妄想科学NVL CHAOS;INNOCENCE   作:師走F

18 / 55
第18話:彼女の信頼

 ◆

 

 いつも通り、倉庫での作業にいそしみながら、俺は向谷の様子を観察する。

 

 相変わらず、真面目に仕事をする様子はなく、荷物を運ぶふりをして適当に歩き回っている。

 

「証拠が見つかったら覚悟しとけよ」

 

 だが、観察したところで不審な点は見当たらない。

 まあ既にやつの犯行は完了しているのだから、当たり前かもしれないが。

 

「こうなったら」

 

 俺はディソードを取り出して、向谷に向ける。

 

 尾上曰く、思考盗撮はギガロマニアックスの共通の能力らしい。

 つまり、俺でも向谷の考えを覗くことはできるはずだ。

 

「……」

 

 念じてみると、徐々に頭の中に、視界に、耳に、向谷が見聞きするものが混じってくる。

 

 ────だりぃ

 ────今日も適当にサボるか

 ────ちょっくらタバコ

 

 だが、聞こえてくるのはそんな当たり障りのないものばかり。

 他には歩く感覚、倉庫の湿度、心臓の鼓動が二重になり、

 

「うっ……」

 

 自分の感覚との混濁に、吐き気がこみ上げる。

 俺はすぐにディソードを消して、思考盗撮を解除した。

 

「尾上はこんなのよく耐えられるな」

 

 俺がギガロマニアックスとして格下だからなのか、あるいはそもそも俺が「思考盗撮」を制御できていないのか。

 

 とにかく、今の俺では向谷本人から情報を引き出すことはできない。

 

「鈴代!何ボケっとしてやがる!」

「ひっ!」

 

 背後から声をかけられて、俺は振り向く。

 新しい現場監督の藤堂は間島以上の年齢なのに、間島以上に声がでかい。

 

「す、すみません。で、でも、あいつ……」

 

 俺は荷物の陰でサボっている向谷の方を指さす。

 それを見て、藤堂はため息を吐いた。

 

「放っておけ。どうせあいつは、あとひと月もせんうちにクビになる」

「く、クビですか?」

 

 今までクビになっていない方が不思議だったが、どうして今になってクビが決まったのだろう。

 

「間島がいなくなっちまって、あいつの業務態度はさらに悪化したんだ。今まではのらりくらりと誤魔化して逃げていたみたいだが、もう許さねぇ。しっかり証拠を突き付けて報告してやる。そうすりゃあいつは懲戒解雇確定だ」

 

 一応証拠が残らないように立ち回っていたということか。

 

「分かったらお前も、とっとと仕事に戻れ」

「あ、あの……」

 

 そこで俺は藤堂を呼び止める。

 藤堂は俺を睨むが、それに気おされないようにどうにか言葉を紡ぐ。

 

「ま、間島さんがいなくなる前に、向谷と何か揉めてたみたいな話って聞いてますか?」

 

 駄目元での質問だ。

 だが、向谷がもうすぐいなくなると分かった以上、グズグズしてはいられない。

 

 あいつは懲戒解雇になる前に、証拠を突き出してやらないといけない。

 

「揉めてるのなんてしょっちゅうだろう。どれがどうかしたか?」

「ああ。いや……」

「……そういえば、間島がいなくなる直前に、向谷を呼び出していたって聞いたな」

「呼び出しって、どこに?」

「事務所の二階の空き部屋だ。お灸を添えてやろうとでも思ったんだろうな」

 

 間島と向谷が事件直前に会っていた。

 しかもその場所が分かったなんて、これは結構重要な情報じゃないか。

 

「ほら、雑談は終いだ。とっとと仕事に戻れ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 俺はいそいそとその場を去り、言われた通り仕事に戻った。

 

 ◆

 

 終業後、俺はこっそりと事務所に忍び込み、間島と向谷が会っていたという空き部屋を訪れた。

 

「調べるにしても、今は俺一人だから、ギガロマニアックス能力は使えないんだよな」

 

 俺は部屋の様子を確認する。

 

 部屋には使われていないデスクや、解体された段ボール箱などが、ろくに整理もされずに置かれている。

 おそらく、ここは物置として使われているのだろう。

 

「多分、ここで間島と向谷が争ったってことだよな」

 

 元より荒れた部屋なので、争った形跡はパッと見では分からない。

 

 そもそも警察が散々調べた後だろう。

 今更俺が何かを見つけられるはずもない。

 

「っ!」

 

 その時、不意に俺のスマホが震えた。

 俺は周囲を確認しつつ、慌ててスマホを取り出した。

 

 幸いにも周りに人はいないようで、画面の非通知の文字を確認してから電話に出た。

 

『私だ』

「尾上、ビックリさせるなよ」

『お前が困っている頃だろうと思ってな』

「なんでわかるんだよ」

『私も、捜査のために、この辺りに来ていたんだ。そして、コソコソしながら建物に入るお前を見つけた。どうせ、人がいなくて能力が使えないとか考えていたところだろう』

 

 完全に見透かされていることにはムカついたが、今はありがたい。

 

「分かってるならこっちに来てくれ。向谷の手がかりが見つかりそうなんだ」

『無理だな。職員ではない私が忍び込むのはリスクが高い。それに、あまり多くの人間に接触すると、私の存在が観測される恐れがある』

「は?何の話だよ」

『一つアドバイスをやろう。周囲共通認識を作れるなら、別に相手がお前のことを認識している必要はない』

「いや、ちゃんと説明……切りやがった」

 

 コツ コツ

 

「っ!」

 

 通話が終わったのも束の間、今度は足音が聞こえてくる。

 

 俺はとっさに、乱雑に置かれたデスクの陰に隠れる。

 

 通りかかったのは、現場監督の藤堂だった。

 彼は段ボール箱に入った工具を持って、部屋の中に入ってきた。

 使わない工具を空き部屋(物置)にしまいに来たのだろう。

 

「さっさとどっか行ってくれよ……」

 

 俺は見つからないように祈りながら、藤堂の様子を観察する。

 

 ────周囲共通認識を作れるなら、別に相手がお前のことを認識している必要はない

 

 そこで、先程の尾上の言葉を思い出す。

 

「もしかして」

 

 俺はリアルブートしていないディソードを出現させ、再びサイコメトリーを妄想する。

 その瞬間、藤堂の手がピタッと止まる。

 

「っ!」

 

 直後、頭に浮かぶのは、間島と向谷が話している光景だ。

 

 ────旦那、そりゃないぜ

 ────俺はもう十年、ここで働いてきたんだぜ?

 

 へらへらした態度で向谷は言う。

 

 ────働いただぁ?お前はただ、会社の金食い潰してただけだろうが

 

 間島は彼に背を向けたまま、大声で威圧する。

 

 ────今までどうやって誤魔化してきたのか知らねぇが、もう許さねぇ。お前はクビだ!

 

 間島に対して向谷は怒りをあらわにする。

 歯を食い縛り、手近な椅子を手に取ると、そのまま背後から殴りかかった。

 

 ────クソッ!俺をバカにしやがって!

 

 間島の頭、腕、肩、背中を何度も殴る。

 飛び散る血、軋む骨の音、それらが臨場感を持って俺に襲い掛かる。

 

 ────はぁはぁ、どうだこんちくしょう

 

 ボロボロになった間島の姿を見て、向谷は椅子を置いた。

 

 ────どうすっかな。これ

 

 間島にはまだ息があった。

 全身に血が滲んでいても、わずかに体が痙攣する様子が見られる。

 

 ────チッ……おっ、そうだ

 

 すると、向谷は部屋に置いたあった結束バンドで、間島の手足をそれぞれ縛り、さらに段ボール箱に詰め込む。

 

 ────これでよし。ヒヒヒッ

 

 向谷はそのまま段ボール箱を持って、どこかに走り去っていった

 

「はぁはぁ……」

 

 サイコメトリーの能力が終了し、気付くと、部屋から藤堂はいなくなっていた。

 先ほどの光景を思い出す。

 

 豹変する向谷の姿、自分の行いに何の罪悪感も覚えない態度。

 ふつふつと湧き上がる怒りと、ドロドロとした嫌悪感が胃の中で茹で上がる。

 

「……いや、今は尾上に報告だ」

 

 俺は周囲の様子を警戒しつつ、事務所を後にした。

 

 ◆

 

 事務所を出ると、待ち構えたように尾上が立っていた。

 

「その様子だと、収穫はあったようだな」

 

 疲弊した俺を見て、尾上は満足そうに笑う。

 文句を言ってやりたい気分だったが、彼女はペットボトルの飲料品を差し出したことで、その気持ちは薄れた。

 

「とりあえず二つ目の謎は解けたよ」

 

 俺は彼女から受け取った「フルーツオレ」のキャップを開いて、中の黄色い液体で喉を潤す。

 

「体格で劣る向谷が間島を拘束できた理由は、向谷が偶然、間島の隙をつくチャンスを得られたからだ」

「突発的な犯行だったわけだな」

 

 彼女は自身の「マウンテンデュー」のペットボトルを開いて、同じように中の飲料に口をつける。

 

「間島は、向谷の暴行だけでは死ななかった。そこで向谷は、全身を負傷した彼を拘束、監禁し、息絶えるのを待った。これが『風呂キャンかい、ワイ』の犯行内容だ」

 

 彼女は口元を袖で拭うと、俺の説明に納得したように頷く。

 

「だが、現場にも痕跡が残っているはずだ。警察が未だに向谷を捕まえられていない理由はなんだ?」

「それは向谷、もとい俺達の服装だ」

 

 俺は鞄に収まった作業着一式を見せる。

 

「俺達は業務中、会社から支給された作業着、軍手、帽子、安全靴を装着する。軍手と帽子で、指紋や髪の毛は残らず、安全靴はみんな同じものだから下足痕も区別がつかない」

「なるほど。ましてや、事件発覚までかなり日が経っているなら、それらの証拠を見つけるのも難しいだろうな。お前が現場監督と遭遇したように、普通に人の出入りのある事務所なら、他の痕跡と混じって区別がつかなくなる」

「向谷自身が、証拠隠滅する猶予もな。それに以前、警察が取り調べに来た時、俺にかなり曖昧な期間のアリバイを聞いてきたんだ」

「遺体の腐敗が進みすぎて、死亡推定時刻が分からず、身元確認にも時間がかかった。初動捜査が遅れたせいで、向谷を捕まえる証拠を掴みそこなった、というわけか」

 

 ペットボトルの蓋を締め、尾上は俺に背を向ける。

 

「もう行くのか?」

「ああ。ノワールのことなら安心しろ。別な手段でしっかり見張ってある。今のところ、委員会に捕捉されてはいない。むしろ私が一緒にいる方が、危険かもしれないしな」

「……ちゃんと気にかけてはくれてるんだな」

 

 俺は以前、ノワールが尾上にもらったアイスのことを思い出す。

 

「お前の目的はもう聞かないよ。お前のことは、なんか信じてもいい気がする」

「……足元をすくわれないようにな」

 

 そう言って尾上は立ち去って行った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。