妄想科学NVL CHAOS;INNOCENCE   作:師走F

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第22話:秀才は愚者と出会う

 ◆

 

 俺達が帰宅した頃に、タイミングを見計らったかのように『非通知』からの着信があった。

 

「どうした?」

『一つ頼みたいことがある』

 

 電話口の尾上は、いつになく真剣な口調だ。

 

『お前に預けていた、向谷から奪ったストラップがあるだろ?あれを、ある人物のところに届けて欲しい』

「ある人物?」

『久野里澪。今はヴィクトル・コンドリア大学で教授をやっているはずだ。彼女に解析を頼みたい』

 

 ヴィクトル・コンドリア大学といえば、俺でも名前を知ってるくらい有名な海外の大学だ。

 世界最高峰の頭脳と技術が集結する場所で、俺がおいそれと足を踏み入れていい場所ではない。何より、

 

「外国に行く金が、俺にあると思うか?」

 

 仮に旅費を全額出してくれたとしても、早々休みも取れないし、さすがに何日も留守にするのはノワールが心配だ。

 かといって、戸籍があるかも怪しいノワールを外国に連れていくことはできない。

 

『安心しろ。今なら彼女は東京にいる。東京総合科学大学。そこの研究室で臨時講師をしている。訪ねれば彼女に会えるはずだ』

 

 それだって大分ハードルが高い。

 俺はその東京総合科学大学より遥か下の偏差値の大学を中退しているのだ。

 

「……尾上は、その人と知り合いなのか?」

『知り合い……今は違うな』

 

 知り合いに"今は"とかあるのかと思ったが、突っ込むのも時間の無駄だ。

 

「そんな偉い大学教授に伝もなしにどうやって話を聞きに行くんだよ」

『お前がギガロマニアックスであることを明かせ。というか、ギガロマニアックスという単語を出すだけで、彼女は必ず食いついてくる。その後は、これから私の言う通りに話せばいい。それと、私のことは一切話すな』

「……分かったよ。なんか必要なことなんだろ」

 

 俺は尾上の指示に従い、早々に出かけることにした。

 

 ◆

 

 東京総合科学大学は、文京区に本キャンパスを構えている。

 

 小さな町くらいはある敷地には、様々な研究設備を備えた建物がところ狭しと並んでいる。

 

 俺は尾上から伝えられたC棟にある研究室へと向かう。

 

「電子ロック……」

 

 頭のいい大学には、やはり研究棟のセキュリティも厳しいのだろう。

 自動扉は、学生証をかざさなければ開かない仕組みとなっている。

 

「……よし」

 

 俺は通りかかった学生に向けて、リアルブートしていないディソードを翳す。

 彼の視線が一瞬、自動ドアの方を向くと、扉は独りでに開き、俺はその隙に通り抜ける。

 

 ギガロマニアックス能力で不法侵入するのは罪悪感があるが、ともかく俺は目的の研究室にたどり着いた。

 

 ピーンポーン

 

 インターホンを鳴らしてしばらくすると、女の人の声が聞こえてきた。

 

『見ない顔だな。どこの学部だ?』

「あ、あの……俺、久野里教授……」

 

 知らない人、それも気の強い女の人の声に気圧される。

 

『聞こえない。用がないなら────』

「待って。お、俺は、ギガロマニアックスで───」

 

 その時、ドアの向こうで足音が聞こえてきて、勢いよく扉が開かれた。

 

 出てきたのは、白衣の女性だった。

 長い黒髪を白い質素なリボンで束ね、大きな紫紺の瞳は俺をキツく睨み付けている。

 

「来い」

 

 彼女は俺の腕を引っ張って、研究室の中に引きずり込んだ。

 

 部屋の中は本や資料が山のように詰まれており、ろくに足の踏み場もない

 

「うわっ!」

 

 俺は山中の空いたスペースにあるソファに叩きつけるように座らされた。

 

「さっきの台詞」

 

 向かい側に女性、おそらく久野里澪だと思われる彼女が座る。

 

「戯れ言じゃないなら聞かせてもらおうか」

 

 尾上の言った通り、"ギガロマニアックス"という単語に食いついてくれたようだ。

 

「……えっと、俺は鈴代御門って言います。久野里教授で、お間違いないですか?」

「鈴代、お前は自分のことをなんと言った?」

 

 俺の質問には答えてくれなかったが、その態度は肯定と受け取っていもいいだろう。

 

「俺は、ギガロマニアックスです」

 

 それを聞いて、彼女は見定めるように俺を観察する。

 

 ────これから私の言う通りに話せばいい

 

 尾上から聞いた内容を、心の中で復唱する。

 

「あなたは、ネオジェネ事件を解決するために日本に戻ってきた。そうですよね?」

「……」

 

 彼女は

 

「お、俺は、ネオジェネ事件の一つを解決しています」

「……『風呂キャンかい、ワイ』か。そういえばお前の顔、見覚えがある。その事件の容疑者リストの中で見た顔だ。犯人が不自然に自白したと聞いていたが、あれはお前の力か」

 

 正確には尾上の能力だが、尾上の存在は一切話すなと言われているので、そこは伏せる。

 

「俺は、役に立つ、と、思います……」

「何が目的だ?」

 

 そこで、俺は持ってきていたちびネズミのラバーストラップをテーブルに置く。

 埋め込まれた基盤を見て、彼女は怪訝な顔をした。

 

「これはノアIIの後継機の、中継端末です。これを使って、本体の場所を特定して欲しいんです」

「……事情は分かった」

 

 久野里 澪は、テーブルに置かれたちびネズミを回収する。

 

「だが、まずはお前がギガロマニアックスである証拠を見せろ。お前が本物なら、どうすればいいかくらい分かるだろ?」

「……分かりました」

 

 俺は言われて、すぐに自分のディソードをリアルブートした。

 久野里 澪は、しばらく俺のディソードを観察した後、彼女はスマホを取り出して俺をそっちのけで操作を始めた。

 

 五分、十分と耐えきれないほどの沈黙が続く、

 

「あ、あの……」

 

 ついに口を開いた俺に対して、彼女はスマホの画面を見たまま話す。

 

「鈴代だったか? 今から私の質問にすべてノーで答えろ」

「は?」

「お前は、ネオジェネ事件の犯人か?」

 

 困惑する俺をよそに、突然謎の質問をぶつけられる。

 

「えっと……」

「早く答えろ」

「……ノー」

 

 俺が答えた後、しばらくスマホの画面を眺めた後、さらに続ける。

 

「間島健吾を殺したのはお前か?」

「ノー」

「ノアIIの後継機を作ったのはお前か、もしくはお前の仲間か?」「ノー」

「お前、もしくはお前の仲間はネオジェネ事件を解決する気はないな?」

「ノー」

 

 何度か問答を繰り返した後、やがて納得したような顔でスマホをポケットにしまう。

 

「ちょっとそこで待ってろ」

 

 そう言って突然立ち上がり、部屋の奥に引っ込んだ。

 

 しばらく奥でキーボードの音が聞こえてくること数分、久野里 澪はこちらに戻ってきた。

 

「これを渡しておく」

 

 彼女から手渡されたのは白紙のカードキーだった。

 

「どうせ能力を使って入ってきたんだろ。次からはこれを使え」

「ありがとうございます」

 

 変な質問をされた時はどうなるかと思ったが、無事協力を取り付けることができた。

 

「じゃあ、調べた結果が出たら連絡する。連絡先を教えろ」

「は、はい」

 

 俺がスマホを操作し始めたその時、研究室の扉が勢いよく開いた。

 

「澪!」

 

 入ってきたのはメガネの女性だった。

 

 上に着ているダボッとした白いTシャツには、『衣食住・睡眠』とデカデカと習字風のフォントで書かれている。

 丈が長いTシャツに反して、下はおそらくショートパンツなのか、一瞬"履いてない"ように見える。

 

 何より目を引くのは、そんな変なTシャツでも全く魅力を損なわない巨乳。

 久野里さんも結構ある方だったが、この人はそれ以上だ。

 

「あら。先客がいたのかい?」

 

 俺は軽く会釈をして、視線を反らす。

 

最部(さいべ)教授。何の用だ?」

「ああ。この間の感想を聞こうと思ってね。君は、私の発表が終わるとすぐに帰ってしまったから」

 

 久野里さんは鬱陶しそうにしているが、メガネ巨乳、ではなくメガネ教授の方は構わず絡んでいる。

 

「おっと」

 

 そこで彼女は不意にこちらを向いた。

 

「挨拶もなく失礼した。私は最部(さいべ)真希。この大学で脳科学の教授をしている」

「ど、どうも、鈴代御門、です……」

 

 どこかで聞いたような名前なので、おそらく有名な教授なんだろう。

 

「あ、久野里さん。これ」

 

 俺は自分のアドレスを書いたメモを彼女に渡した。

 

「じゃあ俺はこれで失礼します」

 

 これ以上長居するのも悪いと思ったので、俺は早々に研究室を去った。

 

 ◆

 

 帰りの電車はいつも以上に混んでいた。

 

「くそっ、これだから満員電車は……」

 

 俺は悪態をつきながら、人の波を抜けて比較的すいている角のスペースに移動する。

 

「ん?」

 

 すると、すぐ近くの窓際のスペースに立っている派手な服装の女性が目に入った。

 彼女の真後ろには、中年男性がピッタリと体をつけて立っていた。

 

「あれって、痴漢?」

 

 電車の揺れで分かりにくいが、男が女性の臀部に股間を擦りつけている。

 

「おいあんた」

 

 俺は男の腕を掴んで声をかける。

 

「な、なにかな?」

「今、その人に痴漢してただろ」

「ひっ、私は……」

 

 その時、電車が停車する。

 扉が開くと男は慌てて外へ飛び出していった。

 

 ……という妄想をした。

 

(痴漢なんて関わらないが一番。最悪俺が痴漢扱いされることもあるからな)

 

「あ、あの……」

「え?」

 

 俺は気付くと、痴漢男の腕を掴んでいた。

 

(しまった……妄想と現実をごっちゃにしちまった)

 

「あ、えっと……」

 

 俺を詰まらせている間に電車は停止する。

 

「し、失礼しましたぁっ!」

 

 痴漢男は俺の手を振り払って、そのまま駅へと走り去っていった。

 仕方なく俺は先程の女性の方へ向き直る。

 

「その……大丈夫でしたか?」

「うぅんとねぇ。へいきぃ」

 

 振り返った女の顔を見て、俺は青ざめた。

 

「あ、飴美屋……さん?」

「奇遇ぅ。とりあえずぅ、降りないぃ?」

 

 飴美屋に連れられて、俺は渋谷駅のホームへと降りた。

 

「あ、飴美屋さんって、いつもあの時間の電車に乗るんですか?」

「そうだよぉ、よく痴漢?されるんだよねぇ」

「た、大変っすね」

 

 そりゃあんな痴女みたいな恰好で満員電車に乗ってたら痴漢に狙われるだろ。

 

「うぅんとねぇ、むしろそれが狙いぃ?みたいな」

「ね、狙い?」

「あたしぃ、普通のえっちじゃ感じなくてぇ、だからここによく遊びにぃ?来てるんだぁ。見つかるかもぉってスリルがぁ、いいんだよねぇ」

「そ、そうなんすね」

 

 マジで助けなきゃよかった。

 いつもの妄想癖のせいでこの女と関わることになんて。

 

「よかったらぁ」

 

 すると、彼女は露出した胸元をこちらに見せつける。

 

「御門くんもぉ、今度どぉ?」

「え、遠慮しときます」

 

 冗談じゃない。

 こいつに弱みを握らせるようなことをしてたまるか。

 

 効率、コスパ、ローリスク、省エネ生活、俺の主義のすべてに反する。

 

「ところでぇ、御門くんは今日、どこ行ってたのぉ?」

「っ!」

 

 目の奥に渦巻く疑念、静かに見定めるような黒い瞳が俺を貫く。

 

 ────嘘つきはだぁいきらぁい

 

 落ち着け。

 選択を間違うな。

 

 世界線移動による記憶の保持は個人差があるようだが、少なくともこいつはある程度に記憶が残るはずだ。

 

 嘘を見抜く能力でもリアルブートしてるか。

 それか、そもそも思考盗撮で今こうして考えてることも読まれてるのか。

 

 俺は視線を彼女の手元へ向ける。

 

 ディソードはない。

 なら俺が取るべき選択は……

 

「ちょっと大学に用があって」

「大学?君ぃ、今学生じゃないんだよねぇ?」

「お、俺の世話になってる人が今、大学の研究室にいて、それで……」

 

 嘘はついていない。

 久野里さんは俺がたった今世話になっているばかりの人だ。

 

「……そっかぁ」

「あ、飴美屋さんは今日はどちらに?」

「んー、あたしはぁ、ちょっとお仕事ぉ、人探しぃ?みたいな」

「人探しって、Truthの活動ですか?」

「うぅん、そうだよぉ。こう、黒い人?見なかったぁ?」

 

 黒い人って、こいつの表現力ノワール並みかよ。

 

「み、見てないです」

「そっかぁ。それじゃあもう行くねぇ」

 

 飴美屋は手を振って、階段の方へ消えていった。

 

 

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