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9月27日、俺は樋上のいるTruth本社のあるビルを訪れていた。
「ここに来るのも、久しぶりだな……」
最近はちびネズミ販売のバイトもなく、呼び出されることもなかったが、まさか自分からここを再び訪れることになるとは思わなかった。
人目を気にしつつエレベーターに入り、目的の階層まで上がる。
そして「株式会社The Truth」と書かれたプレートを横目に、俺は扉を開けて中へ入った。
「やぁ、久しぶりだネ。御門くん」
「ど、どうも……」
室内でサングラスをかけた軽薄そうな男、樋上に俺は一礼をする。
すでに幹部メンバーのうちロロを除く三人が集まっており、各々俺に挨拶をしてくれた。
「さて。葵ちゃん達から聞いてるヨ?君がようやく力に目覚めたってネ」
「あ、はい。まあ……」
樋上はこちらの様子を窺うように、俺の顔を覗き込んでいる。
「じゃあまずは君が能力に覚醒した証拠、見せてもらおうかナ?」
「は、はい」
俺は右手を掲げて、緊張しつつもディソードをリアルブートした。
それを見た途端、
「素晴らしい!」
立ち上がってわざとらしく拍手をする。
「いやー、僕はやってくれると信じていたヨ!君が才能ある若者だってネ!」
「あ、あはは……」
この手のひら返しにはうんざりする。
「ふっ、これも我が指導のおかげ」
「えぇ~、あたしがぁ、手取り足取りぃ、教えたから?じゃなかったっけぇ?」
なぜかありもしない手柄を二人で取り合っている。
お前ら設定くらい合わせとけよ。
「そんな手柄の取り合いしなくても、君たちのこともちゃんと評価してるヨ」
幸い樋上は自己主張の強い部下の戯れ言だと思っているのか、疑いもなくその場を諫めた。
「じゃあ早速だけど、本作戦の概要を説明する。予め葵ちゃんからざっくりとは聞いてるよネ?」
俺は頷く。
聞くも何も、この作戦の発案者は俺なのだ。
「正面からあれに勝つのは、甘女ちゃんや葵ちゃんの話を聞くに難しい」
「お腹にぃ、穴ぁ?空いちゃったぁ」
それを聞いて、葵が申し訳なさそうに顔を伏せる。
「大丈夫だよぉ。葵ちゃん、よしよぉしぃ」
すると、飴美屋が葵を抱き寄せて頭を撫でる。
ノワールの時もそうだが、意外と子供が好きだったりするのだろうか。
「彼の能力を封じて、拘束する。できるネ?」
「は、はい」
それから樋上から聞かされたのは概ね葵が考えた作戦と方向性は同じだった。
渋谷にある今は使われていない廃工場、そこにネロをおびき出して、葵の能力を中心にしてやつを氷漬けにして閉じ込めるというものだ。
そして俺達が思いつかなかった肝心のおびき寄せる方法というのが、
「大丈夫。彼は必ず来るよ」
この一言だった。
まったく理由になっていないが、俺が聞いたところで答えてくれそうになかった。
「あ、そういえば……ロロは来るんですか?」
「ああ。彼女もちゃんと来るよ。最悪戦闘になったら彼女が一番頼りになるからネ」
この組織最強のギガロマニアックス。
俺は全貌を知らないが、何度か相対して只ならぬ存在であるのはよく分かった。
「じゃあ決行は明日だから、遅れないようにネ」
「わ、分かりました」
◆
Truth本社を出た後、良々が俺を追ってきた。
「鈴代さん。その……明日のことなんですけど」
「なんだよ?」
「ぼ、ぼく明日の作戦は不参加は不参加なんですけど」
「そうなのか?」
良々は申し訳なさそうに頷く。
「ぼく、ディソードの扱いはあんまりうまくなくて。だからロロが代わりに参加します。それで、その間、ぼくを……」
何やらもじもじと辺りを見渡している。
「鈴代さんのおうちに泊めてもらえませんか?」
「……は?」
予想外の申し出に、俺は視線を泳がせる。
「あ、いや、ぼく、わけあってロロと二人暮らしして。この間、ロロが隣人とトラブルを起こして部屋を追い出されちゃったんですよ」
「あぁ……」
なんとなくイメージはつく。
だが、良々は未成年の女子だ。
ただでさえノワールという浮浪少女をかくまっているのに、これ以上逮捕リスクを抱えたくないというのが俺の本音だ。
「駄目、ですか?」
上目遣いで少し泣きそうな顔で見られる。
小動物のようなかわいらしい容姿の彼女に、そんな目で見つめられては俺の中に迷いが生じる。
落ち着け。こういう時こそ合理的思考だ。
俺はノワールというリスクを抱えている。
未成年の女児を、血縁関係にない男性が家で育てているなんて、バレれば即通報案件だ。
そのうえで未成年の女子を家で匿うとどうなるか。
リスクが二倍、いや、家の中を見られれば捕まることには変わりない。
だったらリスクは変わらないと考えられないか?
「お、お願いします。一晩泊めてくだされば、すぐ出ていきますので。な、なんなら一日分の家賃と光熱費、あと食費も払いますよ」
「わ、分かった。一晩だけな」
それが最後の一押しとなり、俺は良々が自宅に泊まることを了承した。
◆
家に帰ると、ノワールは一人で児童書を読んでいた。
「ノワール、帰ったぞ。それと」
いつも通り俺を見つけるなり駆け寄ってくる彼女は、後ろに隠れた良々の姿に首を傾げた。
「ど、どうも」
「こないだの人」
ノワールは良々を指さして言う。
「そう。こいつは茨野良々。俺の……なんだ?」
「と、友達とかでいいんじゃないですか?」
すると、ノワールは鼻をぴくぴくさせながら、良々の手元にあるコンビニ袋に近寄る。
「食べ物?」
「あ、うん。晩ごはん。用意した」
良々が三人分のスーパーで買った丼をローテーブルに広げる。
「わぁ!」
容器にはたっぷりのご飯とその上に卵と豚カツ。
その光景にノワールは目をキラキラさせて感嘆の声を漏らす。
「じゃあ温めるから、手洗ってこいよ」
「うん!」
ノワールは意気揚々と洗面所に向かう。
「本当にちゃんと育ててるんですね」
「まあ、拾った以上は面倒見ないとな」
「その言い方だと犬か猫みたいですね」
実際路上生活していたのだから、野生動物かなんかだととらえることができる。
俺は電子レンジで丼を順番に温めて、その間に戻ってきたノワールがお行儀よくローテーブルの前に座る。
彼女は鼻歌混じりに体を左右に揺らして、電子レンジを眺めていた。
「ノワール、できたぞ」
ノワールに丼を持っていくと、彼女は即座に容器を開ける。
「あ」
だが、がっつこうとする直前に箸を置いて、食べるのを止めた。
「どうした?」
「待つ」
「何を?」
「御門と一緒に食べる」
「そっか」
俺はその健気な姿勢に微笑みつつ、自分の分を電子レンジにかける。
ノワールは早く食べたくてうずうずしているのか、自分のカツ丼をジッと眺めて落ち着かない様子だ。
「食べたいなら無理しなくていいんだぞ」
「いや。御門と一緒がいい」
「分かった分かった」
俺達のやり取りを良々は不思議そうに眺めていた。
全員分のカツ丼を温めおわり、俺達はローテーブルの前に座って手を合わせた。
「いただきます」
「いただます」
ノワールはカツ丼を美味しそうに食べていた。
それから軽く雑談をしながら食事を終え、ノワールが児童書を読んで欲しいねだったので膝の上で読んでやると、気付いたらノワールは眠ってしまった。
「ったく」
俺は眠ているノワールを布団の上に寝かせて、毛布をかけてやった。
「す、鈴代さんは生活苦しいのに、どうしてその子を育てようと思ったんですか?」
「どうしてって……」
なぜかと言われれば、ノワールを警察に届けようとした時、妙なイメージを見たからだ。
あれも、未来の俺が過ちを伝えるために送ったのだろう。
だが、ノワールを警察に引き渡すことが、一体に何を引き起こすのだろうか。
「……まあきっかけはなんであれ。俺はもう、ノワールを家族だと思ってるから」
俺は寝ているノワールの頭を撫でた。
「そうですか……」
「あ、そういえば、お前の分の布団はないな」
「だ、大丈夫です。寝袋持ってきたので」
「そうか」
俺はいつも通りノワールの隣に入って眠りについた。