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葵にバレたものの、ひとまず死なずに済み、俺は無事に家に戻ることができた。
「はぁ……」
「御門?」
俺のため息にノワールが顔を覗き込む。
彼女の頭を撫でてやったところで、尾上から電話がかかってきた。
隠しておくわけにもいかず、俺は今日起きた一連の出来事について尾上に伝えた。
『ひとまずは上出来だ』
「本当に思ってる?」
素直な賛辞に、俺は疑念を向けた。
『本心だ。それとも……御門くんオッケーだよ。偉いねよしよし……とでも言って欲しいのか?』
「え、気持ち悪」
『……』
「やめろって無言が一番怖いんだよ」
あいつ、あんな媚びた声も出せるのかよ。
可愛いとか感じる前に、普段とのギャップで普通に気持ち悪くなった。
「でも、葵にバラされたら俺も終わりなんだけど……」
『そうなると思うか?』
俺は去り際の彼女の姿を思い出す。
『……今は心配しなくていい。青い目のギガロマニアックスは、"妹"を探してるんだったか。それについて他に何か言ってたか?』
「いや、なんかTruthのとこにいるかもしれないとか言ってたくらいで」
そういや妹を探しているとか言う割には、妹の容姿については一言も言及してないんだよな。
「そうだ。なんかまだ接触するなって言われたって」
『つまりそいつに指示を出したやつがいるということか。そいつの方はこちらで調べておく。お前は今まで通り、ネオジェネ事件を、ハッピートリガーを追え』
「分かった」
そう言って尾上は電話を切った。
◆
翌日、点検の終わった倉庫でいつも通り作業に勤しむ。
昨日はノワールを連れてもう一度事件現場を回ってみたが、やはりサイコメトリーでは目ぼしい情報は得られなかった。
「向谷の事件は、身近だったからまだマシだったな」
俺はコンテナの方を向いてため息を吐いた。
やはり事件を解くには、もう少し被害者に接近する必要がある。
「よーしテメェら!休憩時間だ!」
号令を聞いて、俺は今運んでいた荷物をその辺に置いた。
今日もおばちゃんの店で昼飯にしようか。
そんなことを考えて倉庫を出ると、入り口のところに厨二ファッションの女子が待ち構えていた。
「葵……」
彼女は真剣な顔で俺を向き直ると、ドスドスと足音を立てて俺に近付いてきた。
「少し付き合え」
そう言って彼女に連れられたのは、近くのファミレスだった。
俺達は窓際の一番端の席に座る。
日曜日の昼時だからか、周りには学生や家族連れで賑わっている。
人は多いが、雑音も多くて密談にはちょうどいい。
「お前に言われて、一晩考えた」
注文を終えたところで、彼女は口を開いた。
「思い返してみても、Truthの活動は不審な点が多かった。それでお前に言われたちびネズミのこと、私も少し、調べてみてな」
すると、彼女はポケットからかいたいされたちびネズミの残骸、その中に埋まっていた基盤をテーブルに差し出した。
「聞かせてくれ。お前はこの機械がなんなのか知っているんだろ?」
俺は小さく頷いた。
そして、葵にこれまでの経緯、尾上の存在はある程度は暈かしつつも、俺の協力者として彼女に伝えた。
「なるほど、つまり貴様は……」
葵は身を乗り出して、
「悪の秘密結社を打倒すべく、自ら組織に潜り込んだスパイ!というわけだな!」
目を輝かせてそう言った。
「よし。私も貴様に協力してやろう」
「……話したのは俺だけど、いいのか?」
こいつなりに考えた末なのだろうが、こうもあっさり信じられると逆に心配になってくる。
「正直気持ちの整理が完全についたわけではない。樋上さんに感謝している気持ちは消えたわけではない。だが、それで道を踏み外すほど、私も落ちぶれてはいない。ネオジェネ事件解決という大義のため、お前と一緒に裏切り者の泥をかぶってやろうではないか」
強がっているようにも見えたが、そのまっすぐな瞳を俺は信じることにした。
「手始めに、今はハッピートリガーを調査しているんだったな。現時点で掴んでいる情報を話してくれ」
「いいけど、あんま声出すなよ」
俺はスマホにメモした容疑者の情報を見せた。
「今のところ、この二人から犯人を絞るための決め手がなくてな」
「被害者は桐島組と繋がりがあるんだろ?なら葉堂が犯人じゃないのか?」
「いや、そんな単純じゃないだろ。そもそも、三件目の被害者、近藤赤斗は、まだ半グレグループにいたってだけで、桐島組との直接的な繋がりは掴めてないし」
「笹山の方には動機はなさそうだが……妹がいるのか?」
「ああ。笹山
「……
「ほんとか?」
「ああ。去年亡くなった三年の生徒に、そんな名前のやつがいた。原因は暈かされてたが……」
翠明学園の生徒か。
まあ渋谷に住んでるなら別に珍しい話でもないが。
「なあその笹山実について、調べてもらうことってできるか?」
「構わないが、死因が知りたいなら久野里教授とやらに調べてもらった方が早いんじゃないのか?」
「死因もそうだけど、どっちかというと、バックボーンというか。あ、ついでに近藤赤斗の方も頼めるか?」
「まあ分かった。任せておけ。こう見えて、顔は広い方なんだ」
そう言ったところで、俺達が頼んだ料理が運ばれてきた。
俺が頼んだのはこの店で一番安いドリア、葵が頼んだのはミックスグリルだ。
「それじゃあ血生臭い話は一旦終わりにして、晩餐にしようぞ」
「晩餐は夕飯だろ」
俺はツッコミを入れつつ、ドリアをスプーンですくう。
「そういえば、飴美屋は無事なのか?」
「ああ。今は入院中だが、命の別状はないそうだ」
葵はソーセージを頬張りながら、少し安堵したように返してくれた。
「お前、あの時救急車を呼んでくれたんだろ?飴美屋さんはお陰で助かったそうだ」
「……」
俺はドリアをすくう手を止める。
「お前にとっては敵なのにな。やっぱりいい奴だな」
葵の笑顔に、俺は思わず顔をそむけた。
「……例えばさ、道端に人が倒れていたとして、周りにお前以外の人間が誰もいなくて、助けられるのは自分だけだとしたら、お前はどうする?」
「ん?そりゃ、まあ……とりあえず人を呼ぶな。後は救急に連絡して……」
「俺は多分、そのまま通り過ぎるんだよ。他人の人生に関わるなんてコスパが悪い。自分の中で完結してる方が楽だから」
葵は肉を口に入れながら、俺の話を聞いていた。
「けどそのくせ、俺は人から頼られたいとは思ってたんだよ。自分から何もする気はないくせに、だから樋上の誘いにも乗ったんだ」
「……それは、そんなに思い悩むことか?」
そう言って、口直しのフライドポテトを摘まんだ。
「お前の考え方は、それほど卑怯でもないと思うぞ。関わらないのは楽だというのは確かにその通りだ。人から頼られたいというのも普通だ。私もそうだからな」
「……」
「それに、少なくとも今のお前は、道端に倒れた敵のことを、助けようとはしただろ。ならそれでいいではないか。私は、そんなお前のことをいい奴だと思う」
鶏肉の刺さったフォークで指されて、俺は苦笑した。
「ほら早く食え。昼休みが終わるぞ」
「分かってるよ」
俺はつまらない話を終えて、ドリアを食べ始めた。