◆
家に帰ると、ノワールは何か小さい物体を両手に持って、真剣に指を動かしていた。
「あっ」
電子音が聞こえて、ノワールが項垂れた。
俺が何をしているのかと覗き込むと、どうやらガチャガチャから出るようなミニゲーム機で遊んでいたらしい。
「御門、おかえり」
「ああただいま。それ、どこで拾ってきたんだ?」
「音の大きいお店の裏に捨ててあった」
「あーゲーセンな」
撤去された筐体の余りものとかだろう。
「御門のそれなに?食べ物?」
ノワールは俺の抱えたダンボール箱を指さす。
「違う。これは……まあ仕事道具だよ」
俺はダンボール箱を開けて、ラバストを一つ一つ確認する。
ラバストは全部で六種類あり、それぞれ異なるキャラが描かれたものが30個ずつあるようだ。
「にしても、グロイな」
ちびネズミは本体はどれも可愛らしいが、ラバストは彼ら(彼女ら?)が首を捻じられたり、十字架で張り付けにされたりなど、多種多様な殺され方をしている。
表情のコミカルさや、絵柄のポップさで誤魔化しているが、どっかの団体が見れば大騒ぎしそうな商品だ。
なんでこんなものが流行ってるんだという疑問を持ったが、それを考えるのは時間の無駄。
今考えるべきなのは、この在庫をどうやって片付けるかだ。
「まあ、流行ってるなら、適当にフリマとかで売ればいいだろ」
俺はとりあえず一種類ずつの六個セットで、1500円で売りに出した。
帰りにゲーセンで確認したこの手のラバストは、一つ300~400円程度だった。
なら、中古品として一つ250円くらいで売るのが妥当だろう。
「御門、今日のご飯は?」
「ああ。昼飯まだったよな。ちょっと待ってろ」
俺は押し入れから、黒いキャップを取り出してノワールに被せた。
「俺の中学の時につかってたやつだから、サイズは合うだろ」
帽子のツバの下からノワールはきょとんした顔を向けた。
「出かけるんだよ。昼飯食べにな」
◆
ノワールを連れてやってきたのは、職場近くにあるおばちゃんの食堂だった。
「あら、いらっしゃい……ってどうしたのその子?」
おばちゃんは俺と手を繋ぐノワールの姿を見て、驚いたような顔を見せた。
「ああ、こいつは、親戚の子で、まあ、ちょっとの間、預かることになって」
「へぇ、あんたみたいなろくでなしのとこに預けるなんて、親御さんも薄情ね」
なんて言い草だ。
文句を言いたいが、揉め事を起こして目立つのは避けたい。
俺は大人しく店の角の、一番目立たないカウンター席にノワールを座らせ、俺がその隣に座ることで他の客から見えないようにする。
本当はノワールを連れ歩くようなリスクは負いたくないが、今まで以上に生活費を節約しなければいけない以上、最もコスパのいい選択を取る必要がある。
それに、この店に連れてくることで、おばちゃんにノワールの顔を覚えてもらうという目的もあった。
万が一、こいつ絡みでトラブルが起こった時、おばちゃんがノワールを気に入ってくれれば、助けてくれるかもしれない。
「じゃあ、いつもの激安定食2つ」
「コラ、あんたその子にメニュー選ばせてあげな」
おばちゃんは俺の注文を却下して、最初に来て以来一度も見たことのなかったメニュー表を手渡した。
「いや、でも俺、金が……」
「子供には好きなもん食わしてやんな。それに、あんたが来るときゃいっつも値段分以上米食ってくんだから、たまには売り上げに貢献しな」
それを言われては言い返せない。
こんなことで出禁になるの方がコスパが悪いので、俺は大人しくノワールにメニューを選ばせる。
ノワールはしばらくメニューをじっと見つめる。
そして、
「うぅ、よくわかんないから、御門と同じのにする」
なぜか不機嫌そうにメニューを置いた。
その選択に、俺は心の中で安堵した。
「はいよ。激安定食2つね」
おばちゃんは少し残念そうにしながらも、今度は快く注文を受け入れた。
程なくして二人分の定食が運ばれてきた。
「いただきま────っておい!」
手づかみで肉を取ろうとしたノワールを慌てて制止した。
「ん?」
「んじゃない。箸使え」
ノワールはまだ意味が分からないのか、首を傾げて俺の顔と定食を交互に見ている。
「お前、まさか箸の使い方も知らないのか?」
「ハシ?」
想定外のことに頭を抱えながら、俺はノワールに割り箸を手渡し、手本を見せる。
「こうやって割って使うんだよ」
「こう?」
ノワールが割った箸は途中で折れてしまったが、彼女の手のサイズではむしろちょうどいいだろう。
「それでこう持って、親指を添えて」
「うぅ、難しい……手で食べちゃダメ?」
「駄目だ」
俺が箸の持ち方の指導に四苦八苦していると、見かねたおばちゃんが声をかけてくれた。
「こいつを使いな」
ノワールに渡したのは、子供が箸の練習に使う用の持ち手のついた箸だった。
「おぉー」
それを指にはめて、開いたり閉じたりして、ノワールは感嘆の声を上げた。
その様子を横目に、おばちゃんが俺に耳打ちしてくる。
「あんた、その子もしかして、ちょっと訳ありな子かい?」
「え?いや、その……」
「隠さなくてもいいよ。あの子、お箸の使い方どころか、お箸がなんなのかも分かってなかっただろ?さっきのメニューだって、もしかして文字も読めないんじゃないのかい?」
「え、よく分からないってそういう……」
俺は改めてノワールの様子を見る。
彼女は拙い箸遣いで、とても楽しそうにご飯を食べている。
「実は、俺もよくわかってないんだけど、ちょっと匿わないといけないみたいで」
「……まあ深くは聞かないよ。なんか困ったことがあったらうちに来な」
そう言っておばちゃんは下手なウィンクをした。
◆
家に帰った後、ノワールは満足したという様子で昼寝をした。
俺は彼女の可愛らしい寝顔を見ながら、出品した商品が売れたかどうかフリマアプリを開いて確認した。
「全然売れてないじゃん……」
出品した30セットはまだ一つも売れていない。
それどころか、いいねもほとんどない。
「流行ってるんじゃないのかよ」
俺はスマホで、ちびネズミについて少し調べてみる。
すると、どうも制作会社不明ということで、一部のマニアの間で考察されているだけらしく、売り上げとしては可もなく不可もなく、なんなら不可の方が若干あるくらいらしい。
「まあ、不良在庫が出るくらいだし、そりゃそうだよな」
値段を下げれば売れるかもしれないが、あまり安くしすぎると梱包とかの代金で赤字になってしまう。
SNSで宣伝を行うという手もあるが、俺のアカウントでやったところで焼け石に水だろう。
俺がさらにちびネズミについて調べていると、一つ気になる情報を見つけた。
『ちびネズミのモチーフの一つに、ニュージェネが含まれているらしい』
それは個人のサイトで、ちびネズミに関する考察がなされていた。
なんでも、ちびネズミの「惨殺シリーズ」は、過去のニュージェネ事件をモチーフにしているのではないかという意見だ。
言われてみれば、ここにあるラバストもニュージェネの殺害方法を思わせるようなものになっている。
張り付けはそのまま張り付け、首を捻じるのは確か回転DEADとかいう事件が"ニュージェネの再来"にあったはずだ。
「……待てよ。これを利用すれば」
俺はある作戦を思いつき、ラバストの一つを持って、外へ出かけた。
◆
その日の夜、
「御門、ごはん」
いつものようにノワールにねだられて俺は晩飯の準備をする。
「今日は……これでいいか」
俺は安売りされていたカップ麺を二つ取り出して、ノワールに差し出した。
「これは?」
「カップ麺だ。前も食べただろ?」
「硬くてしょっぱいやつ」
「硬くてしょっぱい……あ、お前まさか」
首を傾げるノワールに、俺はため息を吐いた。
冷静に考えれば、箸の使い方すら知らないやつが、カップ麺の作り方なんてわかるわけがなかった
「ちょうどいいや。教えてやる」
俺はノワールを台所に連れていく。
「このポッドに水を入れてるんだ」
俺は蛇口をひねり、電気ケトルに水を灌ぐ。
「このお水は飲んでいいの?」
「こっちはな。あ、でも金はかかるから無駄遣いするなよ」
実際、トイレの洗面台とこっちでも同じ水道ということに変わりはないが、気分の問題だ。
第一、ノワールの今の理解力ならトイレの水を飲んでしまいかねないので、場所で区別した方がいいだろう。
「それで、ここのスイッチを入れて待つと、水が温かくなるんだ」
「おぉー」
電気ケトルがお湯を沸かす様子をノワールは楽しそうに眺めている。
やがてカチッと音がしたところで、俺は電気ケトルを持ってローテーブルへ移動する。
「で、容器の蓋を少し開けて、お湯をこの辺まで注ぐ。それで箸を上に置いて、後はここに書いてある数字……って読めないのか」
「うぅ……」
「まあとりあえず、麺が柔らかくなるまで待てばいい。これだと3分か」
「3分ってどれくらい?」
「180まで数えたら3分」
そうしてカップ麺が出来上がると、俺は蓋を取ってノワールに差し出した。
「いい匂い!」
ノワールはおばちゃんからもらった子供用の箸で麺を掴む。
「その前に」
「あ」
俺とノワールは手を合わせる。
「いただきます」
「いたたきます」
ノワールは一口麺を口に入れる。
「おいしい!」
そう嬉しそうに叫んだ。
まだ麺をすするという動作に慣れていないのか、箸で掻き込むように麺を口に詰め込む。
「そんな急いで食べなくても、誰も取らないから」
「あ!」
そこでノワールは勢い余って、容器を倒してしまい、麺を床にこぼしてしまった。
「ちょっ、大丈夫か?」
俺はノワールの方へ駆け寄る。
火傷はしていないようで、とりあえず俺はこぼした麺を片付けようとする。
「あ、ちょっと!」
だが、そこでノワールはあろうことか、床に落ちた麺を手でつかんで食べようとしていた。
「駄目だって!」
慌てて制止する。
「うぅ、なんで?」
「なんでって、床は綺麗じゃないから、そんなとこに落ちたもの食べたら病気になるだろ?」
「捨てるの?」
「そりゃそうだろ」
その瞬間、ノワールは泣き出した。
「いや!食べ物なくなる!」
大騒ぎする彼女に、俺はどうしていいのか分からず、立ち尽くす。
「あーもう泣くなって、ほら、俺の分やるから」
ノワールにまだ一口しか食べていないカップ麺を差し出した。
「うぅ……御門、いいの?」
「お腹すいたんだろ?」
ノワールはぐずりながら、カップ麺を受け取る。
その間に、俺はノワールがこぼした麺を片付けた。
「今度はこぼすなよ。そんな慌てなくたって……」
「うぅ、でも食べないと、黒い鳥に盗られる」
「黒い鳥……カラスのことか」
ゴミ捨て場で生活していたのだから、カラスに襲われるのも日常茶飯事だったのかもしれない。
「大丈夫だ。ここは屋根も壁もあるから、カラスなんか入ってこない」
「ほんと?」
「ああ。ほら、俺が見ててやるから、落ち着いて食べろ」
ノワールは頷いて麺を食べ始めた。
ちびちび麺を食べていたところで、ふと、俺の方を見る。
「うぅ……御門、お腹すかない?」
「え?いや、まあ、晩飯抜くくらい、たまにあるし……」
「でもお腹すいたら悲しい」
すると、ノワールはカップ麺の容器を俺に差し出した。
「半分んこ」
「……ありがと」
俺達は一つのカップ麺を分け合って食べた。