【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
1564年、春……田植え作業が終わった頃に木曽川中流に作っていた砦が完成し、織田軍は軍事行動を開始した。
俺は足軽大将として約100名の足軽の部下を付けられ、武功を挙げてみよと信長様から言われた。
「又兵衛も大変だぎゃ」
「秀吉さんも息子さんが産まれたのに挨拶に行けずに申し訳ない」
「いやいや、忙しいって話は城下に居たオイラにも聞こえてきていたから仕方がない。さて、オイラはさっそく城を落としてくるかね」
「あれ? 秀吉さんも足軽の数は100名程度ですよね? どうやって城を落とすんです?」
「なに、武力で落とすだけが城攻めじゃないからな。又兵衛がイチモツで城を落とした様に、オイラは口で落としてみせるよ」
そう言うと、秀吉は信長様に鵜沼城の攻略を任せてはくれませんかと嘆願し、面白そうだとこれを聞き入れた信長は秀吉に鵜沼城の攻略を命令。
これに答えて秀吉は嘘と真実を織り交ぜた口八丁の弁論で鵜沼城の城主を説得し、わずか3日で敵味方死傷者を出さずに落城させた。
「よくやった猿! 褒美に鵜沼城の城兵から幾らでも家臣を募ることを許そう」
鵜沼城を落とした秀吉は更に出世することになる。
鵜沼城攻略に兵を割かなかった分、他の城では力攻めが行われ、柴田のオヤジ殿や丹羽長秀様、森可成などの重臣だけでなく、池田恒興、佐々成政、前田利家等の信長親衛隊の隊長格の面々も大活躍して中美濃の城を次々に陥落させていった。
その頃俺は何をしていたかと言うと、以前美濃の地図を作った際の農民や地侍達を味方に引き込み、情報のネットワークを構築。
そして中美濃北部の関城、加治田城、堂洞城の3城の城主達がそれぞれの娘を相互に人質に出して対信長の防衛線を構築しようと画策しているという情報をキャッチし、俺は更にその娘達が何時それぞれの城に出発するのかの情報まで収集すると、この娘達を護送する一団に襲撃を仕掛けた。
まず指揮官と思われる武将を俺が弓で狙撃し、戦死させると、控えさせていた兵に雄叫びを上げながら襲わせて、姫達を奪取する。
とりあえず加治田城主の娘の八重緑という姫を捕まえた。
人質のハズの姫が一向に届かないことに関城と堂洞城の城主は加治田城の城主に抗議を入れるが、兵達により織田軍に襲われて姫を奪われたと聞いた加治田城主は血の気が引き、織田家がすぐそこまで迫っていると誤解する。
そのタイミングで、俺は加治田城に乗り込み、織田家に降るのであれば八重姫を返却するという条件で、降伏を促すと、気の弱かった加治田城主は降伏を決断。
ただ加治田城の城主の座を安泰とするにはもう一働きした方が良いと進言し、八重姫に似た女性と兵を幾らか用意してもらい、堂洞城に姫の輿入れを偽装してもらうことにした。
俺と配下の兵はすぐに加治田城の装具を借りると、付け替えさせて、輿入れを偽装して、堂洞城に堂々と侵入。
内部から攻撃された堂洞城はあっという間に兵達が逃げ出し、二の丸、三の丸が陥落、残すところ城主一族が籠る本丸のみとなる。
俺は降伏を促す矢文を放つが、卑怯な手で攻撃をした織田家に降ることは無いと徹底抗戦の構えを崩さない。
そこで俺は闇夜に紛れて、本丸の城壁をよじ登り、城壁の上に立つと、暗闇の中、本丸に立て籠もる兵達を弓で狙撃を開始した。
種付けおじさんは闇夜でも獲物を見つけることができるストーキング技術を応用し、普通に狙うことができるので、狙いを定めた。
強弓に矢をかけて、次々に放っていくと、矢は吸い込まれるように敵の頭に突き刺さっていく。
本丸を守っていた兵士、壁際の部屋で作戦会議をしていた武士達、慌てて廊下に飛び出してきた一門の若者、矢の本数分だけ殺し回り、それを毎晩続けた。
闇夜に紛れていつ殺されるか分からない状態だと、寝ることもできず、どんどん本丸に籠もっていた者達は睡眠不足で弱っていく。
抵抗が弱まったところで、俺は兵達に本丸の総攻撃を仕掛けさせ、本丸は簡単に陥落。
城主達一族男子は切腹し、自害し、女性達は保護されて尼寺送りとなるのであった。
10日で城2つを攻め落とした報告は信長様にも届き、信長様は堂洞城を中美濃攻略の本拠地とすることに決め、本陣を堂洞城に移した。
「馬、見事な活躍だったな」
「は! ありがたいお言葉!」
褒美は中美濃攻略が終わってからと言われた為、保留であったが、期待しておれと言われたので、数百石の加増があるかもしれない。
そのまま残った関城攻めとなり、ただでさえ3つの城が力を合わせて信長に抵抗できるかどうかの戦力だったのに、2つの城があっという間に寝返ったり、陥落してしまったので抵抗虚しく、数日で落城。
夏が本格化する前には中美濃攻略は完了し、東美濃も中美濃が陥落したことで降伏。
この間、美濃大名であった斎藤龍興は有効な手を一切打つことができず、援軍を決めたのも関城が陥落してからと遅さを露呈し、残っている美濃国人衆達からの支持を一気に失っていくことになるのだった。
中美濃攻略が終わり、論功行賞が行われ、活躍した者が信長様より呼ばれていった。
「馬、お主は加治田城を降伏させ、堂洞城を僅かな手勢で陥落させた。美濃攻略において大きな働きをした。よって美濃加茂村1000石の加増と以後評定への参加を言い渡す」
「は、ははぁ!」
つい数ヶ月前に100石へ加増されたばかりであるが、一気に1000石への加増が叶った。
月に1度小牧山城で開かれる評定に参加するが、それ以外はある程度の自由が利く。
この中美濃一帯は森可成様に任せられることになったので、織田家の評定には参加するが、立場は森可成様の与力というのになる。
なので本来の仕事は森可成様のところで兵の鍛錬だったり、城の補修工事の従事なのだが、信長様から
「戦では森の部隊に組み込むが、将来的には将として育てたい。よって農閑期には小牧山城で仕事をするように!」
とも言われてしまった。
ただ、1000石の加増は信長様からの試練と受け取った。
俺が将来国持ちになりたいと言ったことを覚えていたためか、まずは1000石を運営してみなさいと捉えることもできる。
「とりあえずまずは引っ越ししねぇとなぁ……」
今まで生活してきた拠点を放棄することになるが、武士として偉くなるなら引っ越しに慣れておくのも必要だ。
こうして俺は足軽大将としては多めの1000石の領地を持つ武士に成り上がることに成功するのだった。
元領主だった者の屋敷に引っ越した俺は、さっそく嫁達や雇った孤児達を呼び、前の屋敷で飼っていた家畜達も引っ越しさせた。
「前の家と比べると随分と広い家ね!」
「雫の質問に答えると、もともと堂洞城の家老の方が住んでいた屋敷で、200人以上の兵を動員するために自身の権力を示すのに大きな屋敷にしたらしい。まぁその人は戦死したんだが」
「へぇ……」
「さて、まずは家臣を集めないといけないな」
「家臣ですか?」
「ああ、はじめの実家をさっそく頼らせてもらうぞ」
「はい!」
引っ越し作業を終わらせた俺は1000石の領土を管理するための家臣として、はじめの実家を頼らせてもらった。
彼女の実家は伊賀の忍の里の上役。
傭兵稼業で稼いではいるが、それは基本非正規雇用。
俺が正規雇用を頼めば、若者を幾らか引き抜けるだろう。
というわけで、俺は馬に乗って伊賀の里に向かい、久しぶりにはじめのお父さんや伊賀の里の人達に会ってきた。
で、俺が1000石の領主に出世したことを伝えると、相手方の方から売り込みが来て大変なことに……。
とりあえずはじめの兄弟と中忍クラスと下忍クラスの忍び、あと忍び働きは今ひとつだが、文官にはなるだろうと仕込まれた若者数人の合計50人ほどを雇い、加茂村に戻るのだった。