【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
走り続けること数時間……塙直政が敷いていた軍勢の包囲を突破し、京から脱出。
そのままの勢いで丹波国へと落ち延びていった。
「見えた! 亀山城!」
明智光秀が丹波や丹後攻略の拠点としていた亀山城。
全ての能力が満遍なく高い秀才の明智殿らしく、実務に重きを置いた堅実な城である。
「止まれ! 何奴!」
「津田又兵衛だ。明智光秀殿に火急の知らせがあり、早朝ながら参った!」
すると衛兵達は顔を見合わせた後にゲラゲラ笑いだし、
「津田又兵衛様は織田家の重臣中の重臣だぞ、片足の草履も無いような小汚いお前が又兵衛様の分けないだろ」
「ええい、話にならんな! 本気で急いでいるんだ……ごめん!」
俺は衛兵の隙間を縫うようにすり抜けると、土壁をよじ登って城の中に入る。
「く、曲者だ!」
カンカンカンと鐘が鳴らされ、場内に緊張が走り、俺は集まってきた明智殿配下の兵達に囲まれながらも、奥へ奥へと進んでいく。
「明智殿! 俺です! 又兵衛です!」
叫びながら更に奥へと進むと、何事かと明智殿の姿が見えた。
「ま、又兵衛! お主がなぜここに!」
兵士達は俺が本物の又兵衛だと気がつくと困惑しながらも主である明智殿を守るように前に出るが、明智殿が彼らを押しのけて、俺の目の前に出る。
「京にて事変……塙直政謀反……信長様と私だけで京から脱出しました」
「な、なんと……信長様は……」
「コチラに」
俺が後に背負っている籠を下ろす。
明智殿は首だけになった信長様を想像したのであろうが、赤髪の少女が出てくると、困惑の表情を浮かべた。
「金柑(明智光秀の信長様が呼ぶあだ名)、呆けるのは余もわかるが、まずは馬を労え」
「又兵衛、この少女が信長様だというのか……」
「はい、本能寺にて切腹をしており、私が救出した際には死にかけていたので、神通力を使い少女の姿で蘇生いたしました」
「にわかには信じがたいが……又兵衛がボロボロになりながらここまで来る理由にはなる。おじさん的には信じがたいが……ねぇ」
「状況を説明します!」
俺は明智殿や周りの家臣達が困惑を極めているが、地面に座り、まるで罪人が最後の言葉を振り絞るように塙直政の蛮行及び、塙直政単独での犯行は不可能と思われるため、他にも何名かの手引きがある可能性が高いこと、僧兵が混じっていたことから、武装解除した本願寺の僧兵や過去に潰した比叡山延暦寺の残党、鉄砲の音から雑賀衆の残党等の複数が協力し、犯行に及んだと説明する。
「しかし、謹慎中であった塙直政があれだけの軍勢を集められたとは思いません。他にも関わった者が居るかと……」
「ふむふむ……確かにそれだけの残党が集まれば犯行は可能だね……でもそれだけの策を練れる人物は限られているね……いや、ちょっと待てよ……信忠様はどうなったんだい又兵衛!」
「信忠様が滞在していた二条城も炎上していたことを確認しています。安否は不明ですし、信忠様に仕えていた織田家の未来を担う家臣達の多くも……」
「なんと……」
信長様は信忠様に家督を継承後、織田政権の運営ができるように多くの家臣の子息を信忠様の家臣にして育てていたのであり、今回の京への護衛もこんな大事件が起こるとは思っていなかったので、箔付けの為に多くの有力な若者達が派遣されていたのであるが、二条城と共に焼け死んだとなれば織田政権の根底が大きく揺らぐ。
「金柑、余もこの状態だ。生きているとはいえ、政権運営は不可能。実質死んだも同然だ。信忠が生きていれば問題は無いが、死んだ場合信忠の息子吉法師はまだ幼い、当主代理を立てなければならんが……」
「信道様に出張ってもらうしかありません……しかし、信道様の家臣と言うと、ほぼ又兵衛の家臣と兼任しているのが殆どでは」
少女のあまりに堂々とした受け答えと織田家中枢でしか分からない会話をするので、明智殿も今はこの少女を信長様と見立てて会話をするようになっていた。
「が、塙直政の軍勢が京付近に居る。一番近い滝川と米五郎左(丹羽長秀のあだ名)は本願寺との挟撃を恐れて動くことができん、柴田は遠方、馬の軍勢は当主不在で動けん……動けるのは猿と金柑お前だ」
「おじさんですか……腹をくくりましょう。(斎藤)利三! 直ぐに動かせる軍勢は幾らいますか!」
「号令をかければ5000は集まります。時間をかければ1万は集まるかと」
「又兵衛、敵兵は幾らか」
「少なく見積もって1万、本能寺と二条城を別々で取り囲んでいたので、2万は居ると思ったほうが良い」
「備後の秀吉に伝令を飛ばせ、緊急事態だ。あいつの将兵を使いたい。それに越前の津田家にも又兵衛が無事なこと、信道様を大将として出陣を促せ!」
明智光秀……齢60を超えて今肉体、頭脳共に最盛期を迎えようとしていた。
そこには史実で三日天下で終わった人物ではなく、天下人と呼ぶに相応しい将器に満ちあふれた人物が……そこには居た。
「敵は京にあり!」
明智殿が長年復興に尽力していた京に再び大乱の兆しが刻々と近づいていたのであった。