【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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水野信元他水野一族誅殺事件

 1579年の正月三が日も終わり、俺が正月の挨拶の為に信長の居る安土城で信道様と談笑をしている時に事件が起こった。

 

「信道様も今年で16(数え年)……大きくなりましたな」

 

「馬殿、何を今更……越前でよく仕事をする仲ではありませんか」

 

「いや、それでも赤ん坊の頃から知っているので、こんなに大きく育って帰蝶様も喜ばれたのではないですか?」

 

「母上も結構な歳だからな。まぁ馬殿に気を注入してもらったお陰で活力が湧いてきたって喜んでいたが」

 

「織田家の為にできることであれば私は動きますよ」

 

「よくいうな。馬殿は……ん? なにやら騒がしくはありませんか?」

 

「そうだな……」

 

 すると俺の家臣の忍びが俺に耳打ちをしてくる。

 

「な、なに!? それは本当か!」

 

「はい、水野信元様他水野一族の中核数名が徳川家康の命により誅殺が行われたと」

 

 水野信元殿とは尾張と三河国境に約10万石の領地を持つ国人であり、徳川家康様の母方の兄でもある人物でお人好しであることでも有名な人物であった。

 

 そもそも水野家は織田、徳川両家が飛躍する前……桶狭間よりも前から織田に従属していた一族であり、信長様が当主になってからも織田家と徳川もとい松平家の融和を考えて動いていたり、織田家と徳川家が同盟に至る清洲同盟を主導したり、信長様の娘と徳川家康様の長男の婚姻を取り纏めたりと度々外交面で優れた手腕を発揮していた。

 

 合戦でも姉川の戦いや武田との戦、最近だと柴田のオヤジと共に北条攻めの一翼を担う活躍をしていたのであるが、何故今徳川家康様は彼らを粛清したのか……安土城に居る者達にも動揺が広がっていた。

 

「信長様であれば詳しい事情を知っているかもしれない」

 

「私から父上に席を設けてもらうようにお願いします」

 

「付き添いという形で同行させてもらいます」

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します父上。正月の忙しい時期に席を設けてもらい感謝します」

 

「信道か、馬も居るな」

 

 その部屋には嫡男である信忠様も居られていた。

 

「恐らく竹千代(徳川家康)が信元を斬ったことに余が関わっているか聞きに来たのであろう」

 

「はい」

 

 流石信長様……部屋に来ただけで何を聞きたいか把握されるとは……。

 

「正直に言うと余も少しだけ関与してはいる。というより水野は織田徳川両家に従属する国人故に数年前より扱いをどうするかという話は出ておった」

 

 信長様的には織田家が分裂して御家騒動を起こしていた時期から一貫して信長様支持を表明し、大領を得る今に至るまで尽くしてくれた水野家を信長様は身内判定していたので、立地的に邪魔でも粛清するのはあり得ないとして、俺が開発して整えていた越前を水野家に任せるつもりであったらしい。

 

「越前を水野家に? でしたら信道様は?」

 

「そりゃ勿論美濃だ。帰蝶との子だぞ。美濃衆からも度々美濃の主に信道を要望する声が届いていた」

 

 信長様の構想では、天下統一を完遂次第、権力を信忠に移行させ、尾張で余生を過ごし、安土は信忠に譲ることで二代目に権力が譲渡されたというのを内外に見せるつもりであったらしい。

 

「馬には悪いが越前だけでなく、能登と越中も与力にしている者を大名に格上げし、加賀を毛受家、越後を津田家と分散させるつもりであった」

 

 信長様には越後は開発ができれば200万石を超える米どころにはなると伝えていたので、加賀と越後を合わせれば300万石……こんな巨大な家を分散しなければ新たな火種になりかねないと気にしてくださっていたのである。

 

「中華の皇帝は、皇帝になると建国の功労者の家臣達を粛清したがる傾向が強い。日ノ本でもそうだ。鎌倉は源頼朝が早期に亡くなったことで家臣達が対立し、結果源の直系は断絶。それを執権の北条一族がまんまと乗っ取ってしまった。足利も南北朝という動乱が発生し、基盤を固めるには至ってない。余としては新しき世の中は泰平の世でなければならんのだ」

 

 そのために功臣達は中央からは離れた場所に配置する代わりに大領を与える。

 

 信長様の中で大領を与えても統治できると考えられている功臣は、俺、秀吉殿、明智殿、丹羽殿、滝川殿、柴田のオヤジの6名。

 

 他は2カ国以上の国を与えるつもりはないと断言した。

 

「塙直政殿は……石山攻めで頑張っていますし、重臣の1人ですが」

 

「あやつの器量では抱えられる国は1国止まりだ。安土近く、京のある山城の国を任せているのに関わらず、統治能力は細川(藤孝)以下。正直能力だけであれば亡くなった荒木や追放した佐久間の方が優れておったな。伸びしろがあると思っていたが……泰平の世が来れば奴は派閥を作り、統治の邪魔になる。余が権力があるうちに奴も使えるだけ使って追放じゃな」

 

 こういう合理的過ぎる思考をするところが信長様の怖いところである。

 

 使えるよりも伸びしろを感じなくなって、それが統治に害を与えそうであれば功臣老臣でも容赦なく切る判断をする。

 

 それだけに信長様はまだまだ伸びしろがあるし、統治能力や外交能力もあり、何より恩人でもあった水野信元を斬った徳川家康様の思考がわからないのであろう。

 

「竹千代の奴……何を考えている?」

 

 信長様でも測りかねるが、徳川家康様の視点で考えると、俺は確証は無いけど、何となく状況が読めてくるものがあった。

 

 それは織田家よりも家臣間での仲が悪いというのと、織田家よりも土地に家臣達が縛られているのが大きいのである。

 

 織田家は各方面軍と信忠様、信道様をそれぞれ押す派閥が存在するが、信道様は越前にいるので支持母体の美濃から切離されているため織田家後継者争いからはリタイアしている状況であり、他の信長様のご子息達も器量実績性格共に合格である信忠様に後継者争いを挑む馬鹿は存在しない為、後継者争いは他家よりも分かりやすくなっているし、各方面軍の派閥争いも俺が潤滑油になっているため大将同士では比較的仲が良かった。

 

 一時期柴田のオヤジ殿と秀吉殿の仲があんまり良くない時期もあったが、互いに子供が産まれたことで余裕ができて、互いの領地の特産品を季節の贈り物として贈り合うくらいには仲が回復していたし……。

 

 そんな織田家に比べて、徳川家では対立しあっていた松平家臣団、今川を滅亡させて吸収した今川家臣団、そして武田を滅ぼして吸収した武田家臣団と対立する3つの派閥を抱え込んでおり、その派閥の長同士もあんまり仲がよろしくなかった。

 

 あと家康様の後継者である徳川信康の母親が今川出身だったこともあり、今川派閥を重用する傾向が強く、あとメンヘラ基質の三河武士達が私に構ってくれない信康君なんか嫌い……みたいな面倒くさい行動をしていたため、今徳川家は外側から見るより中の統制がぐちゃぐちゃしていた。

 

 それを家康様と側近衆の調整能力で回していたので、恐らくお人好しの水野信元が良かれと思って何か行動を起こしたのであろう。

 

 それが多感な時期の家康様を刺激して……という多分両者の思い違いで起こってしまった不慮の事故説を忍び達から聞いた情報と信長様から教えていただいた情報から推察したが、あくまで推察なだけなので……。

 

 ただちょっと引っ掛かるのが明智殿が言っていた徳川家康様に気をつけろ……という発言。

 

 もしかしたら俺の考察以外にも何か考えがあるのかもしれないと思わずにはいられないのだった。

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