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「っ!」
突然の息苦しさに、俺は目眩がした。
「おい、大丈夫か?」
目の前には、困惑する尾上と、俺の顔を心配そうに覗き込むノワールの姿があった。
「あれ、俺は……」
そこは代々木公園の入り口だった。
「これから家に戻って、証拠品の回収をするんだろう?」
「ああ。そうだったな……」
なぜだか喉が痛い。
この感覚は多分、未来の俺から送られたものだろう。このまま家に帰るのは不味い気がする。
「うぅ……御門、大丈夫?」
ノワールは幼いながらも何かを察しているのだろう。
俺はその頭をそっと撫でてやる。
「とりあえず帰るぞ。尾上も後でな」
「ああ。お前も気を付けろよ」
尾上と別れて、俺達は代々木公園を後にした。
◆
家に帰ると、俺は念のためディソードをリアルブートせずに取り出して、警戒しながらゆっくりとドアを開ける。
「……誰も、いないよな?」
家の中に人の気配はない。
カフェで寝泊まりしたのでシャワーくらい浴びたかったが、一刻も早くここを離れろと、未来の俺の記憶が叫んでいる。
「ノワール、準備できたか?」
「うん。きがえた」
俺はノワールに帽子を被せて周囲を確認する。
「よし、じゃあ行くか」
俺がドアノブに手をかけたその時、
ピーンポーン
インターホンの音に俺は身震いした。
「うぅ……」
「ノワール、ここで待ってろ」
俺はゆっくりと玄関へ近付く。
音を立てないように、恐る恐るドアスコープを覗き込むと、
「っ!」
目があった。
血走った目でこちらを覗き込む“彼女“の姿に、俺は思わず身を引いて、尻餅をついてしまう。
「みーつけた」
その瞬間、視界は暗転する。
気付くと、俺は別の部屋に飛ばされていた。
間取りは自宅と同じワンルーム、清潔に整えられた部屋の中に、規則正しく配置された女物の家具。
この光景には見覚えがある。
「なーんでばれちゃったのかな」
振り向いたところには、冬見さんが口元だけを不気味に歪めて佇んでいた。
彼女の右手には、蛇腹状に咬み合わさった無数の茶色い板のような刃が特徴的なディソードが握られている。
「くっ……」
俺は迷うことなく、ディソードを出現させて斬りかかる。
彼女は一瞬、驚いたような顔をしたものの、すぐに対応して俺のディソードは彼女のディソードで受けられ、逆に蛇腹状の刃にからめ捕られてしまう。
「嬉しいわ。御門くんも私と同じだったのねぇ」
「……冬見さん、なんで……」
「でも、おいたは良くないわよ?」
優しい口調のまま、剣を横に凪ぐ。
俺はディソードごと体を引っ張られて床に叩きつけられる。
「ふふっ、そうそう、そこで大人しくしていたら、何もしないから、ね?」
冬見さんは倒れ伏した俺を見つめて、穏やかな表情で語りかける。
「どうして、こんなこと……」
「どうしてって言われても、御門くんが全然私を頼ってくれないから。引っ越してきた時からあんなに優しくしてるのに。おまけにどこぞから女まで連れてきて、さすがにショックだったわよ?」
「……そもそも、お、俺に目を付けた、り、理由が分からないんですけど」
「え?だって……」
冬見さんは不思議そうな顔で首を傾げる。
「御門くんって、生活力なさそうで、頭も悪そうで、体力も学なくて、収入も低くて、恋愛経験とか微塵もなさそうで、一生結婚も恋人もできなさそうで、おまけに自分を優秀だと思ってそうな救いようのないくらいお馬鹿なところがどうしようもなく可愛いから」
さも当然のように言い放たれて俺は絶句した。
「だからお姉さんが飼ってあげようと思ったのに。どうして童貞の癖に私に靡かないのかなー」
生まれて初めての女性からの告白がこんな最低なものになるとは。これなら一生経験しない方がマシだった。
「で────」
彼女は俺の顔のすぐ横にディソードを振り下ろす。
「あの女、誰?」
「……」
俺が言い淀むと、再びディソードを振り下ろす。
「早く答えてくれないかなー」
「いや、別にただの協力者というか……」
「ふーん、そっかー」
彼女がディソードを振り上げる。
その瞬間、俺の脳裏に、
「まずいっ!」
俺はすぐさま対抗しようとした。
その時、
「っ!」
不意に彼女の妄想は停止する。
次の瞬間、飛び込んできた瓦礫の散弾に、冬見さんは押し潰された。
「念のため、後をつけておいてよかったな」
部屋に入ってきたのはディソードを肩にかつだ尾上だった。
「お前、なんでここに……」
「お前の様子がおかしかったからな。大方、未来のお前から情報を受信したのだろう」
相変わらず察しのいいやつだが、そのお陰で助かった。
「ていうか、冬見さん、大丈夫なのか」
「自分の心配をした方がいいぞ?」
俺は尾上の視線の先、部屋の外の方を向く。
冬見さんは砂ぼこり一つつけずに、平然とした様子でそこに立っていた。
「全く……後をつけるだなんて、ストーカーなんじゃないの?」
「お前が言うな。それと訂正しておく」
尾上はディソードで俺を指す。
「この男はただの協力者だ。こんな冴えない、頭の悪い、おまけに騙されやすい馬鹿に興味はない」
「そこまで言うかよ」
「それに……」
尾上はスッーと息を吐く。
「私には、たった一人の大切な人がいる。下世話な妄想は不愉快だ」
そう言い放った彼女に、冬見さんは小さくため息をついた。
「ふーん、それならあなたは関係ないから、私たちの邪魔しないで欲しいんだけど」
「そういうわけにはいかないな。このままお前の罪を吐いてもらうぞ」
尾上はディソードの剣先を向ける。
「お前、もしかして密室トリックが分かったのか?」
「ああ、こいつは今、ボロを出した」
「ボロ?なんのこと?」
「お前がネオジェネ事件、だいしゅきホールの犯人だということだ」
尾上はディソードを冬見さんに向けてまま、目線を俺に移す。
「御門、まずこいつの能力はなんだ?」
「冬見さんの能力……」
以前の顔面レモンの犯人のように、冬見さんも、尾上の言うところの不完全なギガロマニアックスなら限られた能力しか使えない。
だとすればその能力。
冬見さんが俺に見せた力は、俺を自分の部屋に転送させること……
「瞬間移動……」
「そうだ。そして一つ目の事件はその瞬間移動能力で個室に侵入、脱出をした」
「けど、それだと密室から出られないんじゃ……」
「思い出せ。一つ目の事件と二つ目の事件との差はなんだ?」
一つ目の事件と差異。
それは被害者がなくなってから遺体発見まで二時間以上の差があったこと。
そして第一発見者は、被害者の母親。
────周囲共通認識を作れるなら、別に相手がお前のことを認識している必要はない
「……そうか。個室の外から呼び掛けた母親を使って、リアルブートした」
尾上は頷く。
「おそらく当初、自分の能力の発動条件に気付いていなかったんだろう。出られなくて途方に暮れたこいつは、二時間以上個室の中に立てこもった。そこへたまたま、息子を探していた母親の声を聞き、彼女を利用して、周囲共通認識を作ることに成功した」
冬見さんは平然とした顔でこちらを見つめつつも、爪先で床を叩いて明らかに苛立った様子を見せている。
「そして第二の事件、今度は目撃者の中に複数のギガロマニアックスがいた。にもかかわらず、こいつのことに誰も気づかなかった。そこで第一事件との、もう一つの差異が重要になる」
俺は自分の見た遺体のあった個室を思い出す。
「……血がほとんど飛び散っていない」
第一の事件では、内側から血がベットリとついていたことは、久野里さんの資料で確認している。
だが、第二の事件ではそれはなかった。
「冬見さんは別の場所で被害者を殺した後、能力で遺体を個室の中に転移させた。でも、それなら返り血は……」
あの時、冬見さんが俺たちの前に現れた直後、個室の鍵が開いて遺体が発見された。
冬見さんの仕業なら、殺害してからそう時間も経たないうちに俺たちの前に姿を現したことになる。
「その時の服装を思い出せ」
「確かあの時は……黒のロングワンピ……もしかして、服の中に!?」
スカートの中に隠すようにしながら、男児のあれを潰したなら、返り血はスカートの内側にしか付かない。
黒だから外からは目立たない。
もちろん調べればすぐばれるだろうが、冬見さんは混乱に乗じて瞬間移動能力で現場から逃げた。だから警察からの取り調べも受けていない。
「さっきから何を言ってるの?私が殺人なんて、私は御門くんが欲しいだけなのに、そんなことするわけないじゃない」
「動機ならある。お前は、何度か御門に料理を差し入れているな」
「えぇ。御門くん。料理も下手そうで、ちゃんとしたもの食べてないだろうから心配で心配で……」
「その中に異物、より具体的には被害者の遺体の一部、潰された陰茎の破片をな」
「はぁ?そんなことして、なんの意味があるの?」
「そうだな。そこに置いてある、黒魔術の本でも見れば────」
「っ!」
直後、冬見さんの姿は消失し、次の瞬間、本棚の前に移動していた。そして、
「あぁぁぁっ!」
彼女はディソードを振り回して、本棚ごと中に収まった本を切り刻んだ。
「はぁはぁ……」
「ご苦労なことだな。証拠品ならまだこちらにあるというのに」
尾上の視線は、俺の鞄に移される。
「お前の渡した人肉入りの肉じゃがだ。鑑識に掛ければ、DNAですぐに分かる」
「っ!」
冬見さんは再びディソードを振り上げたが、尾上の方が一歩早かった。
「防壁は崩れたな」
ディソードの尖端が光る。
冬見さんの目から一瞬光が消え、立ち尽くす。
「あは……アハハハハハハハッ!」
そして高らかに笑い始めた。
「そうだよぉ。私が殺した」
「けど、なんで……」
「だってぇ。御門くんって、何にもできないところは可愛いけど、他は全然可愛くないんだもん。だから小さくなってくれれば、私の可愛い御門くんが"完成"するでしょ?」
俺たちは言葉も出なかった。
「まあでも、それももう終わり……もう殺すしか、ないよねっ!」
冬見さんが再び動く。
一歩踏み込んだ瞬間に彼女の姿は消え、尾上の背後に回り込む。
「尾上っ!」
冬見さんがディソードを振り抜く。
蛇腹状の刃がうねり、蛇のように巻き付いた────冬見さんの体に。
「終わりだ」
尾上が額をディソードで小突くと、冬見さんの意識は失われ、そのまま床に倒れ伏した。
「警察には私が通報しておく。事情聴取も多少覚悟しておけ」
「ああ。助かったよ」
これで前の時と同じく、冬見さんは警察に自供する。
事件は終わったのだ。
◆
翌日、逮捕された冬見さんのことで、警察やマスコミが押し寄せてきた。
部屋の様子を考えれば、隣人のところに来るのは当然だ。
「しばらく隠れとけよ」
「うぅ……」
ノワールは押し入れの中に隠し、俺らそいつらに対応した。
もちろん真実を話すことはできないので、適当にそれらしいことを言うだけになるが。
そんな忙しい日々も過ぎ去った後、尾上からそれは知らされた。
「はぁはぁ……」
俺は慌てて現場へと向かう。
息を切らせ、全速力で走ってたどり着いたのは代々木公園だった。
そこに
「ふ、冬見さん……?」
個室の壁に頭をめり込ませ、透明なガラスの中に赤色が滲んでいた。