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俺は次の休みを使って、尾上と共に「ハッピートリガー#2発目」の事件現場となったマンションを訪れた。
玄関の前に立ったところで、俺はディソードを取り出してサイコメトリーを発動する。
映像はノイズで乱れており、かろうじて映っているのは扉を開けて部屋に入る男性の姿。
見たところ、かなり背が高くガタイもいい。
男は部屋の奥へ進んでいくが、砂嵐がかかったようでまともに見えない。
そして、
────プツン────
映像はそこで途切れてしまった。
「どうだった?」
「ダメだ。ノイズが酷くて碌に見えない。俺の能力が足りないからか?」
尾上は小さく首を横に振る。
「おそらくだが、お前の選択した"サイコメトリー"という能力自体の限界だろう」
「どういうことだよ」
「サイコメトリーは過去の情報を読み取る能力だ。時間が経過すれば、残滓のようなものも薄れて映像を読み取れなくなるのだろう」
「でも俺はギガロマニアックスの能力でサイコメトリーを再現しただけだぞ。ギガロマニアックスなら妄想したことは現実になるんじゃないのか?」
「そこが問題だ。例えば物を浮かす、炎を出すなどの物理現象であればそのまま
理屈は一応理解できたが、これでは他の現場を見ても期待は薄いだろう。
「ていうか、この映像だと第一発見者が被害者を発見した時の映像か、犯人が忍び込んだ映像かすら分かんないよな。どうする?1発目の現場に行くのか?」
「いや、先に容疑者と接触する。前と同じく私が思考盗撮で"蓋"を確認する」
「えぇ……」
というか笹山にしても、警察でもなんでもない俺の相手をしてくれるのか。
「その点については私がサポートしてやる」
「絶対碌なこと考えてないな」
ここまで人の好き勝手できるなら、確かに久野里さんがギガロマニアックスを嫌う理由もよくわかる。
まあ俺自身も同じことができるわけだが。
「早く行くぞ。人に見られる前にな」
尾上は速足で現場を後にする。
俺も慌てて扉を閉めてその後を追った。
◆
「はーい」
俺がインターホンを鳴らして出てきたのは、やせ型の二十代前半の男性だった。
「さ、笹山さん。は、初めまして。最近この近くに引っ越してきた鈴代です」
「引っ越し、そんなの────ああ、そういえばそうだったな」
「これ、つまらないものですが」
俺は用意した和菓子(一箱6個入り1000円)を差し出した。
「ああ、ご丁寧にどうも」
笹山はそれを素直に受け取ると、俺が持っている紙袋に視線を向ける。
「今日は引っ越しのあいさつ回りですか?」
「あ、はい。俺、上京してきたばっかりで、あんまこういうの慣れてないというか……」
俺は紙袋を掲げながら苦笑いをする。
「ふーん。まあ、この辺そんなにご近所付き合いとかもないですから、そんな熱心に回らなくてもいいと思いますよ」
「ああ。お気遣いどうも」
「それじゃあ、これ、ありがとうございます」
「ああ待って!」
俺は家に戻ろうとする彼を慌てて引き留めた。
「まだ何か?」
「ああえっと、この辺でなんか事件が遭ったって聞いたんですけど、やっぱりこの辺って物騒なんですか?」
笹山は明らかにバツの悪そうな態度で頭をかく。
「まあ、治安はいい方じゃないですよ。特に駅前とかは夜はガラの悪い連中もたむろしてて」
「そ、そうなんですね。ニュースでネオジェネとかなんとかって聞いてたから」
「……とりあえず夜道はあまり出歩かない方がいいですね。俺も、近所で殺人事件だとか勘弁ですから」
そう言って笹山氏は家の中に戻っていった。
◆
俺は早速隠れていた尾上の元へ行き、結果を尋ねた。
「ハッピートリガーについてだが、明らかに何か知っているな。その何かまでは見えなかったが」
「"蓋"ってやつか」
向谷の時もそうだが、人間の脳には、都合の悪い記憶に蓋をして守ろうとする機能があるらしい。
尾上曰く、うっかり喋ったりしないように普段は記憶を封印して、意識しないようにするのだとか。
「じゃあやっぱり犯人なのか?」
「まだ分からないな。もう一人の葉堂を調べにいくぞ」
「でもそいつ、今警察にいるんだろ?どうやって会うんだ?」
「あくまで任意の聴取だ。別に四六時中軟禁されているわけじゃない。おそらくそろそろ出てくる頃だ」
俺は尾上に連れられて、半信半疑で渋谷警察署を訪れた。
俺達は通行人のふりをして、少し離れたところで入り口を見守る。
「警察としては、葉堂を、というより桐島組をハッピートリガーの第一容疑者と考えているのだろう」
「葉堂は2発目の第1発見者だろ?他の事件とは関係なさそうだけど」
「ハッピートリガー#1発目の被害者、田中くるみが働いていた風俗店は、桐島組の鎬の一つだ。2発目の被害者は言わずもがなだが、なんらかの粛清のために殺されたと考えてるんだろうな」
「一応、笹山と違って動機はあるわけか」
「凶器の覚せい剤も、警察は桐島組が薬物売買に手を出したと考えているのだろう。だから下っ端の葉堂を泳がせているんだ。ほら、出てきたぞ」
すると、警察署からイライラした様子で葉堂が出てきた。
「どうやって接触するんだ?まさかまたご近所付き合いとか言わないよな」
「このまましばらく後をつけろ」
「えぇ……どうすんだよ。あいつ、ヤクザだろ?」
「ギガロマニアックスならただの人間の一人二人、怖くはないだろ」
いくら超能力があろうが、怖いものは怖い。
相手は平気で暴力をふるうような連中だ。
仮に全身武装したって関わりたくもない。
「それに警察署を出た直後の今なら、武器は所持していないはずだ。今が一番リスクが少ない」
「……分かったよ」
俺は観念して尾行を開始する。
とはいえ素人の尾行だ。
変に隠れたりしても気付かれるだろうから、俺はスマホを見ながら男を同じ歩幅で追いかける。
いつの間にか尾上の姿はなくなっていたが、思考盗撮の方は尾上の役目なので近くにはいるだろう。
やがてしばらく後をつけたところで、葉堂はスマホを取り出して電話をかけた始めた。
「若頭、お疲れ様です」
電話越しにも関わらず90℃のお辞儀をする。
その後、何か話声が聞こえてきたが、挨拶の大声に反して、その後の話声はボソボソとしたもので、聞き取ることができない。
「能力で聴覚を強化するか……いや、話し終えた後にサイコメトリーを使えば」
あれこれ考えていると、彼のポケットから何かが転げ落ちた。
俺は反射的にそれを拾いに動く。
「あ、あの……」
これをチャンスと思い、ちょうど電話が終わったタイミングで、俺は拾ったライターを彼に渡した。
「これ落としましたよ」
「……ちっ」
葉堂は乱暴にライターを奪い取ると、スマホをポケットにしまう。
「テメェ、今の聞いてたわけじゃねぇよな?」
「へ?いや、なんのことですか?」
「……ならいい」
葉堂はライターをもう片方のポケットにしまう。
「何見てんだ?」
「い、いえ、その、み、見たことあるなーっと……」
「あぁ?」
なんとか会話を長引かせようと絞り出した言葉に、彼は鬼の形相を向ける。
「あ、いや、えっと、そのネットニュースで、その……」
「テメェ、そういやさっきから後ろにいがやったな。さては雑誌かなんかの記者だろ!俺のこと嗅ぎまわってやがったな!」
ものすごい剣幕で詰め寄られて後ずさる。
「いや、なんていうか……」
「言っとくが、桐島組は関係ねぇ!兄貴達は薬みてぇな人道に通らねぇ真似はしねぇ!記事書くならそう書いとけボケ!」
軽く小突かれて、俺は尻餅をついた。
「チッ、しつこいサツといい、ついてねぇな」
俺の情けない姿に興味も失ったのか、そのまま踵を返して立ち去ってくれた。
俺はゆっくりと立ち上がり、ズボンについた汚れを払う。
「おい」
「ひっ!」
後ろから声をかけられて飛び退くと、いつの間にか尾上の姿があった。
「び、ビックリさせるなよ」
「普通に声をかけただけだ。それより、葉堂の方にも蓋があった。容疑者は減らないな」
「えぇ……じゃあここまでの苦労はなんだったんだよ」
「進展はあっただろ。容疑者二人と接点ができた。それに、容疑者のうちどちらかが、あるいは両方が事件に関わっていることが確定した。これからの調査もやりやすくなったな」
笹山に対してはご近所さんとして接点を持ったが、葉堂は完全に俺に敵意を向けてるし、一概に進展したとも言えないと思うが。
「記者だと思われたのも好都合だ。今から偽造名刺でも作ってあいつにコンタクトを取るか」
「やだよ……そういえば、ひょっとしてさっきのライターってお前の仕業?」
「当然だ。あんな都合よくポケットから落ちて、ましてお前の近くまで転がっていくはずないだろ」
まあ俺にとっては全く都合よくないんだけどな。
「とにかく容疑者は確定した。今後は二人の周辺を中心に捜査を行う。いいな?」
「はぁ、分かったよ」