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翌日、俺は渋谷駅周辺に、数名の"仲間"と共に集まっていた。
「それじゃあみんなぁ、今日はよろしくねぇ」
飴美屋さんが俺達にそれぞれ数十枚のビラを手渡していく。
ちなみに参加者はみんな男だ。
今日も露出の多い飴美屋さんの艶体を、みんな鼻の下を伸ばしたがら眺めている。
「えーっとぉ、まずはぁ、渋谷の人達を目覚めさせるってぇことでぇ」
気の抜けた声で、余ったビラを掲げて説明する。
「たくさん配ったらぁ、ご褒美?あげるかも」
その言葉に俄然やる気を出したきも豚連中は、鼻息を荒くしながらビラを配るために散開した。
全く俗物的な連中だ。
飴美屋さんに既に才能を認められている俺は、彼女と交流を深めるチャンスはいくらでもある。
俺は余裕を持って歩き出し、ビラ配りを始める。
狙うのは人の出入りの激しい駅の出入口付近。
ここを陣取れば、嫌でも目に入るから、効率的にビラを配るならここが最適だ。
俺は狙いの場所に立って、人が出てくるのを待つ。
「来た」
早速、出てきた人の一団に近付いて声をかける。
「あ、あの……」
だが、そいつらは俺の顔を見るや否や、汚物でも見るように顔をしかめて足早に離れる。
「す、すみま……」
「邪魔だよ」
今度は軽く突き飛ばされる。
「なんだよあの態度。俺はビラ配ってるだけなのに」
文句を言いながらも、ビラ配りを再開する。
しかし、なぜか通行人は一枚もビラを受け取ってくれない。
やがて人の出入りが収まったタイミングで俺は近くの石像の台座に腰を下ろした。
「クソッ、どいつもこいつも」
一人で悪態をつき、ふと、他のやつらはどうしているのか観察する。
どうやら難航しているようで、ビラの束を抱えたまま右往左往している。
まあ優秀な俺ですら、この様なんだ。
他のやつらも駄目に決まってる。
俺はわずかな安堵を抱いて顔を伏せたところで、俺のところに影が覆い被さった。
「あら?御門くん?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
俺の前に立っていたのは冬見さんだった。
「あ、ど、どうも……」
俺はとっさに目を伏せてビラを隠した。
「何か配っていたみたいだけど、新しいバイト?」
「え、えっと、はい。生活、苦しくて……」
俺は目をそらしながら答える。
実際生活が苦しいのは嘘ではない。
ノワールを養うのに生活費が嵩んでいる。
「大変ねぇ。そんなに困ってるなら、ご飯くらいはつくってあげるけど」
「い、いや、いいですよ……」
素直に受ければいいのに、俺は恥ずかしさと申し訳なさから反射的に断ってしまった。
「そう?じゃあ、せめてバイト手伝わせてくれない?ほら、一枚もらってあげるから」
手を差し出す彼女に、俺はためらいながらもビラを手渡した。
「お米の話? 変わったバイトねぇ」
冬見さんはビラの内容を不思議そうに眺めた後、それを丁寧にで折り畳んでハンドバッグにしまう。
「それじゃあ、またねぇ」
俺は冬見さんを見送ったあと、サボっていたバイトを再開するために立ち上がる。
「ねぇ」
「っ!」
突然耳元で囁かれ、俺は飛び退いた。
目の前には、ニヤニヤと笑う飴美屋さんの姿があった。
「さっきのひとぉ、だぁれ?」
「あ、えっと、ご、ごご近所さん、です……」
「ふーん」
飴美屋さんは官能的な仕草で体をくねらせ、俺の手元を覗き込んだ。
「ビラぁ、まだ全然減ってないねぇ」
「す、すみません。でも、これは俺だけではなく」
「早口ぃ、焦りすぎぃ」
俺をからかうように笑うと、彼女はビラを俺から取り上げる。
「あ、ちょっと……」
「こうしちゃえばぁ、いいんだよぉ?」
いつの間にか、彼女の手には剣が握られていた。
それを掲げると、周囲にいた人たちの視線が一斉にこっちを向く。
「……」
彼らは無言のまま飴美屋さんに群がり、彼女の差し出すビラを受け取っていく。
やがて、あっという間にビラは全て配り終えてしまった。
「す、凄い……」
彼女の"能力"の凄さを間近で見て、興奮する俺の手に温もりが包み込む。
「っ!」
「ふふっ」
俺の手を握る飴美屋さんは、耳元に顔を寄せる。
「君もぉ、きぃっとぉ、できるよぉ?」
そう囁いてから、彼女は俺の手を離す。
「じゃあ活動しゅーりょー。もう帰っていいからねぇ」
そう言って飴美屋さんは俺の傍から去っていった。
◆
翌朝、俺はいつものように職場で朝礼を受けていた。
「間島さん、今日もいないのか」
ここ数日、上司の顔を見ていない。
別に心配するつもりはないが、こうも姿が見えないと気にはなってくる。
「────えー、それから、最近倉庫内で異臭がするとの報告があった。原因は調査中だが、おそらく冷蔵倉庫用の荷物を、誤った場所に運んで腐らせたと思われる。我々はお客様の大切な荷物を預かるという認識を今一度持って、諸君らには真剣に業務に取り組んで欲しい」
「間島さんがいなくても、うるさいのにかわりはないな」
俺は朝礼での報告を適当に聞き流す。
「それでは、本日もご安全に!」
「「「「ご安全に!」」」」
お決まりの挨拶を終えて仕事が始まる。
俺はいつものようにコンテナから荷物を下ろして、所定の位置まで運ぶ。
「鈴代、こっちも手伝ってくれ」
「あ、は、はい」
俺は指示通り、奥のコンテナの方へ向かう。
「うっ!」
コンテナの戸が開いた瞬間、吐き気がするほどの臭気が押し寄せてきた。
魚が腐った臭いを、数十倍濃縮したようなそれに、俺はその場で軽く吐いてしまった。
「お、おい!大丈夫か?」
同僚に背中をさすられながら、コンテナの方に視線を戻す。
普段なら荷物でいっぱいのはずのその中に、ダンボール箱は一つだけ。
臭いの元の正体はそれだろう。
「俺、ちょっと見てきます!」
別の若いバイトが、駆け足でコンテナの中に入っていった。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
その数秒後、そいつの悲鳴がコンテナの中で反響して響き渡った。
「ひひひ、人、人が、ししししん、腐って……」
「お、おい!何があった!」
現場の監督が、状況を確認し、一瞬顔をしかめた後、すぐに指示を飛ばした。
「お前ら!今日の業務は中止だ!」
その後、スマホを取り出して、どこかに連絡を取り始めた。
「……もしもし、はい。こちらは渋谷倉庫です」
電話の相手は不明だが、おおよそ察しはついた。
「コンテナの中から……腐った人の死体が出てきました」