妄想科学NVL CHAOS;INNOCENCE   作:師走F

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第26話:新たな妄想が裏側で蠢く

 ◆

 

 仕事帰りに、突然俺の電話が鳴り響いた。

 

『御門クン、ちょいお仕事頼まれてくれない?』

「ま、またちびネズミですか?」

 

 この前在庫を捌いたばかりだというのに、またノルマを課されるのかとうんざりした。

 

『いいや?』

 

 電話の向こうで、樋上が口元を歪めるのが見えた気がした。

 

『飴美屋くんからの情報でね。最近僕らのこと嗅ぎまわってる連中がいるみたいなんだよね』

「っ!」

 

 まさか尾上のことか。

 俺は一瞬身構えたが、続く樋上の台詞によってその予想は裏切られる。

 

『黒い外套の長身の男が、最近僕らの活動区域を彷徨いているらしい。ちょっと次のビラ配りに参加してそいつを捕まえてくれない?』

 

 尾上の特徴とは一致せず、ひとまず安堵した。

 

「で、でも俺一人じゃ……」

『安心していいよ。今回は飴美屋くんと、葵ちゃんも参加するからね』

 

 幹部級のギガロマニアックスを二人も投入するのか。

 こいつにとって、その外套の男はそんなに重要なのか。

 

「ちなみにその人に他に特徴とかありますか?」

『ああ、目が目立つくらい青いからすぐ分かると思うよ』

「青い目……」

 

 なんだ。その特徴には覚えがあるような。

 

『とにかく頼んだよ。ビラ配りは次の土曜日だから』

 

 そういって、樋上は電話を切ってしまった。

 

「ったく、いっつも勝手なんだよ。つか次の土曜って明後日だろ」

 

 困ったことにその日は普通に仕事だ。

 派遣社員の非常勤倉庫作業員に土日祝の概念などあるはずない。

 

 かといって、先日、研究室に行くのに仮病を使ったばかりだからこれ以上やると俺の社内評価に響きかねない。

 

「俺がもう一人いれば……」

 

 ギガロマニアックス能力で増やすか。

 いや、さすがに自分自身を増やすとなんかそいつに乗っ取られる的な展開がありそうで怖い。

 

「かくなる上は」

 

 ◆

 

『断る』

 

 家に戻った矢先、電話越しに尾上から返ってきたのは、そんな冷たい返答だった。

 

「そういうなよ。お前が能力で俺に化けて一日仕事してくれるだけでいいからさ。そうしたら、俺がTruthの活動に潜り込んで……」

『……そうしてやりたいが、できないんだ。私は極力、お前達以外の人間とは接触しないようにしている。例え姿を変えるとしても、長時間の活動は無理だ』

 

 確かに前回の容疑者への接触も全部俺にやらせていた。 

 向谷の時も、人前に姿を現したのは本当に最後の最後だけだった。

 

 どうも尾上も意地悪で言っているわけではなく、何かしら事情があるようだ。

 

「じゃあどうすんだよ」

「……」

 

 ノワールが電話している俺に、目をキラキラさせて自分を指差してくる。

 

「さすがにノワールじゃなぁ」

 

 俺が頭を撫でてやると、ノワールは不満そうに「うぅ」と唸った。

 

『替え玉の方はこちらで何とかする。それより気になるのは、その外套男の方だ』

「ギガロマニアックス、なのか?」

『分からない。が、樋上の方は把握しているだろうな』

 

 尾上の読みは俺と同じく、幹部の二人投入は樋上が相当そいつのことを警戒しているからというものらしい。

 

『お前、何か心当たりはないのか?』

「いや、別に特には……」

 

 そういえば、前に駅前の交差点であった男、あいつも青い目をしてたような。

 だが、ただの迷子探しの青年以上の情報がなく、目の色くらいしか共通項もないため、俺は尾上に話さなかった。

 

『とりあえず、十分に警戒しておけ。お前はまだギガロマニアックスに覚醒したことがバレていないんだ』

「ああ」

 

 そう言い残して尾上は電話を切った。

 

「御門、ご飯」

「ああ。すぐ作るから待ってろ」

 

 俺は体を起こし、のろのろと台所に近付いて冷蔵庫の扉を開く。

 だが、中にはもやしの袋が一つしかなく、二人分の晩飯を作るには到底足りない。

 

「樋上が電話してきたせいで、買いに行くの忘れた」

 

 俺はため息を吐いて、すぐに部屋に置いた鞄を手に取って玄関へと向かう。

 

「悪い、ちょっと買い物行ってくる」

「分かった」

 

 俺はノワールに見送られて、家を飛び出した。

 

 ◆

 

 スーパーでもやしと安売りのばら肉を買い物かごに入れて、俺はレジへと向かう。

 

「お」

 

 その途中、俺は野菜コーナーで値引きされているキャベツを見つけた。

 ちょうど最後の一玉だったが、この大きさなら何食分か作れるだろう。

 

 俺がキャベツに手を伸ばしたその時、その手が誰かと重なった。

 

「っ!」

 

 俺がキャベツを奪われまいと、渾身の睨みつけを行った次の瞬間、その表情は崩れ去った。

 

「なんだ、御門じゃないか」

 

 同じように俺を気合で睨みつけてきた葵が、警戒を解いた。

 

「お前、こんなところで何やってんだ?」

「見て分からんのかお使いだ」

 

 葵は自分の買い物かごを掲げて、中に入った野菜やら肉やら魚やらを見せつける。

 

「これでも家では家事担当なんだ。料理以外のな」

 

 ドヤ顔のそのセリフで、こいつの料理の腕はなんとなく察した。

 

「今は母もフルタイムで働いているからな。少しでも負担を減らしてやらないと」

「そっか。お前の親父さん、入院中なんだったな」

 

 事故の原因を発注元の大企業から押し付けられて、世間からのバッシングで自殺未遂。

 その時、入院費やら何やらを工面してくれたのが、樋上なんだったか。

 

「というかお前、もやしと肉だけで生活してるのか?」

 

 葵は俺の買い物かごを指さす。

 

「い、いいだろ。金がないんだ」

「節制の素人だな。二人の弟と妹を養う私を見ろ。栄養バランスと予算を考慮した完璧な采配だ」

 

 そう言って葵は、スマホでこのスーパーの電子広告を見せつける。

 そこにはドローイングツールでマルとかメモとかが書かれており、完璧な効率で買い物をしているのというのがよく分かる。

 

 言われてみれば、俺はスーパーの広告なんて見たこともない。

 なんだかんだ、一人暮らしの頃は出来合いの弁当でもなんとかなってたし、金が足りないなら一食抜くみたいなことも平気でしていたな。

 

「仕方ない。このキャベツは譲ってやる」

「いいのか?お前だって生活が楽なわけじゃないだろ」

「まあ私はTruthの報酬もあるからな」

「……なあ、お前の親はTruthの活動のこと知ってるのか?」

「伝えてない。Truthは影の秘密結社だ。家族にだって正体を知られるわけにはいかない。報酬も樋上さんに工場への出資金の名目で振り込んでもらっている。私がいきなり大金を持ち帰ったりしたら怪しまれるしな」

 

 いつもの調子で厨二語録で答える彼女に、俺はの一抹の不安に駆られる。

 

 こいつも、樋上にいいように利用されているだけじゃないのか。

 

 ちびネズミをバラまいたり、研究所を襲撃させたり、いまだに目的の全容が見えてこないが、樋上が何かよからぬことを企んでいるのは確かだ。

 それは決して、こいつの信じる"世界の真実を暴く"なんて高尚なものじゃない。

 

「どうかしたか?」

「……何でもない。キャベツはありがたくいただいとく」

 

 俺は買い物かごに入れて、二人でレジに向かう。

 

 買い込んだ食材を俺達はそれぞれレジ袋、エコバックに入れてスーパーを出た。

 

「悪いな。荷物を持ってもらって」

「キャベツの礼だ」

 

 俺は葵の分のエコバックを持って大通りを歩いていると、向かいから見覚えのある人物が歩いてくるのが見えた。

 

最部(さいべ)教授」

 

 目立つ巨乳を、今日はクソダサTシャツではなく、ノースリーブのタートルネックセーターに収めた彼女は、俺に気付てスマホから視線を移した。

 

「おお鈴代くんじゃないか」

「ど、どうも。め、珍しいですね。こんな時間に渋谷……」

「ああ。私は元より、この辺りがホームなんだよ」

 

 俺は乳から目を逸らし、葵の方を見る。

 

「この人、大学の教授で、最部真希さん……」

「どうも。私は東京総合科学大学の教授をしている最部だ。よろしく、お嬢さん」

「東京総合科学大学……高偏差値の理大じゃないか。お前、中退する前はそんなところに通ってたのか?」

「おや、君は現役学生ではなかったのかい?」

 

 二人から一斉に疑問を向けられる。

 まずいな。葵はTruth幹部だから俺の個人的なプロフィールも把握していたのか。

 

「えぇっと、まあ……」

「ほう。しかし珍しいな。あの澪が、現役学生でもない、それも卒業できず中退したような生徒に目をかけるとは」

 

 もっともな疑問だと、久野里さんのことを大して知らない俺でも思う。

 

「まあ、昔色々あったというか……」

「じっくり伺いたいところだが、そちらのお嬢さんをあまり待たせるわけにはいかないね」

 

 最部教授は葵の方を見て、ニヤッと笑うと、そのまま俺達の横を通り過ぎた。

 

「今度、研究室に来た時にでも聞かせてくれ」

 

 そう言い残された言葉に、また新しい言い訳を考えないといけなくなった。

 

 ◆

 

 葵を途中まで送った後、すっかり遅くなってしまったが、ようやくアパートの近くまで戻ってきた。

 

「ん?」

 

 そこで、ふと前の方で辺りをキョロキョロしながら歩く怪しい男に目がいった。

 

「あぁ?」

 

 振り返ったそいつと目が合う。

 いきなりメンチを切ってきたそいつは、ヤクザで容疑者の葉堂(はどう)健一(けんいち)だった。

 

 そういえば犯人候補は二人とも自宅がこの辺だっていう話だったな。

 

「ど、どうも……」

 

 俺は苦笑いで返してさっさと去ろうとするが、葉堂は道を塞いで詰め寄ってくる。

 

「テメェ、まさかこんなとこまでつけてきたわけじゃねぇだろうな?」

「ご、誤解ですよ。俺も家がこの辺で……」

 

 というかこの辺りって、ちょうどハッピートリガー#3発目の事件現場の近くだよな。

 犯人は現場に戻る的なやつだったりしないだろうなと、俺は葉堂の荷物を確認する。

 

 見たところ手ぶらで、ポケットの膨らみはおそらく財布だろう。

 少なくとも凶器の注射器は持ち歩いてはいなさそうだ。

 

「この近くだぁ?なら、お前ここ最近、怪しいやつを見なかったか?」

「え、えーっと……」

「なんで俺の顔見てんだよ!」

 

 あんたが一番怪しいだろなんて言ったら、殴られるだけでは済まないだろう。

 

「デカい鞄を持ったやつだ。男でも女でもいい」

「し、知りません……けど、な、何があ、あったんですか?」

「チッ、知らねぇならいい」

 

 葉堂は俺から離れると、悪態をつきながら去っていった。

 

「なんだよあいつ」

 

 俺は葉堂の背中を見送った後、俺は辺りを見渡す。

 この時間は人も少なく、大きなカバンを持ったやつなんて目立ちそうだが、少なくとも俺は見たことはない。

 

「……いや、待てよ」

 

 大きな鞄。

 そういえば、ハッピートリガー#3発目の事件現場でサイコメトリーを使った時、犯人は鞄を持っていたよな。

 それを被害者の近藤赤斗に差し出した後、被害者は中身が空なことに腹を立てて……

 

「犯人から金をもらう約束をしていた。ああいや、犯人からとは限らないよな。約束の人物に成り代わっていた可能性もあるし」

 

 大金をもらう仕事というと、詐欺の受け子とかか。

 半グレグループのやりそうなことだ。

 

 考えてると腹の虫が鳴った。

 

「……とにかく、今は早く帰ってやらないとな。ノワールも飢えてるだろうし」

 

 俺はレジ袋を一瞥して、マンションの方へ駆け出した。

 

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