【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
天然ゴムの農園を作った上で生産に力を入れた俺は、職人達を招集し、ゴムを使った新しい物作りを始めることにした。
まず種付けおじさんの知識チートの中にあるコンドーム作りを行うことにした。
この時代の普通の人達に避妊具は必要ないかもしれないが、売り込める場所はちゃんとある。
性産業……遊女達にとっては死活問題となる。
避妊具により性病の確率を大幅に下げる効果があったり、望まぬ妊娠のリスクを下げ、長く働くことに繋がる。
「性産業は人口が多くなれば自然とできてしまうものだからな」
俺の領内でも一乗谷に向かう道中に宿場兼風俗の店ができつつあった。
現状放置しているが、将来的には領地運営の管理下に置いて、税収を徴税したり、妊娠、出産してしまった子供を領主である、俺公認の学校に通わせる……みたいな事が出来たらと考えていた。
話はゴムに戻り、コンドーム自体は俺の頭に作り方の知識がご丁寧に一からあったので、試作品を作り、忍び系列で俺に臣従している風俗店に卸したところ、評価は上々。
精子が溜まったコンドームを太ももや腰に巻き付けて踊るみたいなパフォーマンスをしたところ凄く盛り上がったとも言われた。
とりあえずこれで1つゴムの活用方法が産まれた。
次に作られたのが水車などの接合部の衝撃緩和材である。
今までは木同士を接合させていたので摩耗が激しく、台風や嵐、大雨などで意図せず力が強く加わると壊れる事が多かった。
なのでゴムを衝撃緩和材として活用することで耐久性の向上を実現したのである。
それとゴムと言えばタイヤである。
空気を中にいれたチューブタイヤは一朝一夕で実用化できるほど簡単な物ではないのでまだ難しいが、荷車にゴムタイヤを巻き付ける事で積み荷にかかる衝撃の緩和や走破性の向上、耐久性も上がり、今までよりも素早く物資の移動をすることができるようになった。
これを目にした信長様は直ぐに荷駄隊にゴムタイヤを履かせるようにタイヤの増産を指示され、ゴムタイヤも採算が取れる分野へと成長していった。
あとは草履の代わりとして作ったゴムサンダルや長靴などだろうか。
足袋の様な靴も作ってみて、俺が愛用したところ、瞬く間に家臣経由で良さが伝わり、足袋は高くて買えない者でも安いゴムサンダルの方が草履より足が痛くならない為に市販品は飛ぶように売れ、長靴も農民から田んぼで作業する時に泥が中に入らないと喜ばれた。
こうしてゴムは生産開始から数ヶ月も経たずに主要産業に拡大し、ゴム農園を直轄経営することで税収にも大きなプラスとして働き、ルイス・フロイスから譲られたゴムは越前の特産品へと昇華していくことになるのだった。
1574年3月。
田植えの為の苗作りが始まり、元美濃領国から連れてきた農民達が越前の俺の領内に分散し、近代的な稲作のやり方の伝授や、俺が品種改良を数世代かけて行い、味よし、病気、寒さに強く、そして大量に実る毛受米の種籾を各村に放出。
今年の収穫量増加の祈願(川に精子放流)も行なって、準備万端。
越前の領地運営もまだ食肉に抵抗がある住民が多いものの、養豚、養鶏に牛や馬の飼育も上手くいっており、何より朝倉氏が育てていた工芸産業の保護をしたことで、工芸品の売買でも高い利益を得ることができていた。
特にガラス製品の売り上げが上々で、俺も職人から幾つか器や鏡を貰ったが、出来栄えは見事と言う他無かった。
京方面に流しているが、飛ぶように売れる。
原材料も俺がなるべく安く仕入れられるようにはからったので、職人達はのびのびと製造することができているように思える。
そしてもう一つ最近大きな出来事と言えば、三国湊にて明国の密貿易船が来港してきたのである。
通訳を交えながら話すと、元々朝倉氏は日本海経由で明国の密貿易に関わりを持ち、技術交流や輸出入が盛んに行われていたらしい。
朝倉氏の屋敷を整理していたらやたらと漢文の書物が多いと思ったが、理由が判明した瞬間だった。
ガラス製造の技術や陶磁器関連の技術もこの密貿易で獲得したらしく、明国側は技術供与の代わりに密貿易を行っていたとのこと。
何故密貿易なのかと言うと、明国では海禁政策と言う決められた国の貿易船以外の交易は禁止と言う政策をしており、日本こと日ノ本の国は大内家っていう九州から中国地方に勢力を誇った大大名が大寧寺の変という反乱の末に当主が亡くなってしまったために明国との貿易窓口が無くなり、20年近く正常な貿易が停止していたのである。
まぁ明国に貿易再開をお願いする手続きを室町幕府が行うことができなかったというのもあるが……。
その為、各地の大名は明国との密貿易を独自に行い、富の獲得に勤しんでいたのである。
「なるほど……やたらと朝倉がしぶとかった理由はこれか」
金ヶ崎で痛めつけ、姉川でも徳川にボコボコにされ、その他でも度々ボコられていた朝倉であったが、なんだかんだ浅井を見捨てずに織田に抵抗を続けられた理由が密貿易による利益だったとは……。
京を織田に抑えられていたから工芸品を売る先が無いと思ったけど明国に売っていたのね。
『貿易しますか? しませんか?』
明国の商人的にはこれからも商売を続けたいらしいし、俺としても明国の生産品は手に入れたい。
利害が一致したことで、俺も密貿易デビューを果たすことに。
勿論信長様に報告はするが、信長様も明国から金が流れてくるのならばどんどんやれと言う命令が届き、だいぶ資金調達が楽になるのだった。
「紙の消費量がヤバい!」
越前に引っ越してから色々内政を回しているが、紙の消費量が無視出来ない水準に達していた。
理由としては拡張した文官達がまだ仕事に慣れておらず、ミスを連発しているため、どうしても紙の無駄をしてしまう。
他にも朝倉の資料を織田家の方式に移す為に今までの書類を書き写したり、人口流入による経済活動の活性化で商人達の紙の消費量が上がったというのも理由だった。
「どうするべきか……ん?」
俺は子供達が使っている黒板を見つけた。
十年近く前、俺が美濃に領地を貰った時にも家臣の育成に悩んだ事があり、その時に黒板を作って教材としていた。
あの時はチョークの材料の貝殻が美濃だとわざわざ尾張まで行って買い付けなければならなかったので、小規模の生産であったが、海に面している越前では大規模な黒板とチョーク製造ができるのではないかと思い、俺は家臣に黒板の製造方法とチョークの製造方法を伝えた。
黒板の作り方は木材の板に墨汁で黒く塗装し、その上から漆と柿渋を塗ることで黒板となる。
現代よりも品質は低いが、書いて布で消せるというのでも利点は大きい。
チョークについてはもっと簡単。
粉末にした貝殻と水を混ぜて粘り気が出たら型に流し込んで乾燥させれば出来上がりである。
どちらも比較的簡単に作れるので、木工職人に量産を命令し、それを家臣達や商人に流した。
商人達は商品のお品書きを黒板にすることで紙を節約し、家臣達も連絡事項を黒板で書いておく事で紙を節約することに成功し、少しだけ紙の需要を減らすことができたが、それでも紙の需要はまだまだ大きい。
和紙の増産にも力をいれるのだった。