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火曜日、今日は休みだったので俺は葵からの連絡を受けて彼女の通う翠明学園の前に来ていた。
下校時刻の今は、校門から多数の生徒が道路へ流れていく。
俺は彼らの中から葵の姿を探していたところ、こちらに歩いてくる二人の人物がいた。
「君、少しいいかな?」
一人は初老の男性、もう一人はガタイのいい中年のジャージ姿の男性だった。
「うちの生徒に何か用かな?」
「あ、いや、えっと……人を待ってて……」
二人の男性教員は俺に疑念の目を向ける。
このままでは通報されかねないと思ったその時、こちらに葵が走ってくるのが見えた。
「おーい御門!」
彼女は息を切らしながら、俺と教員の間に割ってはいった。
「す、すみません先生。私が呼び出したんです」
「佐藤さんが?」
教員の疑いはまだ晴れない。
この中二病拗らせた小鳥遊葵こと、本名佐藤葵は、仮にも現役女子高生だ。
それがこんな冴えない青年と何か関わりを持ってるというのは、教員からすれば心配にもなるだろう。
「どういう関係?」
「それはその……えっと……」
目を泳がせて、こちらを見る。
「あ、そ、ソルバト友達です」
「お、そ、そうだ。我らは、あ、いや私達はソルバトを嗜む仲で……」
教師の前だからなのか、中二キャラを崩して弁明する。
「ソルバトって?」
「ほら、前に佐藤さんが学校に持ってきていたカードゲームの」
初老の男性に、ガタイのいい教員が耳打ちする。
「まあ、ほどほどにね。後佐藤さん。学校にあんまりああいうの持ってきては駄目ですからね。盗られても、責任持てませんから」
「はーい」
どうにか教員二人は学校に戻ってくれた。
「危なかったな」
「次は待ち合わせ場所変えてくれよ」
俺達は近くのファミレスに移動した。
それほど腹も減っていなかったので、俺達はフライドポテトとドリンクバー(葵の驕り)だけを頼んで居座ることにした。
「笹山実だが、亡くなる半年くらい前からよからぬグループとつるんでいたらしいな」
「良からぬグループ?」
「近藤赤斗が所属していた半グレグループだ。グループ内で薬物を使用していたことも確認が取れた」
「やっぱり……」
だとすれば、笹山にも動機はある。
薬物乱用者とその所属グループに笹山の妹に繋がりがあったなら、笹山が妹のことで復讐を企てたというのはあり得る話だ。
「しかし解せんな。お前の話では二人ともに記憶の蓋?とやらがあったんだろ?だとしたら、どちらも被害者に対して何かしらやましいところがあったということになる」
「そうなんだよな。別に笹山と葉堂には接点もなさそうだし、共犯ってわけじゃないんだろうけど」
「本人に詳しく聞けないか?」
「本人って容疑者にか?いやさすがにな……」
葉堂はなんだかんだ話はできたが、笹山はご近所挨拶をした一度きり。そこでいきなり見知らぬ女子を連れていくのは無謀だろう。
「いやそっちではなく」
葵は首を振る。
「お前の協力者の方だ」
葵に俺は尾上の顔を思い浮かべる。
「あいつも、なんか俺以外のやつとは会いたがらないというか、俺とすら極力電話で済まそうとしてくるし。というか連絡先知らないから俺から連絡することもできないんだよ」
「なら電話でも構わん。実際に蓋を見たのはお前の仲間の能力者なんだろ?」
まあ今後仲間として活動していくなら、多少お互いを知っておくのも無駄ではないだろう。
「分かった。じゃあ今度尾上から連絡があったら聞いてみるよ」
◆
その後、家に戻ると、
『……分かった。明日の午後7時、お前の家に連れてこい』
尾上からの電話で、葵のことを話してみると、思いの外、あっさりと承諾がもらえた。
「いいのか?前に俺達以外の人間とは接触しないようにしてるって」
『正直なことを言えば私も理由が分からない』
「分からないって……」
電話の奥で、尾上が溜め息をついた。
『この際だ。話してやる』
★
私はある時、渋谷にいた。この姿でな。
私は自分の身に何が起きたのか分からなかった。
だが、自己認識はハッキリしてきた。
私は、尾上世莉架とは何者なのか、その意味を、数刻前の自分よりも認知していた。
とりあえず、私は一度家に戻ろうとした。
だが、自宅のマンションに着くとあることに気付いた。
表札が私の物ではなくなっていた。
異常に気付いた私は自分の所持品を確認した。
私が持っていたのはスマホと財布、中身は数万円の現金とクレジットカードだけ。
スマホは確かに自分のものだが、未契約状態で使えなかった。
おそらくクレジットカードも同じだったんだろう。
途方に暮れた私の元に、繋がらないはずの私のスマホに一通の電話がきた。
『あーよかった。やっと繋がったよ』
聞こえてきたのは、やけに安心した様子の、軽薄そうな男の声だった。
『あ、もしもーし。聞こえてる?』
「お前は誰だ?」
『そんな警戒しなくても。僕は君とは無関係な人物だから』
「……用件は?」
『君の身に起きた異常、もう気付いているよね』
「……この姿の話か?それとも私の記憶のことか?」
『そうそう記憶。君にとっては家よりもスマホよりも姿形よりも大事な"彼"の記憶』
私の苛立ちが電話越しでも伝わったのだろう。
男は急に真面目なトーンで話し始めた。
『君に異常を引き起こしたもの、それが君のいる渋谷にある』
「それはなんだ?」
『ノア、かつてそちらの渋谷に大災害を引き起こした兵器、ノアⅡの後継機。正式名称は不明だけど、それが元凶だ』
男の突拍子もない発言に、私は耳を疑った。
『君にそのノアを手に入れて欲しい。そうすれば、君はノアの力を好きに使うといい。例えば、君が望む"彼"への救済とかね』
「……何が狙いだ。そんなことをさせて、お前に何の得がある?」
『得はないけど、ノアを放置して暴走させ続けるのは僕らにとっても害でしかない。だから君がノアを使ってくれればいい。そうすれば、そいつは全てのリソースを使い果たして消滅するはずだ』
男の真意は分からなかった。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「分かった。貴様の話に乗ってやる」
『それでいい。ただ、君の存在はそちらではエラーそのものだ。今からスマホとクレカは使えるようにしてあげるけど、くれぐれも表立って活動したり、君の存在が記録に残るようなことを避けてくれ』
「どういうことだ?」
『君の立ち回り次第で世界が崩壊するかもしれないって話だよ。じゃあ任せたよ。エル・プサイ・コングルゥ』
奇妙な挨拶を言い残して、電話は切れた。
◆
『それから私は渋谷で活動するTruthの情報を掴み、セミナーに潜入した。私はやつらの情報を探る傍ら、協力者を探していた。ギガロマニアックスの素質があり、Truthの思想に染まっていない人物をな』
「それが俺か」
尾上の存在がエラーそのもの。
意味は分からないが、尾上は表立って活動できない代わりに、手足になって動く協力者を探していたわけか。
『本来はお前と直接接触する予定はなかった。電話でも別の人物の声を借りることで、私の存在を極力隠した。だが、お前が飴美屋に殺されたことで動かざる得なくなった』
「は?いや、ちょっと待て!」
尾上と出会ったあの日、確かに俺は飴美屋に殺されかけた。
だが現にこうして生きている。
『覚えてないかもしれないが、お前は一度、飴美屋に殺されている。おそらく死の直前に無意識に能力を発動して、世界線を移動している』
「いや、そんなわけ……」
否定しかけたが覚えがある。
過去に何度も俺の頭にフラッシュバックした朧気な記憶。
まるで俺の過ちを正すように、選択を促すようなあの現象は、未来の失敗した俺の記憶だ。
『それを観測した私は、お前だけでは対処できないと判断し、お前の前に現れた』
「そうか……ありがとう」
『私の目的のためだ』
彼女はそう冷たく言い切る。
「あのさ、お前の目的ってなんなんだ?さっきの話で出たきた"彼"ってやつは────」
『お前には関係ない』
触れられないのだろう。
俺を突き放すように言葉を遮った彼女は、どこか悲しそうだった。