妄想科学NVL CHAOS;INNOCENCE   作:師走F

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第3話:目覚める妄想と無垢な少女

 ◆

 

 樋上と別れた後、俺は帰路に着き、昨日の事件現場である路地裏の近くを通りかかった。

 

「警察、まだいるじゃん」

 

 まあハッピートリガーだけでも被害者は既に3人、顔面レモンも合わせれば被害者は5人もいるわけで、今だに手がかりもないんじゃ、警察も必死になるだろう。

 

 もう一通りのことは話したし、俺には関係のない世界だとさっさとその場を離れようとする。

 

「っ」

 

 すると、誰かが俺の袖口を引っ張った。

 まさか警察に呼び止められたのかと、恐る恐る振り返るが、後ろには誰もいない。

 

「こっち」

 

 声をかけられて、俺は視線を下に向ける。

 そこには一人の少女が立っていた。

 

 身長は130cmもないくらいの背丈で、色の抜け落ちた長く真っ白い髪、そこから覗くあどけない顔には真っ赤な眼球が二つ。

 

「な、なんだよ」

「……」

 

 ぐぅぅぅぅ

 少女は俺を見つめたまま、盛大に腹の虫を鳴らした。

 

「お腹空いた」

 

 見ると来ている白いワンピースは色あせてボロボロで、髪もなんか変なにおいがする。

 もしかして、こいつは浮浪者なのか。

 

「乞食ならよそでやれ。俺は他人(ひと)におごれるほど余裕はないんだ」

 

 俺は手を振り払って離れるが、すぐに少女は追ってきて俺の袖をつかむ。

 

「やめろ」

 

 今どきは俺みたいなのが子供に声をかけたら、それだけで通報&逮捕だ。

 絡まれているだけとはいえ、周りのやつらがどんな因縁をつけてくるか分かったもんじゃない。

 

「お兄ちゃんのせい」

「は?」

「あたし、見てた。お兄ちゃんが板で青い人を呼んでるところ」

 

 何を言ってるんだ。

 彼女の言ってることの意味を考える。

 

「もしかして、青い人って、警察のことか?」

 

 とすれば板とはスマホのことで、昨日俺が警察に通報したことを言ってるのか。

 

「青い人がいっぱい来て、あたしの寝床と餌場がなくなった。いい場所だったのに……」

 

 彼女は不満そうに頬を膨らませる。

 

「ふかふかの袋がいっぱいあって、たまにご飯も入ってる。夜は人もいなくていい場所だった」

「袋で、ご飯が入って……ひょっとしてゴミ捨て場か?」

 

 確かに事件現場のすぐ近くにゴミ捨て場がある。

 まとめると、こいつはゴミ捨て場で暮らしていたが、警察が押し寄せてきたせいで近寄れなくなり、住む場所を失ったと。

 

「いやしょうがないだろ。殺人があったんだぞ」

「さつじん?うぅ、よく分からないけど、とにかくお兄ちゃんのせい。責任をもって、あたしのご飯と寝床を用意するべき」

「知るか」

 

 これ以上付き合ってたら、本当に通報されかねない。

 こいつは多分、家出かなんかだろうから、さっさと警察に引き渡せばいい。

 

 ちょうどすぐそこに警察もいるし、俺は彼女の手を引いて、警察のところに連れて行こうとする。

 

「っ!」

 

 その時、脳内に無数のイメージが飛び込んできた。

 

「っ……はぁはぁ」

 

 一瞬のことで、俺は自分の見たものが理解できなかった。

 ただ一つ分かったのは、こいつを警察に引き渡してはいけない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 理由は分からないが、なぜだかそんな気がする。

 

「……分かった。とりあえず飯は食わせてやる。お前、名前は?」

「うーんと、なんだっけ?なんか白い人が呼んでた気がする。確か……のーある?」

「ノンアル?」

「うぅ……のあーる?だったかな」

 

 どうも自分の名前をよく覚えていないらしい。

 記憶喪失という感じの反応ではないが、自分の呼び名を名前として認識していないのか。

 

「の……もしかしてノワールとかか?」

「うぅ、わかんないけど、多分それ。ていうかもうそれでいい」

 

 投げやり気味に、彼女の名前が決まった。

 まあ本当の名前など実のところどうでもいい。

 名前がないと呼びにくいから聞いただけだ。

 

「俺は鈴代御門だ」

「うん。御門ね」

 

 子供に呼び捨てにされるのは気に入らないが、指摘するのはカロリーの無駄だ。

 

「じゃあとりあえず、飯食いにいくぞ」

 

 俺はノワールを連れて、繁華街の方へ歩き出した。

 

 ◆

 

 ノワールをどこに連れて行くかだが、この白髪で汚い格好では目立ってしまう。

 かといって服を買い与えてやるほどの余裕は俺にはない

 

 つまりテイクアウト可能な店を選ぶのが最適解だ。

 

 俺は路地裏にノワールを待たせて、ファストフード店を訪れる。

 モバイルオーダーを使い、店員とのやり取りは最小限に抑えて、ハンバーガーの単品を買って店を出る。

 

「おお!」

 

 ノワールは袋から取り出したハンバーガーに目を輝かせる。

 それを豪快にかぶりつくと、さらに嬉しそうに体を左右に揺らす。

 

 口にソースをつけながら、あっという間にハンバーガーを平らげた。

 

「美味しかった。こんなの食べたことない」

「そりゃよかった。じゃあ俺はこれで」

「待って」

 

 またノワールは俺の服の裾を掴んで引き留める。

 

「寝床は?」

「……どっか適当なゴミ捨て場に行けばいいだろ」

「人が多いとこは駄目。すぐに青い人が来る」

 

 こいつはそうまでして家に帰りたくないのか。

 とはいえ、俺もこいつは警察に捕まってはいけないと理解(・・)している。

 

「分かった。少しの間ならうちにかくまってやる」

「うち……御門の寝床?」

「あーうん。それ」

 

 こいつのこの野生児のような言葉遣いはなんなんだ。

 ともかくそうと決まればさっさとこの場を離れた方がいい。

 

 人に見つかれば、俺は誘拐犯だ。

 

 俺が路地裏からノワールを連れ出したその時、運悪く巡回中の警官と目があった。

 

 警官は俺の様子を不審に思ったのか、すぐに目を伏せて立ち去ろうとする俺の後を追い、肩に手を置いた。

 

「君、少しいいかな?」

「……はい。な、なんですか?」

「実はこの辺で事件があってね。君はここで何を?」

「ひ、昼飯、です……」

 

 すると、警官は俺と手を繋ぐノワールの姿を見つける。

 

「その子は君の妹さんか何か?」

「いや、こいつはその……」

「うぅ……」

 

 ノワールは警官の顔を見て、俺の陰に隠れる。

 

「とにかく、詳しく話を聞きたいからこっちへ、まずは名前と職業を────あっ!」

 

 警官が一瞬目を離した隙に、俺達は走る。

 

「待ちなさい!」

 

 警官も慌てて俺を追う。

 当然訓練された警官と、お荷物を抱えた俺では結果は見えており、あっさりと確保されてしまう。

 

「痛っ!」

「大人しくしろ!」

 

 くそっ、逆の方から路地裏を出ていれば警官と出くわさずに済んだのに。

 

「っ!」

 

 そう考えたその時、俺は気付くとノワールと一緒に路地裏を歩いていた。

 周りには警官はいない。

 まるで先程までの出来事こそが俺の妄想であったかのように。

 

「今のは……」

 

 体には確かに痛みが残っている。

 とすれば、俺の力が発動した。本当にあの男、樋上の言う通り、俺に特別な力があるのか。

 

「……そっか。御門もギガロマニアックスなんだね」

 

 すると、ノワールはなぜか納得したように微笑んだ。

 

「ぎがろ……なんて?」

「ギガロマニアックス。意味は分からないけど、白い人があたしや、御門みたいな人のことをそう呼んでたのを覚えている」

 

 能力者の総称みたいなものか。

 ともあれ、こいつがそれを知っているということは、こいつを警察に渡しちゃいけないという俺の妄想にも、真実味が出てきた。

 

「……さっさと帰るぞ。見つからないようにな」

「うん」

 

 ◆

 

 俺は自宅のアパートまで無事にノワールを連れ帰ることに成功した。

 

 幸い、18歳になってからはこのオンボロアパートに一人暮らしなので、子供を拾ってきたところで親にバレる心配はない。

 

 ノワールを家の中に入れると、ちょうど入れ替わるように隣の家の住人が帰ってきた。

 

「あら、御門くん、今日は随分早いのね」

 

 長い黒髪に黒を基調としたシックなワンピース、清楚な雰囲気を漂うお隣のお姉さん、紅夏(くれなつ)冬見(ふゆみ)さんである。

 

「冬見さん、どうも。今日はその、えっと、仕事は休みなんで」

「ああそうだったの。ん?」

 

 冬見さんの鼻がピクッと動く。

 

「ちょっと臭うわよ。ちゃんとお風呂入ってる?」

「へ?あ、いや……」

 

 俺は慌てて自分の臭いを嗅ぐ。

 さっきまでノワールと一緒だったせいで、臭いが移ったらしい。

 

「駄目よ。いくら生活が苦しくてもお風呂は毎日入らないと。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」

「は、はい」

 

 女の人に面と向かって体臭を指摘されるは地味にショックだった。

 とはいえ、冬見さんはこういう時でも、引いたりせずにまっすぐ向き合ってくれるのでそこはありがたかった。

 

「どうしても大変だったら言ってね。たまになら、おかず持って行ってあげるから」

「あ、ありがとうございます」

 

 ありがたい申し出だったが、今は体臭と、その原因(ノワール)を一刻も早くどうにかしたかった。

 俺は辞儀して、急いで家の中に引っ込んだ。

 

「とりあえず風呂入れ」

「うぅ……」

 

 ノワールは最初は嫌がったが、追い出すぞと言うと、しぶしぶ風呂場へと行った。

 その間に、彼女の服は俺の分とまとめてコインランドリーへと持っていく。

 

 一人で風呂に入れるかやや不安だったが、いくら子供でも、さすがに女と一緒に風呂に入るわけにもいかない。

 

 俺がコインランドリーから戻る頃に、ノワールは風呂から上がっていた。

 

 どうやら体の洗い方は分かっていたようで、こびりついた嫌な臭いはすっかりなくなっていた。

 

「俺も風呂に入るから、お前はもう寝てろ」

「はーい」

 

 俺はやっと一息つけると、服を脱いで浴室に入る。

 

「げっ……」

 

 その瞬間、俺は彼女を一人で風呂に入れたことを後悔した。

 床に散らばった髪はまだいい。

 

 問題は泥のような色の液体で満たされた浴槽、空のシャンプー、ボディーソープ。泡だらけの壁や天井。

 

「無駄、無駄、無駄……」

 

 俺はその場で座り込んで項垂れる。

 

 俺の省エネ生活が、たった一日で台無しになった。

 

 

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