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数日後、俺は久野里さんのところを訪れていた。
「事件の捜査資料だ。くれぐれも持ち出すなよ」
久野里さんが印刷した資料を机に置いた。
「うげ……」
写真に写った死体を見て、俺は顔をしかめつつ、試料の中身に目を通す。
第一の事件、俗称「だいしゅきホール#1晩目」、発生日は7月4日。
第一発見者は被害者の母親。
午後11時頃、遊んでいた子供がトイレに行くと言ってその場を離れた。
30分以上経っても戻ってこないので、公園内を探しつけた。
そして2時間後、最初に探したトイレの個室がまだ閉まっていることに気付いて、再度個室の中へ声をかけたところ鍵がひとりでに開く。
そして透明なガラスの向こうに、下半身が血塗れとなった遺体が発見された。
「ちなみに、遺体を詳しく調べたが、遺体の男性器からは女性器の分泌液のようなものが検出されている。加えて、被害者の掌に血痕がほとんど残っていないことから、ギガロマニアックス能力で被害者を操って自殺させたという線はない」
分泌液って要するにあれじゃん。よく真顔で言えるな。
俺はコーヒーを飲みながら解説してくれた久野里さんを見る。
まあ、警察の捜査に協力するような人が、今更そんなことで恥ずかしがってもいられないのだろう。
俺は改めて資料に視線を落とす。
第二の事件、俗称「だいしゅきホール#2晩目」。
第一発見者は俺達を含むTruth信者、その他通行人を含む合計数十名ほど。
こちらも日中に個室の鍵がひとりでに開いたことで遺体が発見される。
「ん……あの、久野里さん」
「なんだ?」
「第一の事件と第二の事件、死亡推定時刻と遺体発見の時刻が随分違いますけど」
第一の事件は死亡推定時刻からおよそ二時間~三時間程度開きがある。
一方第二の事件は、死亡推定時刻と遺体発見の時刻にほとんど差異がない。
「私も気になっていた。鍵が開いたのはおそらく犯人だろうが、時間をずらす意味がない」
「ですよね」
他に第一の事件と第二の事件の相違点として、血痕の付き方に特徴があった。
第一の事件は壁一面に広がるように血痕が付着しているのに対し、俺が遭遇した第二の事件は被害者の下半身以外には、壁に数滴ほどの付着していただけだった。
「ちなみに容疑者とか……」
「情報はない。遺体から検出された分泌液に関して、周辺にいた目撃者にDNA鑑定を行ったが、一致する人物はいなかった」
「となると、現場付近にいた人間は犯人足り得ないってことですよね……せめてなんか他に事件現場で見つかった物証とかないですか?」
「ないな。あったとしても流石に私は持ち出せない」
場所が駄目なら、犯人の持ち物とか手に入ればサイコメトリーで正体が分かるかと思ったのだが。
まあ彼女もここまで言うということは、久野里さんも警察も手詰まりなんだろう。
「久野里さん的に怪しい人とか……」
「静かに」
突然、久野里さんに遮られて俺は口を噤む。
彼女の視線の先、入り口の方に目を向けた途端、扉は勢いよく開け放たれた。
「澪!いるかい?」
現れたのは最部教授だった。
いつものごとく爆乳を揺らしながらこちらへ歩いてくる。
「おや、君もいたのかい?中退した大学の研究室に頻繁に顔を出すとは、君もずいぶん澪と仲がいいんだねぇ」
「ははは、まあ……」
俺が目を反らした先の久野里さんは黙ったままだ
無理のある設定を否定せずに話を合わせてくれるつもりらしい。
「最部教授、要件は?」
「用がないと来てはいけないのかい?」
「見ての通り取り込み中だ。後にしてくれ」
「ほぅ」
最部教授はテーブルを覗き込む。
いつの間にか捜査資料は片付けられており、代わりに転職支援サイトの画面が映し出されたパソコンが置かれていた。
「こいつが正規雇用になれないと私に泣きついてくるんだ。お守りは一人が限界だ」
「それは失礼した」
最部教授はため息をついて、俺の方を見る。
「よかったら私の研究所の伝を紹介しよう。澪が目をかけるほどなら、うちでも働き口があるかもしれないよ?」
「あ、ありがとうございます……」
「それじゃあね」
そう言って最部教授は研究室を後にした。
「……行ったか」
「あの、久野里さんは最部教授とは仲がよくないんですか?」
最初に会った時、少なくとも最部教授の方はずいぶんと親しげに話しかけていたので、てっきり友人関係なのだと思っていた。
だが今回の彼女の対応は、たとえ俺の事情を隠す目的にしても、冷たすぎる気がした。
「あの女は信用できない。ことあるごとに私に探りを入れてきている」
「そうなんですか?」
「お前も、あの女の胸ばかり見ていないで、行動を観察したらどうだ?」
「み、見てませんって……」
久野里さんに見透かされているのが恥ずかしくなり、俺は会話もそこそこに研究室を後にした。
◆
渋谷に帰る道中、俺は秋葉原に立ち寄った。
なんとなく模型店に立ち寄り、フィギュアコーナーを見て見るが、当然俺にはこんな高価なもの買う余裕はない。
冷やかしにショーケースに展示されたフィギュアを眺めつつ、俺はふとダイバージェンスメーターを開いてみた。
「やっぱり、渋谷の外だと正常みたいだな」
アプリ内に表示された数値は、ちらつきもなく正しい値を示していた。
「ん?」
現在の世界戦変動率は『1.276495』を示していた。
「こんな数字だったか?」
俺はメモアプリを立ち上げて、メモしておいた最後に見た世界戦変動率を確認する。
「一致してる……気のせいか」
俺はスマホをしまい、店を出る。
駅へ向かって歩いていると、広場の方に何やら人だかりができているのが目に入った。
「げっ……」
視線の先にいるのは、数名のビラ配りをする団体だ。
「真実を知りましょう!」
「この世界の嘘を、我々と暴きましょう」
Truthの信者達、今日は幹部は誰もいないようだが、渋谷の外でも活動していたとは。
知り合いの可能性もあるので、俺は顔を隠しながら急いで通りすぎようとする。
「ん?」
ふと、信者のポケットからはみ出ているものが目に入った。
ぶら下がっているのは、首が捻れたネズミのマスコット、ちびネズミのラバストだ。
別にTruth信者が持っていても不思議ではないが、彼ら全員が、持ち物にラバストをつけているのが気になった。
加えて俺が参加した時は誰も足を止めなかったにも関わらず、今日は足を止める人間が多い。
俺は通行人の振りをして彼らに近付き、スマホでダイバージェンスメーターを確認する。
先ほどまでちらつきのなかった数字が、微かに動いていた。
「興味をお持ちならこちらを────」
「結構です!」
信者に見つかり、俺は走ってその場を後にする。
「にしてもさっきの……」
彼らの周辺でGEレートが上昇していた。
ちびネズミの周辺でGEレートが上昇するのは今さら驚くことではないが、問題はその周囲に人が集まっていることだ。
GEレートの高い場所には人が集まる。
渋谷に多くの人が集まるのも、世界でもGEレートが高い場所だかららしい。
彼らが意図してか、あるいは樋上の指示なのか、ちびネズミを身につけることでビラ配りの効果を高めているのは間違いない。
「やっぱり樋上の……でも、今まであんなことしてなかったよな」
ちびネズミを売れと言われたことは何度かあれど、それを身につけてビラを配れなんて言われたことはない。
これはつまり、樋上はちびネズミの効果に最近気付いて利用しようとしたということか。
────樋上さんも知らねぇんじゃねぇの?そのストラップ、よその業者が作ってるし
以前ロロが言っていたことを思い出す。
ちびネズミの制作に樋上は関与しておらず、別の組織か団体から押し付けられている。
「確か、ロロは眼鏡をかけた乳のでかい女って……」
俺の頭に一人の人物の顔が浮かび上がる。
「久野里さんも気を付けろって言ってたし……尾上にも後で共有しとくか」
俺はそんなことを考えながら改札をくぐり抜け、ちょうど着た電車に飛び乗った。