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朝、太陽が顔を出し始めた頃、
「ふぁ……」
ノワールは御門より早く目を覚ます。
「お腹すいた……」
かわいらしい音を鳴らすお腹を押さえて、隣で眠る御門の体を揺する。
「御門、ごはん」
「ん……」
何度か揺らしたところで、御門が眠い目を擦りながら体を起こす。
「ああ、おはよう……」
「ごはん」
「分かったって。ちょっと待ってろ」
御門は駄々をこねるノワールを宥めて、台所へ向かう。
ここで暮らしてから数ヶ月、ノワールは御門を起こせばごはんがもらえると学習していた。
「うぅ……」
その間に、ノワールは服を着替える。
路上生活をしていた彼女にはこれまで着替えるという習慣はなく、初めは服を着る、脱ぐという動作にも苦労していた。
「ぷはっ」
どうにか自分で脱いだ服を袋に入れて、タンスから自分の服を探す。
「これ着やすい」
ノワールは白いワンピースを取り出してそれに頭から突っ込んで着る。
着替え終わると、洗面台へ向かう。
木製の二段の踏み台によじ登り、手を洗う。
「できたぞ」
御門に呼ばれて、ノワールはすぐに駆け付ける。
今日の朝御飯はカレーパン。
サクサクの生地から湯気が立ち、匂いが食欲をくすぐる。
「これ好き!」
「昨日は売れ残って安くなってたからな。熱いから落ち着いて食べろよ」
「うん。ここは安全だから大丈夫」
ノワールは早速ローテーブルの前に座り、カレーパンを手に取る。
「いただきます」
「いただきます」
御門の真似してから、カレーパンにかじりつく。
「おいしい!」
「よかったな」
ノワールは一口食べるごとに頬を綻ばせ、体を無意識に揺らす。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
御門の真似をして手を合わせると、油のついた指を舐め始めた。
「行儀悪いぞ」
「うぅ……指おいしいのに……」
御門に指摘されて、再び洗面台へ向かう。
ザーッと手を水で流した後、コップに置かれた白色の歯ブラシを手に取った。
「歯磨き粉は食べれない」
そう口にしつつ、歯磨き粉を歯ブラシにつけて口に突っ込む。
「おそうじめんどくさい」
「我慢しろ。虫歯になっても、医者につれてけないんだから」
御門はそういって、自分の分の歯ブラシを取って歯を磨き始めた。
ノワールは御門の方を真剣に見ながら、自分も同じように手を動かす。
やがて歯磨きが終わると、
「御門!スマホみして!」
「分かってるって」
御門はローテーブルを壁に立てて片付けると、自身のスマホを取り出して動画共有サイトを開いた。
「早く早く」
「急かすなよ」
ノワールは胡座をかく御門の上に座り、スマホの画面を覗き込んだ。
再生されたのはゲーム実況の動画だ。
二頭身のキャラクターが、ゴーカートに乗ってレースをするゲームで、機械音声で実況している。
「……」
ノワールは目を輝かせて、映像に見入っていた。
そして朝八時頃、御門は仕事に出かける。
「じゃあ、仕事行ってくるから勝手に出歩くなよ」
「いってら」
御門を見送ると、ノワールは部屋の中で一人遊びに興じる。
手元にあるのはガチャガチャから出てくるミニチュアゲーム機で、路上生活で食べ物を探していた時にごみ袋から拾ったものだ。
ミニチュアながら、ちゃんと遊べるようになっていて、インベーダーゲームを楽しんでいた。
「あっ!」
1時間近く遊んでいたところで撃墜されてゲームオーバーとなった。
「ピコピコ飽きた」
ゲーム機を放り出して、部屋の中を見渡す。
貧乏派遣社員の一人暮らしだった御門の部屋に、子供が遊べるようなものは置いていない。
「うぅ……」
ノワールは玄関の扉を見つめる。
扉には鍵がかけられており、さらに外付けのマグネット錠が取り付けられている。
ノワールの身長では届かない高さだが、ギガロマニアックスであるノワールにとってそんなものないも同じだ。
「うぅ……でも御門、勝手に出ちゃ駄目って行ってた」
ノワールは以前言われたことを思い出す。
────お前のことがバレたら、俺が誘拐犯扱いされるからな
────"ゆうかいはん"ってなに?
────人攫いのこと
────じゃあさらわれてない!平気!
────お前がそう言ったところで、大人は子供の言うことなんて信じないの。特に警察、お前の言うところの青い人はな
────うぅ……青い人、敵?
────少なくとも味方ではないな
「出ていったら御門が青い人に捕まる。でも暇。今は食べ物探さなくていいからやることない。御門は一日三回もごはんくれる」
ノワールが諦めてため息をついていると、インターホンの音が鳴る。
「っ!」
ノワールは低い姿勢で警戒しながら、再び玄関の前に立つ。
「ノワール、私だ」
「世莉架!」
声を上げた途端、閉まっていたはずの鍵はいつの間にか開いていた。
外から入ってきた世莉架が、コンビニ袋をぶら下げてやってきた。
「世莉架、いらっしゃい」
「うん。お邪魔します」
ノワールに笑顔で挨拶すると、世莉架は適当な場所に腰を下ろした。
「世莉架、遊ぼ」
「いいよ。なにして遊ぼっか?」
「えーっと、えーっと、しりとり!」
しばらくの間、二人はしりとりをしていた。
「靴下」
「た、た、た……食べ物!」
「の……のり巻き」
「き……うぅ……黄色くて長くて甘いやつ!」
「黄色くて長くて甘い……もしかしてバナナのこと?」
「それ!世莉架が前に買ってきてくれた」
世莉架はノワールの頭を撫でた。
「しりとりもだいぶ続くようになったね」
「うん。御門がいろいろ教えてくれた」
「そっか……」
「世莉架、御門がいる時変。なんで?」
御門がいる時はいつも厳しい口調だが、ノワールと二人だけの時は砕けた明るい喋り方だった。
「私としたことが、子供に絆されて……」
世莉架が最初にノワールの様子を見に来た時、御門と同じように接していた。
だが、ノワールは食べ物を渡すと無邪気に喜び、彼女に懐いてくるものだから、世莉架は気付くと魅了されていた。
「はぁ……」
世莉架はこれまでのことを思い出して急に恥ずかしくなった。
「ん?」
世莉架のリアクションの意味が分からず、ノワールは首を傾げた。
★
世莉架が帰ってすぐ、入れ替わるように御門が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり!」
御門は抱きつくノワールの頭を撫でて、買ってきた食材などを持って台所に向かう。
「今日尾上が来てたのか」
冷蔵庫の中にある弁当とパンを見て呟く。
「うん。今日の晩ごはんと、明日の朝ごはん」
「太っ腹だな。助かるけど」
食材をしまって、鞄を部屋に下ろす。
「そうだ。今日これを買ってきたんだ」
御門が取り出したのは、赤い半透明のカプセルだ。
「たべもの?」
「違う。これだよ」
中を開くと、ビニールに入ったミニチュアゲーム機が出てきた。
「これ新しいピコピコ?」
「俺がいないとき、暇してると思ってな。お前が持ってるやつと違う種類だから、しばらく遊べるだろ」
「やったー」
「それから、これも」
さらに鞄から大きな袋を取り出した。
中から出てきたのは芋虫のキャラクターが書かれた絵本だった。
「文字の練習になると思ってな。しりとりだけじゃ読めるようにはならないからな」
絵本を受け取ると、ノワールは早速中を開いてみる。
「わー!」
見開きいっぱいに鮮やかな絵が広がり、その光景にノワールは夢中になって眺めていた。
「後で読んでやるからな」
「うん!ありがとう!御門!」
ノワールの笑顔に、御門も自然と笑顔になった。