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俺は葵たちと別れて家に戻ると、部屋に入って早々にノワールが抱き着いてきた。
「おぉ、どうした?」
「うぅ……」
ノワールは唸りながら、顔をうずめてくる。
ノワールの頭を撫でていると、隣から何やらガサガサと音が聞こえてくる。
「あの音に怖がってたのか」
「なんか、さっきからずっとする……」
「隣って、冬見さんだよな」
ノワールを置いて、俺は部屋の外へ出る。
すぐ隣の部屋の前に立ち、インターホンを鳴らした。
「す、すみませーん」
ほんの数秒後、慌ただしい音がして勢いよく扉が開いた。
「み、御門くん、どうしたの?」
「ああ、いや、その……すごく大きな音がしたので気になって」
「ご、ごめんなさい。うるさかった?」
「いえ、そういうわけじゃなくて、少し心配になって……」
よく見ると、指先が汚れている。
「じ、実はちょっと探し物をしていて、大事なものなんだけど見つからないの」
「大変ですね。ちなみにどんなものか、聞いてもいいですか?」
「え!?それは、その……」
冬見さんは目を逸らす。
「す、すみません。その、プライベートに立ち入るような真似して……」
「い、いいのよ。そんな顔しないで。私ももう少し音立てないするから。それじゃあ私は急ぐから、また今度ね」
そう言って、冬見さんは気まずそうに扉を閉じた。
◆
家に戻ると縮こまっていたノワールを抱き締めた。
「もう怖くないからな」
「うぅ……」
その時、ちょうど非通知からの着信があった。
『御門、報告がある。すぐに家を出ろ』
「なんだよ急に……」
『いいから早くしろ。ノワールも連れてこい』
切羽詰まった尾上の言葉に押されて、俺はノワールを連れて家の外に出る。
『誰にも後をつけられるな。必要なら能力も惜しむな』
「分かったよ。どこに行けばいいんだ?」
尾上に指示されて向かった場所は、以前久野里さんと落ち合った喫茶店だった。
シックな色合いの店内、今日は時間帯もあって客は俺達以外にはいないようで、静かで落ち着いた雰囲気が醸し出されている。
「おおー」
ノワールは初めて見るコスプレ店員に興味津々のようだ。
バイトの店員は涼しい顔で、ボディラインの強調されるブラチューのキャラのコスプレをしてメニューを手渡す。
相変わらず、店の雰囲気に似合わないコスプレ少女からメニューを受け取り、ノワールに読み方を教える。
カランッ
鐘の音に振り向くと、尾上もちょうど店に入ってきた。
「待たせたな」
尾上は俺たちの向かい側に腰を下ろす。
「それはいいけど、なんでまたここに?」
「安心しろ。今日は奢ってやる。お前の家だと色々都合が悪かったからな」
俺たちはそれぞれ飲み物を注文する。
店員が離れたところで尾上は話し始めた。
「あの女の家にガサ入れをした」
「何か見つけたんだよな?」
尾上は頷いた。
冬見さんが必死に家捜ししていたのは、尾上が事件の証拠になる品を見つけて持ち去ったからだと予想はしていた。
「例の小瓶は見つからなかった。おそらくもう処分したんだろうな。代わりにこれを回収してきた」
尾上が取り出したのはビニールの小袋に入った毛だった。
「なんだよそれ」
「お前の髪の毛だ」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
目の前にある数本の毛の束、しかも自分の毛だ。そんなものを後生大事に取っているということが信じられなかった。
「念のため、家にある分のちびネズミは回収してきたが、もう手遅れだろうな」
「いやいや、さらっと流すなよ。どういうことか説明しろよ」
「……あの女はお前のストーカーだ。だから外に連れてきたんだ。盗聴器が仕掛けられてるかもしれなかったからな」
尾上に明言されても、まだ受け止めきれない。
「いや、自分で言いたくないけど、俺みたいな冴えない男に、冬見さんみたいな美人がストーカーする理由なんてないだろ」
「知るか。趣味なんて人それぞれだろう。それよりも、今考えるべきは、紅夏冬見の目的だ。お前のストーカーということが分かっても、それは事件と関係がない」
「まあ、そうだよな……」
となると、実質的に事件に繋がる証拠は見つからなかったということか。
「他になんかなかった?」
「教育系の学部出身だったようだな。教員免許も取得していたようだが、今は普通の会社員をしている」
「教職にはついていない。もしくは過去に就いていたけど退いているってことか」
やがて飲み物が運ばれてきて、一旦俺たちは会話を中断する。
「シュワシュワおいしい!」
ノワールが初めて飲むメロンソーダにご満悦のようだ。
「御門も飲む?」
「いや、いいよ。自分のあるし」
「じゃあ交換」
そう言ってノワールが自分のメロンソーダを差し出したので、俺も自分のミックジュースを渡した。
「黄色いのもおいしい」
するとノワールは向かいに座る世莉架の方を見上げる。
「世莉架もどーぞ」
そう言って満面の笑みでメロンソーダを渡す彼女に、尾上の能面も剥がれて苦笑した。
「じゃあもらおっかな」
砕けた口調で互いに飲み物を交換した。
「お前って、もしかしてそっちが素だったりする?」
「……話を戻すぞ。お前、あの女から食べ物以外に何か受け取っていないか?」
「引っ越してきた頃に、消耗品をいくらか……そういえば、しばらくは冬見さんのおかげで生活できてるみたいな状態だったな」
俺のその発言に、尾上は白い目を向ける。
「仕方ないだろ。一人暮らしなんて始めててで勝手もよく分かんなかったんだから。い、今はほら、ノワールも養えてるし」
「養えてはいないだろ」
「や、養えてるって。なぁ?」
俺はとっさにノワールに同意を求めた。
ノワールは意味があまり分かっていないのか、少し首を傾げて、
「御門、ご飯と寝床くれた」
とだけ答えてくれた。
「ほらな」
「水準が低いだけだろう。まあいい。消耗品なら、少なくともそこに盗聴器を仕込んであった可能性は低いか……」
尾上はしばらく考え込む。
「お前、あの女から、直近でも世話を焼かれそうになったか?」
「え、ああ。まあ……」
何度かご飯を毎日作ってあげようかかなどと言われたことは確かにある。
「なるほど。お前に好意を持った理由だが、そのあたりかもしれないな」
「どういうことだ?」
「ダメ男を好きになるタイプの典型だ。好きな相手にとことんまで尽くしたい。その人は自分がいないと駄目だ。そのために、むしろ堕落して欲しい。そう考える人種なんだろう」
面と向かってダメ男と言われると腹が立つが、確かに俺みたいなやつに好意を持つとしたら、そういうことしか考えられないだろう。
「子供扱いして甘やかすのも、堕落させるためのプロセスなのかもな」
「ダメ男製造機じゃん……ん?」
俺は彼女の言った"子供扱い"という言葉に引っかかりを覚えた。
「そういやさ、被害者のその、陰茎には、分泌液が付着していたんだよな。それって、その……」
「ヤッたんだろう」
まあそういうことなんだろう。
その事実が、俺の中で繋がった。
「その……もしかて、だけど。動機が分かったかもしれない」
「なに?」
「今日葵が言ってたんだけどさ」
俺は葵から聞いた黒魔術の書の話を尾上に伝えた。
若返りの秘薬と、その作り方、そして俺がそれを摂取させられたかもしれないことだ。
「なるほど、それなら筋は通るな。体調に変化はないか?」
「いや、今のとこはなんとも」
「お前でなくノワールの話だ」
「俺の心配もしろよ」
そう言いつつも、人肉と血液のブレンド調味料を食わされた幼児の方が心配なのは事実だ。
「その……なんか、おかしなとこないか?お腹痛いとか、身長縮んだとか」
「ん、大丈夫」
ノワールがケロッとした顔でそう答えたので、一旦その言葉を信じることにする。
まああのカレーを食わされたのは大分前出し、何か異常があればとっくに出ているだろう。
そのことに尾上も安心したようで、密かに胸を撫でおろしていた。
「後は密室の謎解きだな」
「ああ。実は今日、良々も呼んで色々考えてみたけど、結局トリックは分からなくて」
「まあ焦る必要はない。それより、今日はここ泊っていけ」
「え、ここって二十四時間営業なの?」
「深夜料金がかかるがな」
漫画は置いてあるが、別に漫喫というわけでもないだろうに。
コスプレ店員といい、一体どういうコンセプトの店なんだろうか。
「ちゃんと頼まないと追い返されるぞ」
「お、驕ってくれるんだよな?」
俺は深夜料金に怯えつつも、夕食を注文してその店で朝まで過ごすことにした。