妄想科学NVL CHAOS;INNOCENCE   作:師走F

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第54話:リトライ

 ◆

 

「っ!」

 

 目を覚ますと、俺は自分の部屋の布団で寝ていた。

 

「あれ、俺は今……」

 自分の隣にはノワールがいた。

 珍しく俺が目覚めても、俺にピッタリくっついて眠っていた。

 

「うぅ……」

 

 その目尻には涙を浮かんでおり、何かにうなされている。

 

「さっきのは夢……いや」

 

 未来からの警告。

 また世界線移動したのか。

 

「うぅ……御門?」

 

 ノワールが目を擦りながら起き上がる。

 

「あぁごめん。起こしたか?」

「うぅ、やな夢見た」

 

 ノワールは俺に抱きつく。

 

 嫌な夢。

 そう、いつものような曖昧なイメージではなく、やけにはっきりした映像だった。

 

「ていうか、今日何日だ?」

 

 俺は枕元のスマホを手に取る。

 

 日付は9月17日。

 久野里さんと拘置所に行く二日前だ。

 

 その日付を見ても実感が湧かない。

 これまでとは違い俺が死んだその瞬間から記憶が連続している。

 まるでタイムリープでもしてきたかのように。

 

「お腹すいた」

「あぁ、とりあえず朝飯にするか」

 

 頷いたノワールを宥めて、俺は冷蔵庫へ向かった。

 

 ◆

 

 その後、俺は現場に出勤したが、仕事に全く手がつかなかった。

 

「鈴代!手が止まってるぞぉっ!」

「すみません……」

 

 俺は上司にも気のない返事をして、荷物を右から左へと移動させる。

 

 二日後に俺は向谷の遺体を発見する。

 そしてさらに十日後には、ロロに裏切られてノワールが捕まり、俺達は全滅する。

 

「……でもどうしたら」

 

 ネロを倒す手だてはない。

 世莉架と飴美屋さんが協力してくれたのに勝てなかったのだ。

 

 唯一互角に渡り合っていたのはロロだが、あいつは俺達の味方ではない。

 ロロが勝ったところでノワールの安全は全く保障されないのだ。

 

「鈴代、さっきからどうした?」

 

 さすがに不審に思ったのか、上司は怒鳴り声ではなく、俺を心配するように声をかけてきた。

 

「いや、その……体調が優れなくて……」

「またか。無理をしろとは言わんが、休むほどではないなら手を動かせ。そうでないなら体をしっかり休めろ」

「すみません……」

 

 俺は溜め息を吐きつつも、給与を減らしてはノワールを養えないため、俺は仕事を続けるのだった。

 

 ◆

 

 それから仕事の終わりに、俺はノワールを外へ連れ出した。

 

「晩ごはん?」

「ではないな。多分……」

 

 何せこれから向かう先は、俺のような薄給派遣社員には本来縁のない場所なのだ。

 

 渋谷の繁華街、煌蝗と照るネオンの中、地下へと続く薄暗い階段の先へ俺達は辿り着いた。

 

 CLUB deep of world

 要するに「世界の深淵」と言ったところだろう。

 

 いかにもTruth幹部らしいネーミングのロゴがある入り口の前には、黒服の男が立っていた。

 

「うぅ……」

 

 ノワールは威圧感のある大人に怯えて、俺の後ろに隠れる。

 

「会員証をご提示ください」

「あぁ、えっと、ここのオーナーの飴美屋甘女さんに用があって」

「……お仕事中ですので、お引き取りください」

 

 俺を不審者だと解釈したのだろう。

 黒服の男は丁寧に、しかし威圧するような口調で追い返そうとする。

 

「鈴代御門……って名前を出したら分かると思います」

「……ここはあなた達のような方が来る場所ではありません。ドレスコードも守れないような方が、ましてオーナーに会いたいなど」

「あぁ、御門くぅん」

 

 その時、扉が開いて飴美屋さんが外に出てきた。

 

「あ、飴美屋さん、お知り合いですか?」

「えぇっとぉ、御門くんはぁ、友達?みたいな?」

「こ、これは大変失礼いたしました」

 

 黒服の男はお辞儀をして、急いで俺達を店内へ案内した。

 

「お、お邪魔します」

 

 店内はやはりと言うか、身なりの整った人達が、酒や料理を楽しんでおり、接客するのも若い美人の女や、さわかなイケメンばかりである。

 

 彼らの視線が小汚ない俺達へ向けられ、その視線にまたノワールが怯えて縮こまる。

 

「大丈夫だ。誰もお前を攻撃したりしないから」

「うぅ」

「ていうか飴美屋さん、事前に連絡したんですから、見張りの人に話通しといてくださいよ」

「ごめんねぇ、そういえばぁ、会員じゃあぁ、なかったよねぇ」

「後俺はこんな高い店の金払えないですよ」

「いいよぉ、ノワールちゃんを連れて来てぇって言ったのぉ、あたしぃ、だから」

 

 そうして俺達は目立たない奥の席へ案内され、飴美屋さんも席に座る。

 

「はい、ノワールちゃん」

 

 ソフトドリンクのメニューを手渡すと、早速ノワールは凝視する。

 

「これ」

「グレープフルーツジュースか。じゃあ俺はオレンジジュースで」

「後、お腹すいた。ごはん」

「いや、こういう店は酒のアテしか置いてないんだから、ノワールの食べたいものなんてないぞ?」

「うぅ、お腹すいた」

 

 駄々を捏ねるノワールに、飴美屋さんはそっと微笑んで、別のメニュー表を手渡した。

 

「カルパッチョ、とかならぁ、すぐに食べられるよぉ?」

「"かるぱっちょ"って何?」

「お魚だよぉ」

 

 説明がざっくりし過ぎている。

 いや俺も縁のない料理なので説明できないけど。

 

「分かんないけど、それにする」

「おっけー」

 

 そうして10分も立たないうちに料理は運ばれてきた。

 

 サーモンの刺身の上に、オーリブオイルとバジルなどのよく分からない香辛料、そして玉ねぎが乗ったもの。

 ノワールは見たことのない料理に目を輝かせ、フォークでそれを突き刺すと、匂いを嗅いでから口に入れる。

 

「おいしい!」

「ふふっ、よかったぁ」

 

 夢中で魚を頬張るノワールの頭を愛おしそうに撫でる。

 

「でぇ、あたしにぃ、相談がぁ、ある?」

「お、俺に過去改変能力があるのは、もう知ってますよね?」

「うん。察してるぅ」

「俺は今朝、未来の映像を見ました」

「へぇ」

 

 俺の告白に、飴美屋さんは興味深そうに笑う。

 

「そこで、あなたも俺も殺されます」

 

 俺はこの先で起きることを包み隠さず話した。

 本来は敵だが、飴美屋さんはTruthよりもノワールの命を優先し、命懸けで守ってくれた。

 

 この人は少なくとも、ノワールに対して危害を加えないはずだ。

 

「うんうん。なるほどねぇ」

「樋上はノワールの正体を知ってるみたいでしたけど、飴美屋さんは心当たりとかないんですか?」

「えぇっとぉ、よくしらなぁい」

 

 この人ほどの忠臣に知らせていないということは、最部との関係は樋上個人のものか。

 あの時樋上の側についたロロも、最部に関しては「ちびネズミを持ってくる業者」くらいにしか認識していなかったし、公園で会った時も、ノワールのことは知らない様子だった。

 

「でもぉ、その未来を回避する方法ぅ?なら簡単だよぉ」

「え?」

「そのネロ?を捕まえるってぇ、作戦を止めればぁ、私も御門くんも無事ぃ」

「まぁ、確かに……」

 

 ネロをおびき出すために、樋上がノワールを拐って連れてきたからあんなことが起きた。

 ならネロを捕まえる作戦がなければ、そもそもあの未来は成り立たない。

 

「となると、ネロ……ネオジェネ事件解決は別の手段を考えないとな」

「そもそもぉ、ホントにぃ、ネロが犯人?なの?」

「え?」

「だってぇ、御門くんがぁ、サイコメリぃ?で見たのはぁ、ディソードの尖端だけぇ?なんだよねぇ?」

「まあ確かに……」

 

 ギガロマニアックスなら犯行自体は理論上誰でも可能だ。

 前の世界線ではネロが犯人である前提で動いていたが、そこが間違っているとしたら?

 

「御門、これ」

 

 俺が頭を悩ませていると、俺の分を三切れほど残してくれていたのか、カルパッチョの皿を差し出した。

 

「あぁ、ありがとう」

「御門元気ない。お腹すいてる」

「ノワールちゃんはぁ、いい子だねぇ」

 

 そう言って飴美屋さんはまた頭を撫でた。

 

「甘女、まだ頼んでいい?」

「いいよぉ、他にはぁ、ピザとかぁ、あるけどぉ」

「食べる!」

 

 ノワールは嬉しそうに叫ぶ。

 そんなノワールを微笑まし気に眺める彼女に、俺は首を傾げた。

 

「飴美屋さんって、子供好きなんですか?」

「え?だってぇ、ノワールちゃんはぁ、可愛い?から?」

「はぁ……」

 

 まあ俺も成り行きで拾ってから、すっかり絆されてしまったので人のことは言えないが。

 

 ピザの焼きやがりを待つ間、ノワールはワクワクという擬音が聞こえてくるほど、体を揺らして楽しそうにしていた。

 

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