【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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鮭の養殖 後編

 今年の春前に鮭の稚魚を放流したことは覚えているだろうか……あれから半年と少しが経過し、鮭が川上りしやすいように整えた場所に住まう漁師達から俺になるべく早く、一度見に来て欲しいと言われたので、川に見に行くと、3メートルサイズの鮭達が必死に川を登っているではないか! 

 

「鮭って成長に3から4年かかるんじゃなかったか?」

 

 そんな事を思いながらも、巨大化した鮭が川を埋め尽くし、漁師達が獲らえていくが、腹を割いて見ると、立派な筋子がびっしりと蓄えられていた。

 

「鮭を獲りすぎるなよ。欲張ると来年の鮭が来なくなるからな」

 

「へい! 領主様!」

 

 ただ川を埋め尽くすほどの鮭なので、ある程度は獲らないと逆に川が力尽きた鮭だらけになるし、鮭につられて熊が来ても困るので、漁師達にも頑張ってもらった。

 

 まぁ網を射掛けて引っ張れば鮭が数匹入っている状態なので、簡単に獲らえることができる。

 

 そして獲った鮭は次々に加工されていくことになる。

 

 まずはこの時代でも一番保存食としてここらの地域で有名なのが、鮭に塩を揉み込んでから軒下に吊るして秋から冬にかけての寒い風で干していく寒風干しと言われる手法である。

 

 ただ今年の鮭は平均3メートル級なので、小さめの鮭しか軒下に吊るす事が出来ないし、大漁の為、あっという間に軒下が鮭で埋まってしまった。

 

 ならばと次の保存方法で出てきたのが鮭フレークである。

 

 大きいならば切り分ければ良いと、鮭を3枚に下ろしてから、風が通る箱……運よく養蚕用の飼育箱がちょうど良く、新しい箱を取り寄せると、そこに段々と鮭の切り身を入れて干していく。

 

 干されたら切り身から骨を取り除きながら身をほぐしていき、壺に入れてゴムパッキンをした後に湯煎しながら密閉する。

 

 すると長期間食べられる鮭フレークの保存食の完成である。

 

 これを信長様に贈ったところ、大喜びであり、塩っ気の効いた鮭フレークを朝の茶漬けに乗せて食べると、茶漬けの味が濃くなるし、鮭の味がしてとても美味いとお褒めの言葉を頂いた。

 

 基本壺詰めなので、焼き物職人達も均一の大きさの壺を大量に焼く必要が出てきて大忙し。

 

 それが焼き物職人の腕を更に上げることにも繋がり、職人が丹精を込めて焼いた綺麗な壺に鮭フレークを入れて輸出すると、これが堺の商人や明の商人に大受け。

 

 中身の鮭を食べ終えても綺麗な壺は残り、それを花瓶代わりとして使って茶室に置くというのが、この頃流行り始めていた侘び寂びの茶道のあらゆる物を茶道具として楽しむ姿勢とリンクし、しかも侘び寂びの茶道は基本地味なのが主体だったが、食べ終えた壺なので、幾ら綺麗であっても使い終えた壺だから侘び寂びに合っていると商人達は判断したのである。

 

 そのまま鮭だけでなく、他の保存食の壺も売れるようになり、一大ムーブメントに発展。

 

 発信地点となって、製造を管理していた津田家に莫大な富が入ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとは腹の筋子の処理である。

 

 筋子を加工してイクラにし、醤油漬けにしてから食べる。

 

 暗所に置いておけば冬の時期であれば1週間は持つが、湯煎しての壺詰めにはできないので、長期保存ができない為、地元の料理として消化されていった。

 

「んん! 戦国時代に来てイクラ丼を食べることができるとは!」

 

 あと最近知ったが、キスの事を接吻という前はお刺身と呼んでいた事があったらしい。

 

 キスは基本双方好きな者でないと行わない

 ↓

 その者達は男女が裸で触れ合う

 ↓

 切り身になった刺身も裸で触れ合っているようなもの

 ↓

 接吻=お刺身

 

 という流れでキスをお刺身と呼んでいたのだとか……。

 

 海産物を取り扱う地域発祥の言葉なので港町で使う隠語であったが、これ種付けおじさんにも効果無いか? 

 

 そう思い、鮭の刺身を食べてみることにした。

 

 勿論やるのは海鮮親子丼……鮭とイクラの親子丼にして食べたところ、その数時間後に腹痛に見舞われてしまった。

 

 普通にアニサキスに当たったらしい。

 

 まぁ頑丈な俺は1日で腹痛を治すと、流石に鮭を生で食べるのは危ないと学習し、鮭の刺身をしゃぶしゃぶして食べるようにしたのだった。

 

 これが領民にも受けて、新鮮な鮭を刺身にし、湯だった鍋でしゃぶしゃぶにして食べる越前と加賀の郷土料理になっていくことになるのだった。

 

 

 

 

 

「又兵衛は本当に美味しい料理を思いつくな!」

 

「うむ、鮭しゃぶは美味じゃった」

 

 勿論鮭しゃぶの安全を確認してから嫁達にも振る舞い、新鮮な鮭をしゃぶしゃぶして食べ、余った切り身や野菜を入れて鍋にしてかき込むスタイルは銀子とマリアの2人に大受けし、度々昼飯にねだってくるようになっていた。

 

 今日は俺含めて3人で鮭しゃぶをしていたのである。

 

「これよこれ! 豚肉でしゃぶしゃぶするのも良いが、鮭の濃厚な旨味も良きじゃな!」

 

「又兵衛! ご飯おかわり!」

 

「本当銀子はよく食べるなぁ。腹に子供がいると胃袋が押されて食欲減るんだぞ」

 

「なに、私は特別だからな! 子供の為にも食べるのが私の仕事だ! 私の直子だからもしかしたら毘沙門天の化身が産まれてくるかもな!」

 

「軍神の子も軍神かよ……やだよ毘沙門天信仰しすぎて女を抱かなくなったら」

 

「それは仕方がないことだ。そうでなければ毘沙門天様がそっぽを向いてしまうかもしれないからな」

 

「うちは金精大明神信仰しているから逆に子供を産まないと罰当たりになると思うが……」

 

「なんじゃ、神仏ガブリエル教に従っているのではないのか?」

 

「あんなゲテモノ宗教に従えるか……マリア、わかっていてからかっているだろ」

 

「さて、どうじゃろうな! あ! 銀子! その刺身は儂のじゃぞ!」

 

「油断しているマリアが悪い!」

 

「むむ! 又兵衛! 刺身追加じゃ!」

 

「はいはい」

 

 俺は鮭を持ってくると、包丁でおろして刺身を追加していく。

 

「又兵衛、信長は本願寺との長期戦に切り替えた……という事は次の狙いは上杉ですか?」

 

「うーん、上杉はとりあえずどっちが勝つか見極めねぇと」

 

 上杉家では壮絶な内乱状態に陥っており、夏頃から本格的な武力衝突に発展していた。

 

 上杉謙信の甥である上杉景勝を推す一派と北条出身ながら謙信に可愛がられた上杉景虎を推す一派で血みどろの内紛であり、上杉旧臣は景勝を推していたが、上杉謙信の武力に従っていた新参者や国人衆、更には北条より支援が入りほぼ互角の戦いとなっていた。

 

 柴田のオヤジ殿も伊達に織田家の方面軍を任せられる将であり、負けそうな方に影から支援することで戦力を拮抗させて、内紛を更に煽るという政治的な立ち回りを披露しており、信長様から現状の筆頭家老は権六(柴田のオヤジ殿)だと絶賛されていたりもした。

 

 銀子は複雑そうな顔をしていたが、マリアより

 

「上杉の家臣は言うことを聞かずに、勝手に期待して身を苦しめるだけであったのだろう? 自分の子供には上杉ではなく長尾の名跡でも継がせればよかろうて」

 

「そういうがな……私の半生は何だったのかと思ってしまってな」

 

「銀子は気にしすぎなのじゃよ。もっと肩の力を抜いて今は子供を産むことだけを考えるのじゃ」

 

「……それもそうだな。又兵衛おかわり!」

 

「まだ食べるのかよ!」

 

 

 

 

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