【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
北府競馬場が一般開催される少し前……とある男が馬を乗りこなしていた。
「僕……いや俺もなんだかんだ又兵衛様に引き上げられたな」
それは津田家で古参家臣である菊八であった。
又兵衛に出会ってから12年……最古参である菊八は今では武将として名を馳せている1人である。
嫁の藍との関係も良好で、なんだかんだ5人の子宝を授かっていた。
そんな事を菊八はこの度、競馬場の責任者に任命されていたのである。
いや、正確には騎馬隊の隊長であるが、騎兵の育成のために競馬場を使うため、そのまま責任者も任されたのである。
「俺も今では歴戦の猛者なのかな?」
斎藤家との戦から始まり、北伊勢制圧戦、筒井との戦、上洛戦、金ヶ崎撤退戦、浅井との戦闘、武田の西上作戦、朝倉追撃戦、長島一向宗鎮圧戦、長篠の戦い、加賀制圧戦、上杉との戦闘、紀州征伐……ほぼ毎年何かしらの戦闘をし、手柄を立て続けた菊八は津田軍でも有数の武将として認識されていた。
ちなみに津田軍四天王と呼ばれる者達は筆頭の島左近、鉄砲名人の的場昌長、文武両道の稲葉重通、寡兵でも敵を徹底的に足止めする土橋守重の4人とされていた。
その下に忍び頭の霧丸、怪力の熊部、追撃の鬼栗犬、竜騎兵の菊八や又兵衛の息子達の名前が出てくる。
これだけ部隊長として生き残った菊八は十分猛者である。
身長も180センチを超える巨体となり、幼い頃の面影はほぼ無くなっていた。
「菊八様!」
「ん、調教担当の園田か。どうした?」
「どうですか? 私が鍛えた馬は」
「うむ、よく鍛えられているな。これならば競争でも勝ち負けになるだろう。俺が乗って競争に出たいくらいだ」
「はは、菊八様が出られると他の者が萎縮してしまいますよ。出世を目指す若者にそこは譲ってくだされ」
「うむ……仕方がないな」
馬から降りた菊八は手綱を引き、担当に綱を託す。
綱を受け取った担当は、馬具を外しながら、菊八に一般公開に向けての日程を聞き込む。
「一般公開となれば競輪場の様に人が集まることになるだろう。混乱を想定して初期は人員を増やして対応することにしよう。数ヶ月も運営すれば傾向も分かってくるだろうしな」
「は! 我々元忍び達は新たな働き口なので、絶対に成功させてみせます!」
「うむ! その意気だ。俺も頑張るから成功させるぞ」
「はい!」
「前進……いーち、いーち、いちにい!」
「「「「いちにい!」」」」
「悟! 遅れているぞ! 気合い入れろ!」
「はい!」
常備兵増員の為、熊部は兵の育成の為教官をしていた。
今日は集団移動の訓練をしており、新兵達の悲鳴が聞こえてくる。
と言っても俺から見れば、やっている事は小学校とかでやっている集団行動の延長線でしかない。
しかし、集団行動ができないと軍として効率的に戦う事ができないのも事実。
例えば戦で陣形次第で有利にも不利にもなるのだが、陣形を素早く変更できれば、相手よりも有利に立ち回ったり、奇襲から素早く立て直す事ができたりする。
更に鉄砲の重要性が高くなってきた今の戦においては、隊列を組んで鉄砲を運用することが多くなっていた。
(三段撃ちではないけど、銃手と弾込めを交互にすることで、雑賀衆が得意としていた連撃と呼ばれる手法は津田軍でも浸透したな)
津田軍の使っている銃も火縄から火打石を着火剤に使う様になった為に火縄よりも暴発するリスクが減り、火縄銃を使う部隊より、密集して銃を放つことができるようになっていた。
そのため集団行動や隊列を組んだ状態で銃撃戦を行う、戦列歩兵と呼ばれる戦闘方法が津田軍では真剣に研究されるに至っていた。
個人武芸からより集団により火力を叩き込む戦への変化……信長様も精鋭による部隊運用から火力を用いた戦へシフトしており、織田家重臣達はそれに見合った戦い方を常に模索していたのである。
その1つが火力の集中運用である。
うちの軍では音将率いる大筒部隊が居るため、敵の射程外から攻撃を加えることができる。
まだ未成熟な大砲であるが、威力は十分であり、固定目標への破壊力も絶大であった。
それにうちの銃は銃身が他所の銃よりも長めに作られており、射程が少し長い。
弾込めに時間がかかる欠点は早合い(紙薬莢)と十分な訓練、連撃等の運用方法により解決していて、集中運用は得意分野になりつつあった。
更に銃撃に動じない軍馬の育成も進んでいた為、馬上筒……馬上で扱える様に改造した銃を用いて即時移動からの火力を叩き込む……という機動戦もできるようになっていた。
整地されている場所限定ではあるが、自転車部隊も同様の攻撃ができる。
まぁ結局何が言いたいかと言うと、今後の戦に出る銃兵は集団行動ができないとお話にならない点である。
「個人の武芸で活躍できる時代の終焉……かぁ……」
個人武芸で成り上がった俺がそれを否定する戦術を作り上げているのに、少々思うところはあるが、アップグレードできなければ、織田家の重臣はやれない。
俺の元上司である下方貞清殿なんかがいい例である。
槍の名人である彼は織田家が分裂していた時から信長様を支えた忠臣ではあるものの、大軍を指揮する才能に恵まれず、更に鉄砲の運用も不得意であった為、一時期は丹羽殿と一緒に安土城建築の奉行として働き、歳によって体力も落ちてきた為前線から退いて、安土城に詰めて内政官の1人として働いていた。
本人はこれ以上の出世は望めないと笑っていたが、お世話になった人なだけに、時代に取り残されてしまった下方殿を見ると、俺も常に学び続け無いと、激動の今の時代に取り残されてしまうと危機感を抱いていた。
「信長様が天下を統一して……信忠様が引き継いだ時に、津田家を残すことができるのだろうか……俺自身はあと30年は現役で居るつもりだが……どうなることやら……」
天下統一後を見越して動かなければならない地点が少しずつ近づいてきていると感じるのだった。