◆
「っ!」
目を覚ますと、俺は自分の部屋の布団で寝ていた。
「あれ、俺は今……」
自分の隣にはノワールがいた。
珍しく俺が目覚めても、俺にピッタリくっついて眠っていた。
「うぅ……」
その目尻には涙を浮かんでおり、何かにうなされている。
「さっきのは夢……いや」
未来からの警告。
また世界線移動したのか。
「うぅ……御門?」
ノワールが目を擦りながら起き上がる。
「あぁごめん。起こしたか?」
「うぅ、やな夢見た」
ノワールは俺に抱きつく。
嫌な夢。
そう、いつものような曖昧なイメージではなく、やけにはっきりした映像だった。
「ていうか、今日何日だ?」
俺は枕元のスマホを手に取る。
日付は9月17日。
久野里さんと拘置所に行く二日前だ。
その日付を見ても実感が湧かない。
これまでとは違い俺が死んだその瞬間から記憶が連続している。
まるでタイムリープでもしてきたかのように。
「お腹すいた」
「あぁ、とりあえず朝飯にするか」
頷いたノワールを宥めて、俺は冷蔵庫へ向かった。
◆
その後、俺は現場に出勤したが、仕事に全く手がつかなかった。
「鈴代!手が止まってるぞぉっ!」
「すみません……」
俺は上司にも気のない返事をして、荷物を右から左へと移動させる。
二日後に俺は向谷の遺体を発見する。
そしてさらに十日後には、ロロに裏切られてノワールが捕まり、俺達は全滅する。
「……でもどうしたら」
ネロを倒す手だてはない。
世莉架と飴美屋さんが協力してくれたのに勝てなかったのだ。
唯一互角に渡り合っていたのはロロだが、あいつは俺達の味方ではない。
ロロが勝ったところでノワールの安全は全く保障されないのだ。
「鈴代、さっきからどうした?」
さすがに不審に思ったのか、上司は怒鳴り声ではなく、俺を心配するように声をかけてきた。
「いや、その……体調が優れなくて……」
「またか。無理をしろとは言わんが、休むほどではないなら手を動かせ。そうでないなら体をしっかり休めろ」
「すみません……」
俺は溜め息を吐きつつも、給与を減らしてはノワールを養えないため、俺は仕事を続けるのだった。
◆
それから仕事の終わりに、俺はノワールを外へ連れ出した。
「晩ごはん?」
「ではないな。多分……」
何せこれから向かう先は、俺のような薄給派遣社員には本来縁のない場所なのだ。
渋谷の繁華街、煌蝗と照るネオンの中、地下へと続く薄暗い階段の先へ俺達は辿り着いた。
CLUB deep of world
要するに「世界の深淵」と言ったところだろう。
いかにもTruth幹部らしいネーミングのロゴがある入り口の前には、黒服の男が立っていた。
「うぅ……」
ノワールは威圧感のある大人に怯えて、俺の後ろに隠れる。
「会員証をご提示ください」
「あぁ、えっと、ここのオーナーの飴美屋甘女さんに用があって」
「……お仕事中ですので、お引き取りください」
俺を不審者だと解釈したのだろう。
黒服の男は丁寧に、しかし威圧するような口調で追い返そうとする。
「鈴代御門……って名前を出したら分かると思います」
「……ここはあなた達のような方が来る場所ではありません。ドレスコードも守れないような方が、ましてオーナーに会いたいなど」
「あぁ、御門くぅん」
その時、扉が開いて飴美屋さんが外に出てきた。
「あ、飴美屋さん、お知り合いですか?」
「えぇっとぉ、御門くんはぁ、友達?みたいな?」
「こ、これは大変失礼いたしました」
黒服の男はお辞儀をして、急いで俺達を店内へ案内した。
「お、お邪魔します」
店内はやはりと言うか、身なりの整った人達が、酒や料理を楽しんでおり、接客するのも若い美人の女や、さわかなイケメンばかりである。
彼らの視線が小汚ない俺達へ向けられ、その視線にまたノワールが怯えて縮こまる。
「大丈夫だ。誰もお前を攻撃したりしないから」
「うぅ」
「ていうか飴美屋さん、事前に連絡したんですから、見張りの人に話通しといてくださいよ」
「ごめんねぇ、そういえばぁ、会員じゃあぁ、なかったよねぇ」
「後俺はこんな高い店の金払えないですよ」
「いいよぉ、ノワールちゃんを連れて来てぇって言ったのぉ、あたしぃ、だから」
そうして俺達は目立たない奥の席へ案内され、飴美屋さんも席に座る。
「はい、ノワールちゃん」
ソフトドリンクのメニューを手渡すと、早速ノワールは凝視する。
「これ」
「グレープフルーツジュースか。じゃあ俺はオレンジジュースで」
「後、お腹すいた。ごはん」
「いや、こういう店は酒のアテしか置いてないんだから、ノワールの食べたいものなんてないぞ?」
「うぅ、お腹すいた」
駄々を捏ねるノワールに、飴美屋さんはそっと微笑んで、別のメニュー表を手渡した。
「カルパッチョ、とかならぁ、すぐに食べられるよぉ?」
「"かるぱっちょ"って何?」
「お魚だよぉ」
説明がざっくりし過ぎている。
いや俺も縁のない料理なので説明できないけど。
「分かんないけど、それにする」
「おっけー」
そうして10分も立たないうちに料理は運ばれてきた。
サーモンの刺身の上に、オーリブオイルとバジルなどのよく分からない香辛料、そして玉ねぎが乗ったもの。
ノワールは見たことのない料理に目を輝かせ、フォークでそれを突き刺すと、匂いを嗅いでから口に入れる。
「おいしい!」
「ふふっ、よかったぁ」
夢中で魚を頬張るノワールの頭を愛おしそうに撫でる。
「でぇ、あたしにぃ、相談がぁ、ある?」
「お、俺に過去改変能力があるのは、もう知ってますよね?」
「うん。察してるぅ」
「俺は今朝、未来の映像を見ました」
「へぇ」
俺の告白に、飴美屋さんは興味深そうに笑う。
「そこで、あなたも俺も殺されます」
俺はこの先で起きることを包み隠さず話した。
本来は敵だが、飴美屋さんはTruthよりもノワールの命を優先し、命懸けで守ってくれた。
この人は少なくとも、ノワールに対して危害を加えないはずだ。
「うんうん。なるほどねぇ」
「樋上はノワールの正体を知ってるみたいでしたけど、飴美屋さんは心当たりとかないんですか?」
「えぇっとぉ、よくしらなぁい」
この人ほどの忠臣に知らせていないということは、最部との関係は樋上個人のものか。
あの時樋上の側についたロロも、最部に関しては「ちびネズミを持ってくる業者」くらいにしか認識していなかったし、公園で会った時も、ノワールのことは知らない様子だった。
「でもぉ、その未来を回避する方法ぅ?なら簡単だよぉ」
「え?」
「そのネロ?を捕まえるってぇ、作戦を止めればぁ、私も御門くんも無事ぃ」
「まぁ、確かに……」
ネロをおびき出すために、樋上がノワールを拐って連れてきたからあんなことが起きた。
ならネロを捕まえる作戦がなければ、そもそもあの未来は成り立たない。
「となると、ネロ……ネオジェネ事件解決は別の手段を考えないとな」
「そもそもぉ、ホントにぃ、ネロが犯人?なの?」
「え?」
「だってぇ、御門くんがぁ、サイコメリぃ?で見たのはぁ、ディソードの尖端だけぇ?なんだよねぇ?」
「まあ確かに……」
ギガロマニアックスなら犯行自体は理論上誰でも可能だ。
前の世界線ではネロが犯人である前提で動いていたが、そこが間違っているとしたら?
「御門、これ」
俺が頭を悩ませていると、俺の分を三切れほど残してくれていたのか、カルパッチョの皿を差し出した。
「あぁ、ありがとう」
「御門元気ない。お腹すいてる」
「ノワールちゃんはぁ、いい子だねぇ」
そう言って飴美屋さんはまた頭を撫でた。
「甘女、まだ頼んでいい?」
「いいよぉ、他にはぁ、ピザとかぁ、あるけどぉ」
「食べる!」
ノワールは嬉しそうに叫ぶ。
そんなノワールを微笑まし気に眺める彼女に、俺は首を傾げた。
「飴美屋さんって、子供好きなんですか?」
「え?だってぇ、ノワールちゃんはぁ、可愛い?から?」
「はぁ……」
まあ俺も成り行きで拾ってから、すっかり絆されてしまったので人のことは言えないが。
ピザの焼きやがりを待つ間、ノワールはワクワクという擬音が聞こえてくるほど、体を揺らして楽しそうにしていた。