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夕方、俺は久野里さんに呼び出されて、渋谷にある喫茶店を訪れていた。
「なんか、首が痛いような」
寝違えたのとは違う痛み、まるで刃物で切られたような痛みがずっと首に残った感覚がある。
……なんでだ?
俺は理解できない痛みを無視して店内へ入る。
「遅いぞ。何をしていた?」
「す、すみません」
不機嫌そうに叱責する彼女の姿に、俺は急いでその向かいに座った。
「こんなとこに喫茶店があったんですね」
シックな色合いの壁に、落ち着いた色の間接照明、壁には本棚がいくつもあり、漫画やラノベから、小説まで幅広いジャンルが揃っており、自由に読めるようになっている。
「……どうぞ」
そしてそんな店の雰囲気にそぐわない店員の格好に、俺は思わず魅入ってしまった。
髪は紫色のポニーテール。
SFアニメに出てきそうな丈の短いボディスーツ、胸の辺りは中央が大きく開いており、線の細い体のかすかな膨らみを惜しげもなく見せつけている。
多分バイトの学生だろうと思われるその店員は、俺の視線を特に気にすることもなくカウンターへ戻っていった。
「あれって確か、ブラチュー、ブラッドチューンとかいう昔のアニメのコスプレですよね。ここってコンカフェか何かですか?」
「普通の喫茶店だ。最近リニューアルオープンしたと聞いたからここにした」
リニューアルオープンって、前はどんな店だったんだ。
「昔、ここの店員をやっていたやつが、店を閉めるというから引き継いだそうだ。まあそれはともかく、今日わざわざ渋谷に来たのはこれを見せるためだ」
そう言って、久野里さんは鞄からノートパソコンを取り出した。
画面に映っていたのは、何かの図と3Dのグラフだった。
「これって、渋谷の地図ですか?」
「そうだ。この図が渋谷全体に点在する、G.Eレートが上昇しているスポット、このグラフは日付と場所におけるG.Eレートの上昇率を現している」
そう説明されても、俺にはこのグラフの意味を読み解くことができない。
「なら、ダイバージェンスメーターを開いてみろ」
俺はスマホでアプリを立ち上げる。
現在の世界戦変動率はおそらく『1.046966』だが、下一桁が乱れて読み取りにくい。
「ちびネズミ、持ってきたんですか」
「いいや。そもそも私はお前から受け取ってすぐに、知り合いの情報系の専門家に引き取ってもらった」
「え?」
ダイバージェンスメーターの乱れが酷いし、明らかに近くでG.Eレートの上昇が起きている。
「ここ数日、渋谷全土でG.Eレートの上昇が起きているんだ。今はまだこの程度だが、今後はもしかすると、そのアプリも役に立たなくなるかもな」
「えー……」
ダイバージェンスメーター自体は、半分くらいGEレート検出装置みたいな使い方をしていたから、別に構わないが、渋谷全土でGEレートの上昇が起きているというのは問題だろう。
「その、場合によっては暴動とか起きたり?」
「十分にあり得る」
久野里さんの言葉を聞いて、俺はため息を吐いた。
こうなったら、手分けして無理やりにでもちびネズミを回収した方がいいんじゃないのか。
「まあ聞け。いいニュースもある」
久野里さんは再びパソコンの画面を指差す。
「このG.Eレートの分布から分かるだろう。ノアの居場所は渋谷の中でもこの辺りだ」
久野里さんが指で円を描くようにした辺り。
神泉町、南平台町、道玄坂、そして……
「円山町……うちの近所じゃないですか」
笹山や向谷が強めの影響を受けていたことを考えると、まあ納得のいく話ではある。
場所が絞り込めたのは朗報だが、ここから虱潰しに探していくのも骨が折れる話だ。
「まあノアの捜索は継続してやる。お前は今、顔面レモンの調査をしているんだったか?」
「ああはい」
俺は白井から聞いた話を彼女に伝えた。
「太田太志か。確かに、一度容疑者リストに名前が挙がっていたな」
「そうなんですか?」
「動機があるからな。事件当日のアリバイもない。ただ結局、見送りになったな」
「証拠が見つからなかったからですか?」
「それもあるが、一番は、そもそも体格で劣る太田が、運動部に所属する被害者二名を正面から殺害することが不可能だと判断された。ま、そもそも遺体の状態からして、とても人間業ではないがな」
俺は改めて、葵から見せてもらった写真を思い浮かべた。
「やっぱり、犯人はギガロマニアックスなんじゃ」
「なら、確かめてみればいいんじゃないのか?」
「確かめるって?」
久野里さんは俺にその方法を伝えてくれた。
◆
数日後、俺は再び葵とファミレスで落ち合った。
「
「だろうな」
白井も「直樹にいじられていた」と言っていたが、まあその程度ではなかったわけだ。
それもバイオリズムの上昇もあるとはいえ、殺害に走らせるほどに。
「まあ筆記具を隠されたり、暴行を受けたり、逆恨みではなく正当な恨みだな。だからといって殺人が許されるわけではないが」
葵はジュースをストローで吸う。
「そうだ。念のため白井からちびネズミは回収しておいたぞ」
彼女は指にストラップをひっかけてくるくると回している。
「まあ、あの様子だと強行に走らないとも限らないしな」
彼女も流行っていたからつけたと言っただけだし、これで彼女が万が一にでも事件を起こすことはなくなっただろう。
「お、もうすぐ来る頃だぞ」
俺は離れた席に座る尾上にアイコンタクトを取る。
その時、翠明学園の制服を着た人人物が店に入ってきた。
俺より背は低く、体は横に広い。その少年は、おどおどと周囲を見渡しながらやってきた。
「さ、佐藤さん、どうも」
「こっちに来い」
葵に促されて、彼は葵の隣に座る。
「ど、どうも。
「す、鈴代御門です」
相手はかなり動揺しているが、初対面の人間が得意ではないのはこちらも同じだった。
「そ、それで、探偵が僕にどのような用件で?」
もうその設定継続していくんだな。
なんか葵は満足そうに頷いているので、俺もその設定に乗るしかない。
「じ、じつは、太田さんの学校で起きている事件。ちまたでは顔面レモンとかって呼ばれてる」
「っ!!そ、それは!」
明らかに動揺している。
これなら仮に"蓋"があっても外すのは簡単じゃないのか。
俺はそのまま本題に踏み込むことにした。
「で、では……事件当日。まずは顔面レモン#1品目。高橋さんが殺された日、あなたはどこで何をされていたのか、詳しくお聞かせ願えますか?」
「ど、どこでって。図書室で、一人でラノベを読んでいて」
「タイトルは?」
「某の魔法の全知の書」
「え、あれって今も学校にあんの?」
もう10年以上前に大人気だったタイトルが出てきたので、俺は全然関係ないのに食いついてしまった。
「し、失礼しました。ちなみに何巻を読んでいましたか?」
「創約3巻です」
「そ、そうやく?」
「知らんのか御門。今は旧約、新約が終わって、創約が出ているのだ」
「え、あれまだ完結してなかったの?」
「ちなみにシーンもちゃんと言えます。あれは東真と理が共闘して敵の魔神と戦うのですが」
「え、あいつ味方になんの!?」
まずい。
このままだとラノベの話をしに来た変なお兄さんになってしまう。
もうさっさと本命の話をしてしまおう。
「ところで太田さん。これは見えますか?」
俺はリアルブートしていないディソードを出した。
「!?」
普通の人間には見えないはずのそれに、確実に認識した。
「ひっ!」
太田は大慌てで椅子から飛び退き、去っていく。
「あ、あいつ!」
葵はすぐに後を追う。
俺も彼女についていこうとするが、
「追わなくていい」
隠れていた尾上が出てきて、俺を引き留めた。
「いや、でも……」
「太田太志が犯人で間違いない。お前ほどではないが、やつはかなり脆い。あの程度で思考盗撮が通るとはな。事件の真相までしっかり見えた。明日にでも奴をおびき出して、事件について吐かせるぞ」
「ああ」
なんか思ったより早く片付きすぎて拍子抜けしたな。
まあこれ以上被害が出ないならそれに越したことはないが。
「気を抜くなよ。奴が覚醒したギガロマニアックスなら、油断すればお前が第三の被害者になりかねない」
「うっ、それはやだな……」
葵の見せた写真を思い出して、俺は吐き気を催した。
◆
翌日、仕事中にも関わらず電話がかかってきた。
あまりにしつこいので、俺は仕方なくトイレに行くふりをして電話に出ることにした。
「もしもし。葵、今俺は……」
『御門!大変だ!緊急事態だ!』
電話口で大声で捲し立てる彼女の様子に、俺は気を引き締めた。
「何があったんだ?」
『殺されたんだ』
嫌な予感がした。
『太田を探して漫研の部室に行ったら、顔面がめり込んだ死体があって……まだ遺体の身元は分からないが、体型から多分、太田だ』
「いやちょっと待て!」
俺は思わず声を上げた。
「顔面レモンの犯人は太田のはずだ!尾上の思考盗撮であいつの犯行だってことは」
『私にも分からない。だが、お前も遺体を見れば分かるはずだ』
直後、葵からメッセージが着た。
「!!」
顔面は潰れて判別できない。
だが背格好や体型、それらは間違いなく太田太志のものだった。