃げていたみたいだが、もう許さねぇ。しっかり証拠を突き付けて報告してやる。そうすりゃあいつは懲戒解雇確定だ」
一応証拠が残らないように立ち回っていたということか。
「分かったらお前も、とっとと仕事に戻れ」
「あ、あの……」
そこで俺は藤堂を呼び止める。
藤堂は俺を睨むが、それに気おされないようにどうにか言葉を紡ぐ。
「ま、間島さんがいなくなる前に、向谷と何か揉めてたみたいな話って聞いてますか?」
駄目元での質問だ。
だが、向谷がもうすぐいなくなると分かった以上、グズグズしてはいられない。
あいつは懲戒解雇になる前に、証拠を突き出してやらないといけない。
「揉めてるのなんてしょっちゅうだろう。どれがどうかしたか?」
「ああ。いや……」
「……そういえば、間島がいなくなる直前に、向谷を呼び出していたって聞いたな」
「呼び出しって、どこに?」
「事務所の二階の空き部屋だ。お灸を添えてやろうとでも思ったんだろうな」
間島と向谷が事件直前に会っていた。
しかもその場所が分かったなんて、これは結構重要な情報じゃないか。
「ほら、雑談は終いだ。とっとと仕事に戻れ」
「は、はい。ありがとうございます」
俺はいそいそとその場を去り、言われた通り仕事に戻った。
◆
終業後、俺はこっそりと事務所に忍び込み、間島と向谷が会っていたという空き部屋を訪れた。
「調べるにしても、今は俺一人だから、ギガロマニアックス能力は使えないんだよな」
俺は部屋の様子を確認する。
部屋には使われていないデスクや、解体された段ボール箱などが、ろくに整理もされずに置かれている。
おそらく、ここは物置として使われているのだろう。
「多分、ここで間島と向谷が争ったってことだよな」
元より荒れた部屋なので、争った形跡はパッと見では分からない。
そもそも警察が散々調べた後だろう。
今更俺が何かを見つけられるはずもない。
「っ!」
その時、不意に俺のスマホが震えた。
俺は周囲を確認しつつ、慌ててスマホを取り出した。
幸いにも周りに人はいないようで、画面の非通知の文字を確認してから電話に出た。
『私だ』
「尾上、ビックリさせるなよ」
『お前が困っている頃だろうと思ってな』
「なんでわかるんだよ」
『私も、捜査のために、この辺りに来ていたんだ。そして、コソコソしながら建物に入るお前を見つけた。どうせ、人がいなくて能力が使えないとか考えていたところだろう』
完全に見透かされていることにはムカついたが、今はありがたい。
「分かってるならこっちに来てくれ。向谷の手がかりが見つかりそうなんだ」
『無理だな。職員ではない私が忍び込むのはリスクが高い。それに、あまり多くの人間に接触すると、私の存在が観測される恐れがある』
「は?何の話だよ」
『一つアドバイスをやろう。周囲共通認識を作れるなら、別に相手がお前のことを認識している必要はない』
「いや、ちゃんと説明……切りやがった」
コツ コツ
「っ!」
通話が終わったのも束の間、今度は足音が聞こえてくる。
俺はとっさに、乱雑に置かれたデスクの陰に隠れる。
通りかかったのは、現場監督の藤堂だった。
彼は段ボール箱に入った工具を持って、部屋の中に入ってきた。
使わない工具を
「さっさとどっか行ってくれよ……」
俺は見つからないように祈りながら、藤堂の様子を観察する。
────周囲共通認識を作れるなら、別に相手がお前のことを認識している必要はない
そこで、先程の尾上の言葉を思い出す。
「もしかして」
俺はリアルブートしていないディソードを出現させ、再びサイコメトリーを妄想する。
その瞬間、藤堂の手がピタッと止まる。
「っ!」
直後、頭に浮かぶのは、間島と向谷が話している光景だ。
────旦那、そりゃないぜ
────俺はもう十年、ここで働いてきたんだぜ?
へらへらした態度で向谷は言う。
────働いただぁ?お前はただ、会社の金食い潰してただけだろうが
間島は彼に背を向けたまま、大声で威圧する。
────今までどうやって誤魔化してきたのか知らねぇが、もう許さねぇ。お前はクビだ!
間島に対して向谷は怒りをあらわにする。
歯を食い縛り、手近な椅子を手に取ると、そのまま背後から殴りかかった。
────クソッ!俺をバカにしやがって!
間島の頭、腕、肩、背中を何度も殴る。
飛び散る血、軋む骨の音、それらが臨場感を持って俺に襲い掛かる。
────はぁはぁ、どうだこんちくしょう
ボロボロになった間島の姿を見て、向谷は椅子を置いた。
────どうすっかな。これ
間島にはまだ息があった。
全身に血が滲んでいても、わずかに体が痙攣する様子が見られる。
────チッ……おっ、そうだ
すると、向谷は部屋に置いたあった結束バンドで、間島の手足をそれぞれ縛り、さらに段ボール箱に詰め込む。
────これでよし。ヒヒヒッ
向谷はそのまま段ボール箱を持って、どこかに走り去っていった
「はぁはぁ……」
サイコメトリーの能力が終了し、気付くと、部屋から藤堂はいなくなっていた。
先ほどの光景を思い出す。
豹変する向谷の姿、自分の行いに何の罪悪感も覚えない態度。
ふつふつと湧き上がる怒りと、ドロドロとした嫌悪感が胃の中で茹で上がる。
「……いや、今は尾上に報告だ」
俺は周囲の様子を警戒しつつ、事務所を後にした。
◆
事務所を出ると、待ち構えたように尾上が立っていた。
「その様子だと、収穫はあったようだな」
疲弊した俺を見て、尾上は満足そうに笑う。
文句を言ってやりたい気分だったが、彼女はペットボトルの飲料品を差し出したことで、その気持ちは薄れた。
「とりあえず二つ目の謎は解けたよ」
俺は彼女から受け取った「フルーツオレ」のキャップを開いて、中の黄色い液体で喉を潤す。
「体格で劣る向谷が間島を拘束できた理由は、向谷が偶然、間島の隙をつくチャンスを得られたからだ」
「突発的な犯行だったわけだな」
彼女は自身の「マウンテンデュー」のペットボトルを開いて、同じように中の飲料に口をつける。
「間島は、向谷の暴行だけでは死ななかった。そこで向谷は、全身を負傷した彼を拘束、監禁し、息絶えるのを待った。これが『風呂キャンかい、ワイ』の犯行内容だ」
彼女は口元を袖で拭うと、俺の説明に納得したように頷く。
「だが、現場にも痕跡が残っているはずだ。警察が未だに向谷を捕まえられていない理由はなんだ?」
「それは向谷、もとい俺達の服装だ」
俺は鞄に収まった作業着一式を見せる。
「俺達は業務中、会社から支給された作業着、軍手、帽子、安全靴を装着する。軍手と帽子で、指紋や髪の毛は残らず、安全靴はみんな同じものだから下足痕も区別がつかない」
「なるほど。ましてや、事件発覚までかなり日が経っているなら、それらの証拠を見つけるのも難しいだろうな。お前が現場監督と遭遇したように、普通に人の出入りのある事務所なら、他の痕跡と混じって区別がつかなくなる」
「向谷自身が、証拠隠滅する猶予もな。それに以前、警察が取り調べに来た時、俺にかなり曖昧な期間のアリバイを聞いてきたんだ」
「遺体の腐敗が進みすぎて、死亡推定時刻が分からず、身元確認にも時間がかかった。初動捜査が遅れたせいで、向谷を捕まえる証拠を掴みそこなった、というわけか」
ペットボトルの蓋を締め、尾上は俺に背を向ける。
「もう行くのか?」
「ああ。ノワールのことなら安心しろ。別な手段でしっかり見張ってある。今のところ、委員会に捕捉されてはいない。むしろ私が一緒にいる方が、危険かもしれないしな」
「……ちゃんと気にかけてはくれてるんだな」
俺は以前、ノワールが尾上にもらったアイスのことを思い出す。
「お前の目的はもう聞かないよ。お前のことは、なんか信じてもいい気がする」
「……足元をすくわれないようにな」
そう言って尾上は立ち去って行った。