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久野里さんに連絡してから、思ったよりも早く捜査を取り付けてくれた。
「だ、大丈夫ですよね?」
俺は久野里さんと共に、葛飾区の拘置所に潜入していた。
正確には、彼女は正式な手続きを踏んで拘置所に入り、俺は能力で警察官に化けて彼女の後に続いていた。
「お前の変装が完璧なら問題ない」
「それが不安なんですけど」
「うるさい。見つかっても私が適当に誤魔化しておくから騒ぐな」
久野里さんに叱責されつつ、俺は簡素な鉄製の格子が嵌められた扉が並ぶ通路を歩く。
別に自分が入れられているわけでもないのに、なんとなく閉塞感があり、俺は目を伏せたまま久野里さんの後を追う。
「ここが、紅夏冬見が勾留されていた場所だ」
久野里さんに案内されたのは、他と見分けのつかない────当たり前だが────の部屋だった。
白い鉄格子のはまった小窓から中を覗き込むと、三畳ほどの狭い部屋には質素な布団と洋式便器、木製の簡素なローテーブルだけが置かれている。
他には壁も天井もきれいなもので、鉄格子を含めてパッと見では細工された形跡はない。
「さっさと調べろ」
「ああ、はい」
俺はディソードを召喚して、能力の使用を試みる。
────あなた、誰?
映ったのは犯人の視点か
檻の中で蹲る冬見さんが、こちらを見上げている。
相手はそれに答えず、細長い影が彼女の方へ伸びる。
────それって────
その瞬間、冬見さんの姿は消失した。
「……今のって」
細長い影、その根元にかすかに映っていたのは黒い尖った先端部分だった。
「何が見えた?」
「多分ディソードです。それも黒いディソードって言ったら……」
俺の頭に思い浮かぶのは、青い目の青年、ネロだった。
先端が少し見えただけなので確かではないが、葵や飴美屋を相手取ったあいつなら、今回の犯行も可能なはずだ。
俺は自分の考えを久野里さんに話した。
「なるほど。ネロか……その男の正体に心当たりはあるか?」
「い、いや、まったく……」
俺は首を振る。
久野里さんの方は、何かブツブツ言いながら考え事をしている。
暇を持て余した俺はなんとなくスマホを開いてみる。
「GEレートは……乱れてない、か」
ダイバージェンスメーターの示す数字は『2.005012』から動く様子はない。
ここは渋谷ではないからGEレートの乱れを観測できるかと思ったが、そもそも渋谷の外だとちびネズミの影響自体少ないのかもしれない。
久野里さんに伝えようかと思ったが、こちらのことを意に介さずに考え事を続けており、声をかけづらい。
しばらくその場を動く気もなさそうだったので、俺は辺りを見渡す。
同じような扉が無限にも思えるほど続いており、不気味な規則性が閉塞感を駆り立てる。
「ん?」
ポケットからバイブ音がして俺は電話を取る。
「もしもし」
『あ、鈴代さん。どうも』
電話口から聞こえて来たのは良々だった。
「悪いけど、今忙しいから後で……」
『今、東京拘置所にいるんですよね?』
「っ!」
指摘されて俺は思わず身構える。
『あ、えっと、葵ちゃんから聞いて……事件の調査、するって……』
「ああ、そういうことか……」
良々の言葉に、一瞬張りつめた感情がほどける。
冷静に考えれば、Truthの思想に興味のない良々には俺の邪魔をする理由などない。
『ぼ、ぼく、気付いちゃったんですけど、ネオジェネ事件って、複数の連続猟奇殺人で構成されてますよね?』
「まあそうだな。一部例外はあるけど」
向谷が犯人だった「風呂キャンかい、ワイ」だけは殺されたのは間島さん一人だけだ。
それ以外の三件のネオジェネ事件は連続殺人である。
『じゃ、じゃあ、今回も連続殺人だとしたら、狙われるのはネオジェネ事件の犯人なんじゃないですか?』
「ただの憶測だろ」
『で、でも、その可能性もあ、ありますよね?一回見に行った方がい、いいんじゃないですか?』
嫌な想像が頭をよぎる。
「……まあ、せっかく来たんだし、一応確認しとくか」
俺は良々との電話を終えて、考え事をしている久野里野さんの方へ戻る。
「く、久野里さん……」
「なんだ?」
「えっと、過去のネオジェネ事件の犯人も、ここに拘留されてるんですよね?」
「東京で起きた事件だからな。それがどうかしたか?」
「ああ、いや……ちょっと様子を見てもいいですか?」
彼女は俺の発言に怪訝な顔を見せる。
「……分かった。ついてこい」
だがすぐに頷いて、階段の方へ向かう。
どうやら拘置所というのは男女でフロアが分かれているらしく、向谷や笹山といった男性の犯人はここから反対側のフロアにいるらしい。
金属製の渡り廊下を抜けて、俺達は別棟に辿り着いた。
「向谷がいるのはこの階だ」
久野里さんは地図を見ながら言う。
「どこですか?」
「あそこの檻だ」
久野里さんが指さした方向に、俺は小走りで向かう。
脳裏に過る妄想を振り払い、目的の場所に辿り着く。そこには、
「うっ……」
檻の奥からは強烈な臭気を発する人の形をした何かだった。
茶色く溶けた体に着せられたボロイ服、背格好から辛うじて男性だと分かるが、顔の判別はまるでつかない。
だが、俺はこれとよく似た死体を知っている。
「向谷……」
「ネオジェネ事件、『風呂キャンかい、ワイ』と同じ殺された方か。とりあえず、拘置所の職員には私から連絡を入れておく。お前はサイコメトリーで情報を集めとけ」
「は、はい」
久野里さんがスマホを取り出す。
俺はその間に、ディソードを死体の方へ向ける。
────あ、暑い
蒸すような温度が、肌を貫く。
────痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒いっ!
目の前の男、向谷が全身をかきむしる。
そのたびに、彼の体から垢が零れ、彼の座る床を埋め尽くしていく。
「おぇぇっ!」
あまりの気持ち悪さに、俺は吐き気を催してサイコメトリーを終了させてしまった。
「犯人は、映ってないか。ていうか、今のも犯人の視点、だよな……」
前回見えた黒いディソードの先端のことを考えれば、犯人はネロということになるが。
「こんなことできるやつに、勝てるのかよ……」
「御門、早く出るぞ」
「え、久野里さんは現場にいなくていいんですか?」
「捜査には後で合流する。それよりも、先に確認すべきことがある」
「それって」
「説明は後だ」
久野里さんはそれ以上は答えてはくれず、俺達は拘置所の外に出た。
俺は慌てて彼女の後を追いかけて、拘置所を立ち去った。
◆
拘置所を出た後、俺は久野里さんとそのまま電車で文京区へと向かった。
会ったついでに捜査資料を見せてもらえるとのことで、俺は大学の彼女の研究室に行くことになったのだ。
「さっきお前が言っていたネロについてだが、本当に正体に心当たりはないのか?」
「しつこいですね。俺の方が知りたいくらいですよ」
久野里さんの追及に顔をしかめる。
「……まあいい。仮にそいつが犯人だとしても、目的は何だと思う?」
「目的……」
個人的な怨恨だとするには、冬見さんとネロに接点があるとは思えない。
強いて言えば、同じギガロマニアックスであるということくらいだが、そもそもあの男に、怨恨とかそういう俗な感情があるようには見えなかった。
「というか、今までみたいに犯人を見つければ終わりってわけじゃなくて、ネロがそもそもどこいるのかも分からないですし、見つけたところで俺達で勝てるかどうか……」
「"俺達"ね」
俺がこぼした言葉に、久野里さんは目ざとく反応する。
「あ、えっと、その……協力者のギガロマニアックスがいまして……」
ナチュラルに尾上と一緒に戦うことを想定した発言に慌てて付け加える。
つじつま合わせのために、今度葵についてきてもらおう。
「まあお前が何をしようとしていようがなんでもいいが、分かっているのか。事件はまだ続く。ネオジェネ事件の大元を潰さない限りはな」
「ノアですよね。分かってますよ」
「お前、ノアを手に入れてどうするつもりだ?」
俺は押し黙る。
久野里さんはこちらを睨みつけるようにしてさらに続ける。
「お前は、何か大それた目的があるようには見えない。あったとしても、実行するような胆力はお前にはない。目の前のことで常に精いっぱいだろう」
「……何が、言いたいんですか?」
「お前の後ろにいる奴は何がしたい?それ次第では、私はお前の敵になる」
敵。
はっきりとそう言い切られて、俺の目はあちこちへと動く。
「……俺も、正直よく分かりません」
「よく分からない奴の目的に協力しているのか?」
「えぇ。そう、ですね……俺は久野里さんの言う通り、目の前のことをどうにかするのに精いっぱいで、先のこととか考えれる余裕はありません。だから、最初はその……取引で、俺の問題をどうにかしてくれる代わりに、そいつに協力することになったんです。けど、今は……」
ノワールと親しげに話す尾上、俺のことを何度も助けてくれた尾上、そして、
────私には、私の大切な人がいる
それを救いたいと願う彼女のことを、
「俺は、力になってやりたいと、思っています」
尾上の大切な人が何者なのかは分からないが、彼女にとって自分の命よりも大事な存在なのだということはよく分かる。
彼女の目的が何であれ、それが悪意によるものではないのだと、俺は信じたい。
「はぁ……まあいい。事件の資料を見せてやる」
それ以上問答する気はないとばかりに、久野里さんは立ち上がる。
部屋の奥から捜査資料を持ってくると、それをテーブルの上に広げた。
「うっ……」
「いい加減慣れろ。大体今日はこれよりもエグイ死体を見たばかりだろう。これが紅夏冬見の遺体発見時の状況だ」
「んなこと言われても……」
改めて写真を確認する。
ガラスの壁に埋もれた顔、継ぎ目などはあるように見えない。
続けて、写真の下に書き込まれた捜査情報に視線を落とす。
「死因は頭部を貫通したガラスによる脳出血。他に外傷はなし。また、個室のガラスに細工された形跡はない。瞬間移動で殺されたのだから当然だな」
「死亡推定時刻は、午後14時から15時。目撃者によると、被害者は突然、午後14時頃に公園に出現した。じゃあ殺されたのは午後14時で確定か。拘置所の監視カメラ映像とかは?」
「今確認中だ。期待はできないだろうがな。お前の方は、サイコメトリーで犯人の侵入経路とかは分からなかったのか?」
「断片的な映像として見れるだけなので……」
「そこは俺の妄想力次第だろ」
「そりゃまあ、そうですけど」
サイコメトリーという非現実的な妄想をするのも大変なのに、それの精度を上げる方法なんて、今の俺には思いつかなかった。
「まあいい。それより、今日は何日だ?」
「え? 9月19日ですけど」
「9月19日と言われて、何か思いつくことはあるか?」
しばらく考えて何も思いつかない俺を見かねてか、久野里さんはスマホをこちらに差し出した。
「これってニュージェネ事件ですか?」
画面に映っていたのは、どこかのニュースサイトで、10年前に起きたニュージェネ再来第二の事件『音漏れたん』についてまとめたものだった。
「日付を見て見ろ」
画面の左下、ニュースの投稿日は9月19日となっている。
「紅夏冬見が殺害されたのは何日か覚えているか?」
「9月7日……まさか」
久野里さんはその一つ前の記事を出す。
記事の内容はニュージェネ再来『こっちみんな』についてまとめたもの。投稿日は9月7日。
「今回の犯人は、ニュージェネ、および再来を模倣している」