妄想科学NVL CHAOS;INNOCENCE   作:師走F

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第48話:軽薄痴女の義理人情

 ◆

 

 その後、俺はノワールを連れて外へ出た。

 目的地は当然代々木公園、つまり冬見さん殺害の事件現場である。

 

 本当ならノワールを連れて出歩きたくなかったが、前回のこともあって、俺はできる限り彼女と行動することにしたのだ。

 

「暑い……」

「帽子は脱ぐなよ?日差しが当たると余計暑いからな?熱中症対策だ」

「うぅ……"ねっちゅうしょう"ってなに?」

「暑すぎて倒れること」

 

 日差しがなくても、目立つ白髪を少しでも隠さなければならない以上、帽子を脱がせるわけにはいかない。

 

 俺は渋谷の人混みの中、はぐれないようにノワールの手をしっかり握って歩き続ける。

 なるべく自然体で、怪しまれないように無用に視線を泳がせたりせずに。

 

「っ!」

 

 首筋にヒヤリとした感触がした。

 

 俺は咄嗟にノワールを庇うようにし、ディソードを構えようとする。

 

「そんなにぃ、警戒ぃ?しないでよぉ~」

「あ、あんたは……」

 

 赤い布を胸のまわりに巻いただけのようなデザインのトップス、ショートデニムといった扇情的な格好をしたその女は、ペットボトル飲料を片手に俺に笑顔を向けていた。

 

飴美屋(あめみや)甘女(かんな)……さん」

「久しぶりぃ」

「……退院、したんですね」

「おかげ様でぇ」

 

 飴美屋は手を振って、親しげに話してくるが、警戒を緩めるわけにはいかない。

 

 ────あたしぃ、嘘つきはだぁいきらい

 

 こいつは以前、俺の世界線移動にも気付いていた。

 こうして話しかけてきたのも、俺のことを探りにきたのかもしれない。

 

「ところでぇ、その子はぁ?」

 

 飴美屋の視線がノワールへと向けられる。

 

 ノワールは怯えたように俺に隠れるが、顔を少しだけ出して飴美屋を必死に威嚇している。

 

「お、俺が、その……預かってる子というか……」

「ふぅん……」

 

 飴美屋は特に興味もなさそうに、視線をあちこちへ向ける。

 

「とりあえずぅ、場所をぉ、変えないぃ?」

 

 俺の不審な行動のせいか、あるいはこいつの容姿のせいか、人の目が集まってきた。

 

「うぅ……」

「分かった」

「じゃぁ、行こっかぁ」

 

 不安そうなノワールを宥めて、俺は飴美屋に着いていくことにした。

 

 ◆

 

 彼女に連れられてやってきたのは、繁華街のビルだった。

 

「こっちだよぉ」

 

 彼女はその入り口の脇、地下へと続く階段を指差して歩き始める。

 

 俺にしがみつくノワールの体を擦りながら、恐る恐る階段を降りていく。

 薄暗い階段を抜けてたどり着いたのは豪奢な空間だった。

 

 反射するほどに磨き上げられた天井には、煌びやかなシャンデリアがいくつも吊り上げられており、黒を基調とした店内を彩っている。

 

 広い店内には、十分な間隔でテーブルが配置されており、閉塞感を与えないような作りになっている。

 

 彼女は適当な場所へ俺を案内すると、これまた高そうなソファの上に俺たちを座らせた。

 

「あ、あの……ここは一体……」

「あたしのぉ、お店?」

 

 見たところ会員制の高級クラブかなにかか。

 Truth幹部が経営しているということは、TruthのVIPメンバーとかが通うような場所なのか。

 

「何か飲むぅ?お酒はぁ、いけるぅ?」

「いや、俺、こんなとこで飲み食いできる金とかないんで……」

「大丈夫ぅ、だよぉ?今はぁ、開店前だからぁ、あたしのぉ、奢りぃ」

 

 彼女はメニュー表を俺たちに差し出した。

 

「御門、なんて読むの?」

「わからん」

 

 いや、読み方は分かるが、カタカナの長い名前の酒がずらっと並んでいるだけで、なんのことかさっぱり分からなかった。

 

「少なくとも、お酒だから、お前は飲めないぞ」

「うぅ……」

「ソフトドリンクはぁ、こっちぃ」

 

 飴美屋はページを捲って、端の方を指差してくれた。

 

「サイダー、オレンジジュース、パインジュース、ジンジャーエール、グレープフルーツジュースか……」

 

 どうやらカクテルに使うジュースを、ソフトドリンクとしても提供してくれているらしい。

 

「オレンジ!」

「ああ、じゃあ俺もそれで」

 

 ノワールと同じものを頼むと、飴美屋は奥に引っ込んだ。

 

 ほどなくして、二人分のオレンジジュースと、自分の分と思われる泡の立った透明な何か(多分カタカナの名前の長い酒)のグラスを持って戻ってきた。

 

「お待たせぇ」

 

 飴美屋さんは俺の向かい側に座り、ジュースを手渡すと、

 

「かんぱぁい」

 

 グラスを持ち上げて、こちらに傾ける。

 

「か、乾杯……」

 

 とりあえずその場に倣ってグラスを鳴らす。

 

「……」

 

 飲んだら金を請求されるのではないかと思うと怖くて飲めなかったが、ノワールの方は躊躇なく口にしたので、俺も仕方なく一口飲んだ。

 

「あ、うまい……」

 

 高いだけあって、ただのオレンジジュースでもコンビニや自販機で買うようなものよりも数段美味しかった。

 

「じゃぁ、本題にぃ、入ろっかぁ?」

 

 背筋が強張る。

 

「……俺を、その、ここに呼んだのは?」

「この前のぉ、お礼ぃ?」

「この前?」

「ほらぁ、ネロぉ、だっけ?あの黒い人にぃ、殺されそうになった時ぃ、救急車、呼んでくれたでしょぉ?」

 

 ネロと交戦した時、やつの能力で葵と同士討ちさせられた。

 確かに救急車を呼んだおかげで助かったのかもしれないが、それだけで感謝されるのはどうにも怪しい。

 

「べ、別に、一応、俺も、Truthのメンバーのはしくれと言いますか……か、仮に全然関係なくても、救急車くらいは呼ぶでしょ。現に応急処置とかしてないわけですし」 

「えぇ?でもぉ、君ってぇ、あたしたちのぉ、敵、でしょ?」

「!?」

 

 驚いて自分のグラスを倒してしまった。

 

「あー!」

 

 ノワールがテーブルに溢れたオレンジジュースを飲もうとするが、俺はそれを慌てて止める。

 

「ふふっ、代わりのぉ、入れてくるねぇ」

 

 飴美屋は席を立つ。

 

「うぅ……飲むー」

「駄目だって。ほら、飴美屋さん……あのお姉さんが代わりの持ってきてくれるから」

 

 ノワールを宥めている間に、飴美屋はオレンジジュースの入ったグラスを二つ、持ってきてくれた。

 

「はぁい、どぉぞぉ」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺はジュースを受け取る。

 

「ふふっ、別にぃ、警戒しなくてもぉ、いいよぉ?だってぇ、今すぐ君をぉ、食べちゃおうなんてぇ、考えてないからぁ」

 

 取って食うつもりはないと言いたかったんだろうが、この人が言うと違う意味に聞こえる。

 

「少なくともぉ、借りを返すまではぁ、ね?」

「か、借りを返すって、じ、じゃあこれ飲み終わったら、その瞬間殺される……とか」

「あははははー」

 

 飴美屋は抑揚のない笑い声を上げる。

 

「命の恩人をぉ、ジュース一杯でぇ、殺したりぃ、しないよぉ?今日はぁ、その事をぉ、伝えたかった?みたいな?」

「はぁ……」

 

 その言葉が本当なら安心だが、鵜呑みにするわけにもいくまい。

 というか、何でバレた。

 

「葵ちゃんはぁ、嘘吐くのぉ、下手?だからぁ。隠し事してるのぉ、バレバレぇ」

 

 そういえば、ちょくちょく飴美屋のところに見舞いに行ってるって言ってたな。

 俺と葵が親しげだったから、そこで探りを入れていたのか。

 

「予想?はついてるよぉ?君はぁ、能力でぇ、過去改変がぁ、できる?でしょ?」

「……そ、そこまで分かって、て、Truthのか、幹部として、俺を始末しようとか、か、考えないんですか?」

「うーん。でもあたしぃ、嘘つきはぁ、きらいぃ?だけどぉ、義理人情ぉ?は通すぅ?みたいなぁ。それにぃ、葵ちゃんがぁ、気に入ってるぅ?てことはぁ、悪い子じゃないぃ?かも?」

 

 てっきり裏切り者は絶対に許さないみたいなスタンスかと思っていたが、義理は通すだとか、無条件に樋上を心酔しているというわけでもないのか。

 

「それよりぃ、だいしゅきホール?の犯人?が殺されたやつ、知ってるぅ?」

「ああ、まあ……」

「もしかしてぇ、その事件もぉ、追ってたりぃ?」

 

 俺がネオジェネ事件を調査してることも知ってるのか。

 でもネオジェネはTruthとは特に関係がないはずなのに、どうしてこの女が気にするんだ。

 

「なんか……事件のこと、知ってたりするんですか?」

 

 俺の問いに対して、いつものようにへらへらした笑いを浮かべながら、視線を漂わせ、首を傾げる。

 

「やめた方がぁ、いい?かも?」

「は?」

「多分君だとぉ、犯人にぃ、勝てない?かも」

「え?そ、そ、そそれって、は、犯人を知ってるんですか!?」

 

 俺は思わず身を乗り出して問い詰める。

 

「知ってるってぇ言うかぁ、心当たり?みたいなのがぁ、ある?かも?」

「いや、は、はっきりしてくださいよ……」

「だってぇ、あれってぇ、ギガロマニアックスのぉ、能力をぉ、逆用?してるからぁ」

「能力を逆用?」

 

 俺は事件現場を思い出す。

 冬見さんは個室の壁にめり込むような形で殺されていた。

 

 それはまるで瞬間移動に失敗したように……

 

「ま、まさか……相手の能力を暴発させた?」

「そうぅ、それってぇ、私たち(ギガロマニアックス)のぉ、天敵?でしょ?」

 

 そう言われると、確かに、相手のギガロマニアックス能力を操れるなんて、そんな相手と戦うべきではないという意見は一理ある。

 

 そもそも、ネオジェネ事件の解決は、ノアを手に入れるための必須条件ではないのだ。

 

 尾上自身、ノアが見つかっているなら事件の捜査はしていないと言っている。

 

「ち、ちなみに……そ、その……"ノア"って単語に聞き覚えは?」

「ノアぁ……方舟?」

「……知らないならいいです」

 

 やっぱりTruthとは無関係なのか。

 そういえば、ちびネズミの出所もTruthじゃないってロロが言ってたな。

 

「フランス語でぇ"黒"?ヘブライ語でぇ"休息"?」

 

 飴美屋はまだ単語の意味を考えている。

 ジュースも飲み終わったし、請求される前にそろそろお暇しようと、俺はノワールを連れて立ち上がる。

 

「うぅ……まだ欲しいぃ」

「いや、そんな図々しい……」

「あぁ、思い出したぁ」

「え?」

 

 飴美屋は俺の方を向く。

 

「ノアって名前のぉ、兵器?ちびネズミを持ってきてるぅ、女の人がぁ、探してるってぇ、言ってた」

「ちびネズミを持ってきてる女……」

 

 ────眼鏡をかけた乳のでかい女だ。そいつがたまにうちにデカい段ボール箱を持ってくるんだよ

 

 ロロの言葉を思い出す。

 

 ちびネズミはノアの中継器のはず、それを"探してる"ってどういうことだ?

 

「参考にぃ、なったぁ?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「ふふふ、じゃあぁ、ノワールちゃん?おやついるぅ?」

「いる!」

 

 ノワールが餌付けされてしまい、その日は1時間以上、分不相応なクラブに居座ってしまった。

 

 

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