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久野里さんの元を訪れた二日後、午後の倉庫作業へ向けて英気を養っていた俺の元に連絡が来た。
『結果が出た。すぐに研究室に来い』
「いや、今仕事が……」
返答を聞く気がないのか、すぐに切られてしまった。
尾上はまだ俺の日常生活に気を使ってくれるだけマシだ。
とはいえここですっぽかしたら情報源を失う可能性がある。
仕方なく俺が講じた手段は仮病だった。
「イタタタタ……」
職場に戻った途端、俺はみんなの前で盛大に腹を抱えてうずくまる。
「おいどうした?」
伊藤さんや藤堂さんは俺を気遣って近寄ってくる。
「なんか、急に腹痛が……やっぱあれ、不味かったか」
「おいしっかりしろ!」
か細くなっていく俺の声に、二人の動揺は大きくなる。
「……賞味期限1ヶ月過ぎた卵、焼けば食えると思ったのに」
「……テメェはなにやっとんじゃ。体調管理も仕事のうちやぞ」
藤堂さんも伊藤さんもすっかり呆れた様子だ。
理由が理由だけに同情心が薄れたようで、同時に俺の罪悪感も幾分かマシになった。
「どのみちそれじゃ仕事にならん!さっさと帰って休め!」
藤堂さんに追い返されるように、俺は職場を後にした。
◆
苦労して辿り着いた研究室で待っていたのは、久野里さんの仏頂面だった。
「お前から預かったこいつだが、残念ながら発信元は特定できなかった」
彼女は分解されたラバストを取り出し、テーブルの上に置く。
「おそらくだが、渋谷の各地に、これと本体の中継地になる場所をいくつも用意してあるな。それのせいで、本体までは辿り着けない」
「そうですか……」
俺は深くため息を吐いた。
これで発信元を特定できれば、残りのネオジェネ事件は放っておいても問題ないと考えていたが、そううまくは行かないようだ。
「代わりに、こいつの機能はおおよそ分かった。ノアⅡの後継機、仮に『ノアX』とするが、さっきも言ったようにノアXから直接信号を受信しているわけじゃなく、複数の中継点を経由している。制御機能も最低限しかないから、機能はかなり限定されている」
「あ、いや、でも……近くのG.Eレートが上昇するようなことも起きてるし……」
「持ち主の周辺だけだ。それに本来ノアはギガロマニアックス能力を再現するための兵器だろ。だが、これは持っていたところで、能力が使えるわけじゃない。せいぜい、持ち主の妄想する都合のいいことが起きやすくなる程度だろう」
俺は向谷のことを思い出す。
確かに、間島さんに暴行を加えた時に誰も来なかったり、遺体発見が大幅に遅れたりなど、今思えばあいつにとって都合がいいことばかり起きていたように思える。
「それでも危険なのに変わりはない。G.Eレートが上昇するということは、持ち主のバイオリズムを急激に上昇させ、残虐な犯罪に走らせやすくする。元より猟奇的な性質を持つ人間ほど、この影響を受けやすいだろう」
「じゃあ早く回収しないと……」
「製造元不明の商品にどうやって回収命令を出すんだ?そもそも、G.Eレートに関する研究は一般には知られていない。電子データで残っている論文はすべて削除されているし、研究者本人も15年前に消されている。そんな状況で訴えたところ、陰謀論と一蹴されて終わりだろうな」
久野里さんは忌々しそうに吐き捨てる。
「その……久野里さんは、なんでネオジェネ事件を追ってるんですか?」
俺の質問に対して、彼女は意外そうに目を丸くした。
「お前、把握しているから、私に接触したんじゃないのか?」
「あ」
しまった。
これでは情報提供者の存在を露見させたことになる。
「……まあいい。お前には関係のない話だ」
久野里さんは大層不機嫌そうに、そっぽを向いてしまった。
それにしても、尾上はこの人とどういう関係なんだろうか。
尾上には、自分の存在を明かすなと口止めされているので、直接"尾上世莉架"という人物について尋ねるわけにはいかない。
「あの、久野里さんって、高校生の知り合いっていますか?」
それでも気になった俺は、最大限ぼかして尋ねることにした。
「は?いきなりなんの話だ」
「ああ。いや、その……例えば、黒いワンピースタイプの制服の女子とか……」
「黒いワンピース……ひょっとして碧崩学園のことを言ってるのか?」
「ああ。多分それだと思います」
「確かに、私の母校だが、私がそんな母校に通うような人間に見えるのか」
久野里さんの呆れたような質問に、俺は小さく首を振った。
「そもそも碧崩学園は
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帰り道、俺はスマホで碧崩学園について調べていた。
「カオスチャイルド症候群患者の療養施設。6年前に廃校……」
読み進めるほど、久野里さんが碧崩学園の制服を着ている人物を、不謹慎なコスプレイヤーだと揶揄した理由がよく分かる。
だが、尾上が単なる不謹慎ネタのためにあんな格好をしているとは思えない。
何より、尾上の服装はまるでそれが彼女の本来あるべき姿であると思わせるほど、妙にしっくり来ていた。
「お」
そんなことを考えていたからか、また非通知からの着信があった。
『首尾はどうだ?』
「久野里さんには解析してもらったよ。装置の機能は分かったけど、本体の場所は探せないってさ」
『そうか』
尾上の口調は大して残念でもなさそうだ。
彼女はあれ一つでうまくいくとは端から考えていなかったんだろう。
俺は久野里さんから聞いた中継端末の機能についても伝えた。
『お前、残っていたちびネズミの在庫はどうした?』
「……ごめん。昨日買い手がついて、ちょうど全部発送したところ」
『なら、次に新しいネオジェネ被害者が出たらお前のせいだな』
「勘弁してくれよ……」
実際冗談でもなんでもないから怖い。
今から世界線移動してやり直すか。
いや、そもそも最初にバイトを受けたところから────
『やめておけ。どのみち在庫を処分できなければ樋上に怪しまれる。それに、ちびネズミは既に大量生産されて出回っている物だ。お前ひとりが責任を感じる必要はない』
「……フォローありがとう」
尾上からの意外な言葉に、俺は少し嬉しくなった。
『それと、今後は不用意な発言はしないことだな。久野里澪は、ギガロマニアックスの存在そのものを嫌っている』
「別に俺だってなりたくてなったわけじゃないのに。ていうか何でまた……」
『その質問には答えられないな』
「はぁ……カードキーくれた時は案外いい人だと思ったのに」
『悪人ではないが、カードキーを渡したのは善意からではないだろうな』
「え、そうなの?」
『能力で容易に侵入できる人間なら、カードキーを使わせてログが残るようにした方がまだマシだろう?』
やがてスクランブル交差点についたところで、俺はふと、横断歩道の反対側にいる人物が目に入った。
彼の何が気になったのかは自分でも分からない。
ファッション誌の表紙で見たことあるような服装なのか、それを全く着こなせていない"服に着られている感"なのか、遠目でも分かるほどの漆黒と髪色か、それとも単にその端正な顔立ちが目を引いたのか。
『どうした?』
「ああ、ごめん。なんでもない」
信号が青になる。
俺が歩く方向には自然と彼の姿があった。
『また連絡する』
「ああ」
電話を切り、横切る瞬間に彼と目があった。
「君、少しいいかな?」
不意に声をかけられて立ち止まる。
周囲を確認するが、彼の視線の先にあるのは間違いなく俺だった。
「妹を探しているんだ。知らないかな?」
一瞬身構えたが、ただ迷子を探しているだけのようだ。
「ま、迷子なら、そこの……少し進んだとこに、交番がある……」
「交番?」
俺が指差した方向を見て、彼は首を傾げた。
ひょっとして交番が通じていないのか。
目が青色で、鼻も高いような気がするので、外国人かもしれない。
だとしたら俺は力になれないな。
日本で暮らすなら外国語は必要ないと考えていたので、真面目に勉強してこなかった。
「分かった。そこに行けばいいんだね」
迷っているうちに、彼はそのまま、俺の指差した先へ歩き出した。