【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
私……上杉謙信は思案していた。
好敵手であった武田信玄は既にこの世を去り、更に武田という家も信玄が亡くなって僅か数年で滅亡するに至ってしまった。
足利義昭公も京での権力を失い、毛利に保護され、そこから幕命をと私達上杉家を動かそうとしていた。
私の家……上杉家……いや、長尾家はそもそも坂東八平氏……関東に根付いていた平家の家柄8家の1つを祖とし、源平合戦で平氏が負けことで鎌倉に降伏した家である。
そのまま家は没落していき、一時は族滅になりかける悲壮な時代を得て、鎌倉末期より長尾家は上杉家に仕えることで命脈を保った歴史がある。
その後長尾家は分裂し、越後に拠点を持ったのが私の越後長尾家の始まりで、私が関東管領にこだわる理由は一族が関東出身であるからというのもある。
そもそも私は当主になる予定は無かった。
父上が健在の頃は寺に預けられていたし、私としても坊主として暮らすのは嫌であったが、当主となる兄の家臣として仕えられれば良いと考えていた。
しかし、時代と兄の体調がそれを許さなかった。
兄は元々病弱で、国人衆の纏まりによって統率している長尾家では父上のような全体を纏められる武威が求められていた。
しかし、刀を振るったり長陣に耐えることができない兄は家臣から見たら仕えるに値しないと思ったらしく、初陣以降活躍を続けた私を当主に押す動きが活発になってしまっていた。
私は兄とこのままでは長尾家が割れると腹を割って話し合い、結果、家臣に推される形で私が当主になることになってしまった。
世は戦国……弱肉強食の世界ゆえに力なければ滅ぶ定め……兄から当主の地位を奪ってしまったのは私にとっては本意ではなかったが、家を守るために仕方なく当主に就いた。
兄からは恨まれる結果になったとしても……だ。
そして越後守護であった上杉定実様が跡継ぎも無く亡くなったことで交友のあった足利義輝公より越後守護の座を引き継ぎ、長尾家もここで戦国大名と言える位置まで来たのである。
その後関東管領の上杉憲政様が北条との戦に負けて所領を失い、私に頼ってきたことで……私は野心を持ってしまった。
関東管領の職をいただけるのではないか……と。
私が義という言葉をよく使うようになったのもこの頃で、大義を使い、仲間を集め、長尾家の地位を上げていく工作をしていった。
家臣達からの受けも良かった。
大義がこちらにあれば、戦う理由にもあるし、正義はこちらにある。
北条との戦いもそれで優位に立つことができた。
そして私を頼って落ち延びてきた村上氏を助けて武田とも敵対することになったが、武田との闘争は私に活力を与えてくれた。
あの頃は素晴らしく充実した毎日であった。
ただ長尾家が強くなるにつれて家臣達は増長をし始め、私の命令を聞かなくなること、家臣同士での争いが絶えなくなってきてしまった。
命令を聞かない家臣によって負ける戦もあった。
勝手に撤退したことで武田や北条に押される戦もあった。
家臣のいざこざの仲裁で、楽しみにしていた戦に出られないこともしばしばであった。
税は中抜きして長尾家には少額しか納めないし、かと言って権限はよこせ、一族を優遇しろ、気に食わなければ出兵拒否。
それが1人2人であれば其奴を粛清すれば終わりであるが、長尾家の家臣全体がそんな様相をしていたため、私は呆れてしまい、出奔してしまった。
家臣達にその様な行いをすれば当主の座を降りるという警告も同時に行い、なんとか収めることができたが、私が出奔したことで武田や北条が長尾家への圧力を強め、また戦の日々を送ることに。
この頃になると前のような楽しさは少しずつ薄れ、義務感で動いていくようになってしまっていた。
しかし、再度上洛する機会に恵まれ、足利義輝公より管領並の役職が与えられて、義輝公より私は友であるとも言われ、天にも昇る気持ちになった。
私は再び燃え上がり、領国に帰った後に関東への出兵を計画。
いよいよ長尾家が関東に帰る時が来たのだと大義と情熱のままに兵を動かした。
北条に反発する関東諸将も私の下に参陣し、大地を埋め尽くすほどの兵を集め、一気に北条を小田原城まで追い詰め、少しの包囲の後に鎌倉に向かい、鶴岡八幡宮にて上杉定実様より上杉家の家督を継承すること、関東管領の役職を引き継ぐ事を許され、私は上杉輝虎へと改名するのであった。
その時が私の絶頂であり、それからは関東諸将の利害対立に振り回され、結局北条を倒し切る前に越後に帰還しなければならなくなったし、北条は直ぐに息を吹き返して私が占領した領土を次々に奪還し、上杉家の上野や下野といった領地すらも脅かされた。
更に武田も私が関東に向かっている間に動き、圧力をかけてきたので川中島で激戦を繰り広げて痛み分けになると、北条の盛り返しが見過ごすことができなくなったので再度関東に出兵することに。
北条を倒せば武田が圧力をかけ、武田の対応に戻ると北条が盛り返す。
そうしていると長尾家改め上杉家の財政は圧迫され、家臣達の不満が高まってきてしまった。
また家臣達が騒がしくなったので、私は闘争心を抑え込み、更には義に反する行動であるが北条とも和睦及び同盟を結び、領国の立て直しに注力する羽目になってしまった。
そうしているうちに私を常に楽しませてくれた武田信玄はこの世を去り、足利幕府も京から追放されて事実上滅亡。
私の元には不満を溜めている家臣達、ほぼ影響力を失った関東管領の役職、越後という領地しか残っていなかった。
私も不満が募り、酒の量も普段より増える。
そして自身の体がもう長くは無いということに気がついてしまった。
家督継承は姉の子である景勝と北条から同盟時代に人質として送られ、美男子だったために養子にした景虎の2名が居るが……ここに来て私の人生は何だったんだろうと思ってしまう。
必死に権威を上げるために足利幕府に多額の献金をし、義をねじ曲げ上司である上杉家から家督と役職を奪ったにも関わらず、その権威を担保する幕府はもう無く。
立場上敵対するしかなくなった織田と同盟関係が破綻し、再度敵対関係になった北条、そして私でも手を出せないほど血縁関係で混沌としている東北と……いつの間にか私は越後に押し込まれてしまっていた。
こんな何も無く私は死ぬのかと思うと虚しくなる。
家臣達は私の後継者達のどちらに付くかで派閥が出来上がっているし、また家臣同士で仲違いを始めていた。
もうこうなったら私は最後は自由にやらせてもらおう。
家のことなんかもう知らん。
家臣の事も知らん。
ただ闘争を求めるのみ。
そしてこの闘争心を満たしてくれる若き怪物が越前に居る。
津田又兵衛。
織田の切り札であり、私の好敵手であった信玄すらも認めた相手。
死ぬのであれば戦場で死にたい。
私は最後に残った時間と権限を使って最高の戦いをするため越中を瞬時に平定し、加賀へと向かうのであった。