【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
亀山城の将兵が慌ただしく動く中、俺と信長様は寝間着というかちゃんとした服装に着替え直し、信長様に女性物衣服が渡された。
「馬、余はこれを着なければならぬのか?」
「我慢してください信長様……」
「うむむ……いや、傾奇者として女装束に身を包んだことはあったが……この年齢になって再び着ることになるのは」
「今の信長様は少女の姿なんですがね……」
「この姿では槍もろくに振れんからな……」
ちょっと信長様は悲しそうな表情を浮かべるが、明智殿が、やってきて。
「又兵衛、信長様。出陣は明後日になるかと」
「うむ、猿の軍勢が合流すればまず負けることはないだろうが……奇妙(織田信忠)が亡くなっていた場合がややこしくなるな」
「それは先ほど話した通り信道様を当主代行に立てるしかありませんし、混乱を突いて、各地の反織田勢力が息を吹き返す可能性があります。西の毛利、東の北条は領地を削られていたとはいえ健在、東北、九州、四国の諸勢力の動きや同盟国である徳川にも目を向けなければなりません」
明智殿が冷静に状況分析をするが、信長様は家康が含まれているのが気になると言う。
「おじさん的には徳川家康が黒幕である可能性も追っています。かの家中は水野一族粛清で全体が動揺が広がっていたのと、三河時代からの譜代、今川家臣、武田旧臣、それに嫡男の派閥と4つに分かれていると聞きます」
徳川家は軍事改革を行なってはいたが、派閥ごとに一定の兵数を出すように……というのが強く、織田家の様に中央集権的なトップダウン式の指揮系統の確立は失敗していた。
そして徳川家は織田と同盟関係であるが、家臣達の中には織田家に恨みを持つ者や、織田と徳川の力関係的に従属大名の様な立場になっていることを不服に思う家臣が一定数いることは、俺や明智殿は忍びを使って知っていた。
勿論信長様も知るところだと思うが、信長様の悪癖である、一度身内判定するととことん甘いという性格が徳川家康を犯人候補から外しているように思える。
というか信長様自身の願望も含まれていた。
「とにかく、まずは実行犯である塙直政を討伐しなければなりません。今から移動するとして……決戦の場所になりそうなのは……」
俺は京周辺の地図を描き、場所を指差す。
「富田か山崎辺りでしょうか」
塙直政の勢力を2万と仮定して、信長様、信忠様を粛清後に自らが天下を取るためには幾つか条件を達成する必要がある。
まず朝廷の掌握。
力で脅すにしても、とにかく自軍の行いを正当化する必要があるため、討伐しに来る織田家臣を賊軍扱いしなければならない。
朝廷は信長様から恩恵を受けた者が多かったのと、俺や息子の竹取家の影響力が大きかったので、朝廷は時間稼ぎを行うと思われる。
時間をかければかけるほど塙直政は追い詰められるので、見せしめに京を焼く可能性が高いため、京で防衛線を張ることはないだろう。
次に信長様の居城である安土城の掌握と人質の確保。
現在安土城は信長様の息子である織田信雄様が留守役を務めているが、彼自身はお世辞にも能力がある人物では無いため、脇を固める家臣が大切になるが……意見を言えそうな有力な若手を信忠様が連れ出してしまっているため、どれだけ混乱する畿内情勢で動けるか未知数。
しかも安土城を掌握された場合、城下に住む織田家家臣の妻子が人質に取られる可能性が高い。
そうなれば塙直政に味方する者も出てくる可能性があるため、これは何としても防がねばならなかった。
これらから塙直政は京から自身の居城がある大和側に防衛線を構築するだろうと思い、京から南や南東に移動した富田か山崎という場所が出てくるのであった。
「とりあえずおじさんの軍は摂津方面に移動して、引き上げてくる秀吉の軍に合流。そのまま京に睨みを効かせながら塙直政の軍を追いかける格好になるね」
「出来れば滝川殿や丹羽殿の本願寺を包囲している軍勢からも兵を抽出出来れば、兵数で圧倒できるかと……」
「うん、そうだね。伝令を送っておこう」
こうして明智軍は動き始めるのであった。
「なに? 信長様や信忠様が京にて事変……あそこには父上も居たのでは……生存に関しては!」
「は、津田又兵衛様は京を脱出したとの報告が上がってきていますが、そこからの足取りは不明、信長様、信忠様は横死したとの報告が上がってきております」
本能寺の変より2日後、越前の津田家にも変の情報が入ってきて、又兵衛より留守の全権を任されていた長男の(毛受)高貞は直ぐに一族、家臣、そして織田家の後継順位が高い信道を津田屋敷に招集し、緊急会合が開かれていた。
「まず今回は父上に判断を伺うことは不可能。そして京で事変を犯したのが塙直政であるとも忍びの働きにより判明している」
「兄貴、塙直政が犯人ってのはおかしくないか? 大和で謹慎中の彼が京を封鎖できる万の兵力を動員できるとは思わないのだが……」
次男の毛受初鳴がそう言い、また重臣に取り立てられたばかりの高山右近もその発言に同調する。
「しかし、こうなってしまったからには信長様、信忠様の仇討ちをしなければなりません。おそらく塙直政の軍勢は急ぎ安土城を目指し、織田家家臣達の妻子を人質に取ろうと動いてくるはずです。距離的に今日越前を出立し、強行軍で進めば、ギリギリ間に合う計算になります」
右近の説明に多くの家臣が納得すると同時に、信道の方を向き、
「総大将は信道様、貴方が担がれてください。父上が不在の今、軍を動かす正当性を持った大将は貴方しかありません」
「うん、分かった。直ちに軍を動員し、塙直政の討伐に動く。諸君の働きに期待する」
「「「「「は!」」」」」
又兵衛が整備した忍びの情報網、そして当主不在でも動けるだけの権限を高貞に渡していたこと、即応できる常備兵制度、安土まで伸びる街道の整備……これらが全て実を結び、津田軍2万の兵が変の2日後には動き始め、塙直政に先んじて安土城に辿り着くのであった。
後世の歴史学者達は津田軍の動きの速さに又兵衛が変の黒幕であった説を語る者も居たが、又兵衛自身が変に巻き込まれて、伝説を作っていたのでそれは無いとされつつも、津田軍の動きの速さは軍事行動の見本とされ、軍事教本に載るほどであった。