【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
俺の名前は助六……越前で鍛冶屋をやっている者だ。
前までは朝倉の殿様の下で、鉄砲鍛冶をやっていたのだが、朝倉の殿様が負けて族滅となり、新しく津田の殿様がこの地を治める事となり、俺達職人連中はいち早く服従を選択した。
津田の殿様も朝倉氏に抱えられていた俺達職人を高く評価してくださり、好待遇で迎え入れられた。
ただ鉄砲鍛冶をしていた俺は困ったことになった。
津田の殿様が連れてきた元雑賀の鉄砲鍛冶達の技量が俺より明らかに上なのである。
俺が作った鉄砲は品質の良い元雑賀の鉄砲鍛冶に利を奪われ、店を畳んで一から学び直さなければならないかと真剣に考えていたが、そんなある日、津田の殿様がふらりと俺の鍛冶屋を訪ねてきた。
「津田の殿様、この度は何用で?」
「腕の良い鍛冶屋が居ると聞いてな。もし良かったら俺の考える品を作るのを手伝ってはくれないか?」
そう言われ、津田の殿様は俺に設計図を見せてきた。
それは自転車と呼ばれる乗り物で、上手く行けば馬の代わりになるのだとか。
俺が鉄砲鍛冶で培った技術を使えば作れると津田の殿様が言うので、この乗り物に俺は自身の進退を賭けてみることにするのだった。
ただ俺だけではこの自転車を作るのは労力がかかり過ぎると思い、木工職人の知り合いを呼んで、フレームと呼ばれる自転車の基礎となる部分を作ってもらい、車輪や足場(ペダル)、そして足場と車輪を繋ぐ部分(チェーン)を作り出して、はめていった。
設計図があったので試作品はあっという間に完成し、試運転をしてみると平地では走るより速く移動することができるが、振動が酷く、腰を痛める。
更に乗るのにも補助輪と呼ばれるパーツが無いと危なっかしくて乗れた物では無かった。
一応試作品は完成したので津田の殿様に見せると、いきなり補助輪を外して乗り始め、見事に乗りこなしていた。
普段から馬に乗って体を鍛えている人は体幹や平衡感覚が強いんだなぁと思っていたが、津田の殿様はこれでは残念ながら軍では使うことが出来ないと話す。
理由を聞くと、やはり振動の問題と速度が遅すぎる。
そして足場(ペダル)が重すぎると言われた。
振動の問題と速度はゴムという素材を使って車輪にはめ込めばある程度解決するが、足場の重さ問題は工夫してくれと言われ、頭を悩ませることに……。
自転車は幾つもの歯車を組み合わせて車輪を回す為、歯車の構造を工夫してみることにしてみた。
歯車が何個も噛み合わさっているから回転するのに重くなるのであるので、軸となる歯車と車輪の歯車の間にも歯車を噛み合わせていたところを、鉄製の紐……津田の殿様曰くチェーンと呼ばれる部品に変えてみたところ、ある程度足場(ペダル)の重さは改善することに成功し、更に軽くするために歯車の適切な大きさやチェーンの改良を繰り返していると、ゴムの量産ができるようになったと聞きつけた。
ゴムを使うとどれほど振動が軽減できるか荷車を用いて実験してみたところ、今まで壺を運ぶのには、箱におが屑を敷き詰めなければならなかったが、平地であればそのような事をしなくても壺が割れることなく運ぶことに成功したのだ。
これは自転車の振動も大幅に軽減することができるぞと思い、ゴムを車輪に巻き付けて走らせてみたが、確かに振動は減ったが、速度は思ったよりも上がらない。
考えても思いつかない中、とある職人がゴムの中に空気を入れた玉を作り、玩具として売り出したのを知り、それを購入して見ると、ゴムをぎっしり詰め込んだ玉よりも軽く、そしてよく弾む事を発見した。
これだと思い、ゴムに空気を入れた浮き輪を作り、それを車輪にはめ込んで、外れないように布で巻き付けるという方法をとってみた。
すると自転車の速度は今までの倍近く速く動くようになり、これならば津田の殿様も満足するだろうと、完成した自転車を納品した。
「おお、流石朝倉に仕えていた職人……腕が良い。もっと時間がかかると思ったが」
「設計図のお陰で時間を短縮することに成功しました」
「そうか。この自転車、作るとしたら1日何台作れる?」
「そうですね……今の人員ですと1日2台が限界かと」
「職人の数を増やし、1日25台作れるようにしろ。金は必要分払うし、当分自転車は1台1貫(現代価格で12万円)で購入しようぞ」
「は、はは!」
津田の殿様からの大口契約を勝ち取った俺は自転車の増産に取り掛かるのだった。
津田の殿様が街道の大規模な工事をしたおかげで平らな道を走ることができるようになり、自転車の利便性も大幅に向上。
更に自転車は武士達の嗜みとして補助輪が無くても乗れるように鍛錬されるようになり、その鍛錬の過程で競輪場という自転車競争をする場所を設けられた。
7人の自転車乗りが番号の書かれた名札を付け、更に分かりやすい様に色付きの服と同色のハチマキを身に着け自転車で競輪場を乗り回す。
入場者は投票券を買い、選手を選んで応援をする。
競争に勝てば投票券で米等の食材と交換ができ、投票券の一部は競技の運営資金、一部は選手への賞金、そして一部は領地の道の工事費用等に充てられる。
この取り組みは自転車が開発された2年後に始まった取り組みであるが、競馬と共に越前の名物として紹介されるほどの人気を博すことになる。
自転車作りの第一人者になった俺こと助六は弟子達に軍用の自転車を作らせて、俺は競技用の特注自転車作りにハマり、俺の自転車が競輪場で使われるのを見て満足気に頷くのだった。